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2015年02月28日

閑谷学校




江戸時代、それなりに教育の場があった。藩校と言われる武士を中心にした教育機関がそれである。庶民は、寺子屋で学ぶことができたので、いわゆる「読み書きそろばん」ができる人は多かった。全国を旅して、藩校の史跡を訪ねることもあった。会津には、日新館があるし、水戸には弘道館がある。弘道館は、震災の直後だったので、中は見られなかった。藩校ではないが、栃木県足利には、足利学校がある。
ごくごく最近知ったのだが、岡山県には閑谷学校がある。岡山出身の牧師さんに教えてもらったのである。1673年の開校で、講堂の建物は国宝だという。建設に踏み切ったのは、岡山藩主池田光政である。名君の呼び名が高い人物である。庶民も学ぶことができたというから驚きである。当時の学問は、儒学で、近江聖人として知られる中江藤樹の弟子である熊沢番山も閑谷学校に関係があるようだ。幕末には、山田方谷が閑谷学校が廃校にならないように尽力した。
岡山の津山市に大学時代からの友人がいて、ここ7・8年毎年のように会うようにしている。岡山県内を案内してもらっているが、閑谷学校には足を運んでいない。備前市にあり、岡山空港からそれほど遠くはないので、次回訪問の折には、車で案内してもらおうと思っている。
  

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2015年02月27日

ラジオ深夜便




NHKラジオ第一放送で『ラジオ深夜便』という番組があるのを知った。名前の通り、時間帯が11時過ぎから翌日の早朝5時までとなっている。早寝早起きの高齢者にはきつい時間である。2月23日~26日まで連続で『カラスと私の20年』というトーク番組があるという連絡をもらい聞こうと思ったが、枕元でとセッティングしたが、眠ってしまい、最終日だけ拝聴することができた。
講師は、東京大学特任助教の松原始さん。京都大学出身のカラスの研究者である。現在、東京駅の元中央郵便局の中にある、東京大学博物館に勤務しているが、今もカラスの生態を研究してカラスを追いかけている。『カラスの教科書』というユニークな本を出版し、注目されている。烏の生態を研究していると言ったが、カラスの社会の中に住んでいるというほど、自然の中に溶け込むようにして研究している。博物館での仕事は、アルバイト代のようだと言ったら失礼かもしれない。古くからのお付き合いがあって、この春、おじい様(岡潔)の墓参会で再会できるのが楽しみ
である。
  

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2015年02月26日

君側の奸




今日は2月26日、『2・26事件』の起こった日でもある。昭和12年のこの日の朝は、東京に珍しく雪が降り積もった。日本を震撼させた軍事クーデターで、政府の要人が狙われ、殺害されたり負傷したりした。前日のNHKの番組『ヒストリア』で、鈴木貫太郎をとりあげていた。この事件で鈴木貫太郎は重傷を負い、奇跡的に助かった。その時の状況を語った鈴木たか夫人の肉声テープを聞いた。昭和40年の頃のもので、極めて鮮明な録音として残っている。
感想は、年月は経っているが武人の妻は、気丈だなということである。半藤一利の『聖断』などに描かれている鈴木貫太郎の青年将校に襲撃された場面は、たか夫人の言葉によるのだろうが、肉声で聴くとその場面の情景さえ浮かびそうである。
事件当時、鈴木貫太郎は侍従長として昭和天皇に仕えていた。たか夫人も昭和天皇養育係になったことがある。夫婦して、信頼を寄せられていたのである。憲法に忠実だった天皇も、この時は明確な意思を示した。青年将校の行動は、反乱となって鎮圧されることになった。私情を持たないように帝王学を身に付けた天皇にも許容できない行動に写ったと言える。
鈴木貫太郎は、晩年は、千葉県の関宿で暮らした。そこに記念館があり、訪ねたことがある。77歳と言う高齢で首相になり、日本を終戦に導いた功績は大きい。ポツダム宣言を受諾する御前会議の絵が飾られていた。鈴木貫太郎と言う人は、青年将校が考えるように、「君側の奸」ではない。狡猾で保身を図るような人物とはかけ離れている。番組では、『世界平和』という言葉を臨終の前にくり返し呟いたと紹介していた。蛇足だが、敵国であったアメリカのルーズベルト大統領が首相在任中に亡くなった時、弔電を打ったことは、有名である。明治の武人という感じがする。
  

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2015年02月24日

『マイナーなればこそ』 本井康博著 恩文閣出版 1900円+税

著者は、同志社大学神学部教授。同じく、同志社大学神学部を卒業し、長く安中教会の牧師をされていた井殿園先生がこの本を貸してくださった。井殿園は、エデンの園を連想させる。ご本人に聞いたことはないが、お父様もクリスチャンに違いない。それは、別にして、著者の署名がある。
 付せんがあって、岡山における同志社水脈―岡山と新島襄の部分から読み始める。井殿先生は、岡山県高梁の出身で、新島襄ゆかりの地でもある。新島襄が海外渡航する前に、江戸から備中松山藩の快風丸でこの地を訪ねている。藩主は、板倉勝静(かつきよ)と言って、幕末の老中にもなった人物である。安中藩も板倉氏で両藩は親せき筋になる。10年余りのアメリカ滞在から帰国し、京都に同志社英学校を設立した。教育はもちろん、キリスト教の伝道にも力を注ぎ、安中と高梁の布教には特に情熱を燃やした。岡山県と群馬県は、同志社と今も関係が深い。
 著者は、新島襄研究者として多くの著書があるようだが、明治維新の負け組の中に、同志社が生まれたと言う指摘であり、この本の書名になっている点である。ただ、新島襄は、勝ち組との人脈もあった。その筆頭が木戸孝允であることは知られているが、他の勝ち組の有力者に同志社設立の協力を求めていることがこの本でよくわかる。
  

Posted by okina-ogi at 17:22Comments(0)書評

2015年02月20日

オレオレ詐欺

NHKの番組「クローズアップ現代」は、世相の背景を取材して考えさせる番組になっている。今回は、オレオレ詐欺を取り上げている。金融機関や、警察なども注意喚起しているが、その被害は年々増加の傾向にあるという。被害金額を見て驚いた。500億円を超えている。全国の被害額の集計だが、ちょっとした地方都市の年度予算に匹敵する。
手口が巧妙になっていて、自分は大丈夫だと思っている人も引っかかってしまうという。
息子の名前を語って、老親からお金を引き出すことが多いと言うが、なぜ息子のケースが多いのだろう。オレオレ詐欺の名称の由来もそこからきているのだろう。ワタシワタシ詐欺にはならないのである。娘は、しっかりものということだろうか。一男一女がいるが、どことなく心当たりがある。親子同志の間での金銭のやりとりだから、詐欺とは思わないが、普段親子の会話が少ないかわり、相談がある時は、大概お金の話である。
以下は、個人的な深読みだが、戦中戦後に教育を受けた人には、他者を思いやる気持ちが残っているという推察である。しかも、犯罪に関与していると言われれば、恥ずかしいことを隠す気持ちもあるだろう。情に流され易い世代なのかも知れない。他人を疑わないということではないが、お金に困っている人の保証人なるタイプが多い。
人の弱みに付け込んで、多額のお金を盗み取るなど許せることではないが、世界がグローバル化する中で、契約社会に移行しつあることをシビアに受け止める必要がある。ただ、友人や家族の間にあっては、情に流されても良いが、お金については『仏の顔も3度まで』というようなことにしたい。古き日本の美質が失われて行くようで寂しい。
  

Posted by okina-ogi at 14:19Comments(0)日常・雑感

2015年02月14日

コクの出てきた朝ドラ




NHK放送の連続テレビ小説、俗称「朝ドラ」も終盤に近づいている。思えばこの番組も長寿番組である。その歴史を見ると第1作は、「娘と私」で昭和36年である。家にテレビがない時代で、しかも小学校低学年だったこともあって、どんなドラマかも知らない。継続は力なりというが、NHKでなければこうした企画はできない。ラジオ番組だが、「昼の憩」もいまだ続いている。懐かしいメロディーになっている。
日本で最初のウィスキーを製造した人として知られる竹鶴政孝をモデルにした「マッサン」も拘りのウィスキーが世に受け入れられるか正念場になってきた。昭和16年は、開戦の年、高価なウィスキーな需要があるのかと思うが、案の定売れない。従業員を解雇するような状況になった。ところが、何が起こるか分からないのが世の中。海軍の指定の蒸留所となったのである。
運が良いとも言えるが、夢を持つ人間強さである。そして、ウィスキーは時間がかかるし、資本もかかる。よく成功させたと思うし、北海道余市にある創業当時の建物は、北海道の有形文化財にもなった。ドラマと同じではなくとも、その足跡を訪ねて見たくなった。マッサンの酷のあるウィスキーは、もはやないが、その伝統の味は引き継がれている。
  

Posted by okina-ogi at 17:27Comments(0)日常・雑感

2015年02月13日

大衆酒場

NHKの『クローズアップ現代』という番組で、「大衆酒場」をテーマにして、その背景にあるものを紹介していた。第3の空間という言い方をしていた。第1の空間は自宅。第2の空間は職場。心が満たされるために第3の空間が必要だと言っている。
お酒は飲めるが、日常の中で大衆酒場に行く機会はほとんどない。旅に出た時に立ち寄ることはあるが、田舎で、大衆酒場の少ないこともあるが、飲んだ後車の運転ができないので経済的にも無理である。交通手段の不便さがない都会ならば大衆酒場に出掛ける回数も多くなっていたかも知れない。
吉田類という不思議な人がいる。何が本業なのかわからない人だが「酒場放浪記」とう番組に出てお酒を飲んでいる。随分長いこと続いている番組で何度か見たことがある。『クローズアップ現代』でも紹介されていた。人気があるらしい。
個人的には旅を趣味にしているが、大衆酒場の意味は良く解る。一時的にも、非日常的気分を味わうことができる。加えて、離れている友人や、知らない人とコミュニケションができることである。フェースブックなども、一種の「大衆酒場」になっているかも知れない。酔っ払い過ぎて他人に害を与えたり、嫌な思いをさせないようにしなければならないことは共通している。
  

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2015年02月10日

『無名の人生』 渡辺京二著 文春新書 750円+税



友人からの推薦図書である。江戸時代の歴史に関心がある方で、池波正太郎の作品を愛読されている。この本の中にも、江戸時代の日本人の暮らしぶりが紹介されている。身分制度に縛られて、さぞ鬱屈した日々を過ごしているかと思いきや、そうでもなさそうである。貧しさはあったであろうが、飢饉でもなければ、日々平凡ながら幸福に暮らしているように書かれている。幕末に、日本を訪れた外国人の印象は、皆肯定的である。「春めくや人さまざまの伊勢参り参宮と言えば盗みも許しけり」。ちょっとした気晴らしもできたし、寛容なところもあった。裁判も公正で、死罪になるような罪も建前だけで、減刑になることも多かったようである。
渡辺氏は、父親の仕事の関係で若い時、中国大陸で生活した。戦時中にも関わらず、生活に困窮することは少なかったが、終戦後引き揚げ、結核も患いどん底の人生を味わった。若い頃から、大変な読書家でさまざまな仕事をしながら、今日80の齢を超えた。『無名の人生』という書名だが、若干の違和感がある。雑草と言う草はないのであって、それぞれに名前がある。著名でない多くの人という意味なのだろう。自己顕示ということを否定する。この点は同感である。旅人という表現も良い。平均寿命が短く、物質的に豊かではなかったであろう江戸時代の庶民の死生観を想像させてくれたのが、一番の収穫だったと言える。
  

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2015年02月02日

ウミガメの涙

2月1日(日)のHNKの番組を見ていたら、ウミガメの産卵の場面が写しだされていた。砂浜に穴をほって卵を産むのだが、自力で海に帰り、また産卵に戻るウミガメは、1000匹に一匹だとか。なんとも厳しい世界である。感動的だったのは、ウミガメの産卵するときの目から涙があふれるシーンである。人間の涙とは違う。さらっと流れず、ゼリーのようである。産みの苦しみ、産みの喜び、ウミガメに聞かなければわからない。命を生み出すことは崇高なことである。命を断つ、あるいは殺す。こういう考え、行為はなんとしても避けたい。イスラム国の行為により、殺害された後藤さんのことは、記憶に留めなければならない。決して他人事にはしたくない。その時考えたいのは、彼の死に向かうときの覚悟、それに至る動機を想像したいと思う。、その判断は、知的ではなく情の世界で良い。私も、あなた方もこうした行為ができますか。命がけという行為は、少なくなりました。政治的な問題にはしたくない。  

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