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2017年05月25日

心の壁

アメリカのトランプ大統領が、メキシコからの不法移民を防ぐために、メキシコ国境に壁を造ると発言すると、ローマ法王は
「壁を造ろうとばかり考える人は、それがなんであれ、橋を架けようと考えない人は、キリスト教徒ではない」
と釘をさした。
それに対して
「バチカンは、100パーセント巨大な壁で囲まれているではないか」
とトランプ陣営から反論があった。
数年前、バチカンを観光で見学したが、入場の時のチェックは大変厳しかった。カソリック教徒の総本山であれば、当然とも思った。
トランプ大統領も、万里の長城より長い壁を本当に造ろうと考えているのかは疑問である。お金が準備できない可能性が大である。
ローマ法王とトランプ大統領が会談し、親和的な雰囲気の中でに終了したようだ。
橋を架けると言えば
「我太平洋の橋とならん」
と言った、新渡戸稲造の言葉を思い出す。高邁な精神から出た言葉である。
キリスト教徒であっても、時には必要上物質的な壁を造っても良いが、異教徒には、心を開かないという心の壁は造ってほしくない。教徒でない人から見れば、よく言えばファミリィー的だが、風通しが悪い印象がある。教義は狭義になりやすい。その点、お伊勢さんなどは解放的である。ただ神域はある。京都御所の塀もその程度のものである。
心の壁を造らないためには、知を働かすよりは、情を働かすことだと思うのだが、最近の世界の天気マークを見ると情(晴れ)の国より知(曇りや雨)の国が多くなっているように見える。日本は、本来情の国である。
  

Posted by okina-ogi at 15:45Comments(0)日常・雑感

2017年05月24日

『第二芸術』 桑原武夫著 講談社学術文庫

20代で俳句を創る習慣ができたので、桑原武夫の俳句の「第二芸術論」とは何かに眼を通してみたいと思っていた。リタイヤしたら比重をかけて俳句に取り組んでみようかと思い、この書を読むことになった。
桑原武夫といえば、文化勲章を受章するほど名高い文化人であり、大学者であった人物である。終戦の翌年、『世界』の11月号に発表している。それほど長い論文(?)ではない。多くの俳人が、反論を試みなかったというが、それが正解だったかもしれない。「毀誉は、他人の主張」それほど目くじらを立てる内容でもない。桑原武夫大先生は、デュ―イのプラグマティズムが肌に合うようだ。それに俳句はお好きではないというより関心が薄いようである。心の世界は深く、短い俳句にその世界を表現することができるということを想像しにくいと考えて居られるようだ。
  

Posted by okina-ogi at 17:14Comments(0)書評

2017年05月23日

群馬テレビ見学




群馬テレビに勤務する友人の紹介で、前橋市にある群馬テレビを見学した。群馬県を対象地域にした、テレビ放送事業を行っており、設立されたのは昭和45年である。出資者は、群馬県、前橋市や、群馬県内の民間企業である。設立当時の建物なのでエレベーターはない。屋上には電波塔が立っていて、榛名山にある送信所と送受信をしている。普段は、関係者以外立ち入り禁止の場所のようだ。アンテナは、確かに榛名山に向けられている。
予約の午前10時前に玄関から入ろうとすると、ドアがロックされている。入り口脇にある内線電話で来訪を告げると、職員がドアを開けてくれた。このあたりが、テレビ局の特殊性だと思った。不特定多数の人間が簡単に出入りできるようにはなっていない。
応接間に通され、友人から資料を貰い、説明を聞いてから、建物内を見学させてもらった。放送機器がいっぱいあって、実際には見たことがないが、原子力発電所の制御室のようである。ニュース番組の収録をしていない時間帯であったので、スタッフの人に撮影を案内してもらった。照明器具、カメラが備えられている。キャスターの席に座らせてもらい、出演気分にしたって記念写真を取らせてもらった。
見学の感想を求められたが、「勉強になりました」という平凡な感想しか言えなかったが、これからは、地元のテレビ局の番組を見てみようかという気になった。敷島公園のバラ園が近いので、薔薇を鑑賞して帰宅についたのだが、三十度を超える暑さに、「花よりカキ氷」となってしまった。家で群馬テレビを見ると、ニュース番組があり、バックは、今日座った場所であり、バラ園も取材されていた。
  

Posted by okina-ogi at 17:19Comments(0)日常・雑感

2017年05月19日

『山本健吉俳句読本』角川文化振興財団編 角川書店

第一巻 俳句とは何かを久しぶりに読んだ。全五巻あるが、蔵書はこの一巻だけである。山本健吉は、著名な文芸評論家であり、近代の俳句の評論の第一人者といっても良い。文芸評論家といえば、小林秀雄もいる。巷の読書好きでは、内容が難しく、読み進めるのに苦労する点では共通している。
山本健吉の本は、我が家に何冊かあるが、そのきっかけを作ったのは、数学者の岡潔の愛読書だったからだということである。正確に言えば、岡潔のご息女の本棚に、大事に保管されていたからである。本は、芭蕉に関する評論だったと思うが、書名は思い出せない。
山本健吉の本を通じて、芭蕉の世界を岡潔は調べたという方が正しいかもしれない。山本健吉は、自分では俳句を作らないが、俳句の鑑賞には、力量がある。
 戦後、桑原武夫の『第二芸術―現代俳句について―』によって、俳句は、その存在基盤を脅かされたことがあった。俳句が、文芸でもなく、ただの趣味、道楽であれば、日本文化の一つの分野を失うことになる。「俳句とは何か」を語り、その窮状を救った評論とも言える。蛇足だが、山本健吉、小林秀雄、岡潔は、共に文化勲章を受章している。
  

Posted by okina-ogi at 12:02Comments(0)書評

2017年05月17日

とろろ汁



高級なのか質素な食べ物なのか、さてや健康食なのか。有料老人ホームの食堂で昼食を食べているので、ときたまとろろ汁が出る。麦飯ご飯に山芋を擦って出汁で溶いたものをかけるのだから「麦とろご飯」という言い方が正しいのかもしれない。
静岡に友人がいて、美味しい「麦とろご飯」の食べられる店に連れていってもらったことがある。丁子屋という店で、江戸時代から続く老舗だという。良く調べてみると、広重の東海道53次の浮世絵に描かれている。安倍川を越えて山間にある小さな店である。鞠子宿の中にあった。
梅若菜まりこの宿のとろろ汁


芭蕉の句である。昨日、たまたま山本健吉の俳句読本を読んでいたら、この句に出会ったのである。有名な句なのであろうが、芭蕉を良く調
べているわけではないので、初めて知った句と言って良い。良い句だなと思う。弟子に宛てた、挨拶句と説明にはある。梅と若菜の季語を重ねてよろしくないなどとは思わない。秋に掘りあげた山芋は、この時期でも十分保存が聞く。美味しいかもしれないと思う。
  

Posted by okina-ogi at 10:11Comments(0)日常・雑感

2017年05月11日

『勝負師の妻』 藤原モト著 角川書店

勝負師とは、囲碁棋士の藤沢秀行のことである。妻から見た、藤沢秀行の生き様は凄まじい。半世紀、夫婦であり続けたことが奇跡である。アルコール中毒、暴言、出奔、ギャンブルによる借金。それに加えて複数の愛人に子供を生ませている。夫婦間の落ち度は、一方的に藤沢秀行にある。
人間には忍耐と寛容があっても自ずから限界がある。藤沢夫妻が結婚したのは、戦後間もない頃だが、一般常識では、確実に離婚である。男の子3人に恵まれたが、子がカスガイになっていない。藤沢秀行は、晩年になって勲三等を叙勲しているが、本人ももらいたと思っていなかったのだから、妻が栄誉にあづかるべきだったかもしれない。
藤沢秀行の妻が、最後まで夫を見限らなかったのは、囲碁を愛し、若手棋士の育成、囲碁界の発展に無欲な情熱を傾ける姿だったと思う。
  

Posted by okina-ogi at 16:44Comments(0)書評

2017年05月06日

『やってみなはれ みとくんなはれ』開高健 山口瞳共著 新潮文庫



開高健は、芥川賞作家、山口瞳は、直木賞作家である。この二人が、サントリーの宣伝部に籍を置いた時期があった。もともと、サントリーは、社名を寿屋といった時代から、広告には力を入れていた。
この二人が、創業者である鳥井信次郎を熱く語っている。二代目の社長佐治敬三もやり手経営者で、二人の作家の宣伝部での活動と重なっている。父親が成し遂げられなかった、ビールの開発、販売に成功している。
何といっても、日本にウイスキーが普及していく歴史を知ることができる。鳥井信次郎の執念も伝わってくるが、運もあった。大坂商人としての才覚もあったが、本のタイトルになっている「やってみなはれ」というチャレンジ精神がサントリーの今日を築いてきたと言える。最近は、ウイスキーが我が家の晩酌に加わることになった。先日友人が泊まっていったので大いにウイスキーを堪能した。
  

Posted by okina-ogi at 10:22Comments(0)書評

2017年05月03日

『碁打秀行』  藤原秀行著 日本経済新聞社 1500円(税込み)



1993年発行である。日本経済新聞に連載された、私の履歴書をもとにしている。学生時代からの友人で静岡大学教授のS君が定年で退官するのを記念して、関東学院の教授であるSさんが将棋の大会を企画した。Sさんの友人に将棋のアマチュア強豪がいるというので対局することになったのである。会場は、Sさんの研究室。そこにあったのがこの本。Sさんは、大の将棋愛好家であるが、なぜか囲碁の棋士の本があった。遠方からわざわざ訪ねてくれたとこの本を頂戴した。
『野垂れ死に』という藤原秀行の本を読んでいるので、彼の生き様は知っている。あらためて読んで見ると、破天荒な人生である。生まれた時から驚きである。父親は69歳、母親23歳の時の子供である。父親は、江戸時代の生まれである。
飲む、打つ、買うという無頼な人生過ごしたが、彼を慕う人は多かった。傍からは不健全な生き方に見えるが、憎めないのである。囲碁に対しては真摯であり、囲碁を終生愛した。普通、50歳を過ぎれば、タイトルなどは獲れないものだが、秀行(シュウコウ)先生は、棋聖位6連覇の偉業を為した。アルコール中毒を克服しての勝利でもある。晩年は、ガンとも闘った。書の古典を開き、多才な面を見せた。著のタイトルも彼の文字になっている。奥様が書いた本もある。勝負師の妻は、どんなことを書いているのだろう。
  

Posted by okina-ogi at 16:44Comments(0)書評