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2013年01月31日

『岡潔博士ってだぁーれ?』 佐藤律子著 響文社 1260円

 


 絵本になっている。絵も文章も佐藤さんの作品。この本が出版されたのは、一昨年だったと思うが、ある方から寄贈されて読んでみた。
 岡潔博士は、和歌山県橋本市の出身で、生家は紀見峠にあった。庄屋さんの家柄で、祖父である文一郎は、私財を投げ打ち村の人のためにトンネルを掘った。ある時期、岡潔は国に帰り、田畑を耕しながら数学の研究を続けた。思索しながら、村を歩く、あるいは立ち止っている岡潔の姿を村人は目にしている。
 当時のことは、村人から村人へと語り継がれ、ひとつの伝説のようになった。佐藤さんも橋本市の出身で、郷土の偉人を絵本にして子供達に伝えようと思った。それが、この絵本である。早速、一冊購入し、寄贈されたものは、新しく建設される高崎市榛名地区の図書館に寄贈した。最近、建設された図書館に行ったら、絵本のコーナーに所蔵されていた。
 誰かが読んでくれていたら嬉しいのだが。
  

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2013年01月30日

「星落秋風五丈原」

心に浮かぶ歌・句・そして詩85

 土井晩翠は、仙台の人。仙台駅近くに記念館がある。先年、仙台の友人を訪ねた時に見学したことがある。土井晩翠の詩で有名なのは、「荒城の月」である。滝廉太郎が作曲していることは、ほとんどの人が知っている。「星落秋風五丈原」も土井晩翠の詩である。非常に長い詩(叙事詩)であるが、三国志に出てくる諸葛孔明の生涯を詩にしている。戦前の学生などは、愛唱する人が多かったようである。諸葛孔明は蜀の知謀の軍師であり宰相であり、「三顧の礼」、「死せる孔明、生ける仲達を走らす」などの故事で知られている。近年、孔明に重なる人物は、周恩来だと思っている。孔明がなくなったのが、五丈原である。西安に近い場所にある。特に、2番の詩が好きだ。
「星落秋風五丈原」

嗚呼(ああ)南陽の旧草廬(そうろ)
二〇余年のいにしへの
夢はたいかに安かりし
光を包み香をかくし
隴畝(ろうほ)に民と交われば
王佐の才に富める身も
ただ一曲の梁歩吟(りょうほぎん)。

閑雲野鶴空闊(ひろ)く
風に嘯(うそぶ)く身はひとり
月を湖上に砕きては
ゆくへ波間の舟一葉(ひとは)
ゆうべ暮鐘(ぼしょう)に誘はれて
訪ふは山寺の松の風。
  

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2013年01月28日

「新島襄・八重子展」

 


 1月22日から、安中市にある旧碓井郡役所で「新島襄・八重子展」が開催されている。1月27日の日曜日を利用して見学した。旧碓井郡役所は、新島襄記念礼拝堂の隣にあり、木造家屋であるが、よく保存されている。建物の中に入るのも初めてである。それほど広い部屋ではないが、パネルでコンパクトに、新島襄と八重子(八重)のことが紹介されている。ボランティアの人だと思うが、親切に解説してくれる。関連図書も販売していている。ほぼ、1年にわたり展示が続く。ステージ1は、6月2日まで。「誕生から出会い」ステージ2は、6月4日~12月23日までの開催。「結婚から終焉」駐車場もあるので、車で出かけても良い。JR安中駅からも近い。
  

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2013年01月28日

浜田広介童話集』 鬼塚りつ子編 世界文化社 1100円+税

 


代表作「泣いた赤鬼」を含め10作が収められている。他の9話の作品名を揚げる。
◆「むく鳥のゆめ」
◆「りゅうの目のなみだ」
◆「ますとおじいさん」
◆「花びらのたび」
◆「ある島のきつね」
◆「よぶこどり」
◆「子ざるのかげぼうし」
◆「光の星」
◆「たぬきのちょうちん」
皆それぞれ味わいの作品である。「りゅうの目のなみだ」も浜田の作品の中では良く知られている。力の強いもの、恐れられている者も、孤高の寂しさがあるということか。そういった偏見を持たない純真な子どもの心が涙を龍に流させた。そして龍は船に変身するという話。「花びらのたび」は、美しく咲くが、はかない命の桜の花びらが、鳥に運ばれ、川を流れて、さまざまな体験できることに感謝するという内容になっている。限られた人生を有意義に生きることを暗に教えている。
  

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2013年01月27日

「イムジン河」

心に浮かぶ歌・句・そして詩84
  「イムジン河」朴世永原詩・松山猛訳詞・高宗漢作曲
 イムジン川(臨津江)は、北朝鮮と韓国の軍事境界線に沿って流れている川である。高校生の頃この曲が流れていたが、今はとんと聞かない。フォークソングだが、「花はどこに行った」という英語の歌詞の曲も当時の歌である。学園祭などでも歌われていた。歌詞から言っても望郷の歌である。放送禁止になったという過去もあるようである。

イムジン河 水清く とうとうと流る
水鳥 自由にむらがり 飛び交うよ
我が祖国 南の地 想いははるか
イムジン河 水清く とうとうと流る

北の大地から 南の空へ
飛び行く鳥よ 自由の使者よ
誰が祖国を 二つに分けてしまったの
誰が祖国を 分けてしまったの

イムジン河 空遠く 虹よかかっておくれ
河よ 想いを伝えておくれ
ふるさとを いつまでも忘れはしない
イムジン河 水清く とうとうと流る
  

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2013年01月26日

『消費税ほど公平な税はない:課税原則と実態』 桜井良治著 

『消費税ほど公平な税はない:課税原則と実態』 桜井良治著 文眞堂 2520円
―西欧並みの20%台で社会保障充実、財政再建、震災復興

1月24日発行、毎日新聞朝刊の一面の下欄に紹介されている。著者は、私の学生時代からの友人で、現在もお付き合いをさせてもらっている。静岡大学の人文学部の教授で、財政学が専門。前回、『消費税は弱者にやさしい』という本を出版し、謹呈された。今回の著書のタイトルからすると、その続編という感じがする。昨日、電話をもらい、広告欄を見た。したがって、本著を読んでいない。広告欄の文書をそのまま掲載したい。

 「公平性を古典的課税原則に基づき課税実態に依拠して実証。逆進性の誤認を説き、公平性への誤解が生んだ政権交代の興亡史についても言及。国民のための消費税公平論。」
  

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2013年01月25日

「惜別の歌」 島崎藤村作詩

心に浮かぶ歌・句・そして詩83
 若い時から、職場の友人との別れの席では「惜別の歌」を花向けとして歌った。詩は島崎藤村で、文体が古いので昭和の人にはなじみがないという印象であったが、自分の気持ちだから無頓着に歌い続けた。還暦が過ぎ、近い将来送別される立場に立った時、自分から唄う歌ではないので、誰かが歌ってくれないものかと思う。
「惜別の歌」 島崎藤村作詩  藤江 英輔作曲

1.遠き別れに 耐えかねて
  この高殿に 登るかな
  悲しむなかれ 我が友よ
  旅の衣を ととのえよ
2.別れと言えば 昔より
  この人の世の 常なるを
  流るる水を 眺むれば
  夢はずかしき 涙かな
3.君がさやけき 目の色も
  君くれないの くちびるも
  君がみどりの 黒髪も
  またいつか見ん この別れ
4.君がやさしき なぐさめも
  君が楽しき 歌声も
  君が心の 琴の音も
  またいつか聞かん この別れ
3番は、歌詞からすると女性の友という感じなので、2番まで歌うのが無難である。
ただこの詩は、島崎藤村の詩とはいえず、若菜集に載っている詩をベースにしている。曲は、戦時中に作られ、藤江 英輔は中央大学に学んだ人とのこと。
  

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2013年01月24日

夏草や 兵ものどもが夢の跡

心に浮かぶ歌・句・そして詩82

夏草や 兵ものどもが夢の跡
 
奥州平泉を訪ねた時の芭蕉の句は、あまりにも有名です。紀行『奥の細道』を抜粋してみます。
「三代の栄耀一睡の中にして、大門の跡は一里こなたに有。秀衡が跡は田野に成て、金鶏山のみ形を残す。先、高館にのぼれば、北上川南部より流るゝ大河也。衣川は、和泉が城をめぐりて、高館の下にて大河に落入。泰衡等が旧跡は、衣が関を隔て、南部口をさし固め、夷をふせぐとみえたり。偖も義臣すぐつて此城にこもり、功名一時の叢となる。国破れて山河あり、城春にして草青みたりと、笠打敷て、時のうつるまで泪を落し侍りぬ」
高館にある碑に刻まれています。芭蕉は、眼前に広がる風景を眺めつつ、遠く義経の時代を思い浮かべました。 自筆の句碑は、毛越寺にあります。正月のテレビ番組を見ておりましたら、日本に高齢になって帰化した、日本文学者のドナルド・キーンがこの寺の庭で、椅子に坐りながら語っている映像に遭遇しました。この人は、普通の日本人より、はるかに日本の文化を愛していると思います。そのドナルド・キーンが語っていたのが、この句でした。
 加えて、日本人が梅より桜を愛しているが、それは、平安時代以後だと話していたのも印象的でした。西行さんの歌の影響もあるのかと思いました。
  

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2013年01月23日

秋深き 隣は何をする人ぞ

心に浮かぶ歌・句・そして詩81 

 もちろん芭蕉の句です。この句から、どのような感情が浮かびますか。芥川龍之介は言い知れない寂しさを感じ、それが原因だったかはわかりませんが、聖書を枕辺に置いて自殺しました。
 旅好きの人間として、まだ知らぬ人もご縁があれば親しくなれる人と思えば、決して他人とは思えなくなります。この芭蕉の句に、人の世の懐かしさの心情を感じたいと思います。病床に伏した芭蕉の脳裏には、旅先の思い出も駆け巡っていたでしょう。ただ懐かしく。
 家族の絆。地域の触れ合い。教会の信仰によるつながり。それはそれで、安住の地といえます。そこを、離れ一人になった時生まれるものが、旅にはあります。
 人は本質的には心でつながっているかが大事だと思います。近くに居ても会話することもなく、無視し合っている関係は、苦痛そのものです。時たま、喜怒哀楽をぶつけあう方がまだましかもしれませんね。
  

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2013年01月22日

曽野綾子さんのこと


 今から27年程前の話になる。曽野綾子さんの夫は、三浦朱門で、文化庁の長官になった作家である。昭和61年頃、朱門さんの母親が、私の勤務している特養に一年程入居されたことがある。ほとんど、日曜日のたびに夫妻は面会にこられ、自作の文庫本などいただき、お話する機会があった。著名人だという、意識はお二人から感じたことはない。いままで、関心がなかった両氏の本を読みたいと思うようになったのは、人柄と人間性が好きになったからである。
 作家という職業の人は、自伝的なものは、出さないと思っていたら曽野さんは80歳を機に出版した。タイトルがふるっている。『この世に恋して』曽野さんらしい書名だと思った。当時、お会いした時は、50歳を少し超えられた年齢だったことになる。白内障の手術をして、近眼が治ったと喜んでおられたことを思い出す。法人の広報誌に原稿を送ってくださった。また、編集後記に曽野さんのことを書かせていただいた。

フラワー・ポットの秋
 今、姑がお世話になっている「憩の園」の部屋のヴェランダに小さなフラワー・ポットがあって、私は最初から気になっていた。実は数年前から、私は花作りが好きになっていて、ワープロやコンピューターの入った書斎の窓辺で、蘭やベゴニアをかなりうまく育てている。だから、私は榛名の気候に合わせた花を植えて、植物の面倒見のいい姑に任せて帰ろうと思っていたのであった。
 しかし、姑はこのフラワー・ポットに関して大変優しかった。彼女は私のように、フラワー・ポットを掘っくり返して自分の好きな花を植えようなどと企まず、前その部屋に住んでいらした方が残された花を育てることに決めたらしい。
 私は東京から、乾燥した牛糞に化学肥料を少量混ぜたものを持って行って、時々ポットの土に混ぜるために置いて行った。しかし姑のやり方はもっと原始的だった。昔からそうだったが、食事に残したものを、こまめにちょこちょこと土に埋めて置くのである。堆肥というものは、ほんとうは発酵させてから埋めなければならないのだろうが、姑のは生ゴミに近いのだから、大丈夫だろうか、と心配したこともあったが、それが流儀なのだから、その通りにやるのがいいと思う。
 植物を育てることは、人間にとって自然な営みなのだと思う。私は土いじりと無縁な生活をしてきたが、数年前、眼の病気をして読み書きができなくなった時から畑に出るようになった。戦争を知っている世代だから、初めは野菜を作って満足していたが、だんだんと果樹や花まで植えて、畑仕事のいろはを覚えたのである。
 幼い子をみることと、植物を育てることは、老年には特に必要だと思う。姑の丹誠の甲斐あってかどうか前の方がお植えになった黄菊が、秋ひとしきり私たちの眼を楽しませてくれた。
曽野綾子(そのあやこ) 昭和6年東京生まれ。聖心女子大卒。作家

編集後記
眼は心の窓                   (昭和六十一年・春号)
 巻頭言は、作家の曽野綾子さんにお願いした。氏は、近年白内障の手術を受けられた。失明の窮地から一転、近視までも回復され、今はとても爽やかに物を見る眼をお持ちでいらっしゃる。眼は、作家にとって命ほどに大切なもの。氏は、この回復された眼を〝贈られた眼〟と感謝し、創作への意欲を燃やされている。三浦家では、ワープロが人気とみえて、原稿は夫君朱門氏と同様に愛用のそれの文字(?)で頂戴した。
理事長は、十年先を見て事業をするとよくいう。これは先見性という眼であろう。新マリヤ館の工事が始まり、恵泉園移築のための設計も終わり、工事開始を待つばかりとなった。これらの事業も、先を見る眼で構想されている。
また、〝眼は心の窓〟である。それゆえ、心は気高く、また慈しみ深くありたい。潤いをもたらす仕事はここから生れる。
(翁)=当時の私のペンネーム
  

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2013年01月21日

法律門外漢のたわごと(高年齢者雇用安定法)

 民間企業の定年は、60歳になっていると思うが、この法律では、定年後も就労する希望のある人には、雇用を継続するように企業に求めている。平成25年度の3月31日までは、健康に問題があって、休みがちな人、勤務態度や勤務能力に誰から見ても問題のある人は、労使協定にその基準を明示し、雇用しないことができるようになっていた。4月以降は、その基準がさらに「具体的」、かつ「客観的」になる。
 こうした背景には、年金支給が65歳支給と少しずつ移行していくことから、65歳までの間、無収入になることが想定されるためだが、当然退職金も受けるので、退職後の給与水準は下がることになる。また、役職も下がる場合もあるだろう。問題は、どのような働き方が良いのかを考えることで、過去の実績を次の世代に継承できるようにすることで、肩書きや、権限は、少なくし、むしろ参与や顧問的立場で良いと思う。
 もちろん、役員として経営の責任を果たさなければならない立場にいる場合は、別である。雇用する側も、雇用される側も納得できるような働き方できるようにするには、普段からのコミュニケーションと信頼関係を築いておきたい。定年が延長されているわけではないので、自動的ということでもない。
  

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2013年01月20日

『泣いた赤鬼』 作 浜田廣介


 浜田廣介は、明治26年に山形で生まれ、早稲田大学英文科を卒業し、童話作家になった。日本のアンデルセンと呼ぶ人もいる。多くの童話を残しているが『泣いた赤鬼』は教科書にも載り、比較的知られた作品になっている。
 というのも、私自身はまだ読んだことがないし、絵本も目にしていない。童話の絵本は、購入して読もうとは思わないが、最近関心が強くなり、図書館で見ようと考えている。不思議なことに私の地区の図書館は、日祭日が休みで平日でないと開館していない。そのため、まだ図書館に行けないでいるが、まず最初にこの絵本を捜してみようと思っている。
 話の筋は、ネットで見るとわかるが、赤鬼のために自己犠牲をいとわない青鬼のような存在は、現代では絶滅種に近いかもしれないが、新鮮な感動がある。浜田廣介の童話集は、買って読んでも良いと思っている。この童話から浜田廣介の感性と思想を想像することができるからである。
  

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2013年01月19日

『へたも絵のうち』 熊谷守一

『へたも絵のうち』 熊谷守一  平凡社文庫 1100円

 画家、熊谷守一は、昭和52年に97歳で亡くなっている。この人の原画を一度だけ見たことがある。その場所は、美術館ではない。数学者、岡潔宅の和室に飾られていた。というよりは、何気なく掛けてあったという感じであった。この部屋で、岡潔の講話を約1時間ほど聴いたのである。昭和52年2月12日の午後のことである。
その絵は、蟻が数匹描かれたもので、なんともシンプルな感じがした。岡先生は、この絵が気にいっていたに違いない。それよりも、熊谷守一という人が好きだったのかもしれない。熊谷守一と同時代の画家で坂本繁二郎という画家がいる。岡先生は、坂本繁二郎が好きで対談したことがあった。そのとき、すっかり心の働きが戻ったという経験をしている。3人に共通しているのは、無欲恬淡の人でありながら、自然をみつめる心の深さだろうと思う。
本の紹介になるが、昭和46年の6月から1か月、日本経済新聞の『私の履歴書』に連載された文章を編集したものである。この時、熊谷守一は、91歳で淡々と人生をふり返っている。自宅の庭に様々な草花や木を植え、鳥を飼いその生態をみつめながらこの狭い空間からほとんど外へ出ず老後を過ごしていた。若い頃は、健脚でスケッチ旅行をしていたが、晩年は小宇宙に造化の善意を感知するようにして絵を描いた。その絵が、「へたも絵のうち」だというのである。
30代から親友に、音楽家の信時潔がいる。信時の娘は、熊谷の息子に嫁いでいる。上手くはなかったようだが、チェロを演奏したり、音の周波数の計算に興味を持ったこともあったらしい。友人から依頼され時計も修理できる器用さを持ちあわせていた。また、無欲恬淡の人といったが、文化勲章や叙勲を辞退している。「これ以上人が家に来てもらっては困る」というのが理由だった。
現在、熊谷守一の自宅は、豊島区が管理する美術館になっている。近く訪ねて彼の絵を直に見てみようと思っている。
  

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2013年01月18日

讃美歌312番「慈しみ深き」

心に浮かぶ歌・句・そして詩80

讃美歌312番「慈しみ深き」
1.慈しみ深き 友なるイェスは
罪咎憂いを 取り去りたもう
心の嘆きを 包まずのべて
などかは下ろさぬ 負える重荷を

2.慈しみ深き 友なるイェスは
我らの弱気を 知りて憐れむ
悩み悲しみに 沈める時も
祈りにこたえて 慰めたまわん

3.慈しみ深き 友なるイェスは
変わらぬ愛もて 導きたもう
世の友我らを 捨て去る時も
祈りにこたえて いたわりたまわん

 キリストの神性を見事に表した詩だ。日本語訳も良い。クリスチャンでなくともこの讃美歌を愛唱する人は多いと思う。作家の曽野綾子さんが自伝を書いている。知らぬ間に80歳を超えていまも活動的な方である。曽野綾子さんとは、30年近く前だが、何度かお会いする機会があり、ご著書を頂き、法人の広報誌に原稿を頂いたことがあった。
 この詩の一番に出てくる「罪」と「咎」の違いについてである。「罪」とは、神が認めるもの、人間には判断しがたいもの。「咎は」、失敗に近いもの。法律用語で言えば、意味は同義ではないが、故意のものと過失のものという程度の違いか。
  

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2013年01月16日

「すずめの学校」

心に浮かぶ歌・句・そして詩79

 体罰を受けて自殺した高校生の問題が社会問題になっている。殴られただけで死ぬこともあるまいと思うが、そういう人もいるんだなあと思う。自殺の引き金になったことは、事実だが教師もまさかそんなに思いつめているとは考えていなかっただろうと思う。今現在、その教師も善良な教師なら、当然思い悩んでいるだろう。もしかして、この教師も自殺するかもしれないという心配がある。
 思いつめるということは良くない。良く八方ふさがりという状況がある。そう思いつめた時が危ない。立体的に考えれば、上と下がある。人生経験を重ねると人間は生きる知恵ができる。さらに、時間というものがある。時が解決してくれることも多い。
 評論家のようなこと言ってしまったが、体罰という方法は教育に相応しくないと思っている。小学校低学年の時、授業中に先生に殴られた記憶は消えることがない。理由が解らなかったからである。一週間ほど登校拒否になり、おかげで3角形の面積の定理を知らずいやな思いをしたことがある。暴力をふるった先生は、その配慮もしなかったのである。

「すずめの学校」
作詞:清水かつら
作曲:弘田龍太郎

チイチイパッパ チイパッパ
雀(すずめ)の学校の 先生は
むちを振(ふ)り振り チイパッパ
生徒の雀は 輪(わ)になって
お口をそろえて チイパッパ
まだまだいけない チイパッパ
も一度(いちど)一緒(いっしょ)に チイパッパ
チイチイパッパ チイパッパ

「むちをふりふり」という歌詞が気になるのだが、過剰反応はすまい。「めだかの学校」は、戦後の歌で、民主主義的だと言いきるのもどうかと思う。歌は、歌である。
  

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2013年01月15日

法律門外漢のたわごと(労働基準法⑪)

 冬は、インフルエンザが流行することがあります。高齢者を介護する施設では、その発生を予防するために、毎年予防接種を職員に薦めています。強制ということではありません。それでも、インフルエンザにかかってしまう職員がいます。この場合、休みをとることになるのは、自然な成り行きです。年休を充てることも問題ないでしょう。
さらに、この施設では感染を防ぐために万全を期して、同居家族のインフルエンザの発症が確認できた場合、その日を含め3日間を職員に休むことを求めています。この場合の休みの扱いは、年休というわけにはいかないようですが、職員によく説明すれば、充分に年休がある職員には、年休を充てるということで問題がないように思えます。ただ、労働基準法からすると、最低、休業手当の支給が必要ですが、結果的には給与が減額になってしまいます。そこで、年休が不足する人には、賜暇扱いということにしました。
この規定は、就業規則に載せておらず、職員にも周知が徹底されていません。初めは、直接介護する職員だけに適用していたのですが、事務員にも適用したいということなり、それは少し過剰過ぎるのでは、ないかということになりました。やはり、規程に明文化していなかったことが問題かも知れません。
  

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2013年01月14日

「モルダウ」

心に浮かぶ歌・句・そして詩78

「モルダウ」
スメタナは、チェコが生んだ国民的音楽家である。現在、市民会館の中にスメタナ・ホールがあり、プラハの春音楽祭のメイン会場になっている。彼の命日である5月12日に演奏されるのが「わが祖国」である。その交響詩の中の「モルダウ」は、日本人にもよく知られている。次郎物語の映画のバックミュージックに使われたのを覚えている。
チェコを旅行した時、有名なカレル橋を渡ったが、とうとうと流れるこの川の流れを見つめながら、この曲思い浮かべていたら、この曲が何処となく流れてきた。市街地で演奏する人もいる。プラハの古い町並みに溶けて美しく聞こえた。この日は快晴であった。
  

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2013年01月14日

「ふれあい」

心に浮かぶ歌・句・そして詩77

 NHKの大河ドラマで「花神」というのがあった。原作は、司馬遼太郎である。花神は、花咲か爺さんのことで、吉田松陰(革命思想家)、高杉晋作(革命家)、村田蔵六(実務家)を中心にドラマは展開しているが、主人公は、村田蔵六である。大村益次郎といった方がわかるかもしれない。靖国神社に銅像がある。近代兵制を確立した人物として知られている。このドラマで、高杉晋作を演じていたのが、歌手で俳優の中村雅俊である。彼の持ち歌で「ふれあい」というのがある。「人はみな、一人では生きてゆけないものだから」という歌詞が好きで、歌も好きになった。

「ふれあい」
悲しみに 出会うたび
あの人を 思い出す
こんな時 そばにいて
肩を抱いてほしいと

なぐさめも 涙もいらないさ
ぬくもりが ほしいだけ
ひとはみな 一人では
生きてゆけない ものだから

空しさに 悩む日は
あの人を 誘いたい
ひとことも 語らずに
おなじ歌 歌おうと

何気ない 心のふれあいが
幸せを 連れてくる
ひとはみな 一人では
生きてゆけない ものだから

何気ない 心のふれあいが
幸せを 連れてくる
ひとはみな 一人では生きてゆけない ものだから
生きてゆけない ものだから
  

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2013年01月13日

「アテルイ伝」

 1月11日(金)から、NHKのBSプレミアムで「アテルイ伝」が放映される。4週連続の放映だが、肝心の第1回は、うっかりして見られなかった。ここ10数年、東北の地には、何度も足を運んだ。これといったテーマがあるわけではなかったが、鎌倉時代以前は、白河の関以北は日本人にとって異郷の地の感があった。
 中尊寺の近くに、西光寺達谷窟という観光スポットがある。立ち寄ったことはないのだが、パンフレットを読み、アテルイ(阿弖流爲)の名を目にし、いかなる人物なのかという興味は残っていた。
 アテルイは、平安時代の始め、この地に狩猟生活のような暮らしをしていた部族の長だとされる。大和朝廷から、蝦夷などと呼ばれていた。まるで文明から遅れた未開の人々のような蔑称で呼ばれている。北米大陸のインディアンのような扱いである。朝廷軍と戦うことになるが、その時の将軍が、坂上田村麻呂である。我々は、教科書でこの人の名前を知っている。征夷大将軍、徳川家康もこの名を拝しているが、侵略者の呼称のようである。征服される立場に立って、このドラマを見てみたいと思う。東北に住み続けた人達の理解に繋がるかもしれない。
  

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2013年01月11日

法律門外漢のたわごと(労働安全衛生法②)

 衛生管理者という資格がある。インターネットで試験問題を見たら難しそう。ためしに挑戦してみると40点にも達しない。詳しくは知らないが65点前後の正解率でないと合格には至らないのだろう。社会保険労務士の試験問題にも選択式問題と択一式問題に労働安全衛生法の問題が出るが、苦手な分野である。
 衛生管理者は、50人以上の従業員を雇用している事業所には、必ず1人選任し、月に1回衛生委員会を開くことになっている。労働災害の起こりやすい危険な職場、食品を製造する職場では、事故や不衛生によって働く人はもちろん、企業の存亡にもかかってくるので、事業主も衛生委員会の重要性を認識している。
 職場によっては、「衛生委員会」って何?とその内容と、法律的な根拠もわからない事業主がいてもおかしくない。病院、介護施設などの職場で考えてみよう。病院は、医師を始め衛生管理のスペシャリストがそろっているので、衛生管理者がいなくてもよさそうだが法律はそうはなっていない。医療関係の仕事なので、第一種衛生管理者の資格者が必要になる。介護施設はどうか。栄養士がいて、食品の衛生管理には問題がなさそう。調理員には、法定を上回る毎月1回の検便を実施しているので、食中毒対策も万全に見える。
 でも、介護者の腰痛の問題はないだろうか。夜勤による体調維持に問題はないか。労働時間に工夫の必要はないか。そうした内容を地味に話し合いながら、職場の労働衛生環境を常に改善しようという組織があることは、悪いことではない。衛生委員会は、事業主に提案することが目的で、労働組合のような組織ではない。
  

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