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2015年08月29日

45年後の京都散策(計画編)


9月20日(日)京都に行くことにした。目的は、大学時代の友人夫婦を偲ぶ集いのためである。心理学専攻のゼミの友人で、二人は相次いで亡くなり、遺児と会うことにした。遠方で葬儀にも参列できず、会ってお悔やみを述べたいと思っている。皆、成人していて所帯を持っている人もいるが、独身の御長男が会ってくれることになった。場所は、鴨川の川床にした。既に退官しているが、京都に在住のゼミの先生も加わっていただけることになった。幼児の頃の写真を送ってもらってはいるが、初対面ということになる。両親の思い出など語ることになるのだろう。
せっかくの京都。ちょっと長居をしてみたい。宿泊は、先生のお宅を快く提供していただけることになっている。偲ぶ会の翌日、一日かけて京都を散策することにした。45年前、初めて親元を離れ、一人暮らしが始まった。大学時代に、3度下宿を変えたが、最初の下宿は大徳寺にほど近い民家であった。典型的な京女性と思える年配の方のお住まいの2階を借りた。部屋からは、大徳寺の庭が塀越しに見えた。場所は申し分なかったが、門限や謹厳な主の対応に1年しかいられなかった。玄関側の2階に、もうひとり下宿している学生がいて、こちらは、教師の息子とやらで優等生であった。よく比較され、だいぶ説教された。夏休みを利用して、京都に来た高校時代の友人を泊めた時、懐かしさもこみあげて酒盛りになり、主に大目玉を食った。「アンさんの友達は、バンカラやな」。この一言は、決定的だった。
1年しか住まなかったが、最初の京都住まいで、よく周囲を散策した。今回、この下宿の周辺をぶらぶらと歩いてみたいと思っている。それこそ、45年後の京都である。恩師の家が、宮本武蔵の吉岡一門との決闘で名高い一乗寺にあるので、大徳寺に向かって歩き、金閣寺まで行ってみようと計画している。下賀茂神社、大徳寺、今宮神社、建勲神社などにも寄れたらと思う。45年前を回顧してもどれほどの意味があるかわからないが、昔たどったみちである。同名のタイトルで実践編を書いてみることにする。ブラタモリのようにはいかないと思うが、京都の歴史にも触れたい。
  

Posted by okina-ogi at 17:38Comments(0)日常・雑感

2015年08月28日

『武士の碑』 伊東潤著 PHP研究所 1800円(税別)

鹿児島に住む友人の推薦図書である。奥様が、薩摩の武門の出ということもあり、薩摩の歴史に関心を寄せられている。島津斉彬、西郷隆盛といった歴史に名高い人物はもちろん、薩摩の郷土史も研究しておられる。
西南戦争に加わり、鹿児島の城山で亡くなった村田新八を主人公として、西南戦争を描いている。西南戦争は維新後の最大の内戦で、それ


以後、内戦はなく、武士社会の終焉となっている。タイトルは、その意味である。
小説の展開に工夫がある。一つは、主人公の終焉の場面を書き出しにしている。そして最後にも、その場面の再現がある。死に場所がテーマになっている。それは、西郷隆盛の場合も同じである。また、西南戦争の戦場にあって、庄内藩から従軍した、若い武士に、フランスに視察団として行った時の回想を語る。その回想が、戦いの合間に挿入されている。とりわけ、パリで出会った若い女性との思い出が、注意を惹く。と言っても、色恋の話ではない。たまたま、パリの路上で、子供に財布を盗まれ、追いかけて行った先に、病を得た女性がいた。貧困の中、やせ細った女性である。画家クールベの娘という設定である。転居して、所在が不明になるが、居酒屋で出会った男を通じて探し出すことができた。この男は、小説家のゾラである。村田新八がフランスに渡ったとき、この二人の会った記録があるわけではないから、あくまで作者の創作である。


女性の死が近いと知ると、最後の望みを叶えるように、彼女の生まれた海辺の町に、馬車を走らせる。パリから遠い町である。ゾラも同行する。彼には、村田新八の行動が奇怪に写る。何の得もない。日本人は不思議な人種だと思う。新渡戸が『武士道』で書いている憐憫の情とも言えるが、作者は、孔子の教えと書いている。臨終の時、彼女から習い、譲り受けたアコーディオンのような楽器で彼女の好きな曲を弾く。涙を流しつつこと切れる。
村田新八は、この楽器を戦場に携帯している。西郷隆盛の死を見届けた彼は、一人楽器を弾いている。官軍の兵士に取り囲まれるが、無言のまま弾き続ける。そして、投降の呼びかけを無視し、射殺される。これも、作者の創作であろう。西郷隆盛は、銃弾にあたり、別府晋介の介錯によって死んだというのが定説になっているが、ここにも作者の創作があった。その内容は敢えて書かないことにする。
感想になるが、維新の元勲である西郷隆盛と大久保利通が対照的に描かれている。政治に対し、非情なまでに非情なのが、大久保である。ただ、情を抑えている。薩摩の人だから。その二人を和解させることができるのが村田新八であったはずである。それは叶わなかった。情という不可思議なもの。知情意というが、人は情という心の働きが納得しないと行動にならないのだろうと思った。情の厚さは薩摩人の独特な気性なのかもしれない。
  

Posted by okina-ogi at 11:40Comments(0)書評

2015年08月21日

遊行期(ゆぎょうき)


古代インド人が考えた遊行期というのは、人生のしめくくりをストイックに考えたもので、捨の旅路といったらよいのだろうか。物質的には、それでも良いが、心は豊かになりたい。名誉、社会的地位、金銭に執着することから離れ、心の喜びが生まれる遊行期の生き方を考えてみた。「人は、喜びと懐かしさの世界に生きている」と言ったのは、数学者、岡潔である。遊行期には、それが実感できるかも知れない。
空間を移動する旅も勿論であるが、時間を越えた旅もしたい。尊敬する先人の足跡を訪ね、歴史を思い浮かべてみたい。過去には生きられないが、想像することはできる。移動でき、思索できるのが人間の特権である。旅を意識した、遊行期を過ごしてみたい。肉体の衰えが来ないうちに遊行期を過ごせれば良い。
  

Posted by okina-ogi at 16:21Comments(0)日常・雑感

2015年08月20日

『林住期』 五木寛之著 幻冬舎文庫 535円



五木寛之は、『青春の門』の作者であるが、仏教関係の著書を書くようになった。水上勉と同様に仏教について考えさせられる作品が多い。数年前に、退職をしたこともあり、この本のタイトルに目が行った。古代インドの上流階級であるバラモンに生まれた考えである。人生を4つに分けた。学生期(がくしょうき)、家住期(かじゅうき)、林住期(りんじゅうき)、遊行期(ゆぎょうき)である。
それぞれの期の説明はいらないが、概略的に言えば、学びの時期、家族とともに社会に住む時期、自分と向き合い思索する時期、死への準備、魂の放浪。林住期は、退職後の暮らしに近いが、家住期と遊行期が重複している人が現代には多いのではないだろうか。還暦を過ぎたからといって、隠居して、旅に出ることもないのだが、なぜか古代インド人の考えに共感することがある。
自分の人生を振り返ってみると、還暦を過ぎた今日、四住期を全て過ごしてきたような気がするが、50代から林住期、遊行期を強く意識するようになった。松尾芭蕉のことが念頭にあったからである。家族には悪いが、家住期の意識が希薄で、学生期、林住期、遊行期が重複した人生になっている。少しおかしいが、これからは、家住期を意識して、死の準備をするのも良いと思っている。母屋の近くに別棟を立てようとしたのも、それが動機になっている。周りは、梅林である。環境的には、林住期である。
  

Posted by okina-ogi at 16:27Comments(0)書評

2015年08月18日

『神社の謎』 合田道人著 祥伝社黄金文庫 669円(税込)



著者は、童謡に思い入れが深い歌手であるが、作家でもある。『童謡の謎』シリーズはベストセラーになった。全部ではないが、何冊か購入して読んでいる。なかなかよく調べ、洞察も深い。子供のような素朴な好奇心が、読者を惹きつけたのだろう。たまたま、公共の文化施設で、童謡の歴史を取り上げた企画展に、彼の講演とコンサートがあり、無料ということもあって、購入した本である。サイン入りでもある。
今度は、神社とは意外である。歌手というジャンルとは違うからである。最近流行りのパワースポットに拘っているのが気になるが、神社の謂れをよく解説している。講演で全国を廻っているので、そんな機会に参拝しているのだろう。こちらも、全国を旅しているので神社に詣でることが多い。神社にお勤めする友人もいるので、神道のことも少しは知識を持っているつもりであるが、お参りの形式までイラストつきで解説している。柳の下の泥鰌を狙っている感もあるが、売れるかもしれない。歌手と作家、プロ野球の大谷選手のような二刀流の素材かも知れない。
  

Posted by okina-ogi at 17:32Comments(1)書評

2015年08月15日

「裁くな、裁かれないために」

聖書の言葉である。『長英逃亡』を読了。6年4か月の逃亡生活は、常に捕縛される重圧感を読者まで感じさせる。高野長英が、終身禁固刑によって牢に繋がれたのは、幕府の鎖国政策によるが、一人の人間が大きく関わっている。鳥居耀蔵である。一蘭学者が、政道に口を挟むことは許されない時代だったかも知れないが、永牢というのは、厳しすぎる。当時、そう思った幕府の要人もいたに違いない。鳥居耀蔵は、老中の水野忠邦に高野長英の罪の重さを強く迫ったという。できれば、死罪にしたかった。裁きの時、鳥居耀蔵は、薄ら笑いを浮かべたと、吉村昭は書いている。
 劣悪な獄にあって5年も耐えたが、保釈される可能性はなく、脱獄する決断をする。オランダ語を翻訳することが、天命だと考え、牢の中ではできないと思ったからである。国防のためになる兵学書の翻訳である。長英が、脱獄した2ヵ月後には、鳥居耀蔵は、失脚する。もう少し我慢すれば、保釈されていたかもしれないと、自分の悲運を嘆くが、後戻りはできない。逃亡と言う大罪を背負うことになったのである。鳥居耀蔵に裁かれたための因果である。
 鳥居耀蔵は、晩年まで幽閉され、復権することはなかったが、明治まで生きた。後世に残した印象は言うまでもない。高野長英を裁いた鳥居耀蔵は裁かれたのである。
  

Posted by okina-ogi at 15:03Comments(0)書評

2015年08月15日

心に浮かぶ歌・句・そして詩164


「花かげ」
作詞 大村主計 作曲 豊田義一
『童謡の謎』シリーズで知られる合田道人が、著書でとりあげ、自身も好きな曲として紹介している童謡で、始めって知ったのだが、心に残りそうな曲である。昭和7年に、レコードとして発売され、20万部売れたというから凄い。日本舞踊のための曲だったということもあるが、レコードが普及していない時代だったことを考えると驚異的な売れ行きである。「日本の美、人を思いやる心」と合田は、タイトルをつけているが、曲はなんとなく切なさが漂っている。詩の一番だけを揚げる。
十五夜おつきさま ひとりぼち
桜吹雪の 花かげに
花嫁すがたの お姉さま
俥にゆられて 行きました
俥は、人力車のことである。
  

Posted by okina-ogi at 11:31Comments(0)日常・雑感

2015年08月11日

長英の逃避行を助けた人々


切放しによって、獄から逃亡した高野長英を匿った多くの人々がいた。江戸時代の犯罪者を匿うことは、死罪になる可能性があった。それにもかかわらず、多くの人々がその逃亡を助けている。江戸から、武州、上州、越後、水沢、米沢へと転々として逃亡を図る長英を助力した人々のことを考えた時、聖書の次の言葉が思い出された。
「人が友のために命を捨てること、これより大きな愛はない」
キリスト教では、愛が最高の教えである。パウロの愛についての説明は、格調が高い。これぞとばかり説教する聖職者がいる。良きサマリア人の話もそうである。ところが、こうした人が、自分が関われば死罪となるということではなく、不利益になると思えば、さっさと見ない振りをする。社長に勇気を奮って進言した結果、降格になった職員がいると、自分も同類だと思われたくないから、遠ざかるようにする。いつも、高尚な愛を語っていた人である。言葉と行為の格差があまりにも大きい。
  

Posted by okina-ogi at 12:48Comments(0)日常・雑感

2015年08月10日

ほら、童謡が聞こえる

 

群馬県立土屋文明文学記念館の企画展のタイトルである。長崎に原爆が投下された8月9日(日)に出掛けた。前日、仕事を終え、同じ高崎市群馬町にあるイオンシネマに「日本でいちばん長い日」の上映があり、その時間まで余裕があったので、近くにある公共の入浴施設「安らぎの湯」に立ち寄ったところ、この企画展のポスターがあって、出掛けることにしたのである。しかも、この日には、合田道人の講演とコンサートがある。事前に葉書で予約と書いてあるが、当日空席があれば、聴くことができるかもしれないと考えた。思惑通り、講演も聴くことができた。
 いつもなら、記念館の駐車場はまばらに車が停まっているのだが、この日は、駐車場に整備員が出ている。なかなかの盛況である。講演会は、定員150名となっていたから可能性はある。合田道人は、歌手でもあるが、童謡への思い入れがあり『童謡の謎』シリーズは売れている。十年くらい前に買って読んだが、良く調べて書いてある。作家としての筆力もある。講演で知ったのだが、『神社の謎』シリーズも書き始めたらしい。好奇心が旺盛なのである。
 この企画展で取り上げられている、北原白秋、野口雨情、西條八十は、三大童謡詩人と言ってよい。白秋と雨情の生家は今も残っていて、柳川と北茨城を訪ねたことがある。西條八十は、長命であったこともあり、戦後の歌謡曲の作詞家としても知られ、何か大衆的な感じがするが、北原白秋、野口雨情に劣らない芸術家であることが、この企画展で良く分かった。書簡などが展示されている。
 日本の童謡にとって夏目漱石の門下と言うべき、鈴木三重吉の存在が大きい。大正七年に彼が創刊した『赤い鳥』に、今日に歌い継がれる童謡が多く書かれた。ただ、野口雨情は執筆していない。鈴木三重吉は、言文一致ではない唱歌に、子供の感性にかけ離れたものを感じ、一流の文人に童話や童謡を書いてもらおうとしたのである。白秋は、共感し選者にもなった。芥川龍之介も名作『蜘蛛の糸』を載せている。新美南吉の『ごんぎつね』も投稿されている。唱歌には、詞に曲がついているが、童謡にも曲をつけたらと鈴木三重吉は考え、白秋に相談したところ反対されている。白秋は、詩だけで十分子供への感性に訴えることができると考えた。そのやりとりの手紙が展示されている。鈴木三重吉の考えに同意したのが、西條八十であった。日本で最初の童謡歌は「かなりや」である。
 かなりや
唄を忘れたかなりやは
後の山に 棄てましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れたかなりやは
背戸の小藪に 埋けましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れたかなりやは
柳の鞭で ぶちましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れたかなりやは
象牙の船に 銀の櫂
月夜の海に 浮かべれば
忘れた唄を おもいだす

曲を山田耕作に依頼しようとしたが、海外に出かける直前でかなわず、弟子の成田為三が作曲することになった。浜辺の歌の作曲者である。この「かなりや」の中には、「棄てる」とか「埋ける」とか「鞭でぶつ」といった子供にはふさわしくない表現があるが、詩を良く読むと末梢の問題だということがよくわかる。唄を忘れたかなりやは、西條八十に他ならない。親の死後、兄が放蕩し借財を返済し、詩と遠ざかった時代があったのである。後に、北原白秋は、「揺籠のうた」でかなりやを唄っている。作曲者は、草川信である。
 企画展には、きり絵作家の関口コオの作品が展示されている。童謡をテーマに作品を描いているのである。以前から関口コオの作品には童謡の世界があると思っていたが、童謡のタイトルの付いた作品があることを初めて知った。童謡作家ではないが、関口コオの作品に詩をつけてみたいと思ったことがある。この場合、曲の後に詩を付ける作業になる。絵、詩、曲は根底で繋がるものがあるような気がする。
  

Posted by okina-ogi at 15:48Comments(0)日常・雑感

2015年08月08日

『長英逃亡』吉村昭著 新潮文庫(上・下)



『ふぉん・しいほるとの娘』に続く、吉村昭の作品。これまた長編である。長英とは、蘭学者高野長英のことで、幕府の防衛政策を『夢物語』という本で批判したとして、投獄された。世に言う、蛮社の獄である。鎖国政策により、外国船は打ち払う方針だったが、それは、日本の国力を考えて無謀だと警告した。蘭学により、外国の事情に詳通していたからの意見で、投獄されるような罪とは思えないが、当時の政治状況と幕府の中枢にいた人物の考え方に大きく左右された。
鳥居耀蔵という人物は、蘭学嫌いで、徳川幕府の御用学者でもある林家の生まれである。朱子学だから相当に保守的である。しかも、妖怪といわれるほど、出世欲もあり、権力者に媚びつつ、政敵を失脚させたり、反対論者を弾圧することに異常とも言える能力を発揮した。悲しいかな、高野長英の愛国的意見は、封じられた。渡辺崋山も自刃に追い込まれる。いつの世も、この類の人物がいる。
高野長英の入牢は、5年以上に及ぶ。人望があり労名主になったが、劣悪な環境に、近い将来の死を自覚した。放火させることにより、脱獄することを決意する。切放しをねらったのである。牢獄に火災が及ぼうとするとき、一時釈放し、所定の場所に戻るようにする制度があった。戻らなければ死罪になる。高野長英は戻らず、逃亡するのである。
現代、凶悪犯が指名手配されるが、時効まで逃げ延びることも多いが、この時代は、ほとんど捕縛されていた。人相書きなどが庶民の目に留まるようするのは、今も同じだが、関所があって国越えをするのに厳しい監視があった。逃亡先を予測し、人間関係を細かく調べ、村々に密告ができる体制になっていた。また匿うことは、重罪であった。そのような中、高野長英は、6年以上全国を逃亡することができた。驚くことに、その間に、兵学書を翻訳しているのである。
その種明かしは、本書を読んでいただく事にして、読後感として言えば、学者としての良心と言わざるをえない。命がけの学問は、言論の自由が保障されている現在まれである。
集団的自衛権が国会で、法制化に向けて議論されているが、個人でも掘り下げて考えてみる必要がある。戦争を抑止し、平和を維持することができるかという観点である。
 文庫本のカバーの絵が、逃亡者の心理をよく表していると思った。特に上巻の絵は、身震いを感じるほどである。色調は黒である。雪のかかった高山に月光があたって薄暗く光っているさまがなんともいえない。
  

Posted by okina-ogi at 12:01Comments(0)書評

2015年08月07日

心に浮かぶ歌・句・そして詩163「赤い郵便馬車」

五十嵐まさ路作詞 山本雅之作曲

赤い小さな 郵便馬車(ゆうびんばしゃ)が
とうげのこみちを こえていく
リンリンシャンシャン こすずをならし
このはがくれに 消えては見える
遠い国から たよりをはこぶ

赤い小さな 郵便馬車が
しらかば林を 走ります
リンリンシャンシャン 小鳥の国を
今日もたのしい おみやげのせて
やまのこどもに はなよめにんぎょう

赤い小さな 郵便馬車の
ラッパがおそらに こだまする
リンリンシャンシャン とうげをこえりゃ
はるかかなたに おうちが見える
わらのおやねに けむりがのぼる
作詞者の五十嵐まさ路さんを取材したことがある。平成2年の暮れのことで、4半世紀前のことである。五十嵐さんは、若いとき、結核療養の体験があり、この歌はその時の体験が元になっている。一緒に療養していた地元出身の少年が、毎日毎日家族から手紙を心待ちにして、郵便ポストのところで配達を待っている姿が詩になった。詩は明るく、軽快で、療養生活の深刻さは微塵も感じられない。療養所は高台にあって、当時は麦わら屋根の家も多かった。
  

Posted by okina-ogi at 17:12Comments(0)日常・雑感

2015年08月04日

シーボルトの行状



『ふぉん・しいほるとの娘』読了。文庫本ながら、上下で1300ページを超える。久しぶりの長編だった。歴史的事件も挿入され、幕末に向かう時代が良く描かれていて大変参考になった。シーボルトについての印象は良くない。シーボルト事件で国外追放になったが、彼の行動によって多くの日本人が罪に問われた。どちらかというと、日本人の甘さが目立つ。お人良しなどというものでは済まされない。そこへ行くとシーボルトの計画性、強引さ、したたかさが対照的である。
お滝との間に稲が生まれるが、獣性を感じる。それは、再来日したときに、60を過ぎているのに関わらず、お手伝いの間に性交渉を持つ。また、幕府に外交顧問になり、その報酬交渉も抜け目ない。通訳になった青年は、獄舎に繋がれることになる。
それに、シーボルトに産み落とされた稲の生涯も決して幸せとはいえない。高子という娘を産むが、望んで生まれたわけではない。史実かどうか、はっきりしないというが、シーボルトの弟子の石井宋謙のレイプに近い行為による。その娘の高子も同じようにして子供を生む。全て、シーボルトの行状からの因果のように思えてならない。西洋医学を、日本に紹介した人物には違いないが、あまりにも政治的野心と獣性がぎらぎらして、シーボルトに対する不快感が残った。
  

Posted by okina-ogi at 17:30Comments(0)書評

2015年08月04日

伊藤元重氏の講演



8月3日(月)、午後、高崎市で著名な経済学者の講演を聴いた。現在の、世界経済の動向を約一時間語った。氏は、政府の経済戦略に委員として加わり、日本の経済政策に関わっている。現在の安倍政権にも深く関係しているが、そうした生臭い内容ではない。
講演は、某地方銀行が、資産運用のセミナーとして開催したもので、参加者は、リタイヤ組みが大半である。月曜日の開催だからなおさらである。資金運用については、エスケープである。
学者さんというのは、難しいことを難しく話すのだろうと思っていたが、そうでもない。マスコミなどに出ることも多いようで場慣れしているのかもしれない。経済学の要点として三つの目を持つように、若い時に指導教授に言われたという。
鳥の目、昆虫の目、魚の目だという。鳥瞰し、小さなところも良く見て、流れを感じ取るということだという。今回は、世界経済の動向だから、鳥の目の話しになるのだろうかと思って聴いた。中国経済についてである。株が乱高下したり、経済成長も低くなっているが、結論は心配ないという。説明がおもしろい。「一党独裁の国は、国民の幸せより、社会の安定を重視するから」。事実多額の銀行の不良債権を、国の税金で処理した実績があるという。
日本経済についてだが、「黒田日銀は、ルビコン川を渡ったので、再び後戻りしない」なんのことかと思ったら、国債を買い続けるという方針を変えないだろうという。そして、2020年のオリンピック開催までは、景気は下がらないだろうというかなり楽観的な経済予測である。目標があれば、投資も前向きになるという。
最後に、金融資産をどのように運用するかについて言えば、全てにリスクがあるということを念頭に置けば、資産は分散するということにつきるという。資産があればの話である。
  

Posted by okina-ogi at 12:57Comments(0)日常・雑感

2015年08月01日

ふぉん・しいほるとの娘(上) 吉村昭著 新潮文庫



歴史小説は、司馬遼太郎をもっぱら読んでいたが、最近は友人から薦められて吉村昭の作品を読むようになった。多作であり、長編のものが多い。歴史観や人物感は、司馬遼太郎より思索が深いとは思わないが、よく資料を調べて書いていることは、共通している。時代背景や、当時の暮らしぶりなどが新鮮に伝わってくる。
署名は、人物をひらがな表記にしているが、シーボルトのことである。一人娘の稲は、父親と同じように医師になった。日本で最初の女医ということになるのだろう。大村益次郎が村田蔵六と言った頃、稲のことが司馬遼太郎の『世に棲む日々』などに紹介されていた記憶がある。上巻の途中、シーボルトが国外追放になるところまで読んだが、稲は、まだ2歳である。
シーボルト事件を読んで考えさせられたのは、人間の好奇心である。シーボルトは、国命を受けて日本の事情を調べる目的で長崎の出島に来たように書かれている。それも事実だとしても、シーボルトの日本への好奇心は尋常ではないと思った。植物の採集は、専門分野だったとしても、国家の最高機密である日本地図を手に入れようとしたことは、当時の為政者であった幕府でも許すことはできなかったであろう。高橋景保という人物が出てくるが、伊能忠敬を調べていたときにその人物を知った。彼も、シーボルトから手に入れたい資料があったのである。これまた、好奇心による。国禁を犯してでも知りたいと思ったのだから、相当な決意だったに違いない。
シーボルト事件に連座した日本人は多い。それほどの罪とは思えない人物が永牢になっている。富岡製紙場が世界遺産になったが、当時、七日市藩というのがあって、その藩の牢に繋がれた人物がいる。稲部市五郎という人で、通詞であったが西洋医学の知識あったらしく、地域の医療に貢献したということがあって、顕彰されるようになった。
シーボルト去って後、ふぉん・しいほるとの娘は、どのような人生を生きるのであろうか楽しみである。

  

Posted by okina-ogi at 12:02Comments(0)書評