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2012年11月14日

正岡子規のカリスマ性

心に浮かぶ歌・句・そして詩50

 子規の辞世となった句が三句ある。いずれも糸瓜の句である。
 
糸瓜咲て痰のつまりし仏かな
 
痰一斗糸瓜の水も間に合わず
 
をととひの糸瓜の水も取らざりき

 満三五歳の直前となる、明治三五年の九月一九日の午前一時頃永眠した。明治一年が一歳になるので、明治の年の歩みと子規の歳は一致している。子規庵には、同郷の高浜虚子や河東碧梧桐といった俳人や、伊藤左千夫や長塚節などが足繁く訪れている。子規は親分肌のところがあった。若い時は、政治家になろうとしたことがあったらしいが、その素質は十分にあった。病床から短歌、俳句の後継者に影響を及ぼす子規のカリスマ性は、驚嘆に値する。



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