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2012年09月16日

心に浮かぶ歌・句・そして詩⑱

作家、井伏鱒二は、漢詩の名訳者としても知られている。太宰治の師匠のようにして、公私にわたり、無頼の太宰の面倒をみた。次の詩は、人生の機微を味わい深く表現して、時々酒席などで唸ってみたくなる。この詩を始めて教えてくれたのは、彫刻家の友人である。30代であった頃、三笠山の見える奈良公園あたりを歩いていた時だったであろうか。

「勸酒」(干武陵)
柳川は、水郷の町でもあり、文学の香りのする街である。北原白秋の存在が大きい。『火宅の人』を書いた壇一雄の墓所がある。女優壇ふみの父親である。無頼派と言われ、太宰治らとも親しかった。読売新聞に書いていた壇ふみの父親評が面白かった。作家として世に認められた父ではあったが、酒と愛人に明け暮れた人生に翻弄された「火宅」の一員である娘は、
「あれだけ生きたいように生きられた人には、もう『おめでとう』と言うしかありません」
と達観し、そして
「人は一人で生まれてきて一人で死んでゆく。でも、人を愛せずにはいられない。そのテーマで人生を文学にしたのが父だと思います」
娘も人生を深く見つめる歳になった。
酒と言えば、太宰治ら弟子にもてはやされた、井伏鱒二の漢詩「勸酒」(干武陵)の名訳を思い浮かべたくなる。壇一雄もその詩を口ずさみながら文人仲間で文学論、人生論を談じた光景をふと柳川に来て想像した。
原作は、五言絶句で
勸君金屈巵  満酌不須辞  花発多風雨
人生足別離
〈この酒づきを受けてくれ
 どうぞなみなみつがしておくれ
 花に嵐の喩えもあるぞ
 「サヨナラ」だけが人生だ〉
平易な訳に見えるが、なかなか奥行きと味わいがある。最後の「サヨナラだけが人生だ」のところの余韻に魅せられて、太宰などは本当に自らの人生を絶ってしまった。壇一雄だったら「(人間なんて欲望さ)サヨナラだけが人生だ」と付け加えたに違いない。娘壇ふみが言うように自分という存在を知ってほしいという愛の尽きることのない希求者には、キリスト的愛を語ったり、行為したりするのは、うっすらと感じていても気恥ずかしかったのではないだろうか。京都清水寺管主として百歳を越える長寿であった大西良慶は、人間の欲望を薦めてはいないが否定はしなかった。人生一筋縄ではいかない。


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