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2020年03月30日

「漱石句集」より(白梅)

          夜汽車より白き梅と推しにけり


夜汽車の車窓から外を見ると、枝には白い花をつけた木々が暗闇から見えてくる。
馥郁とした香りから梅の花だと想像した。
  

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2020年03月29日

「漱石句集」より(梅)

たのもしき梅の足利文庫かな


足利文庫は栃木県の足利市にあり、日本でも古い漢学儒教の学校であった。
今こうして保存されていることにたのもしいと感じたのである。
  

Posted by okina-ogi at 11:43Comments(0)書評

2020年03月28日

「漱石句集」より(餅搗)

            餅搗や明星光る杵の先

早朝の餅つきである。
餅搗く杵の先には明けの明星が光っている。
餅搗く人は、手慣れた動作で餅を搗いている。
  

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2020年03月27日

「漱石句集」より(吹雪)

             目ともいわず口ともいわず吹雪かな

漱石が居を構えた、東京、松山、熊本などこんな吹雪に遭うことはないだろう。
冬の山か、北への旅はどこかわ知れぬが、めったにない吹雪の経験には違いない。
横からも縦からも吹雪が吹き寄せる。
  

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2020年03月26日

「漱石句集」より(冬の川)

             谷深み杉を流すや冬の川

木の切り出しである。
山奥から町に木を移すには人力だけというわけにはいかない。
筏のように木を組み下流へ流すのである。
  

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2020年03月25日

「漱石句集」より(初暦)

           宇佐行くや佳き日を選む初暦


正月、宇佐神宮に詣でた。
全国の八幡宮の頂点に立つ神社で敷地も広い。
大分県にあるが、佳き日を選んで出かけることにした。
  

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2020年03月24日

「漱石句集」より(藤の花)

           禰宜の子の烏帽子つけたり藤の花


神主の子供ということが烏帽子をつけていることでよくわかる。
可愛らしきことも、藤の花が咲いていることも、その印象を強くしている。
  

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2020年03月23日

「漱石句集」より(春の水)

            湧くからに流るるからに春の水


水前寺公園に立ち寄った時の句である。
私は熊本を訪ねた時、この名庭園を見ることができなかった。
熊本の水はうまいことで知られている。
湧水が多いからである。水前寺公園の池も湧水である。
  

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2020年03月23日

「漱石句集」より(正月)

             正月の男といはれ拙に処す

正月の男はめでたい男だが、裏を返せば愚直な男である。
自分でも納得しているから、いやな顔もしない。
  

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2020年03月22日

「漱石句集」より(凩)

           凩の沖へとあるる筑紫潟

漱石は、熊本県第五高等学校に赴任している。
有明海を見た時の句である。
「あるる」は、荒れるの意味。
  

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2020年03月21日

「漱石句集」より(行く年)

            行く年や猫うづくまる膝の上


明治三十一年の作。
小説『吾輩は猫である』は生まれていない。
漱石は猫好きだったのだろう。
行く年を共にする位だから。
  

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2020年03月20日

「漱石句集」より(案山子)

某(それがし)は案山子にて候雀どの


動物をテーマにした俳句かるたにも登場した句で、ユーモラスな句である。
案山子と言われて雀はどうしただろう。
稲の実を食べるのを遠慮したか、しなかったか。
主旨は違うが

其許(そこもと)は案山子に似たる和尚かな
こちらは、案山子を見る側である。
  

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2020年03月19日

「漱石句集」より(冷ややか)

冷ややかな鐘をつきけり円覚寺


冷ややかは秋の季語である。
円覚寺は鎌倉にある臨済宗の寺である。
その寺の鐘がつかれ、作者は冷ややかと感じた。
鎌倉は、緑の多い古都である。
  

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2020年03月18日

「漱石句集」より(若葉)

           若葉して手のひらほどの山の寺


春の山と寺。
良い組み合わせである。
遠方から見ると手のひらに入るほどの大きさ。
お釈迦様の手のひらという意識もある。
  

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2020年03月17日

「漱石句集」より(弥生の雲)

            濃やかに弥生の雲の流れけり


漱石の代表的な句で何度か目にするが、弥生の雲を意識したことはない。
濃やかにという弥生の雲の印象は、唱歌にある霞か雲か「霞か雲か、ほのぼのーと・・・・」
と重なるものがある。
  

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2020年03月16日

「漱石句集」より(菜の花)

菜の花の遥かに黄なり筑後川


筑後川は、九州の大河である。
その川辺ははるか先まで菜の花に覆われている。
漱石の菜の花の句には

          菜の花の中に大きな入日かな
というのもある。
  

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2020年03月15日

「漱石句集」より(蛍)

            蛍狩り我を小川に落としけり


子規に俳句を勧められて作った、初期の作品。
決して秀句とは言えないが、人に笑いを起こさせる。
二四歳の句である。
  

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2020年03月14日

「漱石句集」より(乙鳥)

           滝に乙鳥突き当らんとして返る


乙鳥はツバメの別名。
いきよいよく飛ぶ鳥である。
しかし、方向を変える機敏さを持ち合わせている。
滝に向かって突き当らんとして引き返す。
まさにツバメ返しである。
滝のそばに餌になる虫がいるのかも知れない。
  

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2020年03月13日

「漱石句集」より(長閑)

名天子上にある野の長閑なる

名天子は、明治天皇のことだとも言える。
崩御された時は、国民がなべて悲しみに沈んだ。
天子様の聡明さと慈愛の心があってこそ、国民は気持ち安らかに暮らすことができる。
  

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2020年03月12日

「漱石句集」より(木瓜)

             木瓜咲くや漱石拙を守るべし


この句については、小説『草枕』の独白である。
「世間には拙を守るという人がある。
この人が来世に生まれ変わるときっと木瓜になる。
余も木瓜になりたい」。
  

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