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2017年02月08日

『キリストの誕生』遠藤周作著 新潮文庫



映画「沈黙」に刺激され、以前読んだ『キリストの誕生』を再読した。あらためて、キリスト教の布教の苦難を確認した。ユダヤ教から派生した宗教でもあるが、ユダヤ教徒からの迫害もあった。その象徴がエルサレムの神殿であり割礼である。選民思想の縛りや、戒律も障害になっている。パウロのように異教徒に伝道することに、生前のイエスを知るペテロを代表とする教団の反対もあった。そうしたことを乗り越えて、今日、キリスト教が世界の3大宗教になったのは、イエス(人)がキリスト(神)になる過程である。
キリストの一番弟子と言われるペテロは、イエスの思いを深く知る人間であるが、保身をはかるが、最後は、殉教する。バチカンは、彼の墓の上に建てられたといわれている。
始めは、キリスト教徒を迫害したパウロは、キリスト教徒になり不屈の精神で、異教徒にキリスト教を伝える。彼もローマで殉教したと伝えられている。
 死を恐れず、教えを守り、死にいたる殉教が、キリスト教の確信に近い行為になっているが、そうさせるのがイエスの愛の思想だと言える。罪なく十字架にかかったことは、犠牲であり、人類の最大の愛の行為になっている。人は弱く、そのことをイエスは理解してくれると思うから神と信じることができる。遠藤周作のキリスト教観は、日本人的だと思った。
  

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2017年01月25日

『神々の微笑』 芥川龍之介作品

遠藤周作の『沈黙』に深くこの作品が関係しているようである。短編だからすぐ読めるが、内容は、重い。芥川龍之介は、キリスト教を題材にした小説を多く書いたことで知られている。キリスト教に惹かれるところがあったのは事実であろう。自殺した時、枕元に聖書が置かれていたことも無関係ではないだろう。
 結論的には断定しているわけではないが、日本ではキリスト教の神も八百万の神には勝てないと老人に言わせている。天岩戸開きを思わせる場面も描いている。そして、日本に伝道に来た神父に憂鬱な気分を持たせ、その原因が、日本の風景の美しさであったり、得体の知れない雰囲気(霊的なもの)だと語らせている。
 自殺することは、キリスト教では許されないが、芥川は、キリスト教に救いを求めていたが、自分の体に染み付いていたともいうべき、日本人的な体質を脱ぎ捨てることができなかったのかもしれない。その他の作品を読んでいないので言い過ぎになっているかとも思うが。
  

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2017年01月21日

『失敗の本質』 共著 中公文庫



小池東京都知事の座右の書らしい。財界人でこの本に関心を寄せている人もいる。副題として、日本軍の組織的研究となっている。軍隊と企業は、その目的は異なるが組織という点においては同じである。小池知事が言うようには負けてはいけないのである。日本航空や、多額の損失を出して企業の存続が危惧されている東芝のようになってはいけないのである。組織の失敗は何から生まれるのか。
本著が分析した日本軍の戦いの中で、六つのケースを取り上げている。①ノモンハン事件②ミッドウェー作戦③ガタルカナル作戦④インパール作戦⑤レイテ海戦⑥沖縄戦である。
このうち、③と⑤どのように戦われたかは知らず、特にガタルカナル島がソロモン諸島にあることを知った。日本から随分と離れている。伯父が、ニューギニアで戦病死しているので南方の戦争には関心があったが、悲惨な戦いだと聞いて知るのを避けていたこともある。
 本の内容から、負け戦を分析するぐらいなら、負ける戦をなぜしたのかを研究したほうが良いと考えていたら、そのことも最初に書いてある。そのことを分かった上で、あえて戦いの失敗を日本軍という組織に眼を向け分析しているのである。いろいろな指摘があるなかで、「主観的で「帰納的」な戦略策定―空気の支配」というのがあった。これだなという感じがした。一方、演繹的という言葉がある。客観的と言うか、冷めた判断である。日本人の良さでもあるが、情に流され易いのである。情報や状況の冷静な分析は、アメリカが優っていた。もちろん、国力の違いがあり、力のあるものに戦いを挑んでも勝つ見込みは少ない。孫子の兵法というのがあった。「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」亡くなった大叔父は陸軍少佐で終戦を迎えたが、「先の大戦は無謀な戦いであった。戦争を国際紛争の解決手段にすべきではない」という言葉を残し、この孫子の言葉を引用していた。
  

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2017年01月19日

『足るを知る生き方』神沢杜口「翁草」に学ぶ 立川昭二著 講談社



神沢杜口は、江戸時代中期(1710~1795)の人。京都に住んだ。40歳で与力を娘婿に譲り、隠居の身になった。それから45年、85歳まで生きた。多趣味多才の人で、俳人与謝蕪村とも親交があった。蕪村の墓は、左京区の金福寺にある。
『翁草』を書いたことで知られるが、世に広く流布したわけではないので、後世神沢杜口を知る人は少ない。『翁草』は、定年退職後、それも老齢期の随想集とも言っても良い。日常雑感でもあるが、人生訓としても良い深い思索から生まれた文章もある。また、神沢杜口が79歳の時に発生した京都の天明の大火は、取材記事であり、焼失した地図も残し、今日の貴重な歴史資料になっている。
当時、神沢杜口が見聞きしたエピソードが綴られていて興味深い。江戸時代にタイムスリップした感じがする。森鴎外の小説『高瀬舟』は、『翁草』の記述からヒントを得たものである。安楽死がテーマになっている。『興津弥五右衛門の遺書』も同じで、こちらは、乃木将軍の自刃に刺激され『殉死』がテーマになっている。
現代、リタイアしてからの老年期の過ごし方は、人さまざまであって良いが、神沢杜口の行き方は、実に参考になった。彼ほどの趣味や才能はないが、共感するところが多い。俳句、将棋(神沢杜口は囲碁)、随想を書くこと等。意識してそうなったのではないが、拙著の紀行文に『翁草』がある。これも、時代を超えたご縁かもしれない。しかし、江戸時代にあって85歳の長寿を全うしたのは凄い。
  

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2017年01月18日

『悪党芭蕉』 嵐山光三郎著 新潮社 1500円(税別)



署名が、凄い。芭蕉と言えば俳聖。求道者的なイメージもある。俳句を通じて、日本人の精神生活を豊かにした功労者だと思うし、現代なら文化勲章を受章してもおかしくない人物である。
冒頭、芥川龍之介と正岡子規の芭蕉批判が出てくる。龍之介は、芭蕉は「大山師」だと言い、子規は、芭蕉の句は、悪句駄句が大半だと酷評している。後世、芭蕉の句碑や廟を建立する輩の気が知れぬと憤慨している。
問題は、芭蕉の作品。俳句、連句、紀行文、日記である。やはり、後世にゆるぎない文学的地位を占めていると思う。とりわけ、連句については良い勉強になった。心の交流というものの味が少し分かったような気がする。親しい友人たちと連句をした経験があるが、蕉門の深さと真剣さは、群を抜いていると思った。芭蕉門下は、豪商であったり、武士であったり、医師であったり生活に余力のあるインテリ層が多い。そうした人々の経済的支援の元に生活していたことになる。長期の旅をして、紀行文が書けたのもうなずける。連句を纏めて出版し、紀行文も世に出した。大坂御堂筋で客死するが、体調が悪いのに出かけて行ったのもプロデューサーとしての仕事だったとも言える。
芭蕉の「ひとたらし」の能力は相当なものだが、俳句の魅力を伝える資質は、カリスマ的であったと思う。
  

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2017年01月12日

『芭蕉紀行』 嵐山光三郎著 新潮文庫



古典を読むのに限るが、ガイドブックのような本も悪くはない。著者の感性もあるが、芭蕉の旅の状況を良く調べている。著者は、若いときからの旅好きで、芭蕉への思い入れもある。旅は酔狂だけでできるものではないから、旅費の工面や、旅の企画は、芭蕉一人ではできなかったことがわかる。『奥の細道』などはまさにそうであって、同行した曾良の役割は大きい。
嵐山光三郎は、作家であるが雑誌の編集などを手がけた苦労人である。編集者は、本が売れるかどうかを考えなければならない。そうした経験が、俳聖芭蕉の違った面を浮き彫りにしてくれる。『奥の細道』も読者を意識して、ただの紀行文ではなく、虚構の部分も盛り込まれていると言う。
『西行と清盛』という彼の著作があるが、面白く読んだ記憶がある。蔵書にするほど繰り返して読む本ではないと思ったから、友人にプレゼントしてしまって手元にはない。その本の中で、西行がみちのくを旅したかどうかは疑問だと書いていたように思う。また、西行が出家したのは、政争に巻き込まれることを避けたという指摘である。この本にも、人間くさい芭蕉の一面を書いているが、それはそれで面白い。
弟子の杜国との関係は、そうなのという感じがするが、渥美半島には行ってみようかなと思わせてくれた。杜国の没した地であるだけでなく「椰子の実」の歌の誕生の地でもあるからだ。旅には、旅情が必要だ。
  

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2016年12月17日

『海は甦える』第5部 江藤淳 文春文庫


『海は甦える』は、大作であった。5部を読了。最終巻に当たる5部は、政治家としての山本権兵衛を描いている。桂内閣の後を受けて内閣総理大臣となった。時代は、大正になっている。ちなみに、歴代総理大臣の中で、通算して最も長く内閣総理大臣を務めたのは桂太郎であった。しかも、長州閥であった。もはや、そういう言い方は死語になっているが、安倍総理も長州出身である。プーチン大統領を招いた長門市が選挙地盤である。
当時、元老がいて、長州閥には、山県有朋や井上馨がいた。薩摩閥は、松方正義、大山巌がいた。西園寺公望もいたが公家の出身である。元老が、天皇に総理大臣を推薦する形になっていた。山本内閣のスタートは順調に見えたが、海軍における汚職事件が明らかになり、予算も成立せず総辞職に追い込まれている。
山本内閣を支えていたのは、政友会という政党で、伊藤博文が初代総裁となって設立した政党であった。平民宰相と言われた原敬が、党の実力者として内務大臣として入閣して山本権兵衛を支えた。政局を見るのに鋭く、弁論にも長けた政治家として描かれている。
原敬は、後に総理大臣になるが、東京駅で暗殺されている。
 尾崎行雄、犬養毅といった政治かも登場し、帝国議会での質疑も詳しく書かれている。速記録として残っているのだろうが、当時の弁舌は、格調が高い。文語調でもある。時たま野次も出てくるのだが、『ヒヤヒヤ』は、どんなニヤンスかと気になった。議長との丁々発止もなかなかの醍醐味がある。
 大正2年の国家予算を見ると、軍事予算が3分の1である。陸軍と海軍の予算の取り合いも激しい。この小説の始まりは、海軍を国防の要にしようという国家観であった。陸は山県有朋であり、海は山本権兵衛であってその両巨頭の争いにも見える。大隈内閣になって、山本権兵衛は、予備役になり、海軍からも去ることになった。
  

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2016年12月14日

『新逆旅』 土岐文英著 文芸社



著者は、田舎の開業医。東京帝国大学医学部を卒業し、父親の後を継いで、町医者になった。大変な読書家で、80代半ばにこの本を出版し、贈呈された。著書のタイトルになった「逆旅」は、著者の人生観を著している。
唐の詩人、李白の「夫天地者萬物之逆旅」からの引用である。漢詩、短歌、俳句に通じ、著書の内容は、文芸評論家と言えるほどの内容である。芭蕉の「月日は百代の過客にして、行きかう年もまた旅人なり」を彷彿させる紀行文も載っている。随筆もあって、絵画や陶器、音楽の造詣も深い。読書家らしく、書評も素晴らしい。特に臼井吉見の『安曇野』を通じて、相馬愛蔵、相馬国光の存在を知った。晴耕雨読の毎日で、老後は著者のような生活が出来たらと、毎年のようにお宅を訪問し、歓談する機会があった。
大正6年の生まれで、もうすぐ百歳である。春になったらお邪魔しようと思っていたが、最近友人を通じて亡くなられたことを知った。大往生というしかない。改めて著書に触れ、故人を偲びたい。ご冥福を祈るばかりである。
  

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2016年11月26日

『守城の人』 村上兵衛著 光人社NF文庫



柴五郎。この人のことは、『北京籠城』、『ある明治人の記録』を読んで知っている。著者、村上兵衛は、陸軍幼年学校から軍人となり、作家になった人である。阿川弘之が海軍軍人を描いたように、陸軍軍人を描いている。この本の副題は、「明治人柴五郎大将の生涯」となっている。
この本は、友人から借りた推薦図書なのだが、文庫本ながらページ数は800に近い。柴五郎は、会津人である。戊辰戦争の悲劇は、少年柴五郎の心に深く刻まれた。五郎の兄弟は、多かったが、妹や姉は、祖母や母親とともに自害している。柴家は、会津藩の上士であったが、会津戦争に敗れ、貧困の中に生きなければならなかった。肥沃な盆地から下北半島の寒冷で痩せた土地に明治政府によって与えられ、斗南藩という牢獄のようなと表現しても良いような藩に移封されている。その逆境から、大将にまでなった柴五郎の精進は、並大抵のものではなかった。しかし、北京籠城に見られるようにその人格は、欧米の人々からも賞賛されるほど高潔なものであった。
改めて思うことは、戦争がもたらす悲惨さと、人間の醜い面である。ただ、その中にあって、人の支え合う美しさもある。柴五郎も、会津藩士同士の助けも受けている。大坂に陸軍少尉として赴任する途中で山本覚馬の家に泊るということもあった。柴五郎は、88歳で亡くなるのだが、昭和20年8月15日の敗戦から間もなく、切腹して死のうとした。それは果たされなかったのだが、その傷がもとでその年の12月に亡くなっている。
  

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2016年11月19日

海は甦える』第一部 江藤淳 文春文庫



日本帝国海軍を近代化した人物と言われる山本権兵衛を描いた小説である。文春文庫で5部構成になっているが、絶版となっており、古書としても手に入れにくくなっている。評論家として著名な江藤淳が、こうした小説を書いていたことは驚きでもある。しかも、かなり若いときの作品である。江藤淳の祖父や、母親の父親は、海軍の将官であったことから日本海軍の歴史に関心を持ったのが理由だとされている。
山本権兵衛は、軍人であり、政治家でもあり、伯爵、海軍大将、内閣総理大臣という肩書きがあるにも関わらず、意外と後世の人に知られていない。実務家と言ってもおかしくない地味な働きをしているからなのであろうか。しかし、実行に移した内容をみると、常人にはできない改革者である。一つは、幕末から維新にかけて功績のあった軍人を予備役にして、近代海軍の技術と知識を学んだ有能な人材を登用し、帝国海軍の体質を変えた。近代海軍の父と言われる所以である。
司馬遼太郎の『坂の上の雲』で読んだのだと思うが、日本海海戦で大勝利に導いた東郷平八郎を連合艦隊司令長官に抜擢したのも山本権兵衛であった。年功序列で考えればありえない人選であったが、決断した根拠があった。人選から外れた日高荘之丞は、同郷であり海軍兵学校の同期であったにもかかわらず。明治天皇も気になって、理由を求めると、「東郷は運の良い男だから」と答えたという。独断専行する資質を、日高の気質に見ていたとされる。
書き出しは、長崎から始まっている。出島に行ったことがあるが、周囲が埋め立てられて陸地にあった。この近くに、海軍伝習所もあった。ここから、日本海軍が始まったと言ってよい。周囲を海に囲まれた日本は、イギリスのように海洋国家ではなかった。鎖国のためである。海外に乗り出し、通商を求めることはなかった。唯一出島が海外と接触の窓口になっていたが、受身な存在であった。国の防衛に、ペリー来航より、海軍の創設が急務となった。幕府側ではあったが、勝海舟はいち早くその必要を感じ行動している。主人公山本権兵衛は、西郷隆盛に紹介され、勝海舟の食客になっている。理詰めであるが豪胆な人物に描かれている。
  

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2016年11月04日

『新しい道徳』 北野武 幻冬舎 1000円(税別)

コメディアンから出発した著者は、俳優、映画監督としても知られるようになり、最近では作家としても認められ、マルチぶりを発揮している。この本も古本市で購入したのだが、出版は昨年で、新刊書に近い。新刊書として書店に並べられていたならば購入しなかったかもしれない。
 10月31日(日)、友人と軽井沢のしがくの宿「しずかる荘」に泊った時、ロビーに、『ほしのはなし』という絵本が置いてあった。作者は北野武となっている。さらっと読んだが、なかなか含蓄のある内容と展開である。北野武にもこんな一面があるのかと思った。そして、数日後古本市の本を整理していたらこの本を見かけた。
読み始めると、思いつきで書いていないことがわかる。綴り方は、北野武らしいが、内容は真摯で、不真面目ではない。受けを狙って書いてはいない。多くの人から見れば、型破りの人生を送っている人物のようにみられるが、根は優しい人柄に感じられる。
道徳的なものは、時代によって変わるもので、社会秩序を保つ方便という指摘には共感するし、戒律的なことは少ないほうが良いというのも同意見である。また、自ら自覚することが本質とも言っている。芥川龍之介の『侏儒の言葉』からの引用があったり、群れで生きる人間という指摘も鋭い。結構深いところで考えている。
  

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2016年11月02日

『美しい日本の私』川端康成著 講談社現代新書

川端康成が日本人で最初にノーベル賞を受賞した時に、授賞式で講演したことは有名である。その前文が英訳とともに紹介されているのがこの本である。しかも、初版本で昭和44年の発行になっている。値段も180円である。毎年のように、職場の古本屋の店主をしているので、寄贈された本を整理していたら眼に留まったのである。
 川端文学は、『雪国』を読んだくらいで、『伊豆の踊り子』すら読んでいない。それほど惹かれる作家ではないのだが、この本に紹介されている日本人は、大いに関心を寄せた人々である。道元禅師、明恵上人、一休禅師、良寛、西行法師、芥川龍之介等々。日本人の心の美しさを世界に向かって訴えたかったのである。大江健三郎などとは、対照的である。江藤淳も、川端のこの講演に関心を寄せている。
  

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2016年10月29日

『大東亜戦争の実相』 瀬島龍三 PHP文庫 533円(税別)



瀬島龍三は、大本営の参謀であった。戦争の戦略、企画を立てる立場にあった。戦後、10年ほどシベリヤに抑留され、帰国後は、商社伊藤忠に勤務し、会長にまでなっている。中曽根内閣の時に土光臨調の委員を務めてもいる。先の大戦については、多くを語らなかったが、アメリカの大学で講演した記録が本になって残っている。
参謀らしい著述である。感傷的、感情的表現はほとんどない。敢て言えば、先の大戦は、「太平洋戦争」ではなく「大東亜戦争」であるという主張である。本のタイトルにもなっている。そのことは、日本にとって先の大戦は、「自存自衛の受動戦争」だとも言っている。戦争を肯定しているわけではない。7つの教訓を上げている。
①賢明さを欠いた日本の大陸政策
②早期終結を図れなかったシナ事変
③時代に適応しなくなった旧憲法下の国家運営能力
④軍事が政治に優先した国家体制
⑤国防方針の分裂
⑥的確さを欠いた戦局洞察
⑦実現に至らなかった首脳会議
 明治維新以来の国是を「開国進取」と言っているが、帝国主義の時代ではないから、軍事力を背景にした海外進出は、もはや日本の選択肢にないということを痛感した。
  

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2016年10月28日

『世界認識』-世界人類としての「共生」と「平和」-藤原書店2300円(税別)



東日本大震災のあった年の7月、岩手県奥州市を訪ねた。この地に生まれた後藤新平の足跡を訪ねてみたかったからである。後藤新平は、関東大震災の後、帝都(東京市)の復興に尽力した人物として知られている。そのことも動機のひとつであった。生家も残っていたが、記念館があった。そこで購入したのがこの本である。
後藤新平は、明治から大正にかけて活躍した政治家だが、若い頃は、医師であった。板垣退助が暴漢に刺されたときに、現場に駆けつけて診察治療したことでも知られている。科学的知識だけでなく、世界情勢に詳しく、歴史や、芸術にも造詣が深いことがこの本を読むとよくわかる。講演の記録もあって、演説も大衆を惹きつける能力もあった。肉声も残っていて、収録したCDで聞ける。
改めて読もうとしたのには理由がある。帝国主義の時代に唱えたと言う「日本膨張論」のことが気になっていたからである。徳富蘇峰の戦後日記を読んだ時に「日本膨張論」という言葉が出てくる。日本には、遅れてきた帝国主義ということが言われる。その内容が、覇権主義、侵略主義、軍国主義であったとすれば、「日本膨張論」は、その根本思想になっているのではないかという関心があった。
読んだ感想としては、後藤新平の「日本膨張論」の背景には、覇権主義、侵略主義はなく国際協調主義がある。国力のバランスも無視していないが、日本の平和主義を主張している。ただ、シベリヤ出兵に賛成した閣僚の立場は、後世批判を受けてもしかたないかもしれない。
安倍内閣の「積極的平和主義」と「日本膨張論」が重ならなくもないが、軍隊が平和活動とはいえ、海外に出て行くと、紛争に巻きこまれる危険性がある。今日、戦前のような朝鮮半島や台湾のような植民地経営ということもなく、満州のような偽装国家という状況にも関わることがない。後藤新平は、その両方に関与している。それなりの成果を果たしている。彼が強調するのは、経済的国家間の協調主義である。海外に積極的に経済投資をすることでもある。後藤新平の政治思想から現代人が学ぶことは、多い。
  

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2016年10月19日

『頑蘇夢物語』 徳富蘇峰著 講談社学術文庫 1230円(税別)



旅先(小樽)で購入した本である。旅先では読みきれなかった。続編もあるらしい。文庫本ながらボリュームがある。解説は、御厨貴、東大名誉教授。政治史、政治学が専門。「蘇峰さん、好きです」と最後に書いている。彼にとって、蘇峰の著述が、赤裸々な歴史の証言と写ったからだと思った。
徳富蘇峰については、若いときから関心があったが、著書を読むことはなかった。自伝を読んだような気がするが、本棚を探しても見当たらない。どこかの本屋で立ち読みして、読んだ気になっているのかもしれない。蘇峰の家は、大庄屋であり、武士階級との交流もあり、父親はりっぱな学者であり、横井小楠と深いつながりがあった。熊本市内に大江義塾が残され見学したことがある。二十歳頃自ら開いた塾である。好学の徒といって良い。蘇峰の家系図をそこで見たが、歴史に名を刻んだ人物が多くいる。
早くから、西洋思想やキリスト教に触れ開明的な思想を持った。その中で、大きな影響を与えたのが新島襄で、終生師と仰いでいる。新島襄の同志社の経営に、外から大いに協力し、臨終の場にも立ち会っている。大磯の旅館であるが、後年大磯に居を構えている。この本は、そこで書かれている。敗戦から3日後に書き始めている。この時、蘇峰は、80歳を超えている。筆法鋭く、赤裸々に心境を吐露している。その立場は、一貫していて、強烈な皇室中心主義である。天皇批判ともとれる記述もある。
徳富蘇峰は、ジャーナリストという範疇を超えた人物で、膨大な著述を残している。『近世日本国民史』である。全100巻。56歳から90歳を超えて完成させた。地の塩となって生きる、同志社人らしからぬ人物でもある。中曽根元総理は晩年の蘇峰を何度も訪ねている。もちろん首相になる前である。著書『自省録』に書いている。
  

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2016年10月15日

『夫婦のルール』三浦朱門×曾野綾子 講談社 900円(税別)



旅先(小樽)で購入した。小樽の町をゆっくり散策できないので、この街にしかないような書物はないかと、駅前にあった紀伊国屋書店に立ち寄った時に、目に留まったのである。三浦朱門90歳、曾野綾子85歳と表紙に書いてある。それにしては、お若い。文庫本で車内でも気軽に読めそうである。夫婦の会話である。
両氏とも長寿で、作家であり、三浦朱門は文化庁長官、曾野綾子は、日本船舶振興会(日本財団)の会長を歴任した名士でもある。2人のご意見を素直に拝聴することにした。この夫婦にしても山あり谷ありだと思った。順風満帆ということでもない。他人と自分を比較しても、同じ条件ではないのだから意味はない。辛辣にも聞こえるような内容もあるが、言葉尻を捕らえて反論する気は起こらなかった。
本の中でも少し触れていたが、30年前に三浦朱門の母君が、私の勤める老人施設を利用されていたことがあった。三浦朱門は、文化庁長官になられた頃でお話する機会は少なかったが、曾野綾子は、こまめに面会に来られ、署名入りの本もくださった。御2人に共通しているのは、著名人らしくない気さくな人柄だった印象である。気楽に、法人の広報誌に寄稿していただいた。高齢夫妻のメッセージ、心に留めることにした。
  

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2016年10月08日

『数学する人生』 森田真生著 新潮社 1600円(税別)



著者は、この著によって小林秀雄賞を受賞した。数学という学問分野は、あまりにも深遠な世界と感じるのが世の多くの人の印象であろう。内容は、専門的で、基礎がないので到底理解は出来ないのだが。著者が伝えようとするところは、感じられるのである。数学は、見えない世界の法則を記号や言葉で表現する学問だということである。
人間の心の世界も似ている。見えない世界があり、そこにも法則がある。そのことを晩年追求したのが、岡潔という数学者である。そのプロセスを、著者はなるべく平易に、他者が分かるように書き綴っている。
40年近く、岡潔の世界を見つめてきたが、この著に触れて「ああそうなのか」と思うところが多い。分かったということではない。音楽や絵画が好きになるように、ますますその感じが強くなると言ったほうが正しい。著者の今後の研究活動や新刊書に注目したいと思う。
  

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2016年09月27日

『魂の退社』 稲垣えみ子著 東洋経済 1400円(税別)



知人の紹介で読んだ。著者は、朝日新聞の記者で編集委員の経歴がある。独立してフリーライターになることは、珍しくない。タイトルに惹かれた。彼女の魂が、組織を離れて生きることを望んだのであるが、その結果、彼女が痛切に感じたのは、日本は会社社会だという発見である。「猿は、木から落ちても猿だが、政治家は選挙に落ちればただの人」というある代議士の言葉を思い出した。ただ、違うのは出処進退を自分で決めたことである。だから後悔してはいないのだが、その落差が大きいのに驚いているのである。
なるほど、そういうものかと思う事例が、詳しく紹介されている。その中に社会保険の切り替えがある。医療保険、年金保険。雇用保険は、彼女のような退職では失業給付はもらいにくいとも書いている。雇用保険は、次の会社に就職することが前提の保険だと言うことからも、日本が会社社会だと感じたと言う。
巷を見れば、全国津々浦々に、コンビニができ。田舎にも大きなスーパーが進出し、お弁当屋さんもチェーン店である。個人経営のお店が姿を消しつつある。雇われ人になって生活する人が多くなっているのもこの流れである。
定年退職も自主退職ではないが、会社から離れることには違いない。想像はしているが、大いに参考になった。何よりも共感するのは、自分の魂にふさわしい生き方をするという点である。社会から孤立するのではなく、会社の論理で生きない生き方である。そのためにも彼女のような能力がないものにとっては、年金が経済基盤になる。加えて、規模は小さくとも農業経営もまんざら捨てたものではない。
  

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2016年09月24日

現代語訳『古事記』 福永武彦訳 河出文庫 840円(税別)



本棚にある本は、一度は眼を通しているが、思いついて再読している。大分整理したつもりではいるが、なかなか処分しきれないでいる。堀辰雄記念館を訪ね、交友のあった人物の作家の名前が記憶に残り、ふと本棚を眺めていたらこの本が眼に入った。
古書として買った本ではない。2009年の発行のものである。古事記には、若いときから関心があって、読んでいるが断片的に理解しているに過ぎない。古い友人に神職の仕事に就いている人がいて、『真情』という冊子を長く発行し、その中で古事記の解説を連載している。それを頼りに、古事記の世界を思いつくままに覗いている。
ここ20年、日本全国への旅を意識してするようになった。そこで意識するのは神社の存在である。そこに祀られている神様は、実に神話の時代の神様が多いのである。かように、日本人は、古い神々に畏敬の念を持っていた。この本は、現代語訳であるから平易な文章で読み易い。
今年の年末には、九州に行こうと思っている。友人にも遭う目的があるが、福岡県の宗像市にある宗像大社を参拝しようと思っている。ここに祀られている神様は女神である。この神様のことも古事記に書かれている。あまりの多くの神様が古事記には登場するので、記憶しきれず、関心の対象から外れてしまう場合が多い。この大社の神様も例外ではない。
  

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2016年09月08日

映画「動乱」

帰宅して、テレビのスイッチを入れると高倉健と吉永小百合が眼に入る。2人とも若い。タイトルはすぐに思いつかなかったが、2・26事件の首謀者の一人である青年将校とその妻を描いた物語で、はるか昔に映画館で見た記憶がある。調べてみると、1980年の上映である。軍人によるクーデターだが、成功はしなかった。その真相や、この事件に対する是非については、多くの書物が書かれており、言及しない。
ただ、昭和天皇がこの事件では、断固たる姿勢をとったことは、ほぼ確かな歴史的事実になっている。現在、『昭和天皇実録』が暫時出版されている。事件のあった昭和11年は、第7巻に収録されている。2月26日を見てみると、さすがに記述が多い。天皇が起床したのは6時20分とある。最初に事件の内容を伝えたのは、侍従とある。その後、宮内大臣、侍従武官長に相次ぎ報告を受ける。本書では、「謁を賜う」という表現である。
「早期終息」の意志を最初から示しているのがわかる。午前中には、内大臣斎藤実の死亡を確認し、鈴木貫太郎侍従長は重傷だが生存を確認している。侍医を派遣し、スープを賜うという記事が印象的である。侍従長に対するひとかどならぬ昭和天皇の想いがよくわかる。午後8時には、内務大臣が総理大臣代理となり、午前零時には戒厳令の勅令に署名している。徹底的な鎮圧を望まれ、午前1時45分に就寝されている。「御格子になる」という表現である。
  

Posted by okina-ogi at 16:51Comments(0)書評