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2012年12月18日

『魔法の森』(後篇)

 一方弟の春雄は「森の果が解ったら、直ぐ引き返してお花を連れに行こう」と出掛けたが、何しろイチゴを食べたものだから、半町も行かぬのに何もかも忘れてしまった。姉どころか母親があったことすら忘れてしまった。森は薄くなり、広々とした野原になった。行くほどにやっと一本の道にたどりつく。図らずも馬車を引く男と出会う。男は「この辺りには村もなく人も住んでいないが、一体どこから来たのか」と問う。春雄は「あそこ」と森を指す。わが名を問われ、しばらく頭をかしげて「春雄」と答える。住家はどこか、「どこにもない」。父母はあるのか、「ない」。兄弟姉妹は、「ありません」男は自分の家に連れて帰る。さて、この家には春雄と同じ年頃の男児がいたが、一か月前に亡くなっていた。春雄のおとずれに夫婦は大そう喜び、うまいものをこしらえ、良い服を着せ、実のわが子同然に大事にした。
 ある日夫婦が「どうだお前はうちの子になるか」と言うと、春雄は大喜びで、早速お父さんお母さんと呼び出した。さる程に春雄は楽しい月日を送っていたが、八、九年たつ頃になると、故郷のことやら姉のことやら夢に見た。11、12、13年たつと、同じ夢をしばしば見るようになった。小鳥が「イチゴを食べれば、わーすれる。一つイチゴは一年わーすれる」とさっずたことまで思い出し、「春ちゃん、春ちゃん」という声を遠くに聞く夢も見た。月日が経つと共に夢が段々はっきりしてきた。眼が覚めると忘れてしまうのは同じであるが、夢から覚めた後に、何だか大事なものを失くしたような心地が残るようになった。しきりに誰かが、自分を呼んでいるような気さえして、心が少しも落ち着かなくなった。
 ある日、春雄は養父に、「何か大切なものを失くしたような気がして、少しも気が落ち着きません。どう考えても思い出せない。それを見つけに旅に出たいのです」と暇を乞う。両親は「お前は跡取りだから、邸も金もみなお前のもの、出ておいででない」と止める。だが、春雄は「必ず帰って参ります、決して嘘は申しません」と誓って家をあとにした。
 そこからどこをどう旅しただろう。一年過ぎたある日の、陽が落ちかかる頃、大きな野原に出ると、向こうの果てに森が見える。その時「オヤ、ここに来たことがある」と思わず春雄は大声を上げた。5歳の時、イチゴを15個食べた日から、丁度15年目に魔法が解けたのだ。姉の名は花ちゃんだったことも思い出し、いよいよ姉さんが恋しくなる。その夜、大木の下に寝た。夜が明ける頃、「一緒にこい、こい」と例の小鳥は春雄をイチゴの場所にいざった。
 そこは昔、自分が姉さんを待たせておいた処であった。見ると一本の雪のような白ユリが風に揺られて香気を放っている。春雄は「ああ、これはきっと姉さんの墓だ」と、ハラハラ涙を伝わす。ユリの前にひざまづいて花をのぞくと、何処からともなく「春ちゃん、春ちゃん」と声がする。春雄の涙が花の中にひとしずく落ちたかと思うと、不思議ユリは姉さんになっていた。夢に夢みる心地で二人は物も言わず、ただ嬉しさで涙に暮れた。例の小鳥が「あっちへおいで、あっち、あっち」と啼くので、そのとおりについて行くと、またたく間に森から出ることができた。春雄は誓いを守り、姉をつれて、貰われた家に帰った。父母さまの喜ぶまいことか。姉も貰われることになり、二人の嬉しさは極みなく、一家うち揃っていよいよ幸福に暮した。

 この童話は、数学者岡潔の随筆の中に概要が紹介されている。全文を読むことが、できたのは澤さんのおかげである。感謝したい。


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