☆☆☆荻原悦雄のフェイスブックはこちらをクリック。旅行記、書評を書き綴っています。☆☆☆

2020年09月18日

『高浜虚子句集』より(凍鶴)

                凍鶴の首を伸ばして丈高き

冬の鶴が首を伸ばしている。
丈の高さにびっくりする。
羽根を広げた鶴でもない。
やがて飛び去って行く。
  

Posted by okina-ogi at 08:40Comments(0)書評

2020年09月17日

『高浜虚子句集』より(冬日和)

             冬日和柔か冬木柔か何れぞや


冬日が冬木に当たっていて柔らかな感じがする。
季語は、冬日和だと思うが、冬木でも良いような気がする。
そんな小春日のような日である。
  

Posted by okina-ogi at 09:09Comments(0)書評

2020年09月16日

『高浜虚子句集』より(暑さ)

    熱帯の海は日を呑み終わりたる
    この暑さ火夫や狂わん船やとまらん


ヨーロッパ旅行の帰路はスエズ運河を利用した。
ここで熱帯の耐えがたい気象を体験。
ヨーロッパの文明よりも熱帯の気象に関心を持ったかもしれない。
  

Posted by okina-ogi at 08:23Comments(0)書評

2020年09月15日

『高浜虚子句集』より(春)

                  春の寺パイプオルガン鳴り渡る


春の寺は教会でシェイクスピアゆかりの教会である。
パイプオルガンの音色に驚いている。
季節は春である。
季語そのものが日本の風土からから生まれているために海外旅行で句を作るのに苦労する。
しかし、感動は新鮮で大きい。
  

Posted by okina-ogi at 10:14Comments(0)書評

2020年09月14日

『高浜虚子句集』より(梨花)

両岸の梨花にラインの渡し船


虚子洋行のスケッチである。
ラインはライン川で、両岸に梨の花が咲いている。
そこを船で渡った。
  

Posted by okina-ogi at 08:05Comments(0)書評

2020年09月13日

『高浜虚子句集』より(春風)

             春風や柱像屋根を支えたる


ポツダムの宮殿に、日本の建築の柱とその違いに驚いている。
彫られた像が屋根を支えているように見えた。
春風が流れて気持ちがいい。
  

Posted by okina-ogi at 13:15Comments(0)書評

2020年09月13日

『高浜虚子句集』より(藤袴)

                枯れ果てしものの中なる藤袴


藤袴は秋の七草の一つである。
多年草で、大陸から古い時代に渡て来た花なので日本人になじみが強い。
草丈は、1メートルくらいで;枯草の上に目立って咲いている。
秋の七草は他に、桔梗、女郎花、撫子、葛の花、尾花、萩がある。
  

Posted by okina-ogi at 10:40Comments(0)書評

2020年09月12日

『高浜虚子句集』より(藪入り)

               薮入の田舎の月の明るさよ

昭和10年の句である。
今はないと思うが奉公に入った子が正月や盆に返ってくる日を薮入と言った。
嫁いだ女性が子供と一緒に帰ることも同じ意味で使われた。
月がいつになく明るい。街の灯のない田舎であることもある。
  

Posted by okina-ogi at 13:54Comments(0)書評

2020年09月11日

『高浜虚子句集』より(遍路)

                 道のべの阿波の遍路の墓哀れ

虚子の句として良く知られている。
遍路の路傍にある墓にあわれを感じたのは虚子ばかりではあるまい。
季語は遍路で春の季語である。
  

Posted by okina-ogi at 13:11Comments(0)書評

2020年09月10日

『高浜虚子句集』より(げんげ)

            秋篠のげんげの畦に仏かな


奈良秋篠寺あたりののスケッチであろう。
秋篠寺には、古い仏があり一度拝見したことがる。
この句の仏様は石地像かなにかであろう。
蓮華の花とよく似あう
  

Posted by okina-ogi at 14:07Comments(0)書評

2020年09月10日

『高浜虚子句集』より(木の実)

              並べある木の実に吾子の心思う


秋になって木の実が落ちるようになって、子供は木の下に行き実を拾う。
丸いのがあったり、それを大事そうに家に並べておく。
父親として、わが子のころに想いを馳せるのである。
  

Posted by okina-ogi at 13:08Comments(0)書評

2020年09月09日

『高浜虚子句集』より(野分)

大いなるものが過ぎ行く野分かな

台風は夜中に通過することもあり、心配で寝られれないこともある。
過ぎ去ってみれば大した被害もないことが多い。
日本の風土に地震と台風はつきものであるが、その野分は、大いなるもの(巨人)が通り過ぎるというものである。
  

Posted by okina-ogi at 11:04Comments(0)書評

2020年09月08日

『高浜虚子句集』より(秋の雨)

               倏忽に時は過ぎゆく秋の雨

時の過ぎる感じを倏忽という難しいことばで表現した。
倏忽はたちまちという意味である。しゅうこうと読む。
秋の雨が作者にそう感じさせた。
  

Posted by okina-ogi at 16:11Comments(0)書評

2020年09月07日

『高浜虚子句集』より(虹)

               虹立ちて雨逃げて行く広野かな


雨上がりの虹である。
広野いっぱいに虹がかかっている。
太陽の日もあたり、雨は逃げて行くいくようである。
雨が逃げて行くという表現が斬新である。
虹はいつの季節でも見られるが、夏の季語になっている。
夕立の後、あらわれることが多いからだという。
  

Posted by okina-ogi at 17:30Comments(0)書評

2020年09月05日

『高浜虚子句集』より(無季)

              神にませばまこと美わし那智の滝


那智の滝は、そのものがご神体で、日本3大瀑布の一つである。
日光の華厳の滝より高い。
その壮観で清らかさは神そのものである。
まことの美しさである。
  

Posted by okina-ogi at 13:16Comments(0)書評

2020年09月04日

『高浜虚子句集』より(秋風)

秋風の急に寒しや分の茶屋


松江を立った虚子は大山登山を行った。
もう秋である。
峠の茶屋あたりに来ると、急に秋風を冷たく感じたというのである。
  

Posted by okina-ogi at 18:41Comments(0)書評

2020年09月02日

『高浜虚子句集』より(燕)

             燕ゆるく飛び居る何の意ぞ


燕は速く飛ぶ鳥として知られている。
ところがいつもと違ってゆるやかに飛んでいる。
天気の関係かも知れない。
捕らえる虫のせいかもしれない
。  

Posted by okina-ogi at 08:58Comments(0)書評

2020年09月01日

『高浜虚子句集』より(あやめ)

榛名湖のふちのあやめに床几かな


この句はブログで紹介しているので説明しない。
句集に「昭和7年7月31日伊香保に遊び榛名湖にいたる」との説明書きがある。
  

Posted by okina-ogi at 10:09Comments(0)書評

2020年08月31日

『高浜虚子句集』より(明治節)

              慟哭せしは昔となりぬ明治節

明治天皇が崩御された時、大きな悲しみを多くの国民が持った。
虚子といえども例外ではない。
けれども時が過ぎ、新しい時代の中で生きている。
  

Posted by okina-ogi at 09:37Comments(0)書評

2020年08月30日

『高浜虚子句集』より(秋風)

秋風のだんだん荒し蘆の原

今日、羽田空港になっているところは、蘆の原だった。
そこに吟行に行った時の句である。
昭和初期の句であるが、東京には自然が多く残っていた
  

Posted by okina-ogi at 09:05Comments(0)書評