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2017年08月18日

映画「麦秋」鑑賞



8月17日、高崎城址のお壕に近い、高崎電気館で、小津安二郎監督の作品「麦秋」を観た。高崎電気館は、映画館としては、廃業して久しいが、建物が高崎市に寄付されたのを契機に、市が映画会を企画したのである。作品といい、上映場所と言い、まるで青年時代に戻った感じがした。しかし、高崎電気館のあたりは、すっかり人出が少なくなっている。近くの中華料理の店で夕食を済ませ高崎電気館へ。
入場者も10名そこそこ。これでは、経営として成り立たないが、問題は映画の内容である。松竹映画だったのである。松竹の富士山も懐かしい。配役が紹介される。皆鬼籍の人である。主演の原節子も数年前に亡くなっている。
舞台は、北鎌倉の原節子(紀子)の兄夫婦の家である。父親夫婦、紀子も同居している。そこに、奈良から紀子の父親の兄が訪ねて来ている。紀子の甥2人は、小学生である。毎日の暮らしの人間模様が淡々と描かれている。戦後間もない頃の鎌倉や、江ノ島が映し出されている。そうした自然描写と、バックに流れるメロディーが心に響く。
紀子の結婚の問題がテーマになっているが、親子兄弟が皆心配しているのは今以上だが、本人の意思が一番決めてなのは、今も昔も変わらない。紀子は、子連れの戦争で無くなった兄の友達の勤務医に嫁ぐことを決める。勤め先の上司から紹介された縁談は、断った。
友達の淡島千景(アヤ)がからかう。夫になる兄の友達は秋田に赴任することになっている。都会育ちの紀子が秋田弁を話す様が信じられないというのだが、二人の会話が見事な秋田弁になっているのである。少ない観客から笑い声が漏れた。
映画「麦秋」のタイトルの象徴的場面は最後にあった。奈良の旧家の前に一面の麦畑が広がっている。カラーではないので麦秋の色は、想像しなければならない。それよりも、旧家のバックの山は、すぐ耳成山とわかった。すばらしい日本の風景である。とつとつと語られる老夫婦の嫁送りの会話も良い。しかり、名作である。
  

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2017年08月15日

映画「麦秋」

小津安二郎監督の映画が、終戦記念日を前後して上映されるという新聞記事を見た。上映場所は、高崎市柳川町にある「高崎電気館」。そんな映画館があっただろうかと捜してみると「天華堂」という本屋さんの近くである。最近は、車社会になったこともあるのか、街中商店街が淋しい限りである。しかし、このあたりは、高校時代の懐かしい思い出が詰まっている。
映画「麦秋」は、小津作品として名作らしいが、見ていない。1951年の上映というから生まれる前である。白黒のフイルムで、時代を感じさせる。仕事が終わったら、路線バスを使って観に行こうかと思ったが、駐車場も近くにあるようだ。7時からの上映なので近くの古くからの食堂があったらそこで腹ごしらえをしても良い。ちょっとした、過去帰りの体験が出来そうである。
  

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2017年08月05日

禁煙チャレンジ


禁煙に何度かチャレンジしているが、タバコはやめられないでいる。海外旅行などは、断煙しているが、国に戻れば喫煙者になる。喫煙が健康に悪いという指摘から、社会が禁煙の方向に向いて動いている。受動喫煙の問題が大きい。他人の迷惑になることは、原則しない主義である。
旅行に行く機会が多く、飛行機に搭乗する時のチェックなど煩わしく感じている。久しぶりに札幌に行った時、市内にタバコが吸える場所がほとんどなかった。日本の代表的観光地である京都も同じようなことが言える。友人と喫煙できる部屋に泊まったが、どうぞ吸ってと言われても気がひける。できたら、禁煙したいと思った。
8月になってポストに「介護保険証」と「年金請求書」が立て続けに届いた。65歳の誕生日をきっかけに禁煙してみることにした。今日が5日目である。なんとか、禁煙できている。こう考えたのである。年金生活者になれば、収入は減る。タバコは結構高い。1ヶ月1万円以上かかる。そのかわり、月に2回ゴルフをしよう。最近は、1人予約という方法がある。家の近くには、幸運なことにゴルフ場が多い。どちらかと言えば、知的な禁煙だが長続きするか。
  

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2017年08月02日

台風迷走



7月の21日に、南鳥島付近で発生した台風5号は、2週間近く経つのに太平洋上にあって西北にゆっくり向かっている。勢力も強く、温度の高い海上を移動しているので、衰えがない。気象庁も今後の進路を確定できないでいる。
以前から旅行の計画を立てていて、8月6日の昼に福岡空港に到着する便を予約してある。微妙になってきた。変更するなら3日前である。ホテルの予約の変更もあるからだ。マイレージの予約変更は、初めての経験である。
  

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2017年07月29日

一期一会(?)のゴルフ

ゴルフと言うスポーツは、イギリスで生まれた。会員制で特定の人としかプレーができない。今もメンバー、ビジターと受付で区分されている。通常4人でのプレーになるが、料金は、割り増しになるが、2人でも可能である。さすがに、一人では予約ができない。そう思っていたら、インターネット予約だが、「1人予約」というのがある。但し、「2人予約」にならないと成立しない。
この場合、相手は未知の人である。ゴルフの習慣からすれば、違和感があるのだが、人との出会いは、何かのきっかけである。ご縁ということで、その後のお付き合いができることもあるかもしれないが、同じ趣味のゴルフを楽しみましょうということである。
とは言え、緊張感もあったのか、クラブ1本の忘れ物をした。次のゴルフの時に気付き、ゴルフ場に連絡したら保管してもらえていた。忘れられないゴルフ体験になった。こうした一期一会のようなゴルフも慣れれば気にならなくなるだろう。平日にプレーができる、リタイヤした、高齢者にとっては、ラッキーな制度かもしれない。
  

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2017年06月20日

妙義ふるさと美術館



現在、富岡市の市立美術館になっているが、平成の市町村合併の前に建設され開館している。当時は、妙義町であった。妙義山を背景にした高台にあって眺望が良い。近くには、日帰り天然温泉もあり、ちょっとした寛ぎのゾーンになっている。
館内には、妙義山を描いた作品が並んでいる。四季を描いていて見事である。「妙義山を描く絵画展」が企画され、第35回の会を重ねている。地味ながら、こうした行政の文化活動は、評価してよい。維持管理に税金は使われているが、必要経費と考えて良い。
昭和から、平成に移る時、竹下内閣でふるさと創生事業として、全国の市町村に1億円が配られたことがあった。使い道は、市町村が考えることになっていて、使途も問わないことになっていた。榛名町は、町民に事業の案を募集した。私も募集に応じたが、知るか知らずか、妙義町の発想が根底にあった。榛名山を描いてもらい、審査に通った作品を町が所有し、美術館建設は後回しにしても良いから、優秀作品を公立の建物に飾り、小中学校には巡回展示したらどうかという案だった。賛成が2票あったと、町の広報誌にあったが、結果的には公園整備に一億円は使われた。米百俵のように、時間をかけた文化事業に投資するのは、勇気がいるのかも知れない。
  

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2017年06月07日

三方良しの精神



梅雨前線が近づく中、今は梅の収穫の最盛期である。梅の産地としては、和歌山県が知られているが、群馬も梅の産地である。榛名山麓の南面も梅林が広がっている。我が家も、兼業ではあるが梅農家である。青物なので、出荷は、販路がないと大変である。市場に出荷すれば良いのだが、市場までは距離がある。
農協には加入せず、小さな梅組合に加入して、共同出荷している。食品会社が、産地の近くに漬け梅工場建てて久しい。主な出荷場所になっている。他にも漬け梅業者があり、出荷している。ただ、価格もまちまちで、選果した梅の大きさに違いがあり、どこを選ぶか迷うことになるが、基本的には、業者の納品依頼にあわせることになる。そこで痛感するのは、生産者は価格を決められないということである。中には、生産者に過度な要求をする業者もある。依頼条件に合わせて出荷したところ、受け付けない業者もある。泣く泣く生産者は、規格外ということで安く納品することになる。個人であれば、これを限りにお付き合いしなくとも良いが、組合となればそうも行かない。しかし、信頼関係が第一なのは、どこの世界でも基本である。悪徳業者のレッテルは貼っていないが、こうした業者は淘汰されるに違いない。三方良しの精神が大事である。生産者、買い手、消費者の三者にとって。
  

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2017年05月25日

心の壁

アメリカのトランプ大統領が、メキシコからの不法移民を防ぐために、メキシコ国境に壁を造ると発言すると、ローマ法王は
「壁を造ろうとばかり考える人は、それがなんであれ、橋を架けようと考えない人は、キリスト教徒ではない」
と釘をさした。
それに対して
「バチカンは、100パーセント巨大な壁で囲まれているではないか」
とトランプ陣営から反論があった。
数年前、バチカンを観光で見学したが、入場の時のチェックは大変厳しかった。カソリック教徒の総本山であれば、当然とも思った。
トランプ大統領も、万里の長城より長い壁を本当に造ろうと考えているのかは疑問である。お金が準備できない可能性が大である。
ローマ法王とトランプ大統領が会談し、親和的な雰囲気の中でに終了したようだ。
橋を架けると言えば
「我太平洋の橋とならん」
と言った、新渡戸稲造の言葉を思い出す。高邁な精神から出た言葉である。
キリスト教徒であっても、時には必要上物質的な壁を造っても良いが、異教徒には、心を開かないという心の壁は造ってほしくない。教徒でない人から見れば、よく言えばファミリィー的だが、風通しが悪い印象がある。教義は狭義になりやすい。その点、お伊勢さんなどは解放的である。ただ神域はある。京都御所の塀もその程度のものである。
心の壁を造らないためには、知を働かすよりは、情を働かすことだと思うのだが、最近の世界の天気マークを見ると情(晴れ)の国より知(曇りや雨)の国が多くなっているように見える。日本は、本来情の国である。
  

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2017年05月23日

群馬テレビ見学




群馬テレビに勤務する友人の紹介で、前橋市にある群馬テレビを見学した。群馬県を対象地域にした、テレビ放送事業を行っており、設立されたのは昭和45年である。出資者は、群馬県、前橋市や、群馬県内の民間企業である。設立当時の建物なのでエレベーターはない。屋上には電波塔が立っていて、榛名山にある送信所と送受信をしている。普段は、関係者以外立ち入り禁止の場所のようだ。アンテナは、確かに榛名山に向けられている。
予約の午前10時前に玄関から入ろうとすると、ドアがロックされている。入り口脇にある内線電話で来訪を告げると、職員がドアを開けてくれた。このあたりが、テレビ局の特殊性だと思った。不特定多数の人間が簡単に出入りできるようにはなっていない。
応接間に通され、友人から資料を貰い、説明を聞いてから、建物内を見学させてもらった。放送機器がいっぱいあって、実際には見たことがないが、原子力発電所の制御室のようである。ニュース番組の収録をしていない時間帯であったので、スタッフの人に撮影を案内してもらった。照明器具、カメラが備えられている。キャスターの席に座らせてもらい、出演気分にしたって記念写真を取らせてもらった。
見学の感想を求められたが、「勉強になりました」という平凡な感想しか言えなかったが、これからは、地元のテレビ局の番組を見てみようかという気になった。敷島公園のバラ園が近いので、薔薇を鑑賞して帰宅についたのだが、三十度を超える暑さに、「花よりカキ氷」となってしまった。家で群馬テレビを見ると、ニュース番組があり、バックは、今日座った場所であり、バラ園も取材されていた。
  

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2017年05月17日

とろろ汁



高級なのか質素な食べ物なのか、さてや健康食なのか。有料老人ホームの食堂で昼食を食べているので、ときたまとろろ汁が出る。麦飯ご飯に山芋を擦って出汁で溶いたものをかけるのだから「麦とろご飯」という言い方が正しいのかもしれない。
静岡に友人がいて、美味しい「麦とろご飯」の食べられる店に連れていってもらったことがある。丁子屋という店で、江戸時代から続く老舗だという。良く調べてみると、広重の東海道53次の浮世絵に描かれている。安倍川を越えて山間にある小さな店である。鞠子宿の中にあった。
梅若菜まりこの宿のとろろ汁


芭蕉の句である。昨日、たまたま山本健吉の俳句読本を読んでいたら、この句に出会ったのである。有名な句なのであろうが、芭蕉を良く調
べているわけではないので、初めて知った句と言って良い。良い句だなと思う。弟子に宛てた、挨拶句と説明にはある。梅と若菜の季語を重ねてよろしくないなどとは思わない。秋に掘りあげた山芋は、この時期でも十分保存が聞く。美味しいかもしれないと思う。
  

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2017年04月19日

青春詩

息子夫婦に母屋を明け渡し、書斎を整理していたら、大学を卒業した頃に作った詩の一部が出てきた。短編小説や詩を学生時代に書いた記憶があるが、全て捨ててしまったので、残っているとは思っていなかった。筆で清書してあった。気に入っていたのだろうと思うが稚拙な青春詩である。タイトルは、『霧中の離婁』となっている。離婁とは、中国の伝説上の人物で、百歩離れたところから髪の毛先が見えたという程、視力がすぐれていた。ところが霧の中では見えない。霧は恋であり、離婁は自分である。タイトルからして生意気なのである。
霧中の離婁
君と僕とは硝子の向かい合わせ
君の沈黙の微動は
僕の神経の戦慄
君の優しげな微笑は
僕の驚愕

君と僕とは海と岸辺の人
澱み一つない滄海
細波すらない
神聖なその表面は
金剛石の輝き
眼下の光景は僕の憂鬱

君と僕とは小鳥と山上の人
碧落を染まず舞い飛ぶ清い白
紫外線と高地の冷気を
上下に浴びた空間の焦点
頭上の囀りは
僕の永遠の夢世界

君と僕とは織姫と牽牛
夜空を渡る無数個の粒
その岸に突出してきらめく
高貴な印象
七夕の天空は
僕の薔薇の思い出

美しきものは
皮肉な逃亡者
愛らしきものは
混沌の創出者
感受性の強い柳は
君の些細な動きにも動揺する
  

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2017年04月08日

「本居宣長記念館」



三重県松阪城址の一角に、本居宣長記念館がある。本居宣長が住んだ家も移築されて当時の姿を残している。江戸時代の国学者として知られているが、彼の業績と言えば『古事記伝』を後世に残したことである。この時代まで、古事記の内容は理解されていなかったと言って良かった。彼には師がいた。賀茂真淵である。伊勢を訪れた賀茂真淵が、松阪に立ち寄った時、対面し教えを請い、弟子となる許しを得たのである。有名な「松阪の一夜」である。古事記の研究は、宣長へとバトンタッチされたのだが、真淵の宣長への教えは厳しかった。資料館にも、その手紙が残っている。
本居宣長は、商人の子供である。江戸で生まれている。松阪城を築いたのは、蒲生氏郷であるが、滋賀の日野から商人を大勢連れてきて城下に住まわせた。三井財閥の始祖、三井高利は、宣長の家のすぐ近くに生まれているし、木綿の取引で財を成した、長谷川家の屋敷は、今も商人の館として保全され公開されている。長谷川家も宣長の屋敷に近い。「東京物語」、「晩春」などの映画作品で知られている小津安二郎監督も、東京の墨田区に生まれているが、ルーツは松阪であり、しかも宣長とも繋がりがある。
「本居宣長記念館」来館は二度目であるが、彼の人生の過ごし方は、尊敬に値する。医学を学び、生活の糧を得ながら、国学の研究に打ち込み、『古事記伝』の完成には、30年以上費やしている。古事記の内容は難しく、当時としては資料も少なかった。その持続力と集中力には、頭が下がる。
資料館に展示されている数々の資料を見ると、非常に几帳面な性格だったことがうかがえる。文字などは楷書で丁寧に書かれている、若いときから向学心があることは、中国皇帝の系図「神器伝授図」の書き写し(15歳)、日本地図の写し「大日本天下四海画図」(17歳)を見てわかる。
還暦を過ぎて、特に人生のテーマもないが、本居宣長にならって向学心を書きたててみるのも良い。人のためにならなくても、老いの生きがいになれば良い。
  

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2017年03月14日

関口コオの切り絵



芸術家とのお付き合いは少ないが、切り絵作家、関口コオの作品は好きで、面識も出来て30年近くお付き合いがある。年賀状のやりとりもある。数年前に、高崎市箕郷町に開館した「関口コオきり絵美術館」を訪ねた時、氏も居られ、久しぶりにお話しする機会があった。多くの作品も展示されていた。日本航空からポスターの依頼があったことを嬉しそうに話しておられたのが印象的だった。
氏の原画の作品は、一点も所持していないが、コピーを3点ほど自宅の和室などに飾ってある。いずれも初期の作品で童と白い犬が田舎の風景の中に描かれている。子供たちの服装やわらぶき屋根の家が出てくるところをみると、大正、昭和初期の感じがしている。自分の幼い頃の思い出も浮かんできて、ノスタルジックな気分になる。
写真は、「焚き火」というタイトルがついている。今日では、田舎でも焚き火など簡単にできなくなった。そういえば、「焚き火」という童謡がある。この切り絵に添えても違和感がないが、戦時中に作詞したために、不謹慎と言うことで戦後まで日の目をみなかったという話がある。関口コオの切り絵には、童謡詩をつけてみたい気がする。
  

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2017年03月11日

小川芋銭の掛け軸



知人で書画の収集家から、小川芋銭の掛け軸を譲ってもらった。小川芋銭の名前は、頭の隅にあり、展示会で目に留まったのである。俳句と俳画が描かれていてあっさりしている。いつ見ても飽きない感じのする雰囲気がある。
傘と酒壷が描かれている。句は「一本の傘に重たし今年酒」。今年酒が季語で秋の季語である。今年酒は、新酒の意味である。句を鑑賞すれば、「待ちわびたかのように、行きつけの酒屋に新酒を買いに行った帰り、雨の中、片手に持った酒壷が重く感じられる。家に着けば一杯やれる楽しみが頭に浮かびまんざらでもない気持ちである」というようなところか。
小川芋銭は幕末に生まれ、美術学校にも行かず、農業のかたわら絵を描き続けた人で、高齢になって日本美術院の同人となり、日本画家と認められている。同郷の野口雨情や長塚節とも親交があった。新横綱稀勢の里の出身地茨城県牛久に住み、そこで昭和12年に亡くなっている。
  

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2017年02月25日

恩師の死

2月18日(土)橋本宰同志社大学名誉教授が逝去された。心理学が専攻で、第1期橋本ゼミで卒業論文のご指導をいただいた。それ以来、親しくさせていただき、京都を訪問した時何度ともなくご自宅に泊めて頂き、お話しする機会があった。勤務する社会福祉法人の後援会の幹事も長くお引き受けくださった。
家族葬とのことで、先生の死は、葬儀の後、奥様からの電話で知った。心遣いに感謝するとともに、お別れできなかった気持ちも残った。昨年の4月に先生宅をお訪ねし、お会いしたのが最後になった。駅まで車でお送りいただき、こんな早く永別となるとは、想像もしていなかった。人の世の儚さを感じる。
ご子息が医師で、自宅で急変され、ご家族に見守られて亡くなられたご様子。病床に長く伏せられた死でなかったことがせめてもの救いとも思ったが、ご家族にとっては、心の空白が突然訪れ、しばらくご心痛は消えないとも思う。京都では、こんな時「お疲れがでませんように」という弔問の言葉がある。
今度、先生を訪ねる時は、ご霊前ということになる。4月、関西に出かける予定があるので、ご家族のご事情が許すならば、ご自宅を訪ねたいと考えている。先生がお好きだった歌がある。
ただ人は情けあれ朝顔の花の上なる露の世に
ご冥福をお祈りします。
  

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2017年02月21日

『ギリシア人の物語』Ⅱ 塩野七生著 新潮社 3000円(税別)



Ⅰは、一昨年の暮れに出版されたが、Ⅱは、1月の出版になった。それにしても1年のサイクルで大作を世に出すエネルギーには敬服する。副題があって「民主政の成熟と崩壊」となっている。数日前から読み始め読了したわけではないが、高校の教科書で学んだ知識を遥かに超えている。
アテネに光が当てられているが、スパルタの存在は無視できない。デロス同盟という言葉は、教科書で学んだがその内実は、この本でよくわかった。ギリシャ人の都市国家の間には、常に緊張感があって紛争が耐えない。そうした中で30年平和の時代があった。その時代にアテネをリードした政治家がいた。ペリクレスという人物である。本の表紙にも登場している。
しかし、この人物が世を去る数年前から、アテネの民主政治は、崩壊していく。衆愚政治(ポピュリズム)に移り、スパルタとの長期の戦争に突入していく。今、このあたりまで読みすすめている。
  

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2017年02月17日

北朝鮮という国家

朝鮮半島の歴史を詳しく知っているわけではないが、地理的には、半島であって、中国大陸に成立した王朝に従属するように、外交的には鬱屈した状況の中で、朝鮮民族として国を保ってきた印象がある。儒教思想を大陸から取り入れ、民族の結束を図ってきたという印象もある。古代においては、海を隔てた日本との交流もあり、当時としては先進的な技術も日本にもたらしている。仏教の伝来も朝鮮半島を経由している。慶州を訪ねたことがあるが、古墳の埋蔵品を見たら、高松塚古墳との類似に驚いた記憶が残っている。渡来した人々も多く、血の交わりもあることも否定できない。
日露戦争後、朝鮮半島は、日本に併合されたが、第二次大戦後、日本の統治を離れ朝鮮戦争によって南北に分断された。北の朝鮮民主主義人民共和国とは、国交はないに等しい。近代の国家としては、まれに見る専制国家と言える。国の名称とは程遠い、一部権力者の支配する国になっている。しかも、ブラックホールのように国の内情が見えない。軍事費の割合も高く、国民の暮らしは豊かに見えない。さらには、言論の自由もなく、思想統制がなされている。人権も守られていない。
数日前に、金正男の暗殺が報じられた。側近の粛清もあった。なんと恐ろしい国かという感じがする。でも、そんな国にあっても人は生きていかなければならない。憂鬱に思うのは、自己保身を異常な行動に導く国の体質に対してである。手柄を立てて、権力者に媚をうる人間が出てくることである。讒言をすることもあるだろう。共産主義国家だからということではない。教条主義というか、さまざまな価値観を認めない社会や、組織に起こりがちな現象で、歴史上人類は何度も経験している。北朝鮮の国家体制は、当面変わらないだろう。窮鼠猫を噛むというような、国際紛争だけは避けたい。トランプ大統領もこの点は、自覚自制して政治をしてほしい。
  

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2017年02月11日

法律門外漢のたわごと(年金の繰り下げ受給)


平成29年、いよいよ厚生年金、老齢基礎年金の受給年度となりました。友人にも相談されたのですが、繰り下げ受給のことが話題になりました。郵便局主催の年金相談にこられた社会保険労務士さんの言葉が耳に残っています。
「繰り下げを選ぶ人は、100人に2人もいませんね」
いろいろ考えてみましたが、少し利率が良いからと言って、65歳になって生活費の主力である年金を換金せず国に預けておくのもどうかと思うのです。命あっての年金ですからね。預けっぱなしで、使わなければ相続できる子供にも間接的に不利にもなります。友人に薦めたのは「繰り下げせずもらっておきましょう」ということでした。
65歳になっても働き続けるから収入もあり、近い将来無収入になることを想定して、年金の受給額を少しても多くしておきたいという気持ちは分かるのですが、貰った年金をストックしておいても良いのではというアドバイスと、65歳になると在職老齢年金の制度もかわり、年金が停止されることはほとんどないという説明をしておきました。
さて自分はどうするか。裁定請求の葉書が届いたら、厚生年金、老齢基礎年金ともに繰り下げしないという箇所に○をつけて提出することにしていますが、年金事務所に直接出向いて疑問点は確認することにしています。
参考に65歳以上の在職老齢年金は、厚生年金の1ヶ月受給できる額(基本月額)と賞与も含めた1ヶ月支給される給与(総報酬月額相当額)を合算した額が47万円を超えなければ、厚生年金の停止はありません。また、老齢基礎年金は、給与と関係なく全額支給されます。
  

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2017年02月09日

法律門外漢のたわごと(障害年金の審査、支給決定の遅さ)

年金は、障害になった場合にも支給される。ケアマネージャーの仕事をしていると、障害年金の支給対象になる可能性のある利用者に出会う。65歳前に介護認定を受けているケースである。ところが、利用者が障害年金のことを意識していないことが多い。
概略を説明し、年金事務所を訪ねるように薦める。家族がいる場合は、家族に話す。本人は障害があるのでなかなか自分では手続きができない。社会保険庁の時代に、年金事務の不手際があって、今は年金事務所も親切に対応してくれるようになったと聞いている。ところが、申請書類を提出する手続きが大変らしい。それが完了しても、審査に時間がかかる。半年以上かかることはざらと聞く。何とかならないものか。その間に亡くなってしまえば、支給されないことになってしまう。行政システムに問題はないのだろうか。国会で取り上げられても良いのではないか。
  

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2017年02月02日

仮採用期間の大統領

 アメリカの大統領にトランプ氏が就任。選挙期間中の刺激的な発言を繰り返し、矢継ぎ早に大統領令に署名している。そのため、世界中が混乱し、振り回されている。こんなアメリカ大統領近年みたことがない。アメリカ第一主義で、世界に対して宣戦布告しているようだ。
 大統領は、選挙で選ばれているので労働者ではないが、まだ就任から2週間も経っていないから仮採用期間(試用期間)と言える。これだけの言動をみれば不採用にしてもおかしくない。これからの世界情勢は、不安定要素が多い。なんとなく、憂鬱な毎日だと感じている人は多いと思う。

  

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