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2013年02月22日

「長崎の鐘」

心に浮かぶ歌・句・そして詩90
 宴会で「カラオケで一曲」と薦められると、「長崎の鐘」を唄いたくなる。作詞は、サトー・ハチロー、作曲は古関裕而である。藤山一郎が歌い大ヒットした曲である。長崎の爆心地を歩き、浦上天主堂にも行った。その時のことを紀行に綴っている。

永井隆博士と「長崎の鐘」
 長崎浦上の地には、建築当時東洋一と言われた壮麗なレンガ造りの天主堂が築かれた。街にはアンジュラスの鐘が鳴り響き、市民にとって安らぎを与えていた。まさしく、浦上天主堂は、キリスト教弾圧に耐えてきた人々の何世代に亘る信仰の継続がもたらした象徴的な建物であった。昭和二十年八月九日十一時二分、この天主堂から一キロメートルも満たない地点、地上約五百メートルの上空で、広島に続く第二の原子爆弾が炸裂し、一瞬にして長崎市は灰燼に帰した。天主堂も破壊され、鐘楼とともにアンジェラスの鐘も地上に落ちた。鐘楼の残骸は、当時の惨状を想起させるように、あえて放置され、天主堂の立つ小高い丘の斜面に苔むしていた。
 浦上の地で忘れられない人がいる。永井隆博士である。〝浦上の聖人〟と言われ、「如己堂」という二畳程の家に白血病の病に身を伏し、平和を祈り多くの書を世に出した。妻を原爆で失い、二人の幼き子供の成長に限られた生の中で愛を注いだ。〝如己愛人〟は、「己の如く隣人を愛せよ」という聖書の言葉から博士が選らび、漢文体にしたものである。記念館に飾られた博士の書は見事である。絵も亦よい。緑夫人の昇天の絵などはマリヤ様を想像させる。
 永井隆は、明治四十一年に松江市に生まれた。父親は医師であった。松江中学から長崎医大に進み首席で卒業した。専攻は放射線医学であった。江戸時代、キリシタンの信徒頭をつとめる家系に生まれた森山緑と結婚する。大学時代に下宿していた家の一人娘であった。卒業から三年後のことであった。結婚の前に永井は洗礼を受けた。中学時代、唯物論に傾倒していた男が信者になったのは、実に森山緑の影響が強い。
 永井博士が慢性骨髄性白血病となったのは、原爆により放射能を浴びたためではない。戦争中に結核診断のためにレントゲンを撮り続けたことによる結果であった。一日百人のレントゲン撮影をこなし、フィルムが不足し多くは直視で行ったため信じられないほどの放射線を受けたのである。原爆投下の三カ月前に診断され「余命三年」と告げられた。妻に打ち明けると、気丈な態度で「神様の栄光のためネ」と言ったという。
 原爆投下の日、妻はいつものように笑みを浮かべて博士を送った。弁当を忘れたことに気づき引き返すと、妻は玄関先にうずくまって泣いていたのを見た。気丈な態度の内面には、いつも博士の身を按じる心の辛さがあったのである。これが妻との永別となった。原爆が落ちたとき、博士は長崎医大の建物の中にいたが、爆風で吹き飛ばされ、ガラスの破片などで大傷を受けた。簡単な治療を済まし、三日間被爆者の救護活動をして家には帰らなかった。家に帰ったとき、台所あたりに黒い塊があった。それは妻の腰椎と骨盤であった。〝腰椎と骨盤〟医師であったがための悲しい発見であった。傍に十字架のついたロザリオの鎖が残っていた。骨と化した妻同様、原型を留めてはいなかった。博士は、救護活動をしている間に、妻の死を感じとっていた。生きていれば、深傷を負っていても生命ある限りは、這ってでも自分の安否を訪ねて来る女性だったからである。家から長崎医大までは一キロメートルもない。
 サトー・ハチローが作詞し、古関裕而が作曲し、藤山一郎が唄った「長崎の鐘」の背景にあるものはずっしりと重いものがある。永井記念館から平和公園までは、わずかな距離であるが、歩きながら何度も目頭が熱くなり、立ち止まって五月の青空を見上げた。
「こよなく晴れた青空を悲しと思うせつなさよ・・・・・」
八月九日の長崎の空も青く澄んでいた。
 平和公園には、北村西望作の「平和の像」が立っていた。どっしりと座した男性の右手は空を指し、左手は真横に伸ばしている。戦争の終結を早めるために原爆を使用したということだが、落とせばどうなるかは分っていたはずである。非戦闘員である市民が暮らす場所に。
 「アメリカという国は、極端に善いものから悪いものまであります」
という国際基督教大学の学長や同志社大学の総長を務めた湯浅八郎氏の言葉を思い出した。力の強い者は何をしても良いというものではない。ただ戦争というものは嗜虐的なことどもを生み出す。
      拙著『春の雲』より抜粋


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