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2012年07月26日

江戸の元日(2012年1月)

江戸の元日
 ここ一〇年来、元旦は旅立つものと決めて実行してきた。家でのんびりと炬燵に入って寛ぐのも良いが、元来無精な人間で、年の初めから弛緩したよう気持ちなったら、一年が怠惰なものになってしまうという強迫観念にとりつかれているのかも知れない。そのかわり、旅先では、しっかり温泉に入って、来し方行く末を思索するようにしている。
 二〇一二年の干支は辰である。還暦の年男ということである。振り返る過去が長くなったが、未来を見据えて生きるのが良い。昨年の暮れに購入した「青春一八きっぷ」が残っており、二枚分は、一月一五日の有効期限までに一人では使い道がないので、友人を誘い東京に出ることにした。天然温泉は、大都会東京にもあるのである。かつて松竹の撮影所があり、映画「蒲田行進曲」で知られる、大田区西蒲田に温泉があるのを友人が調べてくれた。JR蒲田駅から近いのだが、街中にあって市街地に溶け込むような普通のビルのため、捜すのが大変だった。風呂場に入って驚いたのは、湯が墨のように黒いことである。このあたりは、昔は海であったために、海藻が変色して黒い温泉になったと考えられている。
 都会に出て、田園風景のことを思い浮かべるのも変なことかもしれないが、明治時代、世田谷あたりは、農地や林が多かった。一週間前の年の暮れに、妹と目黒駅の近くの寺の墓地に埋葬されている、叔父と従妹の墓参の後、蘆花公園(蘆花恒春園)を訪ねた。京王線蘆花公園駅からは、かなり歩くが、都会の真ん中にかなり広い緑地が残っている。明治の文豪、徳富蘆花がここに住み、農耕と文筆活動に晩年を過ごした。ロシアの大作家であるトルストイにならい、「美的百姓」を実践したのである。『みみずのたわこと』岩波文庫(上・下)に当時の様子が描かれている。
 蘆花の死後、愛子夫人から東京市に寄付され、現在では東京都が管理している。公園内には、蘆花の旧宅が保存され、記念館もある。蘆花は、伊香保で亡くなっているが、墓地は母屋の近くの林の中にあり、妻と一緒に眠っている。秋水書院は、寝室を兼ねた書斎で、秋水は、幸徳秋水からとっている。兄の徳富蘇峰が国家主義の思想を色濃くするのとは対照的に蘆花は、平民思想に心を傾けるようになる。大逆事件で死刑になった、幸徳秋水を擁護した「謀反論」という一高での講演は、彼の気骨と思想が迸っている。
「諸君、謀反を恐れてはならぬ。常に新しいものは常に謀反である。『身を殺して、魂を殺す能(あた)わざる者を恐るるなかれ』。恐るべきは、霊魂の死である。::」
蘆花に講演を依頼したのは、弁論部に席を置いていた河上丈太郎で、後に社会党の委員長になっている。校長は新渡戸稲造であった。
 『みみずのたわこと』の当時の武蔵野風景には、電車や発電所などといった記述もあり、東京が周辺に向かい都市化していく様子が感じられるが、水道はなく、川に水を汲みに行き、井戸を掘ったりしなければならず、家屋は藁ぶきで、畑の肥料は、糞尿が使われている。有機農業といえばそれまでだが、田舎の営みは文明開化の蚊帳の外にあった。『自然と人生』も書いた蘆花は、長い欧州旅行もして、西洋の文明の便利さを知り尽くしていたが、農という労働の原点に身を置き、思索を続けたのである。
 『みみずのたわこと』の上巻に「農」という一章がある。最初のページの短い文章に、蘆花の農への見解が要約されている。

   農
     我父は農夫なり  ヨハネ伝第一五章一節
     一
 土の上に生まれ、土の生むものを食うて生き、而して死んで土になる。我らは畢竟土の化物である。土の化物に一番適した仕事は、土に働くことであらねばならぬ。あらゆる生活の方法の中、尤もよきものを択(えら)み得た者は農である。
      二
 農は神の直参である。自然の懐(ふところ)に、自然の支配下に、自然を賛(たす)けて働く彼等は、人間化した自然である。神を地主とすれば、彼等は神の小作人である。主宰を神とすれば、彼等は神の直轄の下に住む天領の民である。綱島梁川君の所謂「神と共に働き、神と共に楽む」事を文義通り実行する職業あるならば、其れは農であらねばならぬ。

 サラリーマン生活、宮仕えの生活が終われば、農地に仕えるのも良いとここ数年考えてきた。しかし、年金機構から送られてきた年金の通知を見たら躊躇するところがある。蘆花のように、印税と講演料が充分ある人のようにはいかない。元気なうちは高齢になっても働くことが、生活にゆとりを持たせ、社会性も失わず、何よりも健康で過ごせることになると思う。もう少し、「土に帰る」のは先にして、自営できるような資格も必要かもしれない。とはいえ、知力、記憶力は毎年下がる一方である。
 そんなとりとめもないことを思い浮かべ、考えていたらすっかり温泉で体が温まって、湯上りのお酒が飲みたくなった。何せ今日は元旦である。突然、建物が揺れだした。温泉施設のフロアーのテレビに地震速報が出て、東京は震度四となっている。昨年の大震災の記憶がよみがえってきた。
 早々に、建物を出て駅に向かう。交通機関は、正常に運行している。人々も何事もなかったように行動している。湯上りの酒は、〝アメ横〟の格安の飲み屋さんで飲むことにした。飲食のこと、旅行の仕方、実に同行の友人にはお世話になっている。勤労、勤勉も良いが、人生遊びも大切だということを彼は教えてくれる。自分にないものを持っている友人というのは大事である。誤解のないように捕捉するのだが、彼はりっぱな教養人で、音楽企画の専門家であり、歴史好きという共通点もある。
 今年は、どんな旅ができるか楽しみだが、大江戸も魅力ある場所と思った。歴史を探訪する時、過去ばかりでなく、現在の流行に触れることも必要だ。震災から一年近くなるが、どうも経済が停滞気味である。しかも政治が、リーダーシップを発揮できていない。就労、消費どちらも大事だが、うまく回転していかない。しかし、〝アメ横〟は、庶民で溢れ正月から賑わっている。


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