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2020年04月05日

「漱石句集」より(涼し)

顔にふるる芭蕉涼しや籐の寝椅子


漱石の家は広かった。
漱石山房となり、友人門下生がしきりに訪ねてきた。
その山房には芭蕉が植えられ、近くにはテラスがあった。
籐椅子があり、くつろぐとき芭蕉が顔にふれ涼しさを感じた。
  

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2020年04月04日

「漱石句集」より(萩薄)

行けど萩行けど薄の原広し


        行き行きて倒れ伏すとも萩の原
という曽良の句を思い浮かべた。
漱石の句には薄も登場する。
すっかり秋になった。
しかも萩と薄が繁っている。
  

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2020年04月03日

「漱石句集」より(野菊)

            草刈の籠の中より野菊かな


農耕のために飼っている馬か牛の草刈りをして、家路に向かう人を見かけた。
籠の中見ると野菊が混じっている。
生け花にするつもりで刈り取って来たのかも知れない。
  

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2020年04月02日

「漱石句集」より(秋の空)

草山に馬放ちけり秋の空


放牧の馬だが、草原をのびのびと歩き、秋の空のもと草を食んでいる。
阿蘇の放牧地のスケッチか。

           馬と子と牛の子とゐる野菊かな
も同じ場所での句であろうか。   
  

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2020年04月01日

「漱石句集」より(梅)

          梅遠近そぞろ歩きて昨日今日


漱石には梅を詠んだ句が多い。
子規のように梅が好きだったことも共通している。
梅の木が多くある土地にきて、どこゆくともなく梅を見て廻った。
二日続けて見に行くところは、よほど梅にひかれている。
  

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2020年03月31日

「漱石句集」より(岡の梅)

            瑠璃色の空を控えて岡の梅


梅の栽培は、岡の斜面のような土地でも行われる。
田は土地が平なところでなければならないので、副業の梅栽培は日の当たる場所ならどこでも良い。
梅林を見上げた空が瑠璃色だったことで白梅、紅梅に似合っていた。
  

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2020年03月30日

「漱石句集」より(白梅)

          夜汽車より白き梅と推しにけり


夜汽車の車窓から外を見ると、枝には白い花をつけた木々が暗闇から見えてくる。
馥郁とした香りから梅の花だと想像した。
  

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2020年03月29日

「漱石句集」より(梅)

たのもしき梅の足利文庫かな


足利文庫は栃木県の足利市にあり、日本でも古い漢学儒教の学校であった。
今こうして保存されていることにたのもしいと感じたのである。
  

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2020年03月28日

「漱石句集」より(餅搗)

            餅搗や明星光る杵の先

早朝の餅つきである。
餅搗く杵の先には明けの明星が光っている。
餅搗く人は、手慣れた動作で餅を搗いている。
  

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2020年03月27日

「漱石句集」より(吹雪)

             目ともいわず口ともいわず吹雪かな

漱石が居を構えた、東京、松山、熊本などこんな吹雪に遭うことはないだろう。
冬の山か、北への旅はどこかわ知れぬが、めったにない吹雪の経験には違いない。
横からも縦からも吹雪が吹き寄せる。
  

Posted by okina-ogi at 09:05Comments(0)書評

2020年03月26日

「漱石句集」より(冬の川)

             谷深み杉を流すや冬の川

木の切り出しである。
山奥から町に木を移すには人力だけというわけにはいかない。
筏のように木を組み下流へ流すのである。
  

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2020年03月25日

「漱石句集」より(初暦)

           宇佐行くや佳き日を選む初暦


正月、宇佐神宮に詣でた。
全国の八幡宮の頂点に立つ神社で敷地も広い。
大分県にあるが、佳き日を選んで出かけることにした。
  

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2020年03月24日

「漱石句集」より(藤の花)

           禰宜の子の烏帽子つけたり藤の花


神主の子供ということが烏帽子をつけていることでよくわかる。
可愛らしきことも、藤の花が咲いていることも、その印象を強くしている。
  

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2020年03月23日

「漱石句集」より(春の水)

            湧くからに流るるからに春の水


水前寺公園に立ち寄った時の句である。
私は熊本を訪ねた時、この名庭園を見ることができなかった。
熊本の水はうまいことで知られている。
湧水が多いからである。水前寺公園の池も湧水である。
  

Posted by okina-ogi at 23:57Comments(0)書評

2020年03月23日

「漱石句集」より(正月)

             正月の男といはれ拙に処す

正月の男はめでたい男だが、裏を返せば愚直な男である。
自分でも納得しているから、いやな顔もしない。
  

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2020年03月22日

「漱石句集」より(凩)

           凩の沖へとあるる筑紫潟

漱石は、熊本県第五高等学校に赴任している。
有明海を見た時の句である。
「あるる」は、荒れるの意味。
  

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2020年03月21日

「漱石句集」より(行く年)

            行く年や猫うづくまる膝の上


明治三十一年の作。
小説『吾輩は猫である』は生まれていない。
漱石は猫好きだったのだろう。
行く年を共にする位だから。
  

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2020年03月20日

「漱石句集」より(案山子)

某(それがし)は案山子にて候雀どの


動物をテーマにした俳句かるたにも登場した句で、ユーモラスな句である。
案山子と言われて雀はどうしただろう。
稲の実を食べるのを遠慮したか、しなかったか。
主旨は違うが

其許(そこもと)は案山子に似たる和尚かな
こちらは、案山子を見る側である。
  

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2020年03月19日

「漱石句集」より(冷ややか)

冷ややかな鐘をつきけり円覚寺


冷ややかは秋の季語である。
円覚寺は鎌倉にある臨済宗の寺である。
その寺の鐘がつかれ、作者は冷ややかと感じた。
鎌倉は、緑の多い古都である。
  

Posted by okina-ogi at 09:09Comments(0)書評

2020年03月18日

「漱石句集」より(若葉)

           若葉して手のひらほどの山の寺


春の山と寺。
良い組み合わせである。
遠方から見ると手のひらに入るほどの大きさ。
お釈迦様の手のひらという意識もある。
  

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