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2021年02月08日

『高浜虚子句集』より(落花)

                  濡縁にいづくとも無き落花かな

家の縁側の前の庭には桜は植わっていない。
いつどこからか舞ってきたのか。
昨夜の風雨で飛ばされてきたのだろう。
桜の花びらが縁側にあるのが気になった。
  

Posted by okina-ogi at 09:53Comments(0)書評

2021年02月07日

『高浜虚子句集』より(芭蕉)

                  藁寺に緑一団の芭蕉かな


屋根が藁の寺の脇にかたまって芭蕉が植えてある。
家は、庵にしては大きいが、芭蕉庵を連想させる。
  

Posted by okina-ogi at 16:35Comments(0)書評

2021年02月06日

『高浜虚子句集』より(夏帽)

                 火の山の裾に夏帽振る別れ

虚子も健脚で、焼岳登山に挑戦したといのは驚きである。
頂上に向かって送ってくれた人に夏帽子を振って別れた。
  

Posted by okina-ogi at 13:58Comments(0)書評

2021年02月05日

『高浜虚子句集』より(梅)

                 東より春は来ると植えし梅


季語は春だろうか、梅だろうか。
なぜかといえば梅は春に植えることは少ないからだ。
しかし、菅原道真の次の歌を意識しているので梅にした。

東風吹かば匂いおこせよ梅の花主なしとて春な忘れそ
  

Posted by okina-ogi at 08:13Comments(0)書評

2021年02月04日

『高浜虚子句集』より(短夜)

                 短夜や露領に近き旅の宿

大正時代は、日本を初めとして、ヨーロッパ諸国が清国の領地を割譲していた。
そんな時代に中国大陸を訪ねたのである。
季節は夏である。
  

Posted by okina-ogi at 14:52Comments(0)書評

2021年02月03日

『高浜虚子句集』より(霜)

                 ほっかりと梢に日あり霜の朝

霜降りる寒い朝である。
梢についた霜が溶けて、そこに日が当たっている。
その様をほっかりという言葉で表現していてる。
季節は違うが拙句に

               春雨を梢に受けて東福寺
  

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2021年02月02日

『高浜虚子句集』より(つく羽根)

                  つく羽根や静に高し誰やらん


羽子枝のうまさは音でもわかるらしい。
静かにして高く打つ。
虚子の娘達の誰かであろう。
  

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2021年02月01日

『高浜虚子句集』より(草萌え)

草萌えや大地総じてものものし


あちこちと、草が萌え出すとものもしくも感じる。
沢や山、家の庭木、梅林など騒がしく感じる。
芽生えなのだから、ものものしというわけではないのだが。
  

Posted by okina-ogi at 17:08Comments(0)書評