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2012年07月13日

お伊勢参り(2011年4月)

お伊勢参り
 春めくや人さまざまの伊勢参り
『芭蕉七部集』の「春の日」に出てくる山本荷兮(かけい)の句であるが、連句になっていて、その後に、加藤重五という人物が
櫻散る中馬長く連(つれ)
と下の句を付けている。二人は、芭蕉門下のいずれも名古屋の人で、荷兮は医師、重五は豪商であった。お伊勢参りの雰囲気が良く出ている。
 桜が咲きはじめた四月四日(月)、奈良に集った春雨忌の有志五人で伊勢参りをした。企画したのは、春雨忌の幹事の松尾さんで、正式な参拝コースを設定していただいた。
春雨忌については、何度も紀行の中で説明してきたが、亡き数学者岡潔先生の墓参会のことである。今年で、三三回となった。参加者も年々少なくなり、退職年齢を超える人が多くなった。伊勢参りは、墓参会の翌日で、岡先生の次女の松原さおりさん宅に宿泊した者のうち四人が参加し、さおりさんも加わり近鉄で伊勢を目指すことになった。この日は、快晴で、伊勢の駅に降り立った時、雲ひとつなき青空であった。
 最初に参拝したのが、月夜見宮である。外宮(げくう)の別宮になる。祭神は月讀尊で天照大御神の弟神である。それほど大きくない森の中にはあるが、楠の大木があった。社も神さびている感じがある。次に参拝するのが数一〇〇メートル離れた豊受大神宮(外宮)である。神域は、広い。外宮に至る道を神路(かみじ)通りと言い、神様の道とされている。人は遠慮して路の端を歩くのが慣例なのだという。
 伊勢参りは、今回で三回目になる。いずれも外宮には参拝していない。内宮に劣らず、社殿も立派なのだが、参拝の人は少ない。かつての自分がそうであったように、伊勢参りと言えば、五十鈴川に架かる宇治橋を渡り、皇大神宮(内宮)を参拝するものだと思っている人が多い。そして二見が浦の注連縄が張られている夫婦岩に、朝日を拝んで帰路につくというのが定番のコースである。芭蕉は、生涯に六度伊勢を訪れているが、どのような参拝コースをたどったのだろうか。
何事のおわしますかは知らねども かたじけなさに涙こぼるる
と詠んだ西行法師の心境を重ねていたかもしれない。
 外宮から次に向かった宮は月讀宮(つきよみのみや)である。徒歩では遠いので、タクシーを利用する。この宮は内宮の別宮になっていて、月讀尊が祭神なのだが、月讀尊の荒御魂(あらみたま)も祀られ、加えて月讀尊の親神である伊邪那岐、伊邪那美の二神の宮が並んで建っている。神殿までの薄暗い路には、椿が朱色の花をつけていた。この宮も遷宮が行われるのか、敷地が用意されている。
 この宮から、内宮までは歩いて行ける距離である。国道二三号線の歩道をしばらく歩くと猿田彦神社の前に出た。この神社には寄らない。ニニギノミコトの天孫降臨に先導役となった国津神だとされる。それにしても、伊勢には神社が多い。解説書を見ると一二五社あると書かれている。そろそろ昼の時間が近い。「おかげ横丁」に入ると急に人が多くなった。日曜日ではないが、桜の時期と言うこともあり、さすがお伊勢さんだと思った。昼食は、内宮を参拝した後に「伊勢うどん」を食べることにして、「赤福」本店でお茶にすることにした。一時、不祥事で生産停止したこともあったが、順番待ちの盛況である。
 「おはらい町通り」を進み、宇治橋の鳥居の前に着いた時
「ああ、伊勢神宮にきたんだな」という感慨が湧いてきた。橋の上は風が強かったが、下流に目をやるとカラスが二羽、河原にいる。ツガイだと思った。そう思ったのには、理由があって、奈良の松原さんのお宅で、長男始さんの「隣のカラス」の講演を、DVDで見せてもらい、予備知識があったからである。カラスの種類は、ハシボソカラスである。カラスの存在を、さおりさんに告げると
「ほんまや」
と早速息子に電話を入れている。その結果は、こちらの観察が正しかったということである。カラスという鳥は、近年、害鳥扱いである。都会では、ゴミをあさるというので、嫌われている。人の文化の結果という見方もできる。始さんのカラスの生態の研究成果を聴いて、カラスに愛着も湧いてきた。神武天皇の東征に登場するのもカラスである。八咫烏は三本足に描かれている。カラスは、賢い鳥かもしれない。好奇心が強い鳥でもあるらしい。
 宇治橋を渡り、参道を行くと五十鈴川のほとりに出る。清流である。こんなきれいな川が残っているのかという感じ。神道は、清浄さを求める。滝や川がその源だが、ご利益とばかり硬貨が投げられているのは感心できない。禁止の札があるのにもかかわらず。
さらに参道を進むと、天照大御神を祭神とする社殿に至る階段の前に至る。天照大御神は、太陽神であり皇室の氏神であるが、広く国民から崇拝されている。床の間に天照大御神の掛け軸をかける家もある。
 参拝者が多く、階段を一段一段ゆっくり上る。
目に見えぬ神に向かいて恥じざるは 人の心のまことなりけり
                      明治天皇御製
誰も見ていないと思っても、お天道様は見ていらっしゃる。それでは、お日様の届かない陰では悪いことができるのか。自分の中に良心という太陽がある。そう考えるのが、日本民族の心である。そのよりどころが、内宮にはある。現世にあって、天皇陛下の御言葉、御行為は「目に見えぬ神」の御意志を体現されている。今回の東日本大震災の被災者を見舞うお姿を見ても、その感が強い。「かたじけなさに涙こぼるる」場面もある。
一国の首相である、管総理に罵声が飛ぶのとは対照的である。
 参拝を終え、再び宇治橋を渡ると、下流にはカラスの姿はない。午後の一時は過ぎている。名物伊勢うどんを生卵入りでいただく。土産にしようと思ったが、手荷物にするのには重い。三人前のコンパクトなものを家族用に買った。そこにタイミング良く娘から携帯に電話が入った。
「父さん。赤福はいらないからね。野菜買ってきて」
こんな注文は、旅に出て初めてである。
 三月十一日に起きた震災から一カ月近く経ったが、東京電力の福島第一原子力発電所の放射能漏れにより、関東近辺の野菜が、出荷制限になったりしている。風評で、店頭に並んでいても買わない傾向がある。
「食べても大丈夫。それより食べない方が健康に悪い」
と説明しても、納得していない。しかたがないので、帰路名古屋駅の高島屋の地下売り場で葉物野菜を中心に仕入れることになった。四国産あり、京野菜ありで、新鮮そのもの。紙袋をもらって新幹線に乗ったが、まわりの目を気にする自分がおかしいと思った。帰宅し、家族には大変喜ばれた。
 この紀行を書いている四月末になっても、原子力発電所の放射能問題は収束していない。既に電力は、生活、経済にもなくてはならないものになっている。エネルギーを大量に消費する社会をどう考えていくのかが問われている。物質的な豊かさと心の豊かさはイコールではない。東電が悪い、国が悪い、賠償をどうするかという視点で報道がなされているが、国民も電力の供給による利便を求めたのである。ともかく、放射能問題を解決し、津波で被害を受けた地域の復興を国民が結束して目指さなければならない。
神に向かいて恥じざるように。


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