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2012年12月17日

『魔法の森』(前篇)

『魔法の森』 窪田空々作  博文館発行「お伽花籠」

この童話を今日発行している出版社を知らない。明治41年に出版されたもので、その内容は、鎌倉に在住する澤龍さんという方からいただいた本に掲載されたものを紹介する。
ブログ掲載なので、前篇と後編ということにしたい。

『魔法の森』
森のこなたに小さな村があって、お花と春雄という幼い姉弟が、病気の母親と住んでいた。病がどんどん悪くなり、死を悟った母親は、枕辺のお花に
「春雄はまだ小さくて何も解らないから、私が亡くなったら、お前がよく面倒をみなさい。決して放してはいけません。きっとよ」
と念を押す。お花は両手をついて約束のお辞儀をする。父親は一年前に亡くなり、今また母親に逝かれては、幼い自分達は、どうしたらいいのか解らない。同じ枕元にいる弟は、何が何だか解らない。ただ母親の蒼ざめた姿がいたましく、姉さんの大そう悲しんでいる姿が、自分にも悲しくてたまらない。母親はおだやかに二人を眺めると、眼をつむってしまった。二人はこれが最後とも知らず、覚ましてはいけないと静かにしていた。隣のおばあさんが来て
「かあさんは死んでいる」
と言われ、はじめて驚く。涙ながらにおともらいを済ませたが、家主は慈悲も情もなく、粗末な裏長屋から立ち退けと迫り、おまけに家中の物は全て売り払って、自分の懐に入れてしまった。
 寄る辺もない幼い二人は途方に暮れたが、お花は弟に
「遠いあの森と山を越えたら、助けてくれる人もあるだろうから、行ってみよう」
と言う。食べ物を一つずつ持って、空き家同然の我が家を後にした。朝まだ早く、ふみゆく草に露の玉が光っていて、今は亡き母の涙のようである。太陽は次第に高くに昇り、花々の辺りで蝶や蜂が二人に語りかける。いささ小川は「私は遠い遠い国へゆくのよ」とせせらぎ語る。「私たちも」と答えて、小川の流れを伴にした。
 蝶を追い花をつみ、持ってきたものを、みな食べてしまった。春雄はお花のひざで眠ってしまい、目覚めると太陽は西に傾いていた。急いで夕映えの大きな森へ向かう。この森こそ人も恐れる「魔法の森」なのだが、二人はそれを知らない。とっぷり暮れた真っ黒な森には、分け入る勇気も湧かない。二人は草をしとねに一夜を明かす。春雄は疲れ切ってすやすや寝たが、お花は母親のことなど思い出し、なかなか寝つけない。まどろんだかと思うと夜が明けた。春雄はしきりに空腹を訴えるが、食べ物は何一つない。
 太陽が昇ると森は緑にしたたり、種々の小島がさえずる。空腹を満たす食べ物を探して、いつしか森の奥へ分け入ってしまった。春雄が「あそこにイチゴが」と更に深く入る。はたして露の滴る真っ赤なイチゴが、鈴なりになっている。「お腹いっぱい食べてやろう」と、一つ口に入れた、その途端、小鳥が「イチゴを食べるとわーすれる、一つイチゴは一年わーすれる」と啼く。春雄が「姉さんもお食べ」と一つ出すと、小鳥は再び同じように啼く。「春ちゃん、およしよ。イチゴを一つ食べると一年間、何もかも忘れてしまう」と姉は慌てて捨てた。
 「僕はお腹が空いているからかまうものか」と15個も食べてしまった。やがて「森も終わるに違いない。僕はひとっ走りして見てくるから、姉さんはここで待っておいで」と春雄は言う。「いいえ、いけない。離れると二人ともはぐれてしまう」と姉はとめるが、「何すぐに帰ってくるから」と弟は駆け出し、やがて姿が消えた。「春ちゃん。春ちゃん」と呼べど呼べど、わがこだまばかり。お花の心配は一通りではない。追おうか待とうか、いっそ待とうか、いっそ待とうと決心するが、「春雄を放してはいけない」と言う母親の言いつけがよみがえり、こころわずらい気も乱れ、溢れる涙を押さえていると、再び小鳥が「一緒にこい、こい」とさえずる。
 お花は「春ちゃんきっと戻ってくる。もしも私がいなかったら、どんなに心配するか知れない」とかぶりをふる。小鳥は「一緒に来い、来い」としきりに啼く。「いや、行かない。春ちゃんがここで待っていてと言うから、ここに居なくちゃ」とお花。風に草木が動けば春雄の帰りかと、狐か狸が走れば春雄の足音かと心が惑う。
 けものが夜通し往ったり来たりした森も、夜が明けた。お花の廻りには、珍しい果物や木の実がたくさん置いてある。昨夜のけものは神様のお使いか、情を知る動物に相違いない。お花は有難くて、もったいないと、押し戴いて食べた。
 小鳥は相変わらず「一緒にこい、こい」とさえずる。お花はつむりを振って決して動かない。かくて七日目の朝、早くから眼を覚まし、起き返っていざ立とうとすると、どうしても腰が立たない。ハテナとよく見ると、お花の足の先は根になって土に這え入り、腰から下は茎になり、見る見る全身ユリになり、首から上は雪もあざむく純白な花になっている。この森は七日目になる魔法が効いて、人間の身体は何かに変わってしまうのだった。
 


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