☆☆☆荻原悦雄のフェイスブックはこちらをクリック。旅行記、書評を書き綴っています。☆☆☆

2013年05月29日

『福祉を廻る識者の声』13(曽野綾子)

フラワーポットの秋              曽野綾子
 今、姑がお世話になっている「憩の園」のヴェランダに小さなフラワー・ポットがあって、私は最初から気になっていた。実は数年前から、私は花作りが好きになっていて、ワープロやコンピューターの入った書斎の窓辺で、欄やベゴニヤをかなりうまく育てている。だから、私は榛名の気候に合わせた花を植えて、植物の面倒見にいい姑に任せて帰ろうと思っていたのであった。
 しかし、姑はこのフラワー・ポットに関して大変優しかった。彼女は私のように、フラワー・ポットを堀っくり返して自分の好きな花を植えようなどとは企まず、前その部屋に住んでいらした方が残された花を育てることに決めたらしかった。
 私は東京から、乾燥した牛糞に科学肥料を少量混ぜたものを持って行って、時々ポットの土に混ぜるために置いて行った。しかし姑のやり方はもっと原始的だった。昔からそうだったが、食事で残したものを、こまめにちょこちょこと土に埋めて置くのである。堆肥というものは、ほんとうは醗酵させてから埋めなければならないのだろうが、姑のは生ゴミに近いのだから、大丈夫だろうか、と心配したこともあったが、それが流儀なのだから、その通りにやるのがいいと思う。
 植物を育てることは、人間にとって自然な営みなのだと思う。私は土いじりとは無縁の生活をしてきたが、数年前、眼の病気をして読み書きができなくなった時から畑に出るようになった。戦争を知っている世代だから、初めは野菜を作って満足していたが、だんだんと果樹や花まで植えて、畑仕事のいろはを覚えたのである。
幼い子を見ることと、植物を育てることは、老年には特に必要だと思う。姑の丹誠の甲斐あってかどうか、前の方がお植えになった黄菊が、秋ひとしきり私たちの眼を楽しませてくれた。
曽野綾子(そのあやこ)。一九三一年東京生まれ。聖心女子大卒。作家。臨時教育審議会理事。日本ペンクラブ理事。「神の汚れた手」・「湖氷誕生」他著書多数。       (昭和六十一年・春号)

眼は心の窓                   (昭和六十一年・春号)
 巻頭言は、作家の曽野綾子さんにお願いした。氏は、近年白内障の手術を受けられた。失明の窮地から一転、近視までも回復され、今はとても爽やかに物を見る眼をお持ちでいらっしゃる。眼は、作家にとって命ほどに大切なもの。氏は、この回復された眼を〝贈られた眼〟と感謝し、創作への意欲を燃やされている。三浦家では、 ワープロが人気とみえて、原稿は夫君朱門氏と同様に愛用のそれの文字(?)で頂戴した。
理事長は、十年先を見て事業をするとよくいう。これは先見性という眼であろう。新マリヤ館の工事が始まり、恵泉園移築のための設計も終わり、工事開始を待つばかりとなった。これらの事業も、先を見る眼で構想されている。
 また、〝眼は心の窓〟である。それゆえ、心は気高く、また慈しみ深くありたい。潤いをもたらす仕事はここから生れる。(翁)


同じカテゴリー(日常・雑感)の記事画像
「秋刀魚の味」・「彼岸花」
映画『晩春』小津安二郎監督 松竹映画
映画「関ヶ原」鑑賞
映画「麦秋」鑑賞
台風迷走
妙義ふるさと美術館
同じカテゴリー(日常・雑感)の記事
 高齢者青春18切符活用(2) (2018-01-09 11:24)
 高齢者の青春18切符の活用 (2017-12-26 11:33)
 「秋刀魚の味」・「彼岸花」 (2017-12-19 14:50)
 下仁田戦争始末記 (2017-12-08 14:15)
 将棋竜王戦5局とカエル・カード (2017-12-06 10:32)
 今日のカエル・カード (2017-12-05 11:57)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
『福祉を廻る識者の声』13(曽野綾子)
    コメント(0)