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2013年05月26日

『福祉を廻る識者の声』9(三浦朱門)

老人の世界                  三浦朱門
 老人はできうる限り、若い世代と一緒に暮らすべきだと思う。
 戦後の過ちの一つは、核家族とかいって、老人を含まない家庭を作り、それを何か近代的で望ましい形のようにはやしたてたことにある。そこでは老いは醜悪な、未来に待つ死の使いのように感じられる。しかし家庭に子と親、また、その上の世代とそろっていることの意味を発見しつつ、協力する心を養える点にある。
 しかし老いがある程度にまで進むと、家族との一緒の生活が難しくなる。それは老人の体力、知力の衰頽というよりも、情緒的に家族の連帯感、つまり家族意識といったものから脱落してしまうからであろう。
 最近、我が家の秘書さんの父君が重い病気になった。秘書さん結婚してはいるが孝行な娘だから、私たちやお手伝いさんと一緒に食事をしながらも、彼女は父親の病状を話して涙を流してしまう。
 それを聞いている者は、もらい泣きはしないまでも、彼女の悲しみを軽くするにはどうしたらよいか考えずにはいられないし、その前に病人がなんとかならないものか、心を痛めることになる。
 しかしその総てに無関心に黙々と食事をするのは、八十六歳の私の父である。耳が遠くて話が聞こえないにしても、隣にいる秘書の涙は見えそうなものである。つまりその時、父は家族と共に食卓を囲んでいながら、たった一人、別の世界にとじこもっているのだ。
 耳や目の能力の減退があるように、感情の鈍麻があって、老人は家族の共同の喜怒哀楽から遊離してしまう。老いというのは体力や知力の面からばかりでなく、情緒面でも家族の連帯感を失う。そこにも老人が自らを孤独にしてしまう要因がある。

 
三浦朱門(みうらしゅもん)。一九二六年東京都生まれ。東京大学卒。一九六七年「箱庭」によって新潮社文学賞を受賞して文壇にデビュー。今年四月より文化長官に任命される。(昭和六十年・春号)


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