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2012年11月27日

一生懸命ということ

一生懸命ということ

「一生懸命に働く」というふうに使われる〝一生懸命〟の語源は、「一所懸命」であり、鎌倉時代と強い関わりのある言葉だと何かの本で読んだ記憶がある。農民が耕した土地、それを守る武士等に土地の所有権を保障してくれる政権が鎌倉幕府だというのである。だから人々は、一所で懸命に働くことができたというのである。
 
朝廷に刃を向けることになった時、北条政子が頼朝を支えてきた御家人に「頼朝公の恩」と言ったのも父祖伝来の領地の保障のことである。我が国は、稲作が開始されたとする弥生時代より米によって国を支えてきた。奈良時代から平安時代にかけて、土地は国から一部の特権階級の所有する荘園に移り、平安後期には、武士が土地管理に力を持つようになった。農民からすれば、支配者が変わっただけのように見えたが、安心して働けるような環境の中で労働意欲も生まれてきたかもしれない。依然として下層階級のままではあるけれども。
 
平安貴族より武士の方が農民の身近に住み、役割分担は異なっても、ともに一つの土地に生きるという意識で繋がったのだろう。支配者であるが、農民の労働条件を配慮した、武士もいただろうと思う。その結果お互いに豊かに過ごすことができたかも知れない。しかし、いかほどにその土地から富が生み出され、また開拓によって新しい土地が生まれたとしても、その所有権が確保されていなければ意味がない。
 
荘園領主が寺社や貴族であったりする時、農民にとっては見たことも聞いたこともない存在に感じていたことは容易に想像できる。領主からすれば、農民の労働の汗など想像もしないであろう。こういう人々を〝大宮人〟というのである。農民がいなければ食することができないという最も基本的なことを意識下にして、蹴鞠や歌の雅の世界に興じている。あるいは、政略により地位の保身を図っていたりする。領主が武士になった時、農民に心を配ったかは別にして空間を近くにしたことは大きい。これが、鎌倉時代の表面である。


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