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2013年06月22日

『福祉を廻る識者の声』40(清水茂)

コップ一杯の水                清水茂
 「見知らぬ人がやってきたときに、コップ一杯の水を差し出すように、基礎を築き、創設し、意味を与えることが、砂漠のなかで以上に自然で、単純なことはなかった」と、現代フランスのすぐれた詩人イヴ・ボヌフォワはある文章で述べている。この言葉は私にさまざまなことを考えさせる。かつては人がこの世界に生きていることの意味を問い、また、そのよろこびや悲哀を表現することを自らの根拠としていたはずの文学や芸術の領域においてさえ、意味を問い、自然を讃めることのすくなくなってしまったこの時代にあって、ときとして、私には自分の置かれているこの世界が、知の過剰、技術の驕りという瓦礫の下にひろがる広大な砂漠のように感じられることがあるためかもしれない。私たちが生きている世界そのものが、「自然で、単純な」ものを見失ってしまったのだ。そして、そこではときに物質的欲望だけが肥大化し、個人の行動の中でも、集団の営みのなかでも、それだけがあらゆるものの決定の尺度になってしまっているかのようであさえある。なぜ、いつから人間はそんなふうになってしまったのであろうか。
 おそらく実際の砂漠はそんなふうではなくて、無一物のような外観を帯び、いわゆる文明からはこの上なく隔絶した条件下でも、豊かな意味に充ちていて、そこで生きてゆかなければならない人びとに、たえず生や死について熟慮させるもっとも真実に近いひろがりなのだろう。だから、そこでは「見知らぬ来訪者にコップ一杯の水を差し出す」ことの真実が、そのままに顕われでもあるのだ。
 そう考えてみると、現代の文明社会という私たちの砂漠はリビヤの砂漠以上に不毛で、生命の危機に瀕しているのかもしれない。ここでこそ、必要なのは瓦礫の下に埋もれてしまった大地の真実にいま一度じかに触れ、それによって基礎を築き、創設し、意味を与えることなのではあるまいか。

 
清水茂(しみずしげる)。一九三二年生まれ。早稲田大学文学部教授。フランス文学専攻。著書『地下の聖堂』『ロマン・ロラン』他。                     (平成五年・春号)


信頼                    (平成五年・春号)
「走れメロス」のビデオアニメが子供達の間で評判になっている。太宰治のこの短編小説を少年時代に読んだ大人達も多いはずだ。映像と文字との違いはあるが、心動かされるものがある。テーマは「信頼」ということ。
この四月から、措置権が市町村に移った。〝措置〟という言葉は、人に対して使うには適当ではないと思うが、要は、市町村が施設入所を決めることになった。また、長期の高齢者対策を平成五年度中に作成する。老人福祉は、名実ともに地域福祉の時代に入った。テーマは「信頼」。施設がメロスなら、地域はセリヌンティウス。
初代榛名町町長、榛名荘・新生会の地域の良き理解者であった中島憲治氏が一月六日他界された。長きにわたり、心あたたかいご支援をいただいたことに感謝し、冥福を祈ります。(翁)


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