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2017年11月21日

『宮沢賢治』 佐藤隆房著 富山房

宮沢賢治の伝記だが、初版は昭和17年である。宮沢賢治が亡くなったのは、昭和8年なので、草野心平らの評価、尽力により世に知られるようになった頃なので、この本が元になり、後の宮沢賢治の人物像が固定し、また賢治論が深まれていったと思われる。37歳という短い人生であったが、深さがあり、4次元的という広がりがある。
40年近い宮仕え(老人福祉)を終え、農民になる時、宮沢賢治に学ぶことが多いに違いない。農学の基礎はないが、大地の恵みに感謝できる感性は、兼業であったために継続して残っていると思う。童話は書きたいが、紀行を基軸としたエッセイは、かけるかもしれない。
  

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2017年10月28日

『一葉舟』岡潔著 角川ソフィア文庫

「閑雲野鶴空濶く 風に嘯く身はひとり
月を湖上に砕きては ゆくへ波間の舟ひと葉
ゆふべ暮鐘に誘はれて 問ふは山寺の松の風」
土井晩翠の『天地有情』の「星落秋風五丈原」の一節である。舟ひと葉を引用して『一葉舟』として本のタイトルにした。その気分は、いかに。
一方、旧約聖書の「創世記」にノアの方舟の話が出てくる。このイメージの違いはなんであろうかと考えてしまった。

  

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2017年10月26日

『鴎外の坂』 森まゆみ 中公文庫 895円+税



久しぶりに谷中から千駄木、本郷あたりを散策した。東京は、坂が多いと聞いていたが実感できた。特に森鴎外の自邸観潮楼のあった団子坂は舗装されているが、急坂だということがわかる。観潮楼は、燃えてないが、その跡地にモダンな文京区立の森鴎外記念館が建っている。うっかりすると通り過ぎてしまう記念館らしからぬ外観をしている。
作家の森まゆみの本は、一冊読んでいる。大正3美人の一人とされる、林きむ子を紹介した本である。森鴎外の住んでいた近くに生まれ、この界隈の土地に愛着を持った作品が多いことを知った。鴎外について書かれているが、津和野から明治の初めに家族と東京に出てきたのは、墨田区で鴎外の家が御殿医だったために、藩主の亀井邸に移り住んだのだという。江戸時代からの老舗、長命寺桜餅が近くにある。その後、町医として千住に父親が開業し、その後千駄木の借家に住む。後に夏目漱石も住んだ家で、今日、明治村に保存されている。鴎外を通して明治の東京が浮かんでくるような本になっている。

  

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2017年10月14日

『白秋愛唱歌集』藤田圭雄編 岩波文庫



北原白秋の詩は、曲となり、多くの人々に親しまれている。童謡もあり、歌謡曲もあり、歌曲もあり幅広い。好きな曲が多い。拙ブログの「心に浮かぶ歌」にも紹介している。重複するが、あらためて取り上げてみる。歌と作曲者を紹介する。
「空に真赤な」(陸軍抜刀隊の歌)陸軍軍楽隊
「曼珠沙華」山田耕筰
「城ヶ島の雨」梁田貞
「さすらいの唄」中山晋平
「芭蕉」小松耕輔
「ちゃっきり節」町田嘉章
「帰去来」信時潔
「ちんちん千鳥」近衛秀麿
「揺籠のうた」草川信
「砂山」山田耕筰「砂山」中山晋平
「すかんぽの咲く頃」山田耕筰
「秋の野」団伊玖麿
  

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2017年10月07日

『人間中野正剛』 緒方竹虎著 中央文庫



一昨日、清沢洌の『暗黒日記』を読了したばかり。昨夜、寝る前に本棚に眼をやると、この本が眼に留まった。清沢洌とは、思想、信条もかけ離れた人物だが、気になっていた。本棚にあるのだから、少しは読んだのかもしれないと思いつつベッドに入りページを開いた。緒方竹虎と竹馬の友なのか、そして福岡県の人なのかということが頭に残り、書き出しの部分だけ読んで寝た。
太平洋戦争は、避けられなかった戦争かというのがここ数年の、関心になっていて、それなりの文献を調べている。清沢洌は政治家ではないが、石橋湛山、緒方竹虎、中野正剛は、言論人から政治家になった。中野正剛は戦争推進者だったのか。三国同盟に賛成し、ヒットラーやムッソリーニに会っているところから国粋主義、軍国主義、ファシズムに近い思想を持った人物なのかという視点は、この本から断定できない。
タイトルが人間中野正剛であり、政治家中野正剛ではないのである。中野正剛の妻は三宅雪嶺の娘である。よき家庭を築き子供にも恵まれたが、長男は、山で滑落死し、妻には先立たれ、自身も医学的ミスで片足を切除していることを知った。そうした点では苦難の人生になっている。何とも強烈なのは、東條英機を批判し、現職の議員ながら逮捕、拘束され自宅に戻った後自刃していることである。
中野正剛の尊敬する人物が、西郷隆盛、大塩平八郎だという。共に陽明学を深く学んだ歴史的人物である。知行合一の思想。このあたりが、中野正剛という人の核なのかと納得した読後感である。
  

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2017年09月30日

『清沢洌』 北岡伸一著 中公新書

清沢洌の名前と人物像を知ったのは、臼井吉見の小説『安曇野』を読んだからである。言論人であり戦前には珍しく自由主義者であり、親米の日米開戦に反対した人物だという認識があったが、詳しくは知らないでいた。石橋湛山に興味があり、清沢洌が再度関心の的になった。単身渡米し、言論人になったことは驚きである。留学したというよりは、アメリカで働きながら、批評家の道を切り開いたのである。執筆に才があったのである。大蔵大臣や総理大臣になった高橋是清と重なってくる。
終戦の年に55歳で亡くなっているが『暗黒日記』という著述を残している。この本は、前座のようなもので『暗黒日記』は、是非読んでみたい。
  

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2017年08月31日

『定年後』 楠本新著 中央公論



フェースブックの友人の紹介本である。こうしたタイトルの本は、人それぞれの人生観があってあまり関心がないのだが、さらっと読んでみることにした。帯に、大事なのは、健康?お金?孤独です。と書いてあったのが気になって購入することになった。孤独感は、大事な問題である。前向きに生きられなくなったらつまらない。お金があっても。
退職鬱ということはある。経済も、人間関係も組織に依存していたのだから、その環境から急に外れれば、精神的に落ち込むことは十分考えられる。定年と言う制度はわかっていても、無意識に気がめいってくることはあるのである。理性的には割り切れない世界である。定年後の生き方は、この本が強調しているように、前から準備しておくことだというのは、共感する。俳句に「去年今年貫く棒の如きもの」(高浜虚子)というのがある。定年前も定年後も節目を意識しないほうが良い。要は「宮仕え」を辞めるのである。自分のペースで生きられるのだということである。社会的動物ではありますが。
  

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2017年08月10日

『戦う石橋湛山』半藤一利著 東洋経済新報社



1995年に出版された。半藤一利は、文芸春秋の元編集長で、退職後は歴史小説、評論を書くようになった。漱石の孫を妻にもつ。石橋湛山は、第55代内閣総理大臣で、就任後病気になったために短命内閣であった。石橋の後総理になったのが、岸信介である。
石橋湛山という人物は、戦後の政治家としてではなく、大正から終戦までの言論人としてみると偉大な人物と言ってよい。彼の唱えた「小日本主義」が政治の流れとなっていたら、日本は不幸な戦争をしないで済んだかもしれない。満州、台湾、朝鮮、樺太の利権を手放せと言ったのである。帝国主義はやがてなくなり、小国は独立することを、人道的、経済学的な面から見通していた。
先の戦争を、非難するのは簡単だが、その時代にあって一貫して主張した言行一致の人生は尊敬するに値する。この本を読んだためか、法人の理事を辞めている。今振り返るとそれでよかったと思う。ただ、言論的批判はしていない。資金的根拠と運営的継続性のない企画には、賛同できなかっただけである。
  

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2017年07月25日

『韓のくに紀行』 司馬遼太郎著 朝日文芸文庫



日本と朝鮮半島の関係は、古来より密接な関係がある。日韓併合があって依頼、感情的にしっくり行かない関係になっている。仏教伝来も朝鮮半島経由だったし、古代の先進的技術は、半島から流れて来たと言って良い。
65歳になった節目に、九州旅行を思い立った。唐津から伊万里、有田、平戸を旅先に選んだ。佐世保、長崎は候補地からはずした。時間的余裕がないということもあるが、九州北岸の地に絞った。その中に、前から一度訪ねてみたかった、歴史的遺跡がある。豊臣秀吉が、朝鮮出兵の前線基地として築いた名護屋城跡である。
文禄・慶長の役というが、適当な文献がない。遠い過去の歴史を学術的に調べて見るつもりはない。書棚を眺めていたら、この本が眼に留まった。目次を見ると、文禄・慶長の役に触れている箇所がある。その中で、「降倭」という文字に関心が留まった。秀吉軍の中で降伏した兵士が、朝鮮に留まり朝鮮人として生きた。佐賀の焼き物のルーツは、朝鮮人の陶工だということもある。不幸な歴史から生まれた異国に生きた人たちに関心が向いた。司馬遼太郎の『街道を行く』シリーズは全巻読んだわけではないが、久しぶりに司馬節の文章に触れた。夏の旅の良い参考文献になりそうである。紀行文を書いてみたい。
  

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2017年07月08日

『菜根譚』 洪自誠著

社会事業家であった、後藤靜香の全集で、この本の存在を知った。最近、蔵書の整理をしていたらこの本が出てきた。少しは読んでいたのだろうが、あらためて読んでみた。1996年の版で徳間書店から出版されたものだ。口語文の訳本である。
洪自誠は、明王朝時代の人である。日本では、織豊時代から徳川の時代に移る頃の人である。官吏であったかもしれないが定かではない。江戸時代の後期になって、前田藩の儒者が紹介し広く読まれるようになった。学術書ではないが、短い処世訓が並んでいる。なるほどと思う指摘が多い。文も短い。著者の倫理観は、中国の古来からの宗教的、道徳的要素が背景にあるが、現世で得た経験知でもある。
日本の政治家や実業家の愛読書になっているらしい。田中角栄、松下幸之助といった人達である。「手柄は人にやれ。泥は自らかぶれ。敵を減らせ」などと角さんは言っていたが、手本はこの本だったのだろう。松下幸之助の『一日一話』にも当然反映されている。実行できるかは別として、口ずさむだけでご利益があるかもしれない。無欲、向上心、謙譲という資質があれば申し分がない。
  

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2017年06月24日

『人間 吉田茂』塩澤実信著 光人社



戦後の日本の宰相として吉田茂の評価は高い。政治家の本を今はほとんど読まないが、好んで読んだ時期があった。古本として再読した本が、本著である。吉田茂は、外務官僚で、戦後総理大臣になった時は、67歳であった。年齢的にも、政党人でもなかった、吉田茂が、宰相になることは、敗戦後という特殊事情があった。公職追放によって、首相候補が次々に資格を失い、吉田茂に白羽の矢が立ったのである。
吉田茂の実父は、高知の政治家であったが、吉田茂は、生まれて間もなくに吉田家の養子になり、養父が実業家で成功し、40台の若さで無くなったため、11歳で、今日で50億円という莫大な遺産を引き継いだ。大磯に旧吉田邸があるが、それも遺産の一つである。その遺産は、一代で使い果たしたというから凄い。
A級戦犯として絞首刑になった広田弘毅も外務官僚であったが、開戦前に首相になったことが、吉田との政治家としての明暗を分けた。ただ、吉田茂は、一貫して親英、親米で多くの政界の要人との人脈も築いていた。三国同盟には終始反対であり、松岡洋介とは考えを異にしていた。開戦後も、終戦工作をする気骨もあった。投獄されたこともあった。こうしてみると、吉田茂が戦後の日本の舵取りを任されたのも納得がいくのである。
著書のタイトルが、人間吉田茂となっているが、なるほどと思わせる、数々のエピソードが紹介されている。二つ三つ拾ってみる。いずれも機智とユーモアが感じられる。一つは、昭和天皇に冬の日「吉田は寒くないかね」と声をかけられ「吉田は懐が暖かいので寒くございません」と答えた。陛下が、分かりかねていると、侍従長の説明で、大笑いされたという。さらに、選挙演説などは嫌いで、得意でもなかったが、これも冬の日に演説していた時の話である。吉田茂は、外套を纏って演説を始めた。聴衆から「マントくらいは脱げ」と声がかかると、「これは街頭(がいとう)演説である」と応じた。最後は、吉田茂は富士山が好きで晩年は、富士の見える大磯で暮らしたが、英国王女夫妻が訪ねてこられた時に「富士山の頂上はいつも雲がかかっていて、姿が見られないのは残念です」と言うと、吉田は、「富士は自分より美しい人に眺められると、はにかんで顔を隠すのです」と応えたという。
  

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2017年06月13日

『増補版 上野三碑を読む』 熊倉浩靖著 雄山閣 1800円(税別)



著者から、新著を贈呈された。増補版とある。それにしても、前著の出版から日が経っていない。内容も深化している。そして、著者のテーマである『上野三碑』は、世界記憶遺産の登録に向けて進展しているようだ。地味なテーマだが、歴史的、文化的側面を考えると、重要なテーマに違いない。
前著にない項目に、碑の書体を取り上げている。文字の内容は、もちろん研究中心に置かれて当然だが、あらためて、三碑の書体を眺めて見ると味わい深いものがある。漢字の普及の黎明期に、地方にあって、これほどの個性的な文字が石に刻まれたことは、驚きである。中国の宋の時代には、「石刻遺訓」が知られているが、石に刻まれた文字は、長く残ることに加え、刻んだ人の気持ちも、人柄も伝えられることを実感した。著者の、碑の研究の時間を越えた探求は続くが、実際に碑を訪ねてみたいと思う。山上碑と金井沢碑は近そうなのでハイキングコースになりそうである。著者の住まいに近いので、時間が許すなら、ガイドしていただきたいものである。
  

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2017年05月24日

『第二芸術』 桑原武夫著 講談社学術文庫

20代で俳句を創る習慣ができたので、桑原武夫の俳句の「第二芸術論」とは何かに眼を通してみたいと思っていた。リタイヤしたら比重をかけて俳句に取り組んでみようかと思い、この書を読むことになった。
桑原武夫といえば、文化勲章を受章するほど名高い文化人であり、大学者であった人物である。終戦の翌年、『世界』の11月号に発表している。それほど長い論文(?)ではない。多くの俳人が、反論を試みなかったというが、それが正解だったかもしれない。「毀誉は、他人の主張」それほど目くじらを立てる内容でもない。桑原武夫大先生は、デュ―イのプラグマティズムが肌に合うようだ。それに俳句はお好きではないというより関心が薄いようである。心の世界は深く、短い俳句にその世界を表現することができるということを想像しにくいと考えて居られるようだ。
  

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2017年05月19日

『山本健吉俳句読本』角川文化振興財団編 角川書店

第一巻 俳句とは何かを久しぶりに読んだ。全五巻あるが、蔵書はこの一巻だけである。山本健吉は、著名な文芸評論家であり、近代の俳句の評論の第一人者といっても良い。文芸評論家といえば、小林秀雄もいる。巷の読書好きでは、内容が難しく、読み進めるのに苦労する点では共通している。
山本健吉の本は、我が家に何冊かあるが、そのきっかけを作ったのは、数学者の岡潔の愛読書だったからだということである。正確に言えば、岡潔のご息女の本棚に、大事に保管されていたからである。本は、芭蕉に関する評論だったと思うが、書名は思い出せない。
山本健吉の本を通じて、芭蕉の世界を岡潔は調べたという方が正しいかもしれない。山本健吉は、自分では俳句を作らないが、俳句の鑑賞には、力量がある。
 戦後、桑原武夫の『第二芸術―現代俳句について―』によって、俳句は、その存在基盤を脅かされたことがあった。俳句が、文芸でもなく、ただの趣味、道楽であれば、日本文化の一つの分野を失うことになる。「俳句とは何か」を語り、その窮状を救った評論とも言える。蛇足だが、山本健吉、小林秀雄、岡潔は、共に文化勲章を受章している。
  

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2017年05月11日

『勝負師の妻』 藤原モト著 角川書店

勝負師とは、囲碁棋士の藤沢秀行のことである。妻から見た、藤沢秀行の生き様は凄まじい。半世紀、夫婦であり続けたことが奇跡である。アルコール中毒、暴言、出奔、ギャンブルによる借金。それに加えて複数の愛人に子供を生ませている。夫婦間の落ち度は、一方的に藤沢秀行にある。
人間には忍耐と寛容があっても自ずから限界がある。藤沢夫妻が結婚したのは、戦後間もない頃だが、一般常識では、確実に離婚である。男の子3人に恵まれたが、子がカスガイになっていない。藤沢秀行は、晩年になって勲三等を叙勲しているが、本人ももらいたと思っていなかったのだから、妻が栄誉にあづかるべきだったかもしれない。
藤沢秀行の妻が、最後まで夫を見限らなかったのは、囲碁を愛し、若手棋士の育成、囲碁界の発展に無欲な情熱を傾ける姿だったと思う。
  

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2017年05月06日

『やってみなはれ みとくんなはれ』開高健 山口瞳共著 新潮文庫



開高健は、芥川賞作家、山口瞳は、直木賞作家である。この二人が、サントリーの宣伝部に籍を置いた時期があった。もともと、サントリーは、社名を寿屋といった時代から、広告には力を入れていた。
この二人が、創業者である鳥井信次郎を熱く語っている。二代目の社長佐治敬三もやり手経営者で、二人の作家の宣伝部での活動と重なっている。父親が成し遂げられなかった、ビールの開発、販売に成功している。
何といっても、日本にウイスキーが普及していく歴史を知ることができる。鳥井信次郎の執念も伝わってくるが、運もあった。大坂商人としての才覚もあったが、本のタイトルになっている「やってみなはれ」というチャレンジ精神がサントリーの今日を築いてきたと言える。最近は、ウイスキーが我が家の晩酌に加わることになった。先日友人が泊まっていったので大いにウイスキーを堪能した。
  

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2017年05月03日

『碁打秀行』  藤原秀行著 日本経済新聞社 1500円(税込み)



1993年発行である。日本経済新聞に連載された、私の履歴書をもとにしている。学生時代からの友人で静岡大学教授のS君が定年で退官するのを記念して、関東学院の教授であるSさんが将棋の大会を企画した。Sさんの友人に将棋のアマチュア強豪がいるというので対局することになったのである。会場は、Sさんの研究室。そこにあったのがこの本。Sさんは、大の将棋愛好家であるが、なぜか囲碁の棋士の本があった。遠方からわざわざ訪ねてくれたとこの本を頂戴した。
『野垂れ死に』という藤原秀行の本を読んでいるので、彼の生き様は知っている。あらためて読んで見ると、破天荒な人生である。生まれた時から驚きである。父親は69歳、母親23歳の時の子供である。父親は、江戸時代の生まれである。
飲む、打つ、買うという無頼な人生過ごしたが、彼を慕う人は多かった。傍からは不健全な生き方に見えるが、憎めないのである。囲碁に対しては真摯であり、囲碁を終生愛した。普通、50歳を過ぎれば、タイトルなどは獲れないものだが、秀行(シュウコウ)先生は、棋聖位6連覇の偉業を為した。アルコール中毒を克服しての勝利でもある。晩年は、ガンとも闘った。書の古典を開き、多才な面を見せた。著のタイトルも彼の文字になっている。奥様が書いた本もある。勝負師の妻は、どんなことを書いているのだろう。
  

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2017年04月28日

『美酒一代』 杉森久英 毎日新聞社



昭和41年が初版である。写真は、新潮文庫から出版されたものである。サントリーの創始者鳥井信次郎伝である。現在、日本経済新聞に「琥珀の夢」が連載されている。執筆しているのは伊集院静である。鳥井信次郎の生涯を小説化している。
NHKの朝ドラで、竹鶴政孝を主人公にした番組「マッサン」で日本でのウイスキーの歴史に関心を持った。余市まで工場見学に行った。このドラマにも、鳥井信次郎が登場する。サントリーの山崎工場で実際にウイスキーを製造したのは、竹鶴政孝であったが、経営者は、鳥井信次郎である。学生時代、京都にいたので工場を見学したことがある。
ウイスキーは、本場スコットランド以外で製造するのは、至難とされた。事業としても経営が困難と考えられていた。彼の周囲の実業家や、会社の経営者からの反対もあったが、苦難を経てやり遂げることになる。夢を現実にしたのも凄いが、金儲けだけの実業家だけではなく、社会貢献もしている。サントリーは今日でも一流企業である。同族会社であるが、一族以外から社長が生まれ、世間からも注目されている。
  

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2017年04月26日

『ルポ税金地獄』 朝日新聞経済部 文春新書 780円(税別)



フェイスブックの友人から紹介された本。ほとんど、日常税金のことは、無意識に過ごしているが、世の中、税金を無視しては生きられない。過度な関心は、我が人生観ではないが、基本的なことは知っておこうと思って読んでみた。
本を読み進めていくと、新潟県湯沢町のリゾート開発に触れている。テーマになっているのは固定資産税である。市区町村に入る税金で湯沢町の税収になる。馬鹿にならない金額である。マンションの所有者が払うが、定住している人は少ない。税金を滞納している人も多く、問題になっている。今年退官したが、財政学が専門だった友人の名前が出ていたのには驚いた。先年、リゾートマンションに一緒に泊まったことがあった。
30年ぶりに家を新築し、固定資産税と向き合った。市役所に行って、固定資産台帳の写しももらった。4月は、無料で見られる。良く見れば、課税の内容もわかる。土地の評価額は、将来の相続税の元になる。こちらは、国税になる。意識すれば意識するほど、生活のあらゆるところに税金が掛けられている。この本とは別に、税の基本的な仕組みを学ぶために、ファイナンシャルプランナーの通信講座を学んでいる。「タックスプランニング」という科目がある。
  

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2017年04月18日

『風蘭』 岡潔著 角川ソフィア文庫 821円



岡潔のエッセイが最初に出たのは『春宵十話』であった。自ら執筆したと言うのではなく、口述筆記によるものであった。次に出版された『風蘭』も口述筆記による。昭和52年2月に、友人に誘われて、奈良の自宅の一室でお会いし、話を聞く機会があった。強烈な印象として残り、岡潔の書籍を求めたが、当時ほとんどの書が絶版になっていて購入することができなかった。古本屋の店頭を探したが見当たらなかった。
出版から50年近くなって、復刻版が出るようになった。『風蘭』もそうである。日本の将来への心配、とりわけ教育の問題が語られている。良い子を育てるにはどうしたらよいか、自分の孫の生い立ちを調べながら、大自然の働き{造化}があることを確信していく。今回の春雨忌で、この本に登場する洋一さんに初めてお会いした。明るいお人柄で良いご家族を築いている。禅僧と母親の話、飼い猫ミルとの別れの話は、心に残る。
  

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