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2017年06月20日

妙義ふるさと美術館



現在、富岡市の市立美術館になっているが、平成の市町村合併の前に建設され開館している。当時は、妙義町であった。妙義山を背景にした高台にあって眺望が良い。近くには、日帰り天然温泉もあり、ちょっとした寛ぎのゾーンになっている。
館内には、妙義山を描いた作品が並んでいる。四季を描いていて見事である。「妙義山を描く絵画展」が企画され、第35回の会を重ねている。地味ながら、こうした行政の文化活動は、評価してよい。維持管理に税金は使われているが、必要経費と考えて良い。
昭和から、平成に移る時、竹下内閣でふるさと創生事業として、全国の市町村に1億円が配られたことがあった。使い道は、市町村が考えることになっていて、使途も問わないことになっていた。榛名町は、町民に事業の案を募集した。私も募集に応じたが、知るか知らずか、妙義町の発想が根底にあった。榛名山を描いてもらい、審査に通った作品を町が所有し、美術館建設は後回しにしても良いから、優秀作品を公立の建物に飾り、小中学校には巡回展示したらどうかという案だった。賛成が2票あったと、町の広報誌にあったが、結果的には公園整備に一億円は使われた。米百俵のように、時間をかけた文化事業に投資するのは、勇気がいるのかも知れない。
  

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2017年06月07日

三方良しの精神



梅雨前線が近づく中、今は梅の収穫の最盛期である。梅の産地としては、和歌山県が知られているが、群馬も梅の産地である。榛名山麓の南面も梅林が広がっている。我が家も、兼業ではあるが梅農家である。青物なので、出荷は、販路がないと大変である。市場に出荷すれば良いのだが、市場までは距離がある。
農協には加入せず、小さな梅組合に加入して、共同出荷している。食品会社が、産地の近くに漬け梅工場建てて久しい。主な出荷場所になっている。他にも漬け梅業者があり、出荷している。ただ、価格もまちまちで、選果した梅の大きさに違いがあり、どこを選ぶか迷うことになるが、基本的には、業者の納品依頼にあわせることになる。そこで痛感するのは、生産者は価格を決められないということである。中には、生産者に過度な要求をする業者もある。依頼条件に合わせて出荷したところ、受け付けない業者もある。泣く泣く生産者は、規格外ということで安く納品することになる。個人であれば、これを限りにお付き合いしなくとも良いが、組合となればそうも行かない。しかし、信頼関係が第一なのは、どこの世界でも基本である。悪徳業者のレッテルは貼っていないが、こうした業者は淘汰されるに違いない。三方良しの精神が大事である。生産者、買い手、消費者の三者にとって。
  

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2017年05月25日

心の壁

アメリカのトランプ大統領が、メキシコからの不法移民を防ぐために、メキシコ国境に壁を造ると発言すると、ローマ法王は
「壁を造ろうとばかり考える人は、それがなんであれ、橋を架けようと考えない人は、キリスト教徒ではない」
と釘をさした。
それに対して
「バチカンは、100パーセント巨大な壁で囲まれているではないか」
とトランプ陣営から反論があった。
数年前、バチカンを観光で見学したが、入場の時のチェックは大変厳しかった。カソリック教徒の総本山であれば、当然とも思った。
トランプ大統領も、万里の長城より長い壁を本当に造ろうと考えているのかは疑問である。お金が準備できない可能性が大である。
ローマ法王とトランプ大統領が会談し、親和的な雰囲気の中でに終了したようだ。
橋を架けると言えば
「我太平洋の橋とならん」
と言った、新渡戸稲造の言葉を思い出す。高邁な精神から出た言葉である。
キリスト教徒であっても、時には必要上物質的な壁を造っても良いが、異教徒には、心を開かないという心の壁は造ってほしくない。教徒でない人から見れば、よく言えばファミリィー的だが、風通しが悪い印象がある。教義は狭義になりやすい。その点、お伊勢さんなどは解放的である。ただ神域はある。京都御所の塀もその程度のものである。
心の壁を造らないためには、知を働かすよりは、情を働かすことだと思うのだが、最近の世界の天気マークを見ると情(晴れ)の国より知(曇りや雨)の国が多くなっているように見える。日本は、本来情の国である。
  

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2017年05月23日

群馬テレビ見学




群馬テレビに勤務する友人の紹介で、前橋市にある群馬テレビを見学した。群馬県を対象地域にした、テレビ放送事業を行っており、設立されたのは昭和45年である。出資者は、群馬県、前橋市や、群馬県内の民間企業である。設立当時の建物なのでエレベーターはない。屋上には電波塔が立っていて、榛名山にある送信所と送受信をしている。普段は、関係者以外立ち入り禁止の場所のようだ。アンテナは、確かに榛名山に向けられている。
予約の午前10時前に玄関から入ろうとすると、ドアがロックされている。入り口脇にある内線電話で来訪を告げると、職員がドアを開けてくれた。このあたりが、テレビ局の特殊性だと思った。不特定多数の人間が簡単に出入りできるようにはなっていない。
応接間に通され、友人から資料を貰い、説明を聞いてから、建物内を見学させてもらった。放送機器がいっぱいあって、実際には見たことがないが、原子力発電所の制御室のようである。ニュース番組の収録をしていない時間帯であったので、スタッフの人に撮影を案内してもらった。照明器具、カメラが備えられている。キャスターの席に座らせてもらい、出演気分にしたって記念写真を取らせてもらった。
見学の感想を求められたが、「勉強になりました」という平凡な感想しか言えなかったが、これからは、地元のテレビ局の番組を見てみようかという気になった。敷島公園のバラ園が近いので、薔薇を鑑賞して帰宅についたのだが、三十度を超える暑さに、「花よりカキ氷」となってしまった。家で群馬テレビを見ると、ニュース番組があり、バックは、今日座った場所であり、バラ園も取材されていた。
  

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2017年05月17日

とろろ汁



高級なのか質素な食べ物なのか、さてや健康食なのか。有料老人ホームの食堂で昼食を食べているので、ときたまとろろ汁が出る。麦飯ご飯に山芋を擦って出汁で溶いたものをかけるのだから「麦とろご飯」という言い方が正しいのかもしれない。
静岡に友人がいて、美味しい「麦とろご飯」の食べられる店に連れていってもらったことがある。丁子屋という店で、江戸時代から続く老舗だという。良く調べてみると、広重の東海道53次の浮世絵に描かれている。安倍川を越えて山間にある小さな店である。鞠子宿の中にあった。
梅若菜まりこの宿のとろろ汁


芭蕉の句である。昨日、たまたま山本健吉の俳句読本を読んでいたら、この句に出会ったのである。有名な句なのであろうが、芭蕉を良く調
べているわけではないので、初めて知った句と言って良い。良い句だなと思う。弟子に宛てた、挨拶句と説明にはある。梅と若菜の季語を重ねてよろしくないなどとは思わない。秋に掘りあげた山芋は、この時期でも十分保存が聞く。美味しいかもしれないと思う。
  

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2017年04月19日

青春詩

息子夫婦に母屋を明け渡し、書斎を整理していたら、大学を卒業した頃に作った詩の一部が出てきた。短編小説や詩を学生時代に書いた記憶があるが、全て捨ててしまったので、残っているとは思っていなかった。筆で清書してあった。気に入っていたのだろうと思うが稚拙な青春詩である。タイトルは、『霧中の離婁』となっている。離婁とは、中国の伝説上の人物で、百歩離れたところから髪の毛先が見えたという程、視力がすぐれていた。ところが霧の中では見えない。霧は恋であり、離婁は自分である。タイトルからして生意気なのである。
霧中の離婁
君と僕とは硝子の向かい合わせ
君の沈黙の微動は
僕の神経の戦慄
君の優しげな微笑は
僕の驚愕

君と僕とは海と岸辺の人
澱み一つない滄海
細波すらない
神聖なその表面は
金剛石の輝き
眼下の光景は僕の憂鬱

君と僕とは小鳥と山上の人
碧落を染まず舞い飛ぶ清い白
紫外線と高地の冷気を
上下に浴びた空間の焦点
頭上の囀りは
僕の永遠の夢世界

君と僕とは織姫と牽牛
夜空を渡る無数個の粒
その岸に突出してきらめく
高貴な印象
七夕の天空は
僕の薔薇の思い出

美しきものは
皮肉な逃亡者
愛らしきものは
混沌の創出者
感受性の強い柳は
君の些細な動きにも動揺する
  

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2017年04月08日

「本居宣長記念館」



三重県松阪城址の一角に、本居宣長記念館がある。本居宣長が住んだ家も移築されて当時の姿を残している。江戸時代の国学者として知られているが、彼の業績と言えば『古事記伝』を後世に残したことである。この時代まで、古事記の内容は理解されていなかったと言って良かった。彼には師がいた。賀茂真淵である。伊勢を訪れた賀茂真淵が、松阪に立ち寄った時、対面し教えを請い、弟子となる許しを得たのである。有名な「松阪の一夜」である。古事記の研究は、宣長へとバトンタッチされたのだが、真淵の宣長への教えは厳しかった。資料館にも、その手紙が残っている。
本居宣長は、商人の子供である。江戸で生まれている。松阪城を築いたのは、蒲生氏郷であるが、滋賀の日野から商人を大勢連れてきて城下に住まわせた。三井財閥の始祖、三井高利は、宣長の家のすぐ近くに生まれているし、木綿の取引で財を成した、長谷川家の屋敷は、今も商人の館として保全され公開されている。長谷川家も宣長の屋敷に近い。「東京物語」、「晩春」などの映画作品で知られている小津安二郎監督も、東京の墨田区に生まれているが、ルーツは松阪であり、しかも宣長とも繋がりがある。
「本居宣長記念館」来館は二度目であるが、彼の人生の過ごし方は、尊敬に値する。医学を学び、生活の糧を得ながら、国学の研究に打ち込み、『古事記伝』の完成には、30年以上費やしている。古事記の内容は難しく、当時としては資料も少なかった。その持続力と集中力には、頭が下がる。
資料館に展示されている数々の資料を見ると、非常に几帳面な性格だったことがうかがえる。文字などは楷書で丁寧に書かれている、若いときから向学心があることは、中国皇帝の系図「神器伝授図」の書き写し(15歳)、日本地図の写し「大日本天下四海画図」(17歳)を見てわかる。
還暦を過ぎて、特に人生のテーマもないが、本居宣長にならって向学心を書きたててみるのも良い。人のためにならなくても、老いの生きがいになれば良い。
  

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2017年03月14日

関口コオの切り絵



芸術家とのお付き合いは少ないが、切り絵作家、関口コオの作品は好きで、面識も出来て30年近くお付き合いがある。年賀状のやりとりもある。数年前に、高崎市箕郷町に開館した「関口コオきり絵美術館」を訪ねた時、氏も居られ、久しぶりにお話しする機会があった。多くの作品も展示されていた。日本航空からポスターの依頼があったことを嬉しそうに話しておられたのが印象的だった。
氏の原画の作品は、一点も所持していないが、コピーを3点ほど自宅の和室などに飾ってある。いずれも初期の作品で童と白い犬が田舎の風景の中に描かれている。子供たちの服装やわらぶき屋根の家が出てくるところをみると、大正、昭和初期の感じがしている。自分の幼い頃の思い出も浮かんできて、ノスタルジックな気分になる。
写真は、「焚き火」というタイトルがついている。今日では、田舎でも焚き火など簡単にできなくなった。そういえば、「焚き火」という童謡がある。この切り絵に添えても違和感がないが、戦時中に作詞したために、不謹慎と言うことで戦後まで日の目をみなかったという話がある。関口コオの切り絵には、童謡詩をつけてみたい気がする。
  

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2017年03月11日

小川芋銭の掛け軸



知人で書画の収集家から、小川芋銭の掛け軸を譲ってもらった。小川芋銭の名前は、頭の隅にあり、展示会で目に留まったのである。俳句と俳画が描かれていてあっさりしている。いつ見ても飽きない感じのする雰囲気がある。
傘と酒壷が描かれている。句は「一本の傘に重たし今年酒」。今年酒が季語で秋の季語である。今年酒は、新酒の意味である。句を鑑賞すれば、「待ちわびたかのように、行きつけの酒屋に新酒を買いに行った帰り、雨の中、片手に持った酒壷が重く感じられる。家に着けば一杯やれる楽しみが頭に浮かびまんざらでもない気持ちである」というようなところか。
小川芋銭は幕末に生まれ、美術学校にも行かず、農業のかたわら絵を描き続けた人で、高齢になって日本美術院の同人となり、日本画家と認められている。同郷の野口雨情や長塚節とも親交があった。新横綱稀勢の里の出身地茨城県牛久に住み、そこで昭和12年に亡くなっている。
  

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2017年02月25日

恩師の死

2月18日(土)橋本宰同志社大学名誉教授が逝去された。心理学が専攻で、第1期橋本ゼミで卒業論文のご指導をいただいた。それ以来、親しくさせていただき、京都を訪問した時何度ともなくご自宅に泊めて頂き、お話しする機会があった。勤務する社会福祉法人の後援会の幹事も長くお引き受けくださった。
家族葬とのことで、先生の死は、葬儀の後、奥様からの電話で知った。心遣いに感謝するとともに、お別れできなかった気持ちも残った。昨年の4月に先生宅をお訪ねし、お会いしたのが最後になった。駅まで車でお送りいただき、こんな早く永別となるとは、想像もしていなかった。人の世の儚さを感じる。
ご子息が医師で、自宅で急変され、ご家族に見守られて亡くなられたご様子。病床に長く伏せられた死でなかったことがせめてもの救いとも思ったが、ご家族にとっては、心の空白が突然訪れ、しばらくご心痛は消えないとも思う。京都では、こんな時「お疲れがでませんように」という弔問の言葉がある。
今度、先生を訪ねる時は、ご霊前ということになる。4月、関西に出かける予定があるので、ご家族のご事情が許すならば、ご自宅を訪ねたいと考えている。先生がお好きだった歌がある。
ただ人は情けあれ朝顔の花の上なる露の世に
ご冥福をお祈りします。
  

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2017年02月21日

『ギリシア人の物語』Ⅱ 塩野七生著 新潮社 3000円(税別)



Ⅰは、一昨年の暮れに出版されたが、Ⅱは、1月の出版になった。それにしても1年のサイクルで大作を世に出すエネルギーには敬服する。副題があって「民主政の成熟と崩壊」となっている。数日前から読み始め読了したわけではないが、高校の教科書で学んだ知識を遥かに超えている。
アテネに光が当てられているが、スパルタの存在は無視できない。デロス同盟という言葉は、教科書で学んだがその内実は、この本でよくわかった。ギリシャ人の都市国家の間には、常に緊張感があって紛争が耐えない。そうした中で30年平和の時代があった。その時代にアテネをリードした政治家がいた。ペリクレスという人物である。本の表紙にも登場している。
しかし、この人物が世を去る数年前から、アテネの民主政治は、崩壊していく。衆愚政治(ポピュリズム)に移り、スパルタとの長期の戦争に突入していく。今、このあたりまで読みすすめている。
  

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2017年02月17日

北朝鮮という国家

朝鮮半島の歴史を詳しく知っているわけではないが、地理的には、半島であって、中国大陸に成立した王朝に従属するように、外交的には鬱屈した状況の中で、朝鮮民族として国を保ってきた印象がある。儒教思想を大陸から取り入れ、民族の結束を図ってきたという印象もある。古代においては、海を隔てた日本との交流もあり、当時としては先進的な技術も日本にもたらしている。仏教の伝来も朝鮮半島を経由している。慶州を訪ねたことがあるが、古墳の埋蔵品を見たら、高松塚古墳との類似に驚いた記憶が残っている。渡来した人々も多く、血の交わりもあることも否定できない。
日露戦争後、朝鮮半島は、日本に併合されたが、第二次大戦後、日本の統治を離れ朝鮮戦争によって南北に分断された。北の朝鮮民主主義人民共和国とは、国交はないに等しい。近代の国家としては、まれに見る専制国家と言える。国の名称とは程遠い、一部権力者の支配する国になっている。しかも、ブラックホールのように国の内情が見えない。軍事費の割合も高く、国民の暮らしは豊かに見えない。さらには、言論の自由もなく、思想統制がなされている。人権も守られていない。
数日前に、金正男の暗殺が報じられた。側近の粛清もあった。なんと恐ろしい国かという感じがする。でも、そんな国にあっても人は生きていかなければならない。憂鬱に思うのは、自己保身を異常な行動に導く国の体質に対してである。手柄を立てて、権力者に媚をうる人間が出てくることである。讒言をすることもあるだろう。共産主義国家だからということではない。教条主義というか、さまざまな価値観を認めない社会や、組織に起こりがちな現象で、歴史上人類は何度も経験している。北朝鮮の国家体制は、当面変わらないだろう。窮鼠猫を噛むというような、国際紛争だけは避けたい。トランプ大統領もこの点は、自覚自制して政治をしてほしい。
  

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2017年02月11日

法律門外漢のたわごと(年金の繰り下げ受給)


平成29年、いよいよ厚生年金、老齢基礎年金の受給年度となりました。友人にも相談されたのですが、繰り下げ受給のことが話題になりました。郵便局主催の年金相談にこられた社会保険労務士さんの言葉が耳に残っています。
「繰り下げを選ぶ人は、100人に2人もいませんね」
いろいろ考えてみましたが、少し利率が良いからと言って、65歳になって生活費の主力である年金を換金せず国に預けておくのもどうかと思うのです。命あっての年金ですからね。預けっぱなしで、使わなければ相続できる子供にも間接的に不利にもなります。友人に薦めたのは「繰り下げせずもらっておきましょう」ということでした。
65歳になっても働き続けるから収入もあり、近い将来無収入になることを想定して、年金の受給額を少しても多くしておきたいという気持ちは分かるのですが、貰った年金をストックしておいても良いのではというアドバイスと、65歳になると在職老齢年金の制度もかわり、年金が停止されることはほとんどないという説明をしておきました。
さて自分はどうするか。裁定請求の葉書が届いたら、厚生年金、老齢基礎年金ともに繰り下げしないという箇所に○をつけて提出することにしていますが、年金事務所に直接出向いて疑問点は確認することにしています。
参考に65歳以上の在職老齢年金は、厚生年金の1ヶ月受給できる額(基本月額)と賞与も含めた1ヶ月支給される給与(総報酬月額相当額)を合算した額が47万円を超えなければ、厚生年金の停止はありません。また、老齢基礎年金は、給与と関係なく全額支給されます。
  

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2017年02月09日

法律門外漢のたわごと(障害年金の審査、支給決定の遅さ)

年金は、障害になった場合にも支給される。ケアマネージャーの仕事をしていると、障害年金の支給対象になる可能性のある利用者に出会う。65歳前に介護認定を受けているケースである。ところが、利用者が障害年金のことを意識していないことが多い。
概略を説明し、年金事務所を訪ねるように薦める。家族がいる場合は、家族に話す。本人は障害があるのでなかなか自分では手続きができない。社会保険庁の時代に、年金事務の不手際があって、今は年金事務所も親切に対応してくれるようになったと聞いている。ところが、申請書類を提出する手続きが大変らしい。それが完了しても、審査に時間がかかる。半年以上かかることはざらと聞く。何とかならないものか。その間に亡くなってしまえば、支給されないことになってしまう。行政システムに問題はないのだろうか。国会で取り上げられても良いのではないか。
  

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2017年02月02日

仮採用期間の大統領

 アメリカの大統領にトランプ氏が就任。選挙期間中の刺激的な発言を繰り返し、矢継ぎ早に大統領令に署名している。そのため、世界中が混乱し、振り回されている。こんなアメリカ大統領近年みたことがない。アメリカ第一主義で、世界に対して宣戦布告しているようだ。
 大統領は、選挙で選ばれているので労働者ではないが、まだ就任から2週間も経っていないから仮採用期間(試用期間)と言える。これだけの言動をみれば不採用にしてもおかしくない。これからの世界情勢は、不安定要素が多い。なんとなく、憂鬱な毎日だと感じている人は多いと思う。

  

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2017年01月24日

映画「沈黙」

遠藤周作の小説「沈黙」が映画化され封切りとなった。小説『沈黙』の中に、司祭が踏み絵を踏む場面があった。その部分を書き抜いてみる。
「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私は、お前たちにふまれるために、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつために十字架を背負ったのだ。こうして司祭が踏み絵に足をつけた時、朝がきた。鶏が遠くで鳴いた」
 映画の中では、神父となっている。踏み絵を踏んだのは、棄教なのだが、信者の命を救う行為にもなっている。長崎奉行の井上政重は、実在の人物であるが、元キリシタンであった。神父が棄教すれば、信者も救われると考えていたので説得するのである。演じた役者も、名演だった。
その説得として、日本の土壌にキリスト教の苗木は育たないという言葉があった。日本も古来から、神道や仏教の信仰がある。そこにキリスト教が唯一の神を説くことを、時の権力は認めなかった。明治になって文明開化として西洋文化が入り、キリスト教の布教も許されるようになった。しかし、キリスト教徒の数は、ザビエル後の布教による信徒の数とかけ離れて多くなっていない。
なぜなのか。歴史と風土ではないかと思っている。一神教ということに、日本の土壌は合わないと言った長崎奉行も思っていたかもしれない。
  

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2017年01月14日

法律門外漢のたわごと(雇用保険の改正)


平成29年1月1日から、65歳以上でも雇用保険に加入できるようになりました。そうであれば、65歳以上で退職した場合、基本手当てとしての失業給付が給付されるかというとそうはなりません。以前と同様、受給用件を満たせば、高年齢求職者給付金が、一時金として支給されます。
実際に、雇用保険に加入し、事業主と雇用されるものが保険料を支払うのは、平成32年の4月1日からになります。それまでは、保険料は免除になります。この改正は、何を意図しているのかは容易に推測されます。65歳以上の就労を促しているということです。その先には、年金の受給年齢の引き下げが待っているかもしれません。
  

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2017年01月05日

『真情』

正月4日、『真情』という小冊子が送られてきました。号を重ね、112号となっています。年3回の発行ですから、40年近く発行し続けていることになります。発行の責任者になっているのは、長く赤間神宮に奉職し、現在は、萩市の松蔭神社に奉職している青田國男氏です。30年来の親交があります。数学者、岡潔先生の春雨塾の塾生というご縁でもあります。
本のタイトルになっている「真情」(まごころ)について、昭和49年度の京都産業大学での岡先生の講義録が載っています。講義の最後のところで、「真情」とは何かを例を挙げて語っておられ、抜粋して紹介することにします。

『日本人は無自覚的にではあるが真情を自分と思っているのである。「真情」の一例を挙げよう。
明治の初め頃の話である。
東北の片田舎に母と子が二人で住んでいた。息子が13になった時、自分は禅を修行したいと云い出した。それには家を出て師を求めなければならない。それで母と子が別れることになった。その別れる時、母は子にこう云った。
「もし修行が上手く行って、人がお前にちやほやしている間は、お前は私のことなんか忘れてしまっていてよろしい。然しもし修行が上手く行かなくなって、人がお前に後ろ指を指すようになったら、必ず私のことを思い出して、私のところへ帰って来ておくれ。私はお前を待っているから」
それから30年経った。子は偉い禅師になった。松島の碧岸寺という寺の住持をしていた。その時郷里から飛脚でこう云って来た。
「お母さんはお歳を召してこの頃ではいつも床に就いておられる。お母さんは何とも云われないが、私達がお母さんのお心を推しはかって云うのだが、どうか出来るだけ早く帰って来て一目お母さんに逢ってあげてほしい」
禅師は取るものも取りあえず家に帰って、寝ている母の枕辺に座った。
そうすると母は子の顔をじっと見てこう云った。
「この30年、私はお前に一度も便りをしなかった。然しお前のことを思わなかった日は一日もなかったのだよ」
私はこの話を聞いた時、涙が出て止まらなかった。
子から見れば、子と母とは二つの心であるが、母から見れば母と子とはただ一つの心、真情だけになっているのである』
これが心というもの。
  

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2016年12月24日

青春18きっぷの効用



このきっぷが売り出されてから久しい。年に3回売り出される。春と夏と冬。試用期間が限定されているが、1ヶ月間は使用が可能である。日帰り旅行に使えば、通常料金の半額以下になることもある。個人で使っても良いし、グループでも良い。値段は、1,1850円である。
このきっぷを利用して、江ノ島・鎌倉散策に5人で出かけた。高崎駅から藤沢駅まで行き、藤沢からは江ノ電で江ノ島駅に移動し、江ノ島に行き、再び江ノ島駅から長谷駅で下車し、由比ヶ浜駅ら鎌倉駅へ。JR鎌倉駅から新橋駅で途中下車し、高崎駅に戻る。通常料金ならば、江ノ電を除き、5,180円である。青春18きっぷでは、一人の料金は、2,370円。半額以下である。ちなみに、江ノ電は「のりおりくん」を利用。1日乗り放題で、600円。いちいち購入する手間もいらない。
  

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2016年12月15日

東京株式市場12月場所

アメリカの大統領選挙でトランプ氏が次期大統領に決まってから、株価が上昇している。先場所も勝ち越しで、今月になってもその勢いが停まらない。15日の中日まで8連勝である。利益確定で株価が下がってもおかしくないが、その日の終値は、前日より上がっている。こんなに上昇すれば、反動もあるだろうが、その気配がない。
人間の心理として株価が永遠に上がるとは考えなくとも、まだ上がるのではないかとの期待感で売るのを控えるものだが、最高値は、後で分かることであって、少しずつ手放す決断が必要である。特に、長い間のマイナスで損失が出ているのであれば、マイナスを減らし現金化しておくのも懸命な考え方である。株は買うより、売るのが難しい気がする。
  

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