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2020年12月31日

『高浜虚子句集』より(焚火)

                  焚火するわれも紅葉を一ト握り


童謡「焚火」が世に出たのは戦後である。
作詞作曲ができたのは戦時中だが、好ましくないというので公表することができなかった。
焚火は空爆の標的になるというのがその理由である。
しかし、この句は戦時中の作品である。
  

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2020年12月30日

『高浜虚子句集』より(無季)

                 不思議やな汝れが踊れば吾が泣く

旅館に我が娘が訪ねて踊りを披露した。
嫁ぎ先の母親も踊ってくれた。
理由もなく見ている自分は涙する。
不思議だなあと思う。
親子の情である。
  

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2020年12月29日

『高浜虚子句集』より(紅葉冷え)

                 温泉に入りて暫しあたたか紅葉冷え


日帰りの温泉に入った。
外に出てしばらく歩くと体の温かみがなくなってくる。
紅葉の季節である。
  

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2020年12月28日

『高浜虚子句集』より(しぐるる)

北国のしぐるる汽車の混み合いて

北国がどこをさすのか分からないが、東北地方であろうか。
早く乗車したいが、混み合っている。
同じ時雨でも北国は冷たい。
  

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2020年12月27日

『高浜虚子句集』より(春の水)

                   川下の娘の家を訪ふ春の水


下流に近いところに娘は住んでいる。
川沿いを歩いて流れを見ていても飽きない。
春の水の流れはゆるやかである。
  

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2020年12月26日

『高浜虚子句集』より(寒さ)

                  両脚を伝いて寒さ這い上がる

おそらく和服姿であろう。
防寒のための衣服を着て外に出たが、寒さがしのげない。
それも足のほうから這い上がる感じである。
  

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2020年12月25日

『高浜虚子句集』より(枯園)

                  枯園を見つめありしが障子しめ

冬枯れになった花壇をみつめていたが、見続けるより寒さがまさって障子を閉めた。
気になる花があったのかもしれない。
  

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2020年12月24日

『高浜虚子句集』より(秋の朝)

                  一塵を見つけし空や秋の朝


空は秋晴れである。
よく見ると雲が浮かんでいる。
この雲がなければ快晴と思えば塵のような存在だ。
  

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2020年12月23日

『高浜虚子句集』より(簗)

                  崩れ簗徒に激しをり


鮎を獲るために仕掛けた簗だが壊れてしまった。
水は勢いよく流れて簗の役割はできなくなった。
  

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2020年12月22日

『高浜虚子句集』より(去年今年)

                  去年今年貫く棒の如きもの

これは晦日から新年を迎える心境を詠んだ。
見えない感情だが、納得がいく。
虚子の代表作の一つである。
  

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2020年12月21日

『高浜虚子句集』より(犬ふぐり)

                  犬ふぐり星のまたたく如くなり

星は空に、犬ふぐりは地に。
犬ふぐりが咲く様は、星がまたたくようだという。
虚子の「如く」俳句の一つである。


拙句に
犬ふぐり幼き吾子の手にかかる
  

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2020年12月20日

『高浜虚子句集』より(寒菊)

寒菊に憐れみよりて剪にけり


切り花に思う心は、憐れみである。
植物は何も言わず人間のなすがままになる。
生け花を感謝をこめて眺めたい。
  

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2020年12月19日

『高浜虚子句集』より(草枯れ)

                 川に沿ひ行くまま草の枯るるまま

金沢市逍遥と添え書きがある。
川岸を歩く。
草はどこも枯れている。
行くまま、枯れるままと繰り返し、歩いている様子が表現されている。
句の中に動きがあるのである。
軽みの俳句でもある。
  

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2020年12月18日

『高浜虚子句集』より(秋の天)

                  白雲の餅の如くや秋の天


秋空にポッカリ浮かんだ白い雲。
まるで餅のようだという。
雲が何に見えるかは人さまざまであるが、餅というのは面白い。
  

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2020年12月17日

『高浜虚子句集』より(秋の蚊)

                 木犀の香は秋の蚊を近づけず


木犀の香も秋の季語となるが、あえて秋の蚊としているので季語としたい。
蚊と香のかの音を重ねているのも面白い。
木犀に除虫の効果があるとは知らなかった。
床の間に生け花にして木犀の枝を置いたとき蚊が来ないのでそう実感したのかも知れない。
  

Posted by okina-ogi at 09:45Comments(0)書評

2020年12月16日

『高浜虚子句集』より(雪)

                 交わりは薄くも濃くも月と雪

雲が厚ければ月は見えない。
当然雪も。
雲が薄ければ月あかりで雪が見える。
そうした関係を交わりと表現した。


                薄雲を溶かして渡る冬の月
これは自作である。
  

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2020年12月15日

『高浜虚子句集』より(芙蓉)

                   狼狽の芙蓉を折るは女の子


せっかく花を咲かせた芙蓉を折るのは狼狽というべきである。
花を愛でてほしい女子の仕業と思うと悲しい。
折り取られる芙蓉の花の憐れさも感じる。
  

Posted by okina-ogi at 16:44Comments(0)書評

2020年12月14日

『高浜虚子句集』より(銀河)

悠久を思い銀河を仰ぐべし


銀河は天の川のこと。
今見る星の光は、何万、何億光年前のものだという知識。
そこに生まれる言葉は悠久。
  

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2020年12月14日

『高浜虚子句集』より(無季)

                  着倒れの京の祭りを見に来たり


京の祭りだけでは、季語にならない。
着倒れと言っているので、葵祭りを見に来たのであろう。
主人公は斎王である。
京の雅、これこそ京の着倒れである。
  

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2020年12月11日

『高浜虚子句集』より(朧月)

                  朧とは今日の墨田の月のこと


唱歌にあるように朧月は菜の花との組み合わせが良い。
しかし、隅田川の桜との組み合わせも良い。
  

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