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2018年01月09日

高齢者青春18切符活用(2)

 1月8日は成人式の日。この日までに、青春18きっぷの未使用分が3人分というか、3日分と言うか残っている。今回は、友人を誘うことにした。条件がある。ワイン好きだということである。一人は確実に了解がもらえると確信して連絡したところ、了解が取れた。行き先は、山梨勝沼。日本のワイン産地である。高崎から、湘南ラインで新宿へ。中央線で甲府盆地へ。乗り換えもあるが、渓谷の景観がすばらしい。やがて渓谷を抜け、勝沼ぶどう駅へ。向かいの丘にワイナリーがある。徒歩で行く。展望のよいレストランで食事。ワインも楽しめた。友人も喜んでくれた。半ダースほどワインを買い入れ、来客が着たら家で振舞うことにした。結局1日分切符が残ったが心残りはない使い方と納得している。  

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2017年12月26日

高齢者の青春18切符の活用

青春18切符の発売の時期になると、そわそわむずむずしてくるから可笑しい。余程の旅好きだと、自他認めるところである。若いときは、時間と体力があるが、お金はあまりない。高齢者には、時間はあっても体力がない。お金は、若者とそれほど差異はないが、少し余裕がある程度と言ったところである。そこで、高齢者ならではの、青春18きっぷの使い方を考えた。浜松行きを考えたが、日帰りは、無理なので一泊することにした。行きは、青春18きっぷの全区間利用。帰りは、浜松から小田原まで新幹線利用。小田原から高崎まで青春18きっぷの利用。なぜこうなったかは、お金だけの問題ではない。指定席が問題なのである。列車の旅行が苦痛にならないのは、読書好きの特権である。プラス飲食も気にならず出来る点もある。首都圏在住者の、青春18きっぷの活用法としてお薦めします。残り三枚あるので、友人を誘って、日帰りで山梨に行ってみようと思うが、相手次第。ワインを飲めると言うのが誘惑の巧手。「甲州」ワインは駄洒落。来年、1月10日までが利用期間。  

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2017年12月19日

「秋刀魚の味」・「彼岸花」



小津安二郎監督の作品を大分鑑賞した。「秋刀魚の味」・「彼岸花」両作品とも、当時ときめく、大俳優が登場している。しかも、嫁がせる娘と父親の複雑な心理を描いている。。「秋刀魚の味」では、妻を亡くした父親役として、笠智衆が演じ、娘役は岩下志麻である。娘が、手元から去る寂しさや、男所帯になる生活の不便もあるが、娘の結婚を真剣に考える、慈父のような印象が強い。
「彼岸花」は、少し色合いが違う。厳格な父親というよりは、古き時代の家父像が感じられる。裕福で、家系も良い家に嫁がせようと言う気持ちがある。娘の、相手が好青年と感じつつも、許す気になれないのである。佐分利信が演じる父親である。娘は、有馬稲子である。娘は恋愛論者で、この作品ができたのが、昭和37年だからこのあたりから世の結婚観がかわっていくのだろうか。高度成長時代である。冷蔵庫、ゴルフ、そして友人同士がウィスキーを口にしながら娘の縁談を語る場面が多い。山本富士子も登場する。京都の町娘だが、はっきりものを言う、強烈な有馬稲子の見方である。結婚式には出ないと言っていっていた佐分利信も、列車で広島に向う。結婚式の場面は、当然描かない。
  

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2017年12月08日

下仁田戦争始末記

 紅葉は過ぎて、枯葉として散る寸前だったが、晴れ渡り穏やかな気候だった。久しぶりにに下仁田町を訪ねた。下仁田と言えば、「葱と蒟蒻」が名産として知られている。毎年代わり映えしないお歳暮ではと思い、下仁田名産に思いが行き着いた。
 下仁田町は、平成の合併に応じず、近隣の富岡市とは一緒にならなかった。人口の少ない谷あいの町だが個性豊かな特産物で独立できている。数年前に、町長が変わり、高校時代の同級生の原秀男君がリーダーになった。今年の正月、同窓会を兼ねてささやかなお祝いした。ふるさと納税、お歳暮とささやかな応援のつもりである。
 途中、歴史資料館に立ち寄った。下仁田戦争の展示があった。立場の違いがあったといい、不幸な戦だったと思う。50人近い死者が出ている。天狗党といわれたれ人々は目的を果たせず刑死している。妻子もしかりである。
  

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2017年12月06日

将棋竜王戦5局とカエル・カード

竜王戦5局は羽生が勝利した。しかも、永世竜王の称号も得た。快挙である。加えて、47歳と言う年齢は、棋力の峠を越えていると言ってもおかしくない。なぜ、この歳で実力者でいられるのか?決め手になった、香打ちには驚いた。飛車でとってもとらなくても詰みになっている。
ナンバー49
Signals 合図
(まわりにはさまざまな気づきと知らせがいっぱい!日常生活の中に潜む何気ない合図を見逃さず、深い気づきに結びつけるあなたの叡智。)
  

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2017年12月05日

今日のカエル・カード

カードナンバー44
Release(解き放つ)
得ることばかりでなく、ときには手放すことも大切!解き放つことも成長に繋がると言うことを知っているあなたは賢明。
これくらいで、カエルカードのご利益は終わりにしたいが
カードナンバー42
Purification(浄化)は捨てがたい。
心の浄化も時には必要!涙は全てをきれいに洗い流して清めてくれるおおきな恵みと知り、あなたが目指すのは寄り大きな成長。自浄其意という仏教の教えもあります。
  

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2017年12月02日

今日のカエル・カード

カードナンバー53
Synchronicity シンクロニシティ・共時性
(「意味ある偶然」を見逃さないで!昨日と変わりない暮らしの中に、キラッと光る共時性を見逃さないあなたはオシャレ。)
  

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2017年12月01日

今日のカエル・カード

カードナンバー50
Simpulicity シンプルなこと
(考えすぎ、飾りすぎは真実が見えにくい!しがらみや古い常識に捕らわれることなく、シンプルな生き方を模索するあなたが冴える。)
  

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2017年11月30日

カエル・カード

10年以上前に、友人から缶入りのこのカードをいただいて、しばらく仕事始めにカードを引いて、その日の心がけにしていた。60枚あって、それぞれ示唆に富んでいる。カエルは、古代インカ文明では、「豊かさ」と「幸運」を意味するラッキーな存在だという。しばらくぶりに引いてみたが、「聴く」listeningでした。(心の声が聞こえますか?しばし頭で考えるのをやめて、ただ内なる声に耳を傾けましょう。静寂を取り戻したあなたにはゆとりが。)カードナンバー33
  

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2017年11月28日

『水原秋櫻子全集』第14巻

群馬県安中市で医院を開業していた堀口星眠氏は、水原秋櫻子が主宰していた『馬酔木』を引き継ぎ、新聞の選者にもなっていた。安中在住の私の大叔父などは、師事していたらしいが、その機会を持たなかった。榛名町(現在高崎市)には、東大医学部出身の開業医の先生がいて、水原秋櫻子と親交があった。100歳間近にして他界されたが、晩年親しくさせて頂いた。今更、同人誌で句の勉強をする気力もないので、我が家にある『水原秋櫻子全集』を読むことにした。14巻は、入門編である。21巻あって、後半には古典研究がある。主に蕪村であるが読んでみようと思う。紀行編もあるが、俳人の紀行は興味がある。
  

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2017年11月26日

ホイリゲの集い

主催は、群馬日墺交流協会。ホテルメトロポリタン高崎の丹頂の間で11月26日に開催された。参加者は、100名を超えた。オーストリアは音楽のメッカ。ウイーンは音楽の都である。高崎市は、群馬交響楽団を生んだ。この群馬日墺交流協会も設立から25年以上を経ている。ホイリゲは、ワインの新酒を飲む集いだが、クラシック音楽の灯を消さないことが大事である。
  

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2017年11月25日

歴史を活かしたまちづくり連続講演会

11月25日(土)地域おこしの有志による歴史講演会が開催された。講師が、群馬女子大学教授の熊倉浩靖君だったので、前々から受講しようと決めていた。著書を読んでいるから予習済みというところだが、何しろ大化の改新以前の東国の話である。群馬県は上野国と呼ばれ、上毛野氏という豪族がいたことが知られている。その祖先に迫る話なのである。
神武天皇から数えて10代の天皇が崇神天皇であるが、その皇子に豊城命がいる。この皇子が東国と言われた関東の統治に関係があるらしい。日本武尊の東征以前の話である。伝承と言ってもよい。でもロマンがある。日本書紀は読み直してもよい。東歌の研究者も故人になられたが、著書をいただいている。
  

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2017年11月24日

将棋「竜王戦第4局」

竜王戦と言えば、将棋のタイトル戦では、名人戦に匹敵する。伝統的権威は、名人戦だが、賞金額は名人戦を上回る。対局は、新潟県の温泉旅館で行われ、インターネットで生放送として見ることができる。結果は、挑戦者の羽生善治が勝ち、3勝1敗とし、第5局に勝てば竜王のタイトルを獲得し、永世竜王の称号を得ることになるという。
大山康晴という昭和の大名人がいたが、タイトル獲得数では、羽生善治は上回っている。しかも50歳に達していない。ただ、大山は、70近くまで、名人に挑戦できるA級のクラスにいた。癌に蝕まれながら対局を続けていた。棋士道ともいうが、礼儀正しい竜王渡辺明の立ち振る舞いも見事だ。2日間をかけての対局は、驚くべき頭脳戦だということもわかる。
  

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2017年11月22日

心に浮かぶ歌・句・そして詩179

瞬間
瞬間が全部であり
瞬間が永遠である
瞬間が初めであり
瞬間が終わりである
一切を
ただこの瞬間に集中する
刻々の完成が
永遠の完成である
今の今なる自己の完成が
永遠の自己の完成である

後藤静香『天よりの声』より
将棋のように次の一手に集中することは、時間をかけたとしても瞬間そのものである。相手が、どのように対応するかを考えることも瞬間の延長である。必ず決断の時が来る。将棋に待ったはない。相手に指し手がまわり、新たな瞬間が始まる。過去の決断は、変えられないし、現在の局面が全てである。「着手小局、着眼大局」という言葉がある。

  

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2017年11月20日

心に浮かぶ歌・句・そして詩178

今日
今日は過去の結論である
現実に生きていない過去は
無にひとしい
今日は未来の準備である
未来に伸びえない今日は
徒労である
今日の誉れが明日に及ぶように
今日のあやまちが明日に残ってゆく
今日の一切が不滅である
現実の今日に生きることは
「永久の今日」に生きることである
後藤静香『天よりの声』より
最近は、天気も良く日の出がある。また今日が始まるという感じがする。お日様に手を合わせたくなる心境にもなる。
  

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2017年11月19日

心に浮かぶ歌・句・そして詩177

後藤静香著 『天よりの声』より
集中
人生の価値は内容にあり
内容の充実の秘訣は各瞬間の集中である
集中には六つの条件がいる
集中しうる健康
集中しうる習慣
集中しうる順序
集中しうる方法
価値の認識
それに対する信仰
集中の鍵をにぎった者のみが
永遠の人生に勝利をしめる
過去を遮断して、将来に展望を持たない限り、心の迷いは深まるばかりで、集中力が生まれない。瞬間の積み重ねが人生なのだから、考えながら行動するのは、哲学者だけでよい。カントの行動範囲は狭かったらしい
  

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2017年11月06日

禁煙100日目の発見

 3か月以上もすれば、禁煙できたというものだと思うが、お酒を飲んで気分が良かったのか、傍にいた娘の煙草を吸ってみたくなり、手にしたところ「やめなさいよ」と大きな声で、ライターを隠されとめられた。自分も喫煙者だし、娘の喫煙をとがめたことはなく、たまには吸ってみたくなる気持ちもないわけではないが、車の中の受動喫煙の時も吸わないですんでいた。煙草を持ったまま、火がつけられないので、娘の言うとおりに匂いをかいだだけにした。その後、つかんでいた煙草をもんでダメにし、吸ったことにした。
その瞬間思い出したのは40年前、ご自宅でお会いし、1時間もお話をしてくださった、世界的数学者岡潔先生のことである。お話の内容はほとんど忘れたが、正面に居られたので、煙草(ハイライト)を手にされたが、もみほぐすばかりで吸われない。強烈な情景だったので、今でもはっきり覚えている。不思議だなあと思っていた。なぜだろうかなどと考え続けていたわけではないが、私の結論は、聞き手に迷惑になると思っておられたのだろうと思う。「自分を後にして他人を先にせよ」というのが岡潔先生の一つの教えである。娘が引き留めてくれなかったら、禁煙は続いていなかったかもしれない。先のことは、わからないが、当分禁煙は続きそうである。感謝したい。でもあなたもやめなさいよと言いたい。親心である。それでもやめることは当然、彼女の意思である。
  

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2017年10月24日

ある結核保養所の歩み(建築の歴史)10 完結

次の経験談は、建物の建築ではない。県道に横断歩道橋を架ける計画があったが、構想してから二十年後に実現した。横断歩道橋の設置は、県道ならば県が設置する。民間団体が私有地の間に橋を架けるとなるとなかなか許可が下りない。ゴルフ場や一部企業の横断歩道橋があったが、やむをえない理由があるからだ。
 高齢者の安全のためというのが一番の理由だが、なだらかなスロープで車椅子で横断できる橋なので、道からの高さが問題になる。行政が設置する橋は、4.5メートルだが、民間が設置する橋は、5.3メートルという決まりがある。その基準は、昭和三十七年に決められたものだという。そのために、橋のスロープは長くなり予算も多くかかってしまった。補助金は、共同募金会を通じ、中央競馬会が出してくれた。ちなみにこの橋は、横断歩道橋とはいわず、上空占用物という名称になっている。

第二次の特別養護老人ホームの移転建築も数年後に行われたが、併設の法人本部の事務機能を持つ施設は、設計図だけが引かれただけで実現できなかった。資金が足りなかっただけでなく、文化会館的要素もあり、行政とは違い、運営の継続に困難が伴うことが予想されるからである。そのため、事務の法人本部棟は、未整備のままになっている。前述したように、昭和四十四年の建物に増築はしたが、老朽化と手狭になって、収納する場所も不十分である。ここに元事務長の田原さん言葉が浮かぶのである。
「本社ビルは、富を生み出す工場ではない。一番最後になるものだ」
そろそろ整備する時代になったかも知れないのである。
  

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2017年10月23日

ある結核保養所の歩み(建築の歴史)9

土地の購入と整備もすんなりいかなかった。用地買収ができたと思ったら、有料施設の建築計画が持ち上がり、税金の特別免除がなくなり、しかも開発行為の手続きが発生し、事務手続きの変更、追加用地買収の必要が発生、しかも補助事業がらみで期限が限られたことは交渉ごとだけに困難を極めた。施設への進入路の確保、一般道路の自費負担による拡張、近隣住民への補償問題、設計変更による用地の借り入れと取得。
 用地の取得の中で、国有地の購入はなんとも違和感があった。特別養護老人ホームの用地として購入した土地に隣接して町道があった。しかも途中で切れている。以前、宅地になっていて家があった名残であり、購入する必要が生じた。公の土地の上には建物が建てられないからである。河川があったところも公の土地で、青線と呼ばれている。道路は赤線である。この土地の購入は、手続きが簡単ではない。先ず、最初に管理している自治体の承認が必要である。購入先は、財務局である。前橋にあった。法人印と現金を持って手続きをしたのを覚えている。このような場合、「買い上げる」という。民間が買う場合は、「払い下げる」というのである。
補助金の申請書の作成も複雑だった。有料部分と特別養護老人ホームの共有部分である食堂の費用按分などは、行政側との折衝でもなかなか見解が出なかった。さらに建物の登記となると了解がなかなかでなかった。今から考えても根拠に無理があると思えるところがある。
 この施設建築の二年間は、定時に帰宅などはできなかった。午前様も週に何度あったか知れないが、もう遠い過去の記憶になっている。建築補助の申請書の提出は期限が決まっている。建物の完成の暁には、事務方の同志と杯を交わしたいと思った。この時、結核保養所の創設者は九十歳の高齢であったが、影に陽に励ましてくれた。自分の経験も交え話してくれたことは大いなる支えになったが、この保養所の歴史は、住まいの建築だと思った。「僕の人生は乞食のようなものだった」という一言には、なるほどそうだといやに共感するところがあった。純粋に結核患者、高齢者のその時代の目いっぱいに快適住環境を提供してきた歴史がある。
 
  

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2017年10月21日

ある結核保養所の歩み(建築の歴史)8

次は、自身の体験も含んでいる。まさに、建設の歴史であった。昭和から平成にかけて、老朽化する施設群の移転新築が実施されることになる。先ずは、昭和三十七年に開設された軽費老人ホームの移転である。用地買収、建築、旧施設の解体撤去が行われた。完成が昭和六十一年。総工費四億八千万円。有料ホームの増築。完成が昭和六十一年。総工費五億六千万円。養護老人ホーム、特別養護老人ホームの一部移転、有料介護施設の新築。総工費十三億五百万円。昭和六十三年完成。と数年間で多額の資金が投入された。
 そして平成九年特別養護老人ホームの一部、有料老人ホームを合築した施設が完成。総工費二十三億五千万円。まさに建設ラッシュである。よく整備できたものである。この二十三億を超える一大事業には、さまざまな難関があった。国庫補助、県費補助あるといっても実質的には半分である。先ず特別養護老人ホームの分の自己資金を作らなければならない。近隣市町村に補助申請を求めたが、ルールがあるわけではない。議会などにも陳情して何とか一億数千万円の補助を得た。一般募金、寄付が一億円近くあったのも天の恵みというしかない。残りは借り入れることにした。老朽改築のため一億六千万円の無利子融資を受けることができた。有料老人ホームについては、全て借り入れであり、市中銀行からも借りざるを得なくなった。利子の返済が大変である。二十年経った今日に至っても返済できていない。社会福祉施設整備の借入金には、利子の補助もある。県の担当者が、有料施設の借入金に誤って利子補給をした。このお金は貰うお金ではない。連絡して返還した。税金をもらっての事業である、ルール違反は出来ないし、誤りだと分かれば相手に知らせるのは当然である。
  

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