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2017年01月24日

映画「沈黙」

遠藤周作の小説「沈黙」が映画化され封切りとなった。小説『沈黙』の中に、司祭が踏み絵を踏む場面があった。その部分を書き抜いてみる。
「踏むがいい。お前の足の痛さをこの私が一番よく知っている。踏むがいい。私は、お前たちにふまれるために、この世に生まれ、お前たちの痛さを分かつために十字架を背負ったのだ。こうして司祭が踏み絵に足をつけた時、朝がきた。鶏が遠くで鳴いた」
 映画の中では、神父となっている。踏み絵を踏んだのは、棄教なのだが、信者の命を救う行為にもなっている。長崎奉行の井上政重は、実在の人物であるが、元キリシタンであった。神父が棄教すれば、信者も救われると考えていたので説得するのである。演じた役者も、名演だった。
その説得として、日本の土壌にキリスト教の苗木は育たないという言葉があった。日本も古来から、神道や仏教の信仰がある。そこにキリスト教が唯一の神を説くことを、時の権力は認めなかった。明治になって文明開化として西洋文化が入り、キリスト教の布教も許されるようになった。しかし、キリスト教徒の数は、ザビエル後の布教による信徒の数とかけ離れて多くなっていない。
なぜなのか。歴史と風土ではないかと思っている。一神教ということに、日本の土壌は合わないと言った長崎奉行も思っていたかもしれない。
  

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2017年01月14日

法律門外漢のたわごと(雇用保険の改正)


平成29年1月1日から、65歳以上でも雇用保険に加入できるようになりました。そうであれば、65歳以上で退職した場合、基本手当てとしての失業給付が給付されるかというとそうはなりません。以前と同様、受給用件を満たせば、高年齢求職者給付金が、一時金として支給されます。
実際に、雇用保険に加入し、事業主と雇用されるものが保険料を支払うのは、平成32年の4月1日からになります。それまでは、保険料は免除になります。この改正は、何を意図しているのかは容易に推測されます。65歳以上の就労を促しているということです。その先には、年金の受給年齢の引き下げが待っているかもしれません。
  

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2017年01月05日

『真情』

正月4日、『真情』という小冊子が送られてきました。号を重ね、112号となっています。年3回の発行ですから、40年近く発行し続けていることになります。発行の責任者になっているのは、長く赤間神宮に奉職し、現在は、萩市の松蔭神社に奉職している青田國男氏です。30年来の親交があります。数学者、岡潔先生の春雨塾の塾生というご縁でもあります。
本のタイトルになっている「真情」(まごころ)について、昭和49年度の京都産業大学での岡先生の講義録が載っています。講義の最後のところで、「真情」とは何かを例を挙げて語っておられ、抜粋して紹介することにします。

『日本人は無自覚的にではあるが真情を自分と思っているのである。「真情」の一例を挙げよう。
明治の初め頃の話である。
東北の片田舎に母と子が二人で住んでいた。息子が13になった時、自分は禅を修行したいと云い出した。それには家を出て師を求めなければならない。それで母と子が別れることになった。その別れる時、母は子にこう云った。
「もし修行が上手く行って、人がお前にちやほやしている間は、お前は私のことなんか忘れてしまっていてよろしい。然しもし修行が上手く行かなくなって、人がお前に後ろ指を指すようになったら、必ず私のことを思い出して、私のところへ帰って来ておくれ。私はお前を待っているから」
それから30年経った。子は偉い禅師になった。松島の碧岸寺という寺の住持をしていた。その時郷里から飛脚でこう云って来た。
「お母さんはお歳を召してこの頃ではいつも床に就いておられる。お母さんは何とも云われないが、私達がお母さんのお心を推しはかって云うのだが、どうか出来るだけ早く帰って来て一目お母さんに逢ってあげてほしい」
禅師は取るものも取りあえず家に帰って、寝ている母の枕辺に座った。
そうすると母は子の顔をじっと見てこう云った。
「この30年、私はお前に一度も便りをしなかった。然しお前のことを思わなかった日は一日もなかったのだよ」
私はこの話を聞いた時、涙が出て止まらなかった。
子から見れば、子と母とは二つの心であるが、母から見れば母と子とはただ一つの心、真情だけになっているのである』
これが心というもの。
  

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2016年12月24日

青春18きっぷの効用



このきっぷが売り出されてから久しい。年に3回売り出される。春と夏と冬。試用期間が限定されているが、1ヶ月間は使用が可能である。日帰り旅行に使えば、通常料金の半額以下になることもある。個人で使っても良いし、グループでも良い。値段は、1,1850円である。
このきっぷを利用して、江ノ島・鎌倉散策に5人で出かけた。高崎駅から藤沢駅まで行き、藤沢からは江ノ電で江ノ島駅に移動し、江ノ島に行き、再び江ノ島駅から長谷駅で下車し、由比ヶ浜駅ら鎌倉駅へ。JR鎌倉駅から新橋駅で途中下車し、高崎駅に戻る。通常料金ならば、江ノ電を除き、5,180円である。青春18きっぷでは、一人の料金は、2,370円。半額以下である。ちなみに、江ノ電は「のりおりくん」を利用。1日乗り放題で、600円。いちいち購入する手間もいらない。
  

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2016年12月15日

東京株式市場12月場所

アメリカの大統領選挙でトランプ氏が次期大統領に決まってから、株価が上昇している。先場所も勝ち越しで、今月になってもその勢いが停まらない。15日の中日まで8連勝である。利益確定で株価が下がってもおかしくないが、その日の終値は、前日より上がっている。こんなに上昇すれば、反動もあるだろうが、その気配がない。
人間の心理として株価が永遠に上がるとは考えなくとも、まだ上がるのではないかとの期待感で売るのを控えるものだが、最高値は、後で分かることであって、少しずつ手放す決断が必要である。特に、長い間のマイナスで損失が出ているのであれば、マイナスを減らし現金化しておくのも懸命な考え方である。株は買うより、売るのが難しい気がする。
  

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2016年12月06日

映画「聖(さとし)の青春」



テレビ等で、上映の予告が多くされているので関心を持った。主人公が将棋の棋士だったこともその関心を増幅させた。モデルになったのは、村山聖という若手棋士である。病気で亡くならなければ名人になったかも知れない俊英であった。ほっぺが膨らんだ、独得の風貌を良く覚えている。
映画にも出てきたが、現在でも棋界の第一人者である羽生善治がライバルで、対戦成績も互角であった。NHK将棋トーナメントの決勝で、秒読みに追われた場面はうっすらと記憶がある。15年以上前の出来事だが、それから数年後亡くなっている。
村山聖を演じたのは、松山ケンイチ。本来細身の体型を村山聖に似せてあえて太らせた役者根性は見上げたものだが、健康にはいかがなものかと心配になった。村山聖も病気を抱えながら、徹夜麻雀や飲酒することもあったらしい。死への不安と恐怖を紛らすこともあり、節制できなかったことは理解できる。それにも優る限られた生の時間を、将棋にかけた気力が全てを覆っている感じがした。健康な人間も、いつかは病気になり、衰え死ぬことが分かっているが、何かに自分の人生を燃やすような生き方が出来ないものである。
それにして、羽生善治役になった東出昌大の仕草は、当人にそっくりである。よほど観察したのであろう。二人とも、将棋を指す手つきは見事である。将棋を趣味にしている人間には、その点だけでもだめなら役者の価値がないと言うことができる。
  

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2016年11月11日

海舟、鉄舟、南州



幕末、江戸の町を戦火に焼かれるのを防いだ立役者である。海舟は、勝海舟。鉄舟は山岡鉄舟、南州は、西郷隆盛である。大政奉還から幕末の政局は、めまぐるしく変わっていく。鳥羽伏見で幕軍と薩長軍との間に戦いが起こり、幕軍が敗走する。大坂城にいた、徳川慶喜は、戦う意思がなく、夜、わずかな側近と幕府軍艦で江戸に帰り、謹慎を表明。朝廷軍との交渉の全てを委任されたのが勝海舟である。
このあたりの経緯は、多くの本に書かれているが、改めて調べてみることにした。参考図書にしたのが、江藤淳の『海舟余波』である。江藤淳は亡くなって久しいが、晩年には、『南州残影』を書いている。後者も合わせて再読した。世の中の体制が大きく変わろうとする時、国を滅ぼすほどの戦いをせず、明治維新の道を開いたのは、表題にある3者の功績が大きいと言ってよい。この3人の人物に共通しているのは、「私」がなく「公」が先にあるということである。「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と西郷隆盛が言ったのは、西郷自身のことではなく、山岡鉄舟を評して言った言葉なのである。
勝海舟は、江戸城無血開城の立役者であるが、周到な準備を持って西郷との会談に臨んだことが、『海舟余波』には多くの文献の引用もしながら書かれている。そして、勝海舟の周囲は同調するものがなく敵ばかりと書かれている。その中で、交渉をやり抜いたのは、政治家の資質があったからだというのが江藤淳の結論である。「百万人と言えども我行かん」という精神にも似ているが、根回し、布石をしながら、将来向かうであろう「公」のビジョンも勝海舟の孤独を支えていた。福沢諭吉に非難された時、批評家に何がわかるものかと、本気になって相手をしなかった気持ちもよくわかった。

  

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2016年10月29日

東京株式市場10月場所

結果は、○○○○●○●●○○○○○●○○○●○の14勝5敗の好成績。為替が円安に向かったことが影響しているかもしれない。年度途中の各社の決算が発表されているが、まちまちで、好況ということでもなさそうである。
季節は、秋から冬に向かうが、秋風から木枯しになって寒さが増すのは確実だが、株式市場の方はどうなりますやら。
  

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2016年10月25日

「しがくのやど」



私学共済の加入者に便宜を図る宿が、全国に8箇所ある。今年3月、友人の勧めで湯河原の「敷島荘」という宿に泊まった。食事もよく、場所も良かった。軽井沢にも「しがくのやど」があって、またもやお誘いがあった。中軽井沢駅の近くにあって、外観も高原宿の感じがある。
厚生年金会館、郵便貯金会館なども利用したことがあるが、無駄な投資をして、国民の反発をかったことを意識して、最近は、旅先の宿にすることはなかったが、営業を継続していることから考えれば、それなりの努力をしているのだろう。軽井沢は、別荘地であるが、自分の所有する別荘はないし、友人の別荘もない。加えて、自宅から日帰りできる距離にあり宿泊する必要もなかった。
今回は、友人が遠方から訪ねてくるので、泊る意味もある。帰路我が家にも泊ることにもなっていて、軽井沢を車で案内することにした。近くには、文人が愛した星野温泉がある。こちらは日帰り温泉である。宿を出て、昼食をはさみながら体を休めて、夕食を我が家で接待することにしている。
  

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2016年10月20日

帝国ホテルのランチ



帝国ホテルと言えば、日本のホテルの雄と言っても良い。歴史が長いのである。しかも、内幸町という東京の一等地にある。帝国ホテルは、明治23年に開業した。ホテルに隣接して鹿鳴館があり、その建物の存在と無関係ではない。国策のホテルとしてスタートしている。最初の建物は、日本人の設計した洋館であったが焼失した。
二代目は、アメリカ人建築家ライトの設計で、帝国ホテルの存在を更に世に示した。現在の帝国ホテルのある場所には解体されて存在しないが、玄関部分は、明治村に移築されて残っている。二代目帝国ホテルの完成は、大正12年であり、落成式の日に関東大震災が起こったことで知られている。建物は傷ついたが崩壊せず、多くの避難民を受け入れた。耐震性に優れていたという評価も得たが、大谷石を多く使用していたために、漏水などがあり、老朽化が進み解体されることになった。しかし、建物の意匠は、芸術的で多くの人々の目に焼きつくことになった。現在、ホテルの1階フロアーの一角にも、その建物の壁面の一部が保存されている。
今回、職場の企画で、3代目?の帝国ホテルの17階で昼食を食べることになった。インペリアルバイキングと称して、5500円也である。約一時間半、バイキングなので好みの物食べ放題ということである。パンフレットを見たら、バイキングを日本で最初に始めたのは、帝国ホテルで昭和33年だという。ライトの設計した建物が存在していた時代である。
  

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2016年10月14日

三浦九段の不正疑惑


インターネットの見出しを見て、一瞬目を疑った。どういうことなのだろうかと。まず、不正という意味が分からない。将棋の対局の不正とはなんだろう。内容を読むと、対局室から離れ、コンピューターの将棋ソフトを利用して指し手を選んでいたという疑惑らしい。本当に。A級クラス、タイトル獲得棋士である三浦九段がまさか。しかも、竜王戦の挑戦が決まっている。ちなみに賞金額は、名人戦より高い。それはともかく、こんな行為をしたら棋士生命が絶たれるではないか。「まった」するのとはわけが違う。棋士としての倫理にも反する。間違いであってほしいが、将棋連盟は、出場停止処分にした。ちなみに、三浦九段は高崎市の出身。同郷の棋士として期待していた。残念である。
  

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2016年10月05日

森田真生という人

今日の日本経済新聞を見ていたら、「旬の人時の人」欄に森田真生さん(31)が紹介されている。小林秀雄賞を受賞した。新潮社が主宰している賞で、評論やエッセイに贈られる。見出しには「数学の魅力を語る『独立研究者』」とある。『独立研究者』という言葉が耳慣れない。森田さんは、大学の数学科を卒業して、教職の道に進まず、組織から給与と言うものを貰わず自活の道を選んだ。しかし、毎日が研究であり、数学の研究者であることには変わりない。
一時ではあるが、百姓をしながら数学の研究を続けた人がいる。世界的数学者で、文化勲章を受章した岡潔である。森田さんは、岡潔の数学する人生に惹きつけられた。新潮社から『数学する人生』を著し、岡潔のことを綴っている。奇しくも、岡潔は、小林秀雄と対談し『人間の建設』という著書がある。『国家の品格』の著者藤原正彦も岡潔を紹介していた。ただ、森田さんは、岡潔がなくなってから生まれた人で、そうした世代に岡潔に共感する人が出てきたことに驚きを禁じえない。
  

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2016年09月22日

『愛ちゃんはお嫁に』

「愛ちゃん」こと卓球の福原愛が、台湾の卓球選手と結婚することを記者会見で発表した。国籍は違っても似合いのカップルに見える。ふと、口にしたのが「愛ちゃんは太郎の嫁になる」という歌詞である。歌もこの詞だけを断片的に覚えているだけだ。誰が歌い、誰が作詞し作曲したのか、曲名は何かと調べてみた。便利な時代である。インターネットですぐ分かった。
歌手は、鈴木三重子という人。紅白歌合戦にも出場した。しかも親子で。記憶にない。昭和31年、今から60年前のことである。父母や、近所のお兄さん、お姉さんが歌っていたのを聞いていたのかもしれない。歌詞からすれば、お兄さんということになるが。
「愛ちゃんはお嫁に」 原俊雄:作詞 村沢良介:作曲 鈴木三重子:歌 
1.
さようなら さようなら 今日限り
愛ちゃんは太郎の 嫁になる

俺らの心を 知りながら
でしゃばりお米に 手を引かれ
愛ちゃんは太郎の 嫁になる
  

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2016年09月20日

年金の強制徴収

9月20日の日経新聞の1面に「年金強制徴収を拡大」という見出しが出ている。内容を見てみると、2017年度から年間所得300万円以上の国民年金保険料の滞納者は、最終的には、財産を差し押さえるというものだ。
国民年金保険料の納付率は、60パーセント程度である。厚生年金などの被用者保険加入者や免除者を除いた第一号被保険者の納付率だが、払えない人と払わない人がいる。年間所得300万円は、払わない人と言って良い。国民年金は、強制加入である。
昨夜、BSフジで前厚生労働大臣田村衆議院議員とミスター年金と言われた長妻衆議院議員が持論を述べていた。東大の名誉教授も加わって、内容はかなり専門的になっている。共通していたのは、年金制度を持続可能なものにする点である。未納問題も話し合われていたが、払う意識をもち、老後の生活設計に年金は要になるという意識を国民が共有することだという点である。
東大教授は、ユニークな提案をしていたが、401Kに触れていた。意外と普及していないのだが、国民年金の未納者には無理な話だが、老後の生活に備える社会保険としての確定拠出年金の存在である。子供は頼りにせず、自立した老後を実現するための、経済的基盤を作れるようにしたい。会社の不理解で2年しか加入できなかったが、9月には一時金で課税なく支給されることになっている。趣味の旅の引当金にしようと思っている。
  

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2016年09月10日

女性の社会進出

女性が、育児だけでなく社会に出て働く時代になってきた。育児休業制度も定着しつつあり、休業期間中の雇用保険からの給付も改善されている。少子高齢化の問題が背景にあり、核家族化無関係ではない。自分の妻を、家内と呼ぶのにふさわしくない時代になった。ならば、家外と呼べばと思うがそこまではいかない。響きも悪いし、「家害」の文字を連想すると言ったら女性蔑視になる。
 専業主婦という妻の立場も崩れようとしている。育児と調理、家計の会計責任者という家庭の主婦の位置も変わろうとしている。逆に、「男子厨房に入るべからず」という格言は、放棄してもよさそうである。将来、男性が一人暮らしになった時、一番困るのは、3食の食事である。若いときから準備しておいた方がよさそうである。
 10月から、条件付だが、短時間労働者でも健康保険や厚生年金に加入できるようになる。多くは、女性のパートタイマーである。配偶者控除の見直しを含めた、税制改正も論議されている。最低賃金も、全国的に引き上げられている。同一労働同一賃金の方向に流れている。いずれにしても、女性の社会進出が求められる社会になった。東京都の小池知事も、待機児童の対策に乗り出した。ただ、育児において、3歳くらいまでは両親の愛情が子供に十分与えられる環境が必要である。人の情緒は、ほとんどこの時期に形成されるらしい。
  

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2016年09月02日

東京株式市場8月場所

取引日が22日あって、見事に相星になった。
○●●○●○○●○●●○●○○●○●●○●○
月初めと月末の株価もほぼ同じ水準である。イギリスのEU離脱で、株価が大暴落を起こしたが、市場もようやく落ち着いてきた感じである。9月は、多くの企業が、配当を実施する月でもあり、優待の多い月でもある。もともと、長期保有、配当、優待目的の株式投資だから、企業が安定的に成長し、倒産の憂き目に遭わなければ良いと思っているので、8月は夏休みのような感じがした。
  

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2016年08月30日

名誉ある撤退

専門知識、技術的基礎を持って仕事や、趣味をしなかった人生の反省がある。一つくらいそれなりの専門資格を持って仕事をしてみたいと思ったのが、社会保険労務士試験を受けてみようと思った動機である。50代だったが、最初の数年は、なんとかなるという感じがしたが、もう少しという壁が越えられない。能力の限界とは思わなかったが、一つは好きになれないこと。もう一つは、集中力がないこと。記憶することが、かなり細部までにわたってあり、類似、例外もあり、なかなか覚えられないのである。毎年のように法改正もあり、対応もしなければならない。こうしたことも、愚痴や言い訳の類には違いないが、試験に合格するという目標は捨てることにした。
試験会場に行けば、50歳以下の人がほとんどだ。定員制の試験ではないから自分が合格したからといって、若い人が不合格になるわけではないが、そろそろ潮時だとかんじるようになった。試験から帰り、家には、日本年金機構から年金定期便の葉書が届いていた。そろそろ宮仕えを終え、年金生活者になるのだから、労務関係は、眼を通すくらいにして健康保険、厚生年金、国民年金に集中して学ぶことにした。これでは、試験には受からない。名誉ある撤退である。
  

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2016年08月25日

官高民低

介護保険制度に住宅改修補助制度がある。20万円を上限として、9割を支給するというものである。その中で段差解消という工事に踏み台を設置することになった。書類審査になるので写真提出が必要になる。提出した写真では、確認できないから分かるような写真を提出してほしいという。現状の写真でも固定箇所を説明しているから了解してほしいというと、首を縦に振らない。
「現場に来て確かめればいかがですか。固定しているかは写真だけでは説明できないこともありますよね」
というと、書類で審査するのが建前だと言わんばかりに、再提出を支持する。以前は、現場確認をしていたのである。担当者や、行政の方針が変わったのだろうか。市町村合併後、役人さんのフットワークが悪くなったような気がしている。
子供が独立して母屋を明け渡し、隣に別宅を建てることにした。名義が同じなので、浄化槽は共有できると思っていたら、新しく設置する必要があるという。人数が増えるわけではないのだから、前の浄化槽を使えると思っていた。そのかわり、申請すれば補助金が出ると言う。設備工事の業者の勘違いで、期限に申請ができず、後の祭りになってしまった。こちらは、施主の注意力がないと諦めたが、救済措置くらいあっても良いと思うし、制度を知らない住民もいるだろうから、建築確認の時でも教えてもらっても良い。大魚を逃がしてしまった感じである。
もうひとつは、生ごみ処理のコンポストの補助である。金額は少ないが、家の前が畑なので購入することになった。補助の手引きのとおり、納品書と領収書を申請書に添付して出したら、領収書がレジのものだから受けられないと窓口で言われる。日付と金額が一致しているから、購入が確認できませんかと言ってお願いすると、後日補助しますという通知が来た。かように、お役人さんの対応は固い。
ところが、家屋調査に来た職員は実に丁重で、親切に対応してくれた。固定資産税は、市町村の財源になる。なるほど、お金をもらうほうは腰が低いのかと下衆な考えを持ったが、お金を出すほうも同じであっていい。
  

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2016年08月20日

男子50キロ競歩に学ぶ

リオのオリンピックも終盤に入っている。さまざまな競技に日本選手のメダル獲得があり嬉しい限りである。スポーツで国威の発揚を図るオリンピックは、人類にとって良い発明だと思っている。国家間の戦争は最悪だし、ルールはあっても選挙もオリンピックに比べたら爽やかさがない。
ブラジルと日本では、時差があるために実況放送は夜遅くなることがある。50キロ競歩もそのひとつだった。マラソンは最初から最後まで見る機会はあるが、この競技は長時間のため全て報道されることもほとんどない。見始めると、ついついテレビの前に釘付けになった。ドラマがあるのである。トップを走っていた走者が立ち止まり、棄権するかと思ったらまた歩き始める。トップから後方に下がり、今度は倒れてしまう。それでも完走し、10位以内に入った。すごい気力である。
日本の新井選手は、淡々と歩を進め、日本人で初めて銅メダルを獲得した。感動的であった。人生と違い、谷あり山ありではない海辺の周回コースを走る?のだが、抜きつ抜かれつ人生に重なるものがある。諦めずにゴールに向かって歩む。その結果、順位が決まるが、肝心なことは、自己との戦いである。道路わきにシャワーが設置されている。暑く過酷な状況で良く耐えてゴールしたと思う。
翌日の報道で、失格となったという記事を見た。良くある歩き方の反則かと思ったら、肘が相手の選手にあたり走りを妨害したという内容である。競歩は、走ってはいけないのだ。どちらかの足が付いていなければならない。警告から失格になる。結果的には、銅メダルが認められた。故意ではなかったからである。相手の選手も認めた。爽やかである。
  

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2016年07月26日

彫刻家荻原守衛



明治の後期に、彗星のように現れた天才的彫刻家荻原碌山のことである。安曇野、大糸線穂高駅の近くに美術館があり、作品が展示されている。人生は、30年と短い。名字が同じなので、親近感もある。最近は、荻原浩が直木賞を受賞したので、荻原の認知度も上がっているかもしれない。初対面の人の7割くらいが「荻原」を「萩原」と間違える。
臼井吉見の小説『安曇野』の1巻と2巻に登場する。アメリカ、ヨーロッパに7年間留学し、ロダンの影響を強く受ける。この点は、高村光太郎も同じで、芸術をともに語り合える親友になった。最後に残した作品は「女」である。この作品を、仕上げた直後急死するのだが、死因は定かではない。小説の中の描写もあるが、様々に推測はされるが、明らかではない。モデルはいたが、イメージしたのは、新宿中村屋のおかみである相馬黒光と言われる。
彼の残した有名な言葉は、「相剋は美」である。碌山美術館にもこの言葉が刻まれている。
  

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