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2016年12月06日

映画「聖(さとし)の青春」



テレビ等で、上映の予告が多くされているので関心を持った。主人公が将棋の棋士だったこともその関心を増幅させた。モデルになったのは、村山聖という若手棋士である。病気で亡くならなければ名人になったかも知れない俊英であった。ほっぺが膨らんだ、独得の風貌を良く覚えている。
映画にも出てきたが、現在でも棋界の第一人者である羽生善治がライバルで、対戦成績も互角であった。NHK将棋トーナメントの決勝で、秒読みに追われた場面はうっすらと記憶がある。15年以上前の出来事だが、それから数年後亡くなっている。
村山聖を演じたのは、松山ケンイチ。本来細身の体型を村山聖に似せてあえて太らせた役者根性は見上げたものだが、健康にはいかがなものかと心配になった。村山聖も病気を抱えながら、徹夜麻雀や飲酒することもあったらしい。死への不安と恐怖を紛らすこともあり、節制できなかったことは理解できる。それにも優る限られた生の時間を、将棋にかけた気力が全てを覆っている感じがした。健康な人間も、いつかは病気になり、衰え死ぬことが分かっているが、何かに自分の人生を燃やすような生き方が出来ないものである。
それにして、羽生善治役になった東出昌大の仕草は、当人にそっくりである。よほど観察したのであろう。二人とも、将棋を指す手つきは見事である。将棋を趣味にしている人間には、その点だけでもだめなら役者の価値がないと言うことができる。
  

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2016年11月11日

海舟、鉄舟、南州



幕末、江戸の町を戦火に焼かれるのを防いだ立役者である。海舟は、勝海舟。鉄舟は山岡鉄舟、南州は、西郷隆盛である。大政奉還から幕末の政局は、めまぐるしく変わっていく。鳥羽伏見で幕軍と薩長軍との間に戦いが起こり、幕軍が敗走する。大坂城にいた、徳川慶喜は、戦う意思がなく、夜、わずかな側近と幕府軍艦で江戸に帰り、謹慎を表明。朝廷軍との交渉の全てを委任されたのが勝海舟である。
このあたりの経緯は、多くの本に書かれているが、改めて調べてみることにした。参考図書にしたのが、江藤淳の『海舟余波』である。江藤淳は亡くなって久しいが、晩年には、『南州残影』を書いている。後者も合わせて再読した。世の中の体制が大きく変わろうとする時、国を滅ぼすほどの戦いをせず、明治維新の道を開いたのは、表題にある3者の功績が大きいと言ってよい。この3人の人物に共通しているのは、「私」がなく「公」が先にあるということである。「金もいらぬ、名誉もいらぬ、命もいらぬ人は始末に困るが、そのような人でなければ天下の偉業は成し遂げられない」と西郷隆盛が言ったのは、西郷自身のことではなく、山岡鉄舟を評して言った言葉なのである。
勝海舟は、江戸城無血開城の立役者であるが、周到な準備を持って西郷との会談に臨んだことが、『海舟余波』には多くの文献の引用もしながら書かれている。そして、勝海舟の周囲は同調するものがなく敵ばかりと書かれている。その中で、交渉をやり抜いたのは、政治家の資質があったからだというのが江藤淳の結論である。「百万人と言えども我行かん」という精神にも似ているが、根回し、布石をしながら、将来向かうであろう「公」のビジョンも勝海舟の孤独を支えていた。福沢諭吉に非難された時、批評家に何がわかるものかと、本気になって相手をしなかった気持ちもよくわかった。

  

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2016年10月29日

東京株式市場10月場所

結果は、○○○○●○●●○○○○○●○○○●○の14勝5敗の好成績。為替が円安に向かったことが影響しているかもしれない。年度途中の各社の決算が発表されているが、まちまちで、好況ということでもなさそうである。
季節は、秋から冬に向かうが、秋風から木枯しになって寒さが増すのは確実だが、株式市場の方はどうなりますやら。
  

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2016年10月25日

「しがくのやど」



私学共済の加入者に便宜を図る宿が、全国に8箇所ある。今年3月、友人の勧めで湯河原の「敷島荘」という宿に泊まった。食事もよく、場所も良かった。軽井沢にも「しがくのやど」があって、またもやお誘いがあった。中軽井沢駅の近くにあって、外観も高原宿の感じがある。
厚生年金会館、郵便貯金会館なども利用したことがあるが、無駄な投資をして、国民の反発をかったことを意識して、最近は、旅先の宿にすることはなかったが、営業を継続していることから考えれば、それなりの努力をしているのだろう。軽井沢は、別荘地であるが、自分の所有する別荘はないし、友人の別荘もない。加えて、自宅から日帰りできる距離にあり宿泊する必要もなかった。
今回は、友人が遠方から訪ねてくるので、泊る意味もある。帰路我が家にも泊ることにもなっていて、軽井沢を車で案内することにした。近くには、文人が愛した星野温泉がある。こちらは日帰り温泉である。宿を出て、昼食をはさみながら体を休めて、夕食を我が家で接待することにしている。
  

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2016年10月20日

帝国ホテルのランチ



帝国ホテルと言えば、日本のホテルの雄と言っても良い。歴史が長いのである。しかも、内幸町という東京の一等地にある。帝国ホテルは、明治23年に開業した。ホテルに隣接して鹿鳴館があり、その建物の存在と無関係ではない。国策のホテルとしてスタートしている。最初の建物は、日本人の設計した洋館であったが焼失した。
二代目は、アメリカ人建築家ライトの設計で、帝国ホテルの存在を更に世に示した。現在の帝国ホテルのある場所には解体されて存在しないが、玄関部分は、明治村に移築されて残っている。二代目帝国ホテルの完成は、大正12年であり、落成式の日に関東大震災が起こったことで知られている。建物は傷ついたが崩壊せず、多くの避難民を受け入れた。耐震性に優れていたという評価も得たが、大谷石を多く使用していたために、漏水などがあり、老朽化が進み解体されることになった。しかし、建物の意匠は、芸術的で多くの人々の目に焼きつくことになった。現在、ホテルの1階フロアーの一角にも、その建物の壁面の一部が保存されている。
今回、職場の企画で、3代目?の帝国ホテルの17階で昼食を食べることになった。インペリアルバイキングと称して、5500円也である。約一時間半、バイキングなので好みの物食べ放題ということである。パンフレットを見たら、バイキングを日本で最初に始めたのは、帝国ホテルで昭和33年だという。ライトの設計した建物が存在していた時代である。
  

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2016年10月14日

三浦九段の不正疑惑


インターネットの見出しを見て、一瞬目を疑った。どういうことなのだろうかと。まず、不正という意味が分からない。将棋の対局の不正とはなんだろう。内容を読むと、対局室から離れ、コンピューターの将棋ソフトを利用して指し手を選んでいたという疑惑らしい。本当に。A級クラス、タイトル獲得棋士である三浦九段がまさか。しかも、竜王戦の挑戦が決まっている。ちなみに賞金額は、名人戦より高い。それはともかく、こんな行為をしたら棋士生命が絶たれるではないか。「まった」するのとはわけが違う。棋士としての倫理にも反する。間違いであってほしいが、将棋連盟は、出場停止処分にした。ちなみに、三浦九段は高崎市の出身。同郷の棋士として期待していた。残念である。
  

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2016年10月05日

森田真生という人

今日の日本経済新聞を見ていたら、「旬の人時の人」欄に森田真生さん(31)が紹介されている。小林秀雄賞を受賞した。新潮社が主宰している賞で、評論やエッセイに贈られる。見出しには「数学の魅力を語る『独立研究者』」とある。『独立研究者』という言葉が耳慣れない。森田さんは、大学の数学科を卒業して、教職の道に進まず、組織から給与と言うものを貰わず自活の道を選んだ。しかし、毎日が研究であり、数学の研究者であることには変わりない。
一時ではあるが、百姓をしながら数学の研究を続けた人がいる。世界的数学者で、文化勲章を受章した岡潔である。森田さんは、岡潔の数学する人生に惹きつけられた。新潮社から『数学する人生』を著し、岡潔のことを綴っている。奇しくも、岡潔は、小林秀雄と対談し『人間の建設』という著書がある。『国家の品格』の著者藤原正彦も岡潔を紹介していた。ただ、森田さんは、岡潔がなくなってから生まれた人で、そうした世代に岡潔に共感する人が出てきたことに驚きを禁じえない。
  

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2016年09月22日

『愛ちゃんはお嫁に』

「愛ちゃん」こと卓球の福原愛が、台湾の卓球選手と結婚することを記者会見で発表した。国籍は違っても似合いのカップルに見える。ふと、口にしたのが「愛ちゃんは太郎の嫁になる」という歌詞である。歌もこの詞だけを断片的に覚えているだけだ。誰が歌い、誰が作詞し作曲したのか、曲名は何かと調べてみた。便利な時代である。インターネットですぐ分かった。
歌手は、鈴木三重子という人。紅白歌合戦にも出場した。しかも親子で。記憶にない。昭和31年、今から60年前のことである。父母や、近所のお兄さん、お姉さんが歌っていたのを聞いていたのかもしれない。歌詞からすれば、お兄さんということになるが。
「愛ちゃんはお嫁に」 原俊雄:作詞 村沢良介:作曲 鈴木三重子:歌 
1.
さようなら さようなら 今日限り
愛ちゃんは太郎の 嫁になる

俺らの心を 知りながら
でしゃばりお米に 手を引かれ
愛ちゃんは太郎の 嫁になる
  

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2016年09月20日

年金の強制徴収

9月20日の日経新聞の1面に「年金強制徴収を拡大」という見出しが出ている。内容を見てみると、2017年度から年間所得300万円以上の国民年金保険料の滞納者は、最終的には、財産を差し押さえるというものだ。
国民年金保険料の納付率は、60パーセント程度である。厚生年金などの被用者保険加入者や免除者を除いた第一号被保険者の納付率だが、払えない人と払わない人がいる。年間所得300万円は、払わない人と言って良い。国民年金は、強制加入である。
昨夜、BSフジで前厚生労働大臣田村衆議院議員とミスター年金と言われた長妻衆議院議員が持論を述べていた。東大の名誉教授も加わって、内容はかなり専門的になっている。共通していたのは、年金制度を持続可能なものにする点である。未納問題も話し合われていたが、払う意識をもち、老後の生活設計に年金は要になるという意識を国民が共有することだという点である。
東大教授は、ユニークな提案をしていたが、401Kに触れていた。意外と普及していないのだが、国民年金の未納者には無理な話だが、老後の生活に備える社会保険としての確定拠出年金の存在である。子供は頼りにせず、自立した老後を実現するための、経済的基盤を作れるようにしたい。会社の不理解で2年しか加入できなかったが、9月には一時金で課税なく支給されることになっている。趣味の旅の引当金にしようと思っている。
  

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2016年09月10日

女性の社会進出

女性が、育児だけでなく社会に出て働く時代になってきた。育児休業制度も定着しつつあり、休業期間中の雇用保険からの給付も改善されている。少子高齢化の問題が背景にあり、核家族化無関係ではない。自分の妻を、家内と呼ぶのにふさわしくない時代になった。ならば、家外と呼べばと思うがそこまではいかない。響きも悪いし、「家害」の文字を連想すると言ったら女性蔑視になる。
 専業主婦という妻の立場も崩れようとしている。育児と調理、家計の会計責任者という家庭の主婦の位置も変わろうとしている。逆に、「男子厨房に入るべからず」という格言は、放棄してもよさそうである。将来、男性が一人暮らしになった時、一番困るのは、3食の食事である。若いときから準備しておいた方がよさそうである。
 10月から、条件付だが、短時間労働者でも健康保険や厚生年金に加入できるようになる。多くは、女性のパートタイマーである。配偶者控除の見直しを含めた、税制改正も論議されている。最低賃金も、全国的に引き上げられている。同一労働同一賃金の方向に流れている。いずれにしても、女性の社会進出が求められる社会になった。東京都の小池知事も、待機児童の対策に乗り出した。ただ、育児において、3歳くらいまでは両親の愛情が子供に十分与えられる環境が必要である。人の情緒は、ほとんどこの時期に形成されるらしい。
  

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2016年09月02日

東京株式市場8月場所

取引日が22日あって、見事に相星になった。
○●●○●○○●○●●○●○○●○●●○●○
月初めと月末の株価もほぼ同じ水準である。イギリスのEU離脱で、株価が大暴落を起こしたが、市場もようやく落ち着いてきた感じである。9月は、多くの企業が、配当を実施する月でもあり、優待の多い月でもある。もともと、長期保有、配当、優待目的の株式投資だから、企業が安定的に成長し、倒産の憂き目に遭わなければ良いと思っているので、8月は夏休みのような感じがした。
  

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2016年08月30日

名誉ある撤退

専門知識、技術的基礎を持って仕事や、趣味をしなかった人生の反省がある。一つくらいそれなりの専門資格を持って仕事をしてみたいと思ったのが、社会保険労務士試験を受けてみようと思った動機である。50代だったが、最初の数年は、なんとかなるという感じがしたが、もう少しという壁が越えられない。能力の限界とは思わなかったが、一つは好きになれないこと。もう一つは、集中力がないこと。記憶することが、かなり細部までにわたってあり、類似、例外もあり、なかなか覚えられないのである。毎年のように法改正もあり、対応もしなければならない。こうしたことも、愚痴や言い訳の類には違いないが、試験に合格するという目標は捨てることにした。
試験会場に行けば、50歳以下の人がほとんどだ。定員制の試験ではないから自分が合格したからといって、若い人が不合格になるわけではないが、そろそろ潮時だとかんじるようになった。試験から帰り、家には、日本年金機構から年金定期便の葉書が届いていた。そろそろ宮仕えを終え、年金生活者になるのだから、労務関係は、眼を通すくらいにして健康保険、厚生年金、国民年金に集中して学ぶことにした。これでは、試験には受からない。名誉ある撤退である。
  

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2016年08月25日

官高民低

介護保険制度に住宅改修補助制度がある。20万円を上限として、9割を支給するというものである。その中で段差解消という工事に踏み台を設置することになった。書類審査になるので写真提出が必要になる。提出した写真では、確認できないから分かるような写真を提出してほしいという。現状の写真でも固定箇所を説明しているから了解してほしいというと、首を縦に振らない。
「現場に来て確かめればいかがですか。固定しているかは写真だけでは説明できないこともありますよね」
というと、書類で審査するのが建前だと言わんばかりに、再提出を支持する。以前は、現場確認をしていたのである。担当者や、行政の方針が変わったのだろうか。市町村合併後、役人さんのフットワークが悪くなったような気がしている。
子供が独立して母屋を明け渡し、隣に別宅を建てることにした。名義が同じなので、浄化槽は共有できると思っていたら、新しく設置する必要があるという。人数が増えるわけではないのだから、前の浄化槽を使えると思っていた。そのかわり、申請すれば補助金が出ると言う。設備工事の業者の勘違いで、期限に申請ができず、後の祭りになってしまった。こちらは、施主の注意力がないと諦めたが、救済措置くらいあっても良いと思うし、制度を知らない住民もいるだろうから、建築確認の時でも教えてもらっても良い。大魚を逃がしてしまった感じである。
もうひとつは、生ごみ処理のコンポストの補助である。金額は少ないが、家の前が畑なので購入することになった。補助の手引きのとおり、納品書と領収書を申請書に添付して出したら、領収書がレジのものだから受けられないと窓口で言われる。日付と金額が一致しているから、購入が確認できませんかと言ってお願いすると、後日補助しますという通知が来た。かように、お役人さんの対応は固い。
ところが、家屋調査に来た職員は実に丁重で、親切に対応してくれた。固定資産税は、市町村の財源になる。なるほど、お金をもらうほうは腰が低いのかと下衆な考えを持ったが、お金を出すほうも同じであっていい。
  

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2016年08月20日

男子50キロ競歩に学ぶ

リオのオリンピックも終盤に入っている。さまざまな競技に日本選手のメダル獲得があり嬉しい限りである。スポーツで国威の発揚を図るオリンピックは、人類にとって良い発明だと思っている。国家間の戦争は最悪だし、ルールはあっても選挙もオリンピックに比べたら爽やかさがない。
ブラジルと日本では、時差があるために実況放送は夜遅くなることがある。50キロ競歩もそのひとつだった。マラソンは最初から最後まで見る機会はあるが、この競技は長時間のため全て報道されることもほとんどない。見始めると、ついついテレビの前に釘付けになった。ドラマがあるのである。トップを走っていた走者が立ち止まり、棄権するかと思ったらまた歩き始める。トップから後方に下がり、今度は倒れてしまう。それでも完走し、10位以内に入った。すごい気力である。
日本の新井選手は、淡々と歩を進め、日本人で初めて銅メダルを獲得した。感動的であった。人生と違い、谷あり山ありではない海辺の周回コースを走る?のだが、抜きつ抜かれつ人生に重なるものがある。諦めずにゴールに向かって歩む。その結果、順位が決まるが、肝心なことは、自己との戦いである。道路わきにシャワーが設置されている。暑く過酷な状況で良く耐えてゴールしたと思う。
翌日の報道で、失格となったという記事を見た。良くある歩き方の反則かと思ったら、肘が相手の選手にあたり走りを妨害したという内容である。競歩は、走ってはいけないのだ。どちらかの足が付いていなければならない。警告から失格になる。結果的には、銅メダルが認められた。故意ではなかったからである。相手の選手も認めた。爽やかである。
  

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2016年07月26日

彫刻家荻原守衛



明治の後期に、彗星のように現れた天才的彫刻家荻原碌山のことである。安曇野、大糸線穂高駅の近くに美術館があり、作品が展示されている。人生は、30年と短い。名字が同じなので、親近感もある。最近は、荻原浩が直木賞を受賞したので、荻原の認知度も上がっているかもしれない。初対面の人の7割くらいが「荻原」を「萩原」と間違える。
臼井吉見の小説『安曇野』の1巻と2巻に登場する。アメリカ、ヨーロッパに7年間留学し、ロダンの影響を強く受ける。この点は、高村光太郎も同じで、芸術をともに語り合える親友になった。最後に残した作品は「女」である。この作品を、仕上げた直後急死するのだが、死因は定かではない。小説の中の描写もあるが、様々に推測はされるが、明らかではない。モデルはいたが、イメージしたのは、新宿中村屋のおかみである相馬黒光と言われる。
彼の残した有名な言葉は、「相剋は美」である。碌山美術館にもこの言葉が刻まれている。
  

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2016年07月14日

参議院選挙の後


政治の話題にはあまり触れないことにしている。ただ、戦争と平和については、黙して語らないというわけにはいかない。選挙が終わってみれば、自公政権が承認されただけでなく、改憲勢力が無所属を含めるとわずかながら3分の2を超えた。憲法改正、戦争が出来る国、戦前回帰と危惧する声が聞こえてくる。国民投票で決めるのだから、憲法改正が発議されても、世に言う戦争法案の基礎となるような憲法が承認されるようなことにはならないだろう。
正式な発表ではないというが、天皇の生前退位の記事が新聞に載り、テレビなどで報道され驚いた。参議院選挙の後だけに、憲法改正に絡んで微妙なタイミングだとおもったからである。皇室典範では、天皇は自らのご意思で退位できないようである。そのことには触れないが、先の大戦の開戦にあたって、戦争に反対し、終戦を決断し、戦後の復興と平和を願い続けたのは、昭和天皇であり、平成天皇も平和を願い、高齢の見ながら戦没者の慰霊の旅をされた事実である。
天皇家の伝統は、「ウシハク」ではなく「シラス」ということである。国民を支配するというより、国民を守るということである。権力を長く握ると腐敗するのは、歴史が証明するところであり、某知事もその謗りを避けられなかった。権威は、他人が認めるものだ。天皇の行為は、無私そのものに感じられる。
  

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2016年07月06日

モーセの十戒

映画『十戒』は、何度見てもスケールの大きいスペクタルである。モーセが、シナイ山に登ると、光が走り、神が岩に十の戒めを刻む。それが、モーセの十戒といわれ、イスラエルの人々の信仰の指針になった。あらためて、列挙することにする。
わたしのほかに神々があってはならない
偶像を造ってはならない
主の御名をみだりに唱えてはならない
安息日を覚えてこれを聖なる日とせよ
あなたの父と母を敬え
殺してはならない
姦淫してはならない
盗んではならない
偽りの証言をしてはならない
あなたの隣人の家を欲しがってはならない。
万国共通の戒律ということにはならないが、我が家では「殺してはいけない、盗んではいけない、嘘をついてはいけない」と三つに絞って戒律にしている。今回のバングラデシュのテロ事件。論外である

  

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2016年07月02日

童話『巣から落ちた小雀』

良子先生は、幼稚園の先生をしている。
音楽大学を卒業したので、ピアノが上手い。園児に童謡を演奏しながら歌って聞かせてくれる。園児はそれが楽しみで、すぐに覚えてしまう。
日本の童謡が、良子先生は好きで、園児には難しい歌詞もある。
「まいごのまいごのこすずめは、お寺のやねで、母さんどこよときいたけど、ポクポク木魚の音ばかり」
園児は健気に聴いていたが、演奏が終わると
一人の園児が、珍しく良子先生に
「この歌、悲しいし淋しい感じがする」
良子先生は、振り返って
「ハルちゃん、よくわかるね。でも先生の好きな歌なのよ」
ピアノに向かい
「もう一度弾いてみましょうね。みんなも先生に合わせて歌ってごらん」
「まいごのまいごのこすずめは、母さんたずねてよんだけど、サラサラつめたいかぜばかり、かぜばかり」


良子先生の働いている幼稚園の近くには、森があり、雀が園舎にやってくる。玄関は、軒がせり出して、いつのまに巣を作ってしまう。今日も、チュンチュン鳴いている。時々、雛が落ちてしまうことがある。
園長先生にお願いして、巣ができないように建物の改修をお願いしたことがある。
雀は、子供たちも嫌いではないし、玄関先が糞で汚れても掃除すれば良いと、良子先生の提案を聞いてくれない。

この日も、演奏が終わり、職員室に帰ると
「雀の雛が落ちたみたい」
と、同僚の先生が窓の外を見て言った。
「運がなかったのだね。この雀はもう親雀は育てられないね」
と園長先生は、冷静な声で言った。

良子先生は、ちょっとムッとして
「私が家に連れてっていって育てます」
すると、横から同僚の男の先生が
「良子先生、雀の雛を育てるのは大変ですよ」
と言って体験談を話してくれた。
この先生は、以前この園舎の玄関先に落ちた雛を飼って育てたことがあるのである。
その話はいたって具体的で、良子先生は納得するように聴いた。


食べさせるのに一苦労がある。虫しか食べない時期があり、虫取りが大変。正面から食べさせると口を開かない。斜めからすばやく食べさせるのがコツ。それに頻繁に口に餌を運んでやる必要がある。出勤の日は、袋に入れ一緒に通勤した。家に帰れば、手作りの箱に入れ、猫に食べられないように、洗濯籠に入れ、天井に吊るすなどして育てたと言う。「大変だよ」という言葉の背景が良く分かる。でも、巣立ちの後、一度だけ戻ってきたという。恩を忘れなかったのであろう。鳥にも情がわかるのかもしれない。

この先生は、クリスチャンで、動物にも優しい。恥ずかしそうに聖書に書かれている「善きサマリヤ人」の話をした。
「孔子さんも『義を見てせざるは勇なきなり』とも言いましたな」
と頭をかいている。

良子先生は、決めたとばかり玄関に飛び出し雛の元に飛んでいった。ところが、雛はそこにはいなかった。迎えに来た父兄がどこやらに片付けてしまったのかと思った。良子先生は、悲しくなってその場にうずくまってしまった。
その時である。良子先生の肩に何かが落ちた。また、雛が巣から落ちてきたのである。良子先生の心は、複雑だった。


  

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2016年07月02日

童話の素材

童話を書いてみようと思うが、その感性が無い。どうしても大人の論理が支配してしまう。先日、こんな場面に遭遇した。ある老人施設の建物は、立派な鉄筋コンクリート作りで軒が張り出している。そこを絶好の住処にしているのが雀である。玄関前に糞を落としたりするので、職員は対策に苦しんでいる。議論百出するが、雀は毎年巣作りに励んでいる。すっかり、雀のお宿になってしまった。
巣立つには早い、雀の雛を発見。巣から落ちたのである。さて、どうするやら話題になっている。通りかけた、面会者が気づき、駐車場の脇の草むらに置いた。さすがに、車の下敷きになるのは偲びがたかったのである。女性職員が見かねて「私飼おうかな」という。
先輩職員が体験談を話し始めた。彼は、雀の雛を1ヶ月ほど養育した経験がある。実に具体的である。食べさせるのに一苦労がある。虫しか食べない時期があり、虫取りが大変。正面から食べさせると口を開かない。斜めからすばやく食べさせるのがコツらしい。それに頻繁に口に餌を運んでやる必要がある。出勤の日は、袋に入れ一緒に通勤した。家に帰れば、手作りの箱に入れ、猫に食べられないように、洗濯籠に入れ、天井に吊るすなどして育てたと言う。「大変だよ」という言葉の背景が良く分かる。でも、巣立ちの後、一度だけ戻ってきたという。恩を忘れなかったのであろう。鳥にも情がわかるのかもしれない。
女性職員は、納得して聞いている。退勤する時、面会者が雛を置いた草むらに行った。そこには、雛の姿がなかった。居れば、連れ帰って飼おうと思った。「巣から落ちた雀」というタイトルで童話を書いてみようと言う気持ちが湧いたが構想が生まれてこない。今のところ素材でしかない。ふと思ったことは、聖書に出てくる「善きサマリヤ人」の話である。見てみぬ振りのできない優しさが主題になる。彼女に尋ねると「母性本能ですかね」。こういう職員がいることは、嬉しい。
  

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2016年07月01日

ノウゼンカズラ



この時期に、道路を車で走っていると、垣根や、木に絡まるようにして咲いているオレンジ色の花が目に付く。ノウゼンカズラという名前を知ったのは、それほど昔のことではない。俳句をする人間として恥ずかしい限りだが、最近外国からやってきた花だろうぐらいの意識だったのである。ノウゼンカズラは、中国が原産らしいが、平安時代から日本で植えられていたようだ。
蔓性の植物なので、巻きついて支えてくれるものが必要。新居に隣接して、イチョウの大木があり、落ち葉が大量に落ちることを考え背丈をつめ、枝を落とした。春になって芽吹き緑も出てきたが、いかにも無残な姿に見える。そこで思いついたのが、イチョウの木の根元に、ノウゼンカズラを植え、絡ませてみようという発想になった。小さな苗木だから、マシになるのは数年後だと思うが楽しみである。

  

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