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2012年12月24日

「トラクター爺さん」

 閑話休題というつもりだが、ちょっと好い話を聴いた。90歳を過ぎて、物忘れが多くなったお爺さんは、これまた高齢な奥さんと二人暮らしをしている。二人とも介護保険の認定を受けて、要介護と認定された。
 介護保険のサービスを受けているが、今も現役の農民である。田に出て、トラクターを運転し、りっぱに農作業をしている。何代目か知らないが、トラクターが古くなって買い換えるという。
 もう、必要ないからやめてほしいと子供に言われても諦めきれない。一度操作をあやまって、トラクターが横転し、本人にケガはなかったがこれを機にトラクターを運転するのはやめた。
どうして、これまでにトラクターに執着していたかを、息子は理解していた。父親は、南方戦線から生還し、小柄ながら力仕事も苦にせず働いた。戦後間もない頃は、農作業の相棒として牛を買った。
 田を耕し、山から材木を出したりするのに牛の力を借りた。牛舎は、家の一部で家族同然の扱いだった。その愛情に応えて、牛も働き物だったが、齢を重ね、役割を果たすことができなくなる日がきた。泣く泣く牛を売ることにしたが、牛も涙を流し、自分のこれからの運命を知るかのようだった。この光景を、息子は見ていたのではなく、父親からの話として何度も聞かされたのであろう。90歳の認知症と診断されてもおかしくないお爺さんにとって、トラクターはかつての牛だったというのである。
 人に歴史あり。他者から理解できない奇怪な行動でも、その背景には、それなりの理由があるのである。見えないものを見る能力が、知識、教養を身につけた専門家にあるかと言えば一概には言えないと思う。


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