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2013年05月27日

『福祉を廻る識者の声』11(八代崇)

 同情ということ                 八代崇
 人間を他の動物から別けへだてる要素のひとつは、孟子の言う「惻隠の情」であるといってよいだろう。日航機墜落事故以来、日本中の人々がテレビの前に釘づけされた。わたしもそのひとりである。不幸な目にあった人を見ると、だれしもかわいそうだと思う。新約聖書でも、イエスが病の人を癒す場合も、その人を「あわれんだ」からだと記されている(例、マルコ・一・四一)。
 ただ、わたしたちが「あわれん」だり、「同情を寄せたり」する場合、とかく健康人が病人を、金持ちが貧乏人を、成功した者が失敗した者を、といった具合に、安全な場所、一段高いところから下の者を見下ろすような態度に終始する場合が多いように思う。テレビのブラウン管のこちら側にいて、遭難者に対してちょっぴり同情するといった風にである。
 「あわれむ」という言葉を聖書の原語に即して直訳すれば、「内臓が痛む」ということである。テレビのこちら側にいて、苦しんでいる人を傍観者的に眺めているのでは、内臓は痛まない。内臓が痛むためには、苦しんでいる人のところまでおりていって、その苦しみを共に味わう必要があろう。
 「あわれむ」とか「同情する」ということが、「内臓が痛む」ということであれば、わたしたちが健康であればあるほど、能力があればあるほど、金があればあるほど、困難なことだと言わざるをえない。通り一ぺんの義理や人情ではやりえないのが、「内臓が痛む」という意味での同情するということである。先月、フィリピンのスラム街を視察して、この飽食暖衣の日本から来て、同情することの難しさを痛感させられたものである。
八代崇(やしろたかし)。日本聖公会北関東教区主教、立教大学教授(教会史)。米国オハイオ州ケニヨン大学・米国ヴァージニア神学校卒業。一九三一年生まれ。       (昭和六十年・秋号)

新生誌編集後記
 昭和六十年十月二十日発行の社会福祉法人新生会広報誌「新生」の編集担当者となってより、平成十三年四月二十日発行の第二十四巻春号まで約十六年間編集後記を書いてきた。一六字×二十三行、字数にすると三六八字、四〇〇字詰め原稿用紙一枚に満たない長さの文章である。タイトルはつけていなかったが、「編集後記」を編集するにあたりつけることにした。新生誌は季刊であり、年間四回発行するから全部で六三回掲載した。年齢で見ると三十三歳から四十九歳ということになる。その時代、その年齢の記録として日記のような季節記の意味でまとめることにした。還暦を過ぎると人は過去を振り返りその足跡を整理して見たくなるものなのだろうか。「翁」のペンネームで書いてきた。日記帳の整理のつもりである。

日航機墜落                    (昭和六十年・秋号)
この夏、日本列島は、三〇度を越える暑さの中に連日包まれた。上野村に日航ジャンボ機が墜落したのは、八月十二日の夕。五百二十名の死者を出す大惨事となった。
酷暑と地形的悪条件、加えて遺体が散乱する惨状の中で救助隊はよく頑張った。上野村の人々の対応も見事だった。連日、消防団員は山に登ったし、村人は行事も返上して救助に協力した。マスコミは、〝山深い村に残された人情〟と美談扱いをした。
村の人達は、人命救助、遺族の悲痛な心境を想い唯必死でやったのだろう。福祉は単なる慈善事業ではないし、人から偉いといわれるほどの特別な仕事でもない。今、上野村では墜落現場への道作りが話題になっている。遺族への温かい心遣いを感じる。(翁)


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