☆☆☆荻原悦雄のフェイスブックはこちらをクリック。旅行記、書評を書き綴っています。☆☆☆

2021年02月25日

『高浜虚子句集』より(落葉)

                 佇めば落葉ささやく日向かな


何の木の落葉かわからないが地を埋めている。
そこに佇んでいると落葉がささやいているような気がしてくる。
日向で風もほとんどない。
  

Posted by okina-ogi at 08:22Comments(0)書評

2021年02月24日

『高浜虚子句集』より(団扇)

                 美人絵の団扇持ちたる老師かな


虚子が真からの女性好きとは思わないが、うっすらとその感がある。
老僧が美人絵の団扇を持ったところでそれまでのこと。
  

Posted by okina-ogi at 08:04Comments(0)書評

2021年02月23日

『高浜虚子句集』より(競べ馬)

競べ馬一騎遊びてはじまらず

ユーモラスな風景である。
観戦する人も手をたたいて笑う姿が目に浮かぶ。
ところで季語は何であろう。
競べ馬は、競馬のこと。
初夏であるが、加茂の競馬が起源である。
  

Posted by okina-ogi at 08:01Comments(0)書評

2021年02月22日

『高浜虚子句集』より(春寒)

                  春寒のよりそひ行けば人目ある

男女が寄り添って歩けば人目につく。
ただ春寒にそうすることが不自然ではない。
人の目は気にしない。
  

Posted by okina-ogi at 08:01Comments(0)書評

2021年02月21日

『高浜虚子句集』より(麦踏)

                 麦踏んで若き我あり人や知る


麦踏というのは意味がある。
霜で麦の根が浮いて枯れてしまうのである。
私だって経験があると虚子は言う。
句会に出ていた人からは、体験がないと思われていると思った。
筆者にも麦踏の句がある。

この年はみ旨のままに麦を踏む
  

Posted by okina-ogi at 08:21Comments(0)書評

2021年02月20日

『高浜虚子句集』より(冬の山)

                  庫裏を出て納屋の後ろの冬の山

新潟に滞在して句会を催した。
庫裏をくぐり、外に出てみると、冬の山が真っ白になって聳えている。
雪国の風景に、見入ってしまう。

  

Posted by okina-ogi at 08:25Comments(0)書評

2021年02月19日

『高浜虚子句集』より(棕櫚の花)

棕櫚の花こぼれて掃くも五六日


棕櫚の花は春に咲く。
黄色の粒粒になってちょっと口に入れたくなるが食べられない。
長くは咲いていないので、地上に落ちるのも早い。
それで掃くのも五六日といった。
  

Posted by okina-ogi at 08:40Comments(0)書評

2021年02月18日

『高浜虚子句集』より(早苗)

                 笠の端早苗すりすり取り束


今と違って、昔は苗田を作り、その苗を束ねて、人力で植えた。
大変な労力である。
腰かけて笠を被り、雨降りの日でも苗を取る。
しばらく見入って、早苗が笠に触れる様を観察している。
  

Posted by okina-ogi at 08:17Comments(0)書評

2021年02月17日

『高浜虚子句集』より(雪解)

                  雪解の雫すれすれに干布団

縁先に布団を干したが、雪解けの水に濡れないように少し手前に干す。
いつも慣れた干す位置なのである。
知らずに見る人は大丈夫かと心配する。
  

Posted by okina-ogi at 10:02Comments(0)書評

2021年02月16日

『高浜虚子句集』より(暮れの秋)

                  船に乗れば陸情あり暮れの秋

暮れの秋という季語が絶妙で深みがある。
秋の暮とは違う。
こちらは、秋のその日の暮れることである。
船に乗り水上の人になると、何か陸に寄せる感情がわいてくる。
しかも、暮れの秋で冬も近い。
  

Posted by okina-ogi at 07:59Comments(0)書評

2021年02月15日

『高浜虚子句集』より(夏草)

                  夏草に下りて蛇うつ烏二羽

蛇一匹と二羽の鴉の勝負はいかに。
鴉に軍配を上げたい。
作者は最後まで、その勝負を見届けたわけではないだろう。
  

Posted by okina-ogi at 08:53Comments(0)書評

2021年02月14日

『高浜虚子句集』より(牡丹)

                 船にのせて湖をわたしたる牡丹かな


牡丹の苗であろう。
対岸に運ぶためだが、そうした発想は粋な感じがする。
風で茎が折れないように神経を使う。
牡丹が和服姿の女性だというのは考えすぎだろうか。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」
  

Posted by okina-ogi at 07:42Comments(0)書評

2021年02月13日

『高浜虚子句集』より(蛇)

                 蛇逃げて我を見し目の草に残る

虚子の句にはよく蛇が登場する。
蛇が好きだということではなく、好奇心であろう。
蛇嫌いの人には気味の悪い写生句である。
  

Posted by okina-ogi at 08:21Comments(0)書評

2021年02月12日

『高浜虚子句集』より(胡瓜)

                 人間吏となるも風流胡瓜の曲がるも亦


虚子には珍しい風刺の句である。
人間役人になるも風流と言える。
役人の精神がまっすぐというわけではなく、曲がったキュウリのような場合もある。
  

Posted by okina-ogi at 08:46Comments(0)書評

2021年02月11日

『高浜虚子句集』より(葡萄)

                 葡萄の種吐き出して事を決しけり

口に含んだ葡萄の種が遠くに飛んだほうが勝ち。
こんなたわいもない遊びもやってみれば面白い。
  

Posted by okina-ogi at 07:45Comments(0)書評

2021年02月10日

『高浜虚子句集』より(春雨)

                 春雨やすこしもえたる手提灯

春雨の降る中、提灯を下げて歩く。
誠に危うい燃え方で道を照らしている。
足元より提灯に目がゆく。
  

Posted by okina-ogi at 09:04Comments(0)書評

2021年02月09日

『高浜虚子句集』より(うき草)

                  うき草のそぞろに生ふる古江かな


京都の句である。
鴨川に注ぐ堀、支流というほど大きさではない古江である。
そこに浮き草がところどころに生えている。
  

Posted by okina-ogi at 07:44Comments(0)書評

2021年02月08日

『高浜虚子句集』より(落花)

                  濡縁にいづくとも無き落花かな

家の縁側の前の庭には桜は植わっていない。
いつどこからか舞ってきたのか。
昨夜の風雨で飛ばされてきたのだろう。
桜の花びらが縁側にあるのが気になった。
  

Posted by okina-ogi at 09:53Comments(0)書評

2021年02月07日

『高浜虚子句集』より(芭蕉)

                  藁寺に緑一団の芭蕉かな


屋根が藁の寺の脇にかたまって芭蕉が植えてある。
家は、庵にしては大きいが、芭蕉庵を連想させる。
  

Posted by okina-ogi at 16:35Comments(0)書評

2021年02月06日

『高浜虚子句集』より(夏帽)

                 火の山の裾に夏帽振る別れ

虚子も健脚で、焼岳登山に挑戦したといのは驚きである。
頂上に向かって送ってくれた人に夏帽子を振って別れた。
  

Posted by okina-ogi at 13:58Comments(0)書評