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2019年02月15日

夏目漱石の俳句

 夏目漱石は、『吾輩は猫である』の小説で知られる文豪であるが、俳句も数多く作っている。友人の正岡子規の影響だと言われている。小説を本業とする前に多くの句を作り、子規が生存中には指導を求めた。漱石は、五高の教師となり、熊本に住んだことがある。街中を歩いていたら
     すずしさや裏は鉦うつ光淋寺  漱石
と書かれた碑を目にした。俳人飯田龍太によると(『俳句の魅力』角川書店)、漱石の句に佳句はあっても秀句はないと手厳しい。俳句は、あくまで余技だった言っている。しかし、漱石らしい句は微笑ましいものもある。
     某は案山子にて候雀殿
     肩に来て人なつかしや赤蜻蛉
猫の句もある
     行年や猫うずくまる膝の上
個人的に好き句は
     菫程なちいさき人に生まれたし
  

Posted by okina-ogi at 15:35Comments(0)日常・雑感

2019年02月14日

日野草城晩年の句

  日野草城は、京都帝大法学部を卒業したエリートであり、保険会社に勤め要職に就いたが、結核により退職し床に伏す日々が多かった。妻帯しており、妻が献身的に看病している。
  俳句に関心を持ち、アララギに投稿するようになり、高浜虚子に認められることになった。しかし、アララギのレールを外れ、無季の俳句をり作ったり、想像で創った「ミヤコホテル」は官能的な連作で、虚子の逆鱗に触れ破門された。
晩年は、正岡子規と同じような境遇になって俳句を詠んでいる。
  年暮るる仰向いて句を選みつつ
  われ咳す故に我あり夜半の月
右眼を失明し
 右眼にて見えざる妻を左眼にて
また
 風立ちぬ深き睡りの息づかい
という無季の句も作ったが、虚子からの破門は解消される。
さらに代表作とも言われる句は
 妻籠みに白雪降りて積もりけり
古事記にある素戔嗚尊の歌を想起させる。
  

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2019年02月13日

俳句自解(花)

季語で花は、桜ということになっていて、連句でも花の座がある。桜を詠んだ句がある。
   お地蔵の散る花の全て見てござる
原句は少し違っていたが、俳句の先生が添削して上記の句になった。俳句に軽みの句というものがあって、芭蕉の「古池や蛙飛びこむ水の音」がそれだという。この場合、桜の木の近くにあった地蔵に「見てござる」としたところが工夫である。次の句は、桜を仰ぎ見た時に詠んだ句である。
    澄み渡る空に生まれて花の散る
桜の花びらが風に吹き上げられて、まるで空に生まれるような気がしたのである
。  

Posted by okina-ogi at 16:27Comments(0)日常・雑感

2019年02月12日

俳句自解(月)

  月は、むしろ太陽より俳句に詠まれてきたし、短歌もまたしかりである。百人一首には、
      月見ればちぢに物こそかなしけれ我が身一つの秋にあらねど
また、万葉集には、柿本人麿の
     ひんがしののにかげろいのたつみえてかえりみすれば月かたぶきぬ
がある。俳句にも例はあげないが、芭蕉、蕪村、一茶などに有名な句が見られる。今は、流行していないが、連句には花(桜)の座とともに月の座がある。日本人とって月を愛でる気持ちの現われであろう。月は秋の季語であるが、一年中見られるわけで朧月といえば春になる。冬の月を詠んだ句がある。季語は冬の月である。
     薄雲を溶かして渡る冬の月
 夜空を見上げると、晴れてはいるが、ちぎれ雲があって、その雲が動くたびに、月が隠れ現れる。しかし、雲に隠れていても月の光は消えない。まるで月が雲を溶かしているようである。寒い冬の夜だから、溶かすという表現になったのかもしれない。
    
  

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2019年02月11日

堺屋太一さん逝去

今日の毎日新聞の一面に、堺屋太一さんの死去が載っていた。通産官僚から、作家、評論家、さらには請われて経済企画著長官になったマルチな人物であっった、テレビの出演も多く、ソフトな語りの中に、的を得て批評は、惹きつけられるものがあった。最近は、テレビで見かけることがなくなったが、橋本大阪知事の都構想の知恵袋になっていたという記事も目にしたことがあった。
 作家としての堺屋太一さんの書は愛読書になっていた。『耶律楚材』、『豊臣秀長』などは、人物評がよく描かれていたし、経済的感覚も無視していない。成吉思汗や豊臣秀吉の英雄の影に隠れ、支えた二人は堺屋太一さんに重なってくる。博識で、アイデアマン、企画力持った貴重な人物であった。83歳の死は、少し早かった。最後まで、頭脳明晰だったのではないか。ご冥福を祈りたい。
  

Posted by okina-ogi at 12:46Comments(0)日常・雑感

2019年02月09日

御堀端の風景

 
  
  高崎の城址公園の御堀端を歩いていたら、数羽の小鳥が桜の枝にとまっているのを見た。野鳥についての知識がないので、雀ではないことがわかるが名前を確定することができない。2羽は飛び去り1羽が堀の水を飲んだ。桜の枝が池の面に近く垂れ下がってくちばしが届いたのである。ほんのわずかの時間のできごとである。俳句にしたいと思うが、冬の鳥とするしかない。灰色で細身の鳥、仲間と一緒に行動する鳥だったというスケッチで色づけができていない。
  冬鳥が枝ををつかって御堀の水を飲む。これを削って俳句にしたい。いつか、できるかもしれない。それで良い。無理に作るほどの感動や驚きの風景でもないから。
  

Posted by okina-ogi at 15:25Comments(0)書評

2019年02月08日

『落語教師』 蛭川幸茂著

 大河ドラマ「いだてん」は毎週欠かさず見ている。BSで6時から放映しているので2回見ることもある。人物が躍動している。ビートたけしも味を出している。このドラマの世界から旧制高校を連想した。長野県には、松本高校があった。今も、県(あがた)の森公園に建物が保存されていて、パネルなどで当時の様子がわかるようになっている。コーヒーも飲める。7年前位に息子の運転で見学したことがあった。そこに、置かれていた本が、この本である。値段がついていないので、非売品だと思ったが、1000円くらいで購入できた。「落語教師」というタイトルに関心をもった。
読んでみると、実に面白い。最近書棚からとりだして「いだてん」と同じように2回読んだ。自伝というのは、読者を意識するもので、評伝のほうがまだましかと思うのだが、赤裸々な内容に引き込まれる。自慢話もあるが失敗談もある。普通自慢話は面白くないのだが、この人の真心が伝わってくるのである。蛭川さんは、東京帝大の数学科を卒業したら、船頭にでもなろうと本気で考えていた。神経衰弱と家が貧しいことも無関係でなかった。松本高校への就職は、主任教授の紹介だった。北杜夫の推薦文がある。
 「これほど天衣無縫な人生の記録も少ないであろう。蛭さんは旧制松本高校の名物教授であった。旧制高校の消滅と共に、村の小学校のせんせいとなり、その教え子が大学に入るまで見守り世話する道程は、今の世の形ばかりの教育とはまったく異なる。ベラボーに面白く、破天荒なこの記録は、世の教師や学生やその親たちに、目を洗う気持を起こさせるに違いない。常に青春を呼び寄せる、ひたむきで野性的な純粋な魂がじかに伝わってくるからだ」
北杜夫も辻邦生も蛭さんの教え子である
。  

Posted by okina-ogi at 16:53Comments(0)書評

2019年02月07日

「俳句のこころ」阿波野青畝著 角川書店

著者は、耳に障害(難聴)がありながら、アララギを主催する高浜虚子に見出され、山口誓子や水原秋桜子、高野素十と同様に高弟になった人である。奈良県の出身で
   塔見えて躑躅燃えたつ山路かな
   さみだれのあまだればかり浮御堂
   葛城の山懐に寝釈迦かな
などの句がある。師である虚子に写生に関して異論を唱えたことがある。写生より写実、写生に主観が入ることの肯定である。「春風夏雨」は、岡潔の著書である。岡の言うところに共感して
「つまり自然はこころの働きでわかるのである。だから自分のこころを、受け入れるべく美しく至純な状態にもってゆきたい念願になって。句を作るときの写生は、外部に対立しないで、自分のものである自然を情緒であたたかく包もうとする働きのことである」と。そして、たゆまない美の追求であり、悠久への誘いがある。作句の喜びなのである。
  

Posted by okina-ogi at 16:51Comments(0)書評

2019年02月06日

「俳句の心」山口誓子著 毎日新聞社

 俳人山口誓子は、長命であった。94歳まで生きた。明治34年(1901年)の生まれであるから、さすがに正岡子規に俳句を直接学ぶことはできなかったが、高浜虚子の主宰した「アララギ」で俳句を鍛えた。三高から東京帝大に進んだエリートであるが、企業に就職している。著書を読んでみると、「アララギ」が主張した写生を基本としている。構図とスケッチ、そこに色付けするところに絵画に似ている。何を書くのかは作者の心であって、その心は感動である。それは、本居宣長の言った「あわれ」に通じるという。「あわれ」を分解すると「ああ」と「はれ」だという。造化の心に触れることでもある。芭蕉も無視していない。
  アララギの家人斎藤茂吉の考え方、「実相観入」にも共感している。
  むかうより瀬のしらなみの激ちくる天竜川におりたちにけり
を挙げて評価している。三高から京都帝大に進んだ数学者の岡潔は、歴史、文学の批評にも深い見識をもっており、俳句は芭蕉が第一であるとしたが、斎藤茂吉のこの歌は、評価した。数々の数学の難問を説いた自分の気持に通じるものを感じたのであろう。
 山口誓子の句は、多く知らないが
 海に出て木枯らし帰るところなし
は、良い句だと思っている。確か昭和19年の句だった記憶がある。深読みすれば特攻隊のことを連想する。
  

Posted by okina-ogi at 14:52Comments(0)日常・雑感

2019年02月03日

故小渕恵三元首相のこと

橋本五郎著「宿命に生き宿命に挑む」は、故小渕恵三首相の政治家としての信条とした「宿命に生き宿命に挑み使命に燃える」からとっている。病に倒れたが、沖縄でサミット開催を周囲の反対を押し切った、自分意見を通すことの少ない、調整型の政治家には珍しい決断だった。しかし、本人は出席することなく他界したが、サミットは実現した。小渕首相は、群馬選挙区では、福田赳夫、中曽根康弘の後塵を拝していた。本人も「ビルの谷間のラーメン屋」と自嘲した言葉が思い出される。小渕恵三首相から直接電話をもらったことがある。「小渕ですが・・・・」という声で、首相であることがわかった。まめに電話する人だと聞いていたが、流石に驚いた。時の経つのは早い。故人との電話のことが思い出された。
  

Posted by okina-ogi at 19:57Comments(0)日常・雑感

2019年02月02日

「宿命に生き宿命に挑む」 橋本五郎著 藤原書店 2600円(税別)



  久しく読書慾がなくなって、雑誌を拾い読みする程度だったが、定期的に高崎駅の中にある書店に行くようになって、この本を手にするようになった。今までも作家の本を読んで来たが、新聞記者出身のものが良いという感覚を持っている。直木賞作家から国民的作家になった司馬遼太郎は産経新聞の学芸部の記者だった。歴史小説もだいぶ読んだが、紀行文が面白かった。そのせいか、二番煎じのような紀行文を少冊子にして友人知己に読んでもらった。
  昔、「天声人語」を読んで、新聞記者の知識と見識に驚いたことがある。我が家は毎日新聞だから「余録」だが、最初に読むようにしている。政治記者のコラムも面白い。故人にのなった、岩見隆夫の「近聞遠見」も時の政治家の取材からの人物評が面白かった。高邁な思想より政治家の人柄を巧みに調べてスケッチしている。御用学者でないところも良い。
  橋本五郎は、読売新聞の記者だった。コメンテーターとしてテレビにも出演している。柔和な人柄から、核心をついた発言に、感心することが多い。著書もあるだろうと思ったが、調べて見る気持ちがわかなかった。本屋で、まえがきを読み、索引を見て購読することにした。その中で、ジャーナリストとの3要件あげている。「健全な相対主義」・「適度な懐疑心」・「鳥の目と虫の目」である。まだ、半分も読んでいないが期待どおりの本である。
  

Posted by okina-ogi at 17:37Comments(0)書評