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2022年05月18日

『蕪村俳句集』より(遅き日)

                 遅き日や雉の下りゐる橋の上

橋の上を見ると雉がいる。
春に日を浴びて雉ものんびりしているように見える。
人に対する警戒感も少ない。


  

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2022年05月17日

『蕪村俳句集』より(遅き日)

                遅き日のつもりて遠きむかしかな

遅き日は春の日が暮れること。
短い冬の日を過ぎたからこそ感じるのである。
前書きに「懐旧」と書いてある。
こんな季節に過去をふりかえるものだ。
  

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2022年05月16日

『蕪村俳句集』より(春の入日)

                  山鳥の尾をふむ春の入日哉

山鳥が背後から近づいている。
西日の影が足元にある。
その尾を踏んでいる。
すぐには山鳥も逃げない。
山鳥の尾は枕詞であって、長いことを強調している。


  

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2022年05月15日

『蕪村俳句集』より(陽炎)

                  陽炎や名も知らぬ虫の白き飛ぶ

陽炎が立っている。
その揺れる大気の中を白い虫が飛んでいる。
名も知らぬ虫である。
蝶々ではないことは確かである。



  

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2022年05月14日

『蕪村俳句集』より(蕗のとう)

                  莟とはなれもしらずよ蕗のとう

莟の芽吹きは見逃しそう。
春を待たずに莟になる。
摘み取って食することも多い。
その苦みの味は、味噌などと混ぜておかずににすると美味しい。


  

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2022年05月13日

『蕪村俳句集』より(やぶ入り)

                 やぶ入りの夢や小豆に煮るうち

やぶ入りは奉公人が帰省を許される日である。
帰省すると普段の疲れもあって寝てしまう。
夢も見るが、家人が小豆を煮てもてなしてくれるのがわかる。
  

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2022年05月12日

『蕪村俳句集』より(氷)

                 御忌の鐘ひびくや谷の氷まで

御忌は法然上人の忌日に行う法会の事である。
寒い冬の日に打つ鐘の音は、谷の氷まで届くようである。
鐘は京都の知恩院の鐘である


  

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2022年05月11日

『蕪村俳句集』より(冬木立)

                 冬木立北の家影の韮を刈

家の北側に冬木立がある。
その間に狭い土地があって韮が植わっている。
それを収穫する。
韮はたくましい野菜だ。
冬、それも日かげに育つのだから。


  

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2022年05月10日

『蕪村俳句集』より(雪折)

                  雪折も聞こえてくらき夜なる哉

夜、雪がしんしんと降っている。
竹や木々が雪の重さに耐えかねて折れる。
その音が夜の静寂(しじま)によく聞こえる。
特に竹は折れやすく、翌朝には無残な姿になっている。


  

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2022年05月09日

『蕪村俳句集』より(こがらし)

                  こがらしや野河の石を踏みわたる

冬の川は水量も少なく、たくさんの石を渡って対岸に行くことができる。
そこに木枯らしが吹いて、バランスを崩さないように、石から石へと足を運ぶ。
拙句に

冬の川あまたの石の白さかな


  

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2022年05月08日

『蕪村俳句集』より(元日)

                  いざや寝ん元日は又翌の事


「さあ眠くなったので、寝ようか。元日とて明日の事だ」と達観している。
後年、高浜虚子は

去年今年貫く棒の如きもの

という句を詠んだ。
心境は似ている。
  

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2022年05月07日

『蕪村俳句集』より(寒梅)

                  寒梅や梅の花には見つれども


小枝に少しずつ、冬の寒さの中、梅は開いていく。
昔は、花と言えば、桜でなく梅だった。
平安時代の頃までという説もある。
西行のような著名な歌人が桜の花の句詠んだため
という説もあるが、貴族(歌人)が野に出て桜の美しさに
魅せられたのだろう。そしてはかなさも。
ともあれ、寒梅の寒さの中に莟をつけ香りを放ち、開花
していく姿は桜に劣らない
  

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2022年05月06日

『蕪村俳句集』より(ふゆごもり)

                  冬ごもり妻にも子にもかくれん坊

おどけた句である。
寒い冬のうっぷん晴らしか。
当世、コロナウイルスで外に出られない人の遊びにしても良い。
狭く物持ち出ない当時の家でうまく隠れるところがあっただろうか。
  

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2022年05月05日

『蕪村俳句集』より(枯野)

                  畠にもならでかなしき枯野かな

枯野にも耕せば畑になる場所がある。
耕しても放置するともとの黙阿弥である。
耕し続けなければならないのである。
悲しいかな。
  

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2022年05月04日

『蕪村俳句集』より(凩)

                  凩や広野にどうと吹きおこる。

身を屈める程の強い風である。
どこからともな吹き寄せる風である。
また、目の前の広野から吹きあがってくる感じである。
枯野は倒されそうに波を打っている。
  

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2022年05月01日

『蕪村俳句集』より(冬の梅)

                 鶯の逢ふて帰るや冬の梅
冬の梅は寒梅ともいう。

明治の教育者新島襄は、「真理は寒梅の如し。敢えて風雪を侵して開く」と言った。

そんな冬の梅にちらっと鶯がとまった。
そして去っていった。
冬の梅に逢うのは来年になるかもしれない。
梅と鴬の組み合わせ
は定番と思われているが、いろいろな木にとまるのは自明なことである。
  

Posted by okina-ogi at 18:09Comments(0)書評

2022年04月30日

『蕪村俳句集』より(時雨)

                  目の前を昔に見する時雨かな

目の前を昔に見せているのは芭蕉への思いが強いからだろう。
芭蕉の句には時雨を詠んだものが多い。
そためか蕪村の見ている時雨は、今降っていても昔なのだ。
  

Posted by okina-ogi at 17:17Comments(0)書評

2022年04月25日

『蕪村俳句集』より(埋火)

                  埋火や春に減りゆく夜やいくつ

埋火にあたって過ごす夜も春に向かって少なくなった。
あと度くらいの日数、埋火をするかと数えてしまう。
春は近い。


  

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2022年04月21日

『蕪村俳句集』より(河豚汁)

                 海のなき京おそろしやふくと汁


蕪村の句には河豚が良く登場する。
食べるのに少し勇気がいったが好きだったのだろう。
京都は、都だが海から離れているので少し怖い気がする。
  

Posted by okina-ogi at 07:34Comments(0)書評

2022年04月20日

『蕪村俳句集』より(寒月)

                 寒月に木を割る寺の男かな

風呂や釜に使う木を割るのは、寺男の役目である。
ガスや電化になった今日、薪割りは見かけなくなった。
薪割るのもこつがある。


  

Posted by okina-ogi at 17:14Comments(0)書評