☆☆☆荻原悦雄のフェイスブックはこちらをクリック。旅行記、書評を書き綴っています。☆☆☆

2012年10月21日

藤本敏夫と「ひとり寝の子守唄」

心に浮かぶ歌・句・そして詩42
加藤登紀子の作詞、作曲で「ひとり寝の子守唄」というのがある。我々世代からすれば、すっかり懐メロの部類の歌である。故人となっているが、彼女の夫は、藤本敏夫さんである。学生運動で、投獄された藤本さんとの獄中結婚は有名である。その藤本さんが、榛名湖畔に講演にきたことがあった。千葉県に農場を持ち、自然食品販売を手掛けていた頃の話である。その日、藤本さんが宿泊した「ゆうすげ元湯」の部屋に訪ねた。
お酒が入っていたこともあり
「『ひとり人寝の子守唄』は、獄中の藤本さんのことを思って作った歌じゃあないんですか?」
藤本さんは、照れたように
「それは、女房に聞いてくれ」と答え、真相に近いと確信した。そのご縁で、法人の広報誌に原稿をいただいたことがある。

ひとりで寝る時にゃよぉー
ひざっ小僧が寒かろう
おなごを抱くように
あたためておやりよ

ひとりで寝る時にゃよぉー
天井のねずみが
歌ってくれるだろう
いっしょに歌えよ

ひとりで寝る時にゃよぉー
もみがら枕を
想い出がぬらすだろう
人恋しさに

ひとりで寝る時にゃよぉー
浮気な夜風が
トントン戸をたたき
お前を呼ぶだろう

ひとりで寝る時にゃよぉー
夜明けの青さが
教えてくれるだろう
ひとり者もいいもんだと
ひとり者もいいもんだと
ラララ・・・・・
ラララ・・・・・

刑務所体験は幸か不幸か            藤本敏夫 
 
二十五年前、学生運動は過激であった。運動の前線に位置していた僕は三年八カ月の実刑判決で、栃木県の黒羽刑務所に収容された。
 世間的な常識に沿えば、刑務所に収容されたということは恥ずべきことであり、本人にとっても一日も早く忘れ去るべき忌わしい出来事なのだろうが、僕にとってこの収容生活はとても大切な価値ある体験であった。まず何より健康になった。
 起床は毎朝六時半で夜七時には就寝可という素晴らしさだ。生活はあくまでも規則正しく、三度の食事も定刻に配食される。食事の内容も完全な健康食で、麦飯と野菜を中心とした簡素な副食。勿論、酒、煙草は駄目でショートケーキや大福が鱈腹食べられる訳がない。更に与えられた仕事は「構内清掃衛生夫土工」という役名の肉体労働であったから、これで健康にならない方がおかしい。
 お蔭様で出所時は五十四キロの軽量ながら、五体の隅々まで気力溢れるしなやかな体に仕上がった。そして、体力だけではなく、「固定観念」をはずし、物事を決めつけて見ない柔らかな思考性、前頭葉の柔軟さの素晴らしさを教わった。刑務所で「つっぱってる」と疲れるし、第一無駄だ。
 今までにない別の角度から見れば、懲役者達の立場や過去が、そして今の心が理解できる気がするし、その気持との関係で自分がほのかに見えてきたりもする。確かに刑務所生活は辛くはあったが自己能力の啓発を導く原点回帰の経験であった。
 プラスとマイナスは表裏一体であり、見る立場でそれはどちらにでも表現される。本来、プラスとマイナスとはそういう関係のものだと思う。マイナスはマイナスのみで終わることはない。マイナスをプラスにするものは、万物の生々化育の中で自らも変化しているという「流れ」の自覚であろうと思われる。生命とは流れであって固定ではない。「流れ」の立場より見れば、今の不幸は必ずや幸福に転化する。刑務所に入ったらそのことがよく分かる。
 
藤本敏夫(ふじもととしお)。一九四四年生まれ。同志社大中退。一九六八年全学連委員長。七一年下獄。出所後、大地を守る会会長を経て「自然王国」代表。          (平成六年・秋号)


同じカテゴリー(日常・雑感)の記事画像
晴耕雨読
「秋刀魚の味」・「彼岸花」
映画『晩春』小津安二郎監督 松竹映画
映画「関ヶ原」鑑賞
映画「麦秋」鑑賞
台風迷走
同じカテゴリー(日常・雑感)の記事
 晴耕雨読 (2018-01-23 12:43)
 高齢者青春18切符活用(2) (2018-01-09 11:24)
 高齢者の青春18切符の活用 (2017-12-26 11:33)
 「秋刀魚の味」・「彼岸花」 (2017-12-19 14:50)
 下仁田戦争始末記 (2017-12-08 14:15)
 将棋竜王戦5局とカエル・カード (2017-12-06 10:32)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
藤本敏夫と「ひとり寝の子守唄」
    コメント(0)