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2016年10月14日

三浦九段の不正疑惑


インターネットの見出しを見て、一瞬目を疑った。どういうことなのだろうかと。まず、不正という意味が分からない。将棋の対局の不正とはなんだろう。内容を読むと、対局室から離れ、コンピューターの将棋ソフトを利用して指し手を選んでいたという疑惑らしい。本当に。A級クラス、タイトル獲得棋士である三浦九段がまさか。しかも、竜王戦の挑戦が決まっている。ちなみに賞金額は、名人戦より高い。それはともかく、こんな行為をしたら棋士生命が絶たれるではないか。「まった」するのとはわけが違う。棋士としての倫理にも反する。間違いであってほしいが、将棋連盟は、出場停止処分にした。ちなみに、三浦九段は高崎市の出身。同郷の棋士として期待していた。残念である。
  

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2016年10月05日

森田真生という人

今日の日本経済新聞を見ていたら、「旬の人時の人」欄に森田真生さん(31)が紹介されている。小林秀雄賞を受賞した。新潮社が主宰している賞で、評論やエッセイに贈られる。見出しには「数学の魅力を語る『独立研究者』」とある。『独立研究者』という言葉が耳慣れない。森田さんは、大学の数学科を卒業して、教職の道に進まず、組織から給与と言うものを貰わず自活の道を選んだ。しかし、毎日が研究であり、数学の研究者であることには変わりない。
一時ではあるが、百姓をしながら数学の研究を続けた人がいる。世界的数学者で、文化勲章を受章した岡潔である。森田さんは、岡潔の数学する人生に惹きつけられた。新潮社から『数学する人生』を著し、岡潔のことを綴っている。奇しくも、岡潔は、小林秀雄と対談し『人間の建設』という著書がある。『国家の品格』の著者藤原正彦も岡潔を紹介していた。ただ、森田さんは、岡潔がなくなってから生まれた人で、そうした世代に岡潔に共感する人が出てきたことに驚きを禁じえない。
  

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2016年09月22日

『愛ちゃんはお嫁に』

「愛ちゃん」こと卓球の福原愛が、台湾の卓球選手と結婚することを記者会見で発表した。国籍は違っても似合いのカップルに見える。ふと、口にしたのが「愛ちゃんは太郎の嫁になる」という歌詞である。歌もこの詞だけを断片的に覚えているだけだ。誰が歌い、誰が作詞し作曲したのか、曲名は何かと調べてみた。便利な時代である。インターネットですぐ分かった。
歌手は、鈴木三重子という人。紅白歌合戦にも出場した。しかも親子で。記憶にない。昭和31年、今から60年前のことである。父母や、近所のお兄さん、お姉さんが歌っていたのを聞いていたのかもしれない。歌詞からすれば、お兄さんということになるが。
「愛ちゃんはお嫁に」 原俊雄:作詞 村沢良介:作曲 鈴木三重子:歌 
1.
さようなら さようなら 今日限り
愛ちゃんは太郎の 嫁になる

俺らの心を 知りながら
でしゃばりお米に 手を引かれ
愛ちゃんは太郎の 嫁になる
  

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2016年09月20日

年金の強制徴収

9月20日の日経新聞の1面に「年金強制徴収を拡大」という見出しが出ている。内容を見てみると、2017年度から年間所得300万円以上の国民年金保険料の滞納者は、最終的には、財産を差し押さえるというものだ。
国民年金保険料の納付率は、60パーセント程度である。厚生年金などの被用者保険加入者や免除者を除いた第一号被保険者の納付率だが、払えない人と払わない人がいる。年間所得300万円は、払わない人と言って良い。国民年金は、強制加入である。
昨夜、BSフジで前厚生労働大臣田村衆議院議員とミスター年金と言われた長妻衆議院議員が持論を述べていた。東大の名誉教授も加わって、内容はかなり専門的になっている。共通していたのは、年金制度を持続可能なものにする点である。未納問題も話し合われていたが、払う意識をもち、老後の生活設計に年金は要になるという意識を国民が共有することだという点である。
東大教授は、ユニークな提案をしていたが、401Kに触れていた。意外と普及していないのだが、国民年金の未納者には無理な話だが、老後の生活に備える社会保険としての確定拠出年金の存在である。子供は頼りにせず、自立した老後を実現するための、経済的基盤を作れるようにしたい。会社の不理解で2年しか加入できなかったが、9月には一時金で課税なく支給されることになっている。趣味の旅の引当金にしようと思っている。
  

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2016年09月10日

女性の社会進出

女性が、育児だけでなく社会に出て働く時代になってきた。育児休業制度も定着しつつあり、休業期間中の雇用保険からの給付も改善されている。少子高齢化の問題が背景にあり、核家族化無関係ではない。自分の妻を、家内と呼ぶのにふさわしくない時代になった。ならば、家外と呼べばと思うがそこまではいかない。響きも悪いし、「家害」の文字を連想すると言ったら女性蔑視になる。
 専業主婦という妻の立場も崩れようとしている。育児と調理、家計の会計責任者という家庭の主婦の位置も変わろうとしている。逆に、「男子厨房に入るべからず」という格言は、放棄してもよさそうである。将来、男性が一人暮らしになった時、一番困るのは、3食の食事である。若いときから準備しておいた方がよさそうである。
 10月から、条件付だが、短時間労働者でも健康保険や厚生年金に加入できるようになる。多くは、女性のパートタイマーである。配偶者控除の見直しを含めた、税制改正も論議されている。最低賃金も、全国的に引き上げられている。同一労働同一賃金の方向に流れている。いずれにしても、女性の社会進出が求められる社会になった。東京都の小池知事も、待機児童の対策に乗り出した。ただ、育児において、3歳くらいまでは両親の愛情が子供に十分与えられる環境が必要である。人の情緒は、ほとんどこの時期に形成されるらしい。
  

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2016年09月02日

東京株式市場8月場所

取引日が22日あって、見事に相星になった。
○●●○●○○●○●●○●○○●○●●○●○
月初めと月末の株価もほぼ同じ水準である。イギリスのEU離脱で、株価が大暴落を起こしたが、市場もようやく落ち着いてきた感じである。9月は、多くの企業が、配当を実施する月でもあり、優待の多い月でもある。もともと、長期保有、配当、優待目的の株式投資だから、企業が安定的に成長し、倒産の憂き目に遭わなければ良いと思っているので、8月は夏休みのような感じがした。
  

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2016年08月30日

名誉ある撤退

専門知識、技術的基礎を持って仕事や、趣味をしなかった人生の反省がある。一つくらいそれなりの専門資格を持って仕事をしてみたいと思ったのが、社会保険労務士試験を受けてみようと思った動機である。50代だったが、最初の数年は、なんとかなるという感じがしたが、もう少しという壁が越えられない。能力の限界とは思わなかったが、一つは好きになれないこと。もう一つは、集中力がないこと。記憶することが、かなり細部までにわたってあり、類似、例外もあり、なかなか覚えられないのである。毎年のように法改正もあり、対応もしなければならない。こうしたことも、愚痴や言い訳の類には違いないが、試験に合格するという目標は捨てることにした。
試験会場に行けば、50歳以下の人がほとんどだ。定員制の試験ではないから自分が合格したからといって、若い人が不合格になるわけではないが、そろそろ潮時だとかんじるようになった。試験から帰り、家には、日本年金機構から年金定期便の葉書が届いていた。そろそろ宮仕えを終え、年金生活者になるのだから、労務関係は、眼を通すくらいにして健康保険、厚生年金、国民年金に集中して学ぶことにした。これでは、試験には受からない。名誉ある撤退である。
  

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2016年08月25日

官高民低

介護保険制度に住宅改修補助制度がある。20万円を上限として、9割を支給するというものである。その中で段差解消という工事に踏み台を設置することになった。書類審査になるので写真提出が必要になる。提出した写真では、確認できないから分かるような写真を提出してほしいという。現状の写真でも固定箇所を説明しているから了解してほしいというと、首を縦に振らない。
「現場に来て確かめればいかがですか。固定しているかは写真だけでは説明できないこともありますよね」
というと、書類で審査するのが建前だと言わんばかりに、再提出を支持する。以前は、現場確認をしていたのである。担当者や、行政の方針が変わったのだろうか。市町村合併後、役人さんのフットワークが悪くなったような気がしている。
子供が独立して母屋を明け渡し、隣に別宅を建てることにした。名義が同じなので、浄化槽は共有できると思っていたら、新しく設置する必要があるという。人数が増えるわけではないのだから、前の浄化槽を使えると思っていた。そのかわり、申請すれば補助金が出ると言う。設備工事の業者の勘違いで、期限に申請ができず、後の祭りになってしまった。こちらは、施主の注意力がないと諦めたが、救済措置くらいあっても良いと思うし、制度を知らない住民もいるだろうから、建築確認の時でも教えてもらっても良い。大魚を逃がしてしまった感じである。
もうひとつは、生ごみ処理のコンポストの補助である。金額は少ないが、家の前が畑なので購入することになった。補助の手引きのとおり、納品書と領収書を申請書に添付して出したら、領収書がレジのものだから受けられないと窓口で言われる。日付と金額が一致しているから、購入が確認できませんかと言ってお願いすると、後日補助しますという通知が来た。かように、お役人さんの対応は固い。
ところが、家屋調査に来た職員は実に丁重で、親切に対応してくれた。固定資産税は、市町村の財源になる。なるほど、お金をもらうほうは腰が低いのかと下衆な考えを持ったが、お金を出すほうも同じであっていい。
  

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2016年08月20日

男子50キロ競歩に学ぶ

リオのオリンピックも終盤に入っている。さまざまな競技に日本選手のメダル獲得があり嬉しい限りである。スポーツで国威の発揚を図るオリンピックは、人類にとって良い発明だと思っている。国家間の戦争は最悪だし、ルールはあっても選挙もオリンピックに比べたら爽やかさがない。
ブラジルと日本では、時差があるために実況放送は夜遅くなることがある。50キロ競歩もそのひとつだった。マラソンは最初から最後まで見る機会はあるが、この競技は長時間のため全て報道されることもほとんどない。見始めると、ついついテレビの前に釘付けになった。ドラマがあるのである。トップを走っていた走者が立ち止まり、棄権するかと思ったらまた歩き始める。トップから後方に下がり、今度は倒れてしまう。それでも完走し、10位以内に入った。すごい気力である。
日本の新井選手は、淡々と歩を進め、日本人で初めて銅メダルを獲得した。感動的であった。人生と違い、谷あり山ありではない海辺の周回コースを走る?のだが、抜きつ抜かれつ人生に重なるものがある。諦めずにゴールに向かって歩む。その結果、順位が決まるが、肝心なことは、自己との戦いである。道路わきにシャワーが設置されている。暑く過酷な状況で良く耐えてゴールしたと思う。
翌日の報道で、失格となったという記事を見た。良くある歩き方の反則かと思ったら、肘が相手の選手にあたり走りを妨害したという内容である。競歩は、走ってはいけないのだ。どちらかの足が付いていなければならない。警告から失格になる。結果的には、銅メダルが認められた。故意ではなかったからである。相手の選手も認めた。爽やかである。
  

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2016年07月26日

彫刻家荻原守衛



明治の後期に、彗星のように現れた天才的彫刻家荻原碌山のことである。安曇野、大糸線穂高駅の近くに美術館があり、作品が展示されている。人生は、30年と短い。名字が同じなので、親近感もある。最近は、荻原浩が直木賞を受賞したので、荻原の認知度も上がっているかもしれない。初対面の人の7割くらいが「荻原」を「萩原」と間違える。
臼井吉見の小説『安曇野』の1巻と2巻に登場する。アメリカ、ヨーロッパに7年間留学し、ロダンの影響を強く受ける。この点は、高村光太郎も同じで、芸術をともに語り合える親友になった。最後に残した作品は「女」である。この作品を、仕上げた直後急死するのだが、死因は定かではない。小説の中の描写もあるが、様々に推測はされるが、明らかではない。モデルはいたが、イメージしたのは、新宿中村屋のおかみである相馬黒光と言われる。
彼の残した有名な言葉は、「相剋は美」である。碌山美術館にもこの言葉が刻まれている。
  

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2016年07月14日

参議院選挙の後


政治の話題にはあまり触れないことにしている。ただ、戦争と平和については、黙して語らないというわけにはいかない。選挙が終わってみれば、自公政権が承認されただけでなく、改憲勢力が無所属を含めるとわずかながら3分の2を超えた。憲法改正、戦争が出来る国、戦前回帰と危惧する声が聞こえてくる。国民投票で決めるのだから、憲法改正が発議されても、世に言う戦争法案の基礎となるような憲法が承認されるようなことにはならないだろう。
正式な発表ではないというが、天皇の生前退位の記事が新聞に載り、テレビなどで報道され驚いた。参議院選挙の後だけに、憲法改正に絡んで微妙なタイミングだとおもったからである。皇室典範では、天皇は自らのご意思で退位できないようである。そのことには触れないが、先の大戦の開戦にあたって、戦争に反対し、終戦を決断し、戦後の復興と平和を願い続けたのは、昭和天皇であり、平成天皇も平和を願い、高齢の見ながら戦没者の慰霊の旅をされた事実である。
天皇家の伝統は、「ウシハク」ではなく「シラス」ということである。国民を支配するというより、国民を守るということである。権力を長く握ると腐敗するのは、歴史が証明するところであり、某知事もその謗りを避けられなかった。権威は、他人が認めるものだ。天皇の行為は、無私そのものに感じられる。
  

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2016年07月06日

モーセの十戒

映画『十戒』は、何度見てもスケールの大きいスペクタルである。モーセが、シナイ山に登ると、光が走り、神が岩に十の戒めを刻む。それが、モーセの十戒といわれ、イスラエルの人々の信仰の指針になった。あらためて、列挙することにする。
わたしのほかに神々があってはならない
偶像を造ってはならない
主の御名をみだりに唱えてはならない
安息日を覚えてこれを聖なる日とせよ
あなたの父と母を敬え
殺してはならない
姦淫してはならない
盗んではならない
偽りの証言をしてはならない
あなたの隣人の家を欲しがってはならない。
万国共通の戒律ということにはならないが、我が家では「殺してはいけない、盗んではいけない、嘘をついてはいけない」と三つに絞って戒律にしている。今回のバングラデシュのテロ事件。論外である

  

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2016年07月02日

童話『巣から落ちた小雀』

良子先生は、幼稚園の先生をしている。
音楽大学を卒業したので、ピアノが上手い。園児に童謡を演奏しながら歌って聞かせてくれる。園児はそれが楽しみで、すぐに覚えてしまう。
日本の童謡が、良子先生は好きで、園児には難しい歌詞もある。
「まいごのまいごのこすずめは、お寺のやねで、母さんどこよときいたけど、ポクポク木魚の音ばかり」
園児は健気に聴いていたが、演奏が終わると
一人の園児が、珍しく良子先生に
「この歌、悲しいし淋しい感じがする」
良子先生は、振り返って
「ハルちゃん、よくわかるね。でも先生の好きな歌なのよ」
ピアノに向かい
「もう一度弾いてみましょうね。みんなも先生に合わせて歌ってごらん」
「まいごのまいごのこすずめは、母さんたずねてよんだけど、サラサラつめたいかぜばかり、かぜばかり」


良子先生の働いている幼稚園の近くには、森があり、雀が園舎にやってくる。玄関は、軒がせり出して、いつのまに巣を作ってしまう。今日も、チュンチュン鳴いている。時々、雛が落ちてしまうことがある。
園長先生にお願いして、巣ができないように建物の改修をお願いしたことがある。
雀は、子供たちも嫌いではないし、玄関先が糞で汚れても掃除すれば良いと、良子先生の提案を聞いてくれない。

この日も、演奏が終わり、職員室に帰ると
「雀の雛が落ちたみたい」
と、同僚の先生が窓の外を見て言った。
「運がなかったのだね。この雀はもう親雀は育てられないね」
と園長先生は、冷静な声で言った。

良子先生は、ちょっとムッとして
「私が家に連れてっていって育てます」
すると、横から同僚の男の先生が
「良子先生、雀の雛を育てるのは大変ですよ」
と言って体験談を話してくれた。
この先生は、以前この園舎の玄関先に落ちた雛を飼って育てたことがあるのである。
その話はいたって具体的で、良子先生は納得するように聴いた。


食べさせるのに一苦労がある。虫しか食べない時期があり、虫取りが大変。正面から食べさせると口を開かない。斜めからすばやく食べさせるのがコツ。それに頻繁に口に餌を運んでやる必要がある。出勤の日は、袋に入れ一緒に通勤した。家に帰れば、手作りの箱に入れ、猫に食べられないように、洗濯籠に入れ、天井に吊るすなどして育てたと言う。「大変だよ」という言葉の背景が良く分かる。でも、巣立ちの後、一度だけ戻ってきたという。恩を忘れなかったのであろう。鳥にも情がわかるのかもしれない。

この先生は、クリスチャンで、動物にも優しい。恥ずかしそうに聖書に書かれている「善きサマリヤ人」の話をした。
「孔子さんも『義を見てせざるは勇なきなり』とも言いましたな」
と頭をかいている。

良子先生は、決めたとばかり玄関に飛び出し雛の元に飛んでいった。ところが、雛はそこにはいなかった。迎えに来た父兄がどこやらに片付けてしまったのかと思った。良子先生は、悲しくなってその場にうずくまってしまった。
その時である。良子先生の肩に何かが落ちた。また、雛が巣から落ちてきたのである。良子先生の心は、複雑だった。


  

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2016年07月02日

童話の素材

童話を書いてみようと思うが、その感性が無い。どうしても大人の論理が支配してしまう。先日、こんな場面に遭遇した。ある老人施設の建物は、立派な鉄筋コンクリート作りで軒が張り出している。そこを絶好の住処にしているのが雀である。玄関前に糞を落としたりするので、職員は対策に苦しんでいる。議論百出するが、雀は毎年巣作りに励んでいる。すっかり、雀のお宿になってしまった。
巣立つには早い、雀の雛を発見。巣から落ちたのである。さて、どうするやら話題になっている。通りかけた、面会者が気づき、駐車場の脇の草むらに置いた。さすがに、車の下敷きになるのは偲びがたかったのである。女性職員が見かねて「私飼おうかな」という。
先輩職員が体験談を話し始めた。彼は、雀の雛を1ヶ月ほど養育した経験がある。実に具体的である。食べさせるのに一苦労がある。虫しか食べない時期があり、虫取りが大変。正面から食べさせると口を開かない。斜めからすばやく食べさせるのがコツらしい。それに頻繁に口に餌を運んでやる必要がある。出勤の日は、袋に入れ一緒に通勤した。家に帰れば、手作りの箱に入れ、猫に食べられないように、洗濯籠に入れ、天井に吊るすなどして育てたと言う。「大変だよ」という言葉の背景が良く分かる。でも、巣立ちの後、一度だけ戻ってきたという。恩を忘れなかったのであろう。鳥にも情がわかるのかもしれない。
女性職員は、納得して聞いている。退勤する時、面会者が雛を置いた草むらに行った。そこには、雛の姿がなかった。居れば、連れ帰って飼おうと思った。「巣から落ちた雀」というタイトルで童話を書いてみようと言う気持ちが湧いたが構想が生まれてこない。今のところ素材でしかない。ふと思ったことは、聖書に出てくる「善きサマリヤ人」の話である。見てみぬ振りのできない優しさが主題になる。彼女に尋ねると「母性本能ですかね」。こういう職員がいることは、嬉しい。
  

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2016年07月01日

ノウゼンカズラ



この時期に、道路を車で走っていると、垣根や、木に絡まるようにして咲いているオレンジ色の花が目に付く。ノウゼンカズラという名前を知ったのは、それほど昔のことではない。俳句をする人間として恥ずかしい限りだが、最近外国からやってきた花だろうぐらいの意識だったのである。ノウゼンカズラは、中国が原産らしいが、平安時代から日本で植えられていたようだ。
蔓性の植物なので、巻きついて支えてくれるものが必要。新居に隣接して、イチョウの大木があり、落ち葉が大量に落ちることを考え背丈をつめ、枝を落とした。春になって芽吹き緑も出てきたが、いかにも無残な姿に見える。そこで思いついたのが、イチョウの木の根元に、ノウゼンカズラを植え、絡ませてみようという発想になった。小さな苗木だから、マシになるのは数年後だと思うが楽しみである。

  

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2016年06月30日

イギリスショック

6月の株式市場は、大荒れだった。イギリスの大方の予想に反し、EUからの離脱が決まったからだ。つくづく株式と言うものは、人間の心理と無関係ではないことを実感した。円高が進んだことで株が下落したことはわかるが、内需株まで下がるのだから驚きである。配当確定日が近いなどという要素は一蹴された感がある。暴落の後、少し落ち着いたのかわずかながらではあるが、値を戻している。
6月場所は、12勝10敗であるが、月初めと月末を比較すると、日経平均で1500円下落したことになる。暴落した日のように、大きく値下げした日があったからである。今回経験したのは、イギリスショックの後、内需株は値を戻すだろうという予測が当たったことだ。全体の株は下がっているが、短期間の譲渡益があった。長期保有を原則にしているが買いのチャンスもある。
  

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2016年06月29日

生活保護について考える

総務省の生活保護の実態調査の状況をみると、生活保護受給者は200万人を超え、とりわけ高齢者世帯が多い。家族間の扶養という絆が細くなっているのと、労働力人口年齢に十分働けなかったり、年金加入が不十分だったりした人が、高齢になった時、生活保護に頼らざるを得ない状況になっている。
憲法が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を実現するための最大のセーフティーネットであることは認めるが、財源になるのは税なのだから、生活保護受給者が増加する流れを変える必要があるのではないかと考えるのは国民的課題ともいえる。
日本経済が上向き、雇用が維持され、待遇も改善されれば、生活保護の受給者も減少することは、高度成長の時代がそうした流れを生んだことは事実だが、アベノミクスが苦戦しているように容易ではない。雇用形態で低賃金に苦しんでいる若者も多い。年金加入も満足に出来ていない人も多いだろう。高齢者になった時、十分な年金を受給できないことは明らかである。
老齢基礎年金に対する、税の負担は半分になった。しかし毎月の保険料は、16000円を越える。40年間満額で80万円弱である。これでは、健康で文化的な最低限度の生活は無理である。さて、どうしたものかと考えるが、良い知恵は浮かばない。制度には、限界がある。暮らし方を変えるか、労働意欲を持ち、職業に拘らず収入の道を見つけるしかない。
  

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2016年06月08日

法律門外漢のたわごと(年金の繰り下げ)

郵便局主催の無料年金相談があった。近い将来、年金生活者になるのでその確認の意味もある。要点を整理して、相談会に出席した。
質問の要点は
1.65歳到達時の裁定請求
年金事務所からの葉書を投函するだけ
2.経過的加算
60歳以降の加入が無駄にならない。但し480カ月に達するまで。
3.在職老齢年金
65歳以後は、老齢基礎年金は支給停止の対象にならない。
4.高年齢求職者給付金
年金と併給できる
話のついでのように、年金の繰り下げについて尋ねてみた。社労士さん曰く
「100人に2人と繰り下げする人は、いませんね。でも、70歳までは、厚生年金に加入出来ますよ」
痛く納得。但し、70歳まで宮仕えのお薦めには応えられない。働き方を変えようと思う。
  

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2016年06月03日

グランドカバー



造園のことが関心事になっている。東西南北、梅林の中の宅地は、玄関先の駐車場が完成して、様になったが、母屋との間の斜面が取り残された格好になっている。半日陰で、芝も育ちそうに無い。コゴミなどの野草を植えてみたが、地肌を埋める緑になっていない。定期的に雑草とりが必要になっている。
 「グランドカバー」は、緑で地面を覆うことである。芝生が代表的な植物だと思うが、なかなか日本の風土では雑草が入ったりして管理しにくい。そういっても南面は、高麗芝にした。ゴルフ場や公園の管理された芝に魅了されているためなのだろう。苔も「グランドカバー」と言えるが、生育には不適な環境だということがわかる。芝の横なので、マッチしない。クローバーもよいが芝生に種が飛びそうで不合格。近所に庭好きの人がいて、木々の下草が常緑なので、尋ねてみると「ダイカンドラ」という植物だと言う。半日陰でも育ち、種も飛ばず繁殖力も良く、背丈も低く、刈ったりする手間もないという。季節的に植え込みが間に合いそうだ。試験的に数株植えてみようと思う。
  

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2016年06月01日

応援歌「翠巒」

翠巒。この意味をどれほどの人が知っているだろうか。漢文の素養がある人は少なくなっている。山の緑の深さを言うらしい。中国の人は語彙が豊富である。応援歌「翠巒」は、旧制高崎中学の寮歌で、大正8年に作詞されたと聞いている。作詞したのは、学生というから凄い。
1.翠巒影を浮かべては
流水長き思いあり
紫紺の霞打ちわたる
榛名の嶺の姿にて
碓氷の玉に身を照らす
2.名も高崎の西方に
獅子とうそぶく高校の
紅燃る健児らが
  今乾坤の暁に
  昇る飛躍の第一途
3.来らん戦思いつつ
北斗を浴びて佇めば
浅間に暮色蒼うして
原にたけゆく風霜に
鍛えし腕を君見よや
4.風雲まさに相呼びて
怒涛となりて渦巻けば
八重の血潮の高湧きて
進む健児の意気高し
  

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