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2013年06月26日

『福祉を廻る識者の声』45(楊 致)

国境を越え人材の育成に            楊 致
 一九八三年ごろ、北海道開拓の経験者であられる田所正幸氏(八十四歳)が「日本では人手不足、中国では人力資源豊富。中国の若い人が、日本の技術を学ぶ助けになれば」とのご助言により、内蒙古自治区が始めて日本へ研修生を送り出したのが、人材育成事業の第一歩でした。
 翌年、私が教鞭をとった日本語教室をベースにして、大学時代の同窓が三人集まって、今の民間運営の日本語学校が創立されました。お蔭様で日本におられる旧友、同窓、恩師五、六人が皆古希の高齢にも拘わらず、ご熱心に応援してくださいました。種々の難関を突破して、ついに研修生の受入先が北海道から群馬、新潟、富山、石川県まで広がり、東京、大阪、静岡、岡山県等の大学へも留学生を推薦派遣する窓口にもなりました。この十年間に、工・農・医学各分野にわたって日本へ送り出した技術研修生は七百名余り。留学生は百余命となり、そのうち既に帰国した者は五百余名に達しております。殆どの若者が「国家体制の相違言語習慣の違いを初め、幾多の困難に遭遇しながらも、この事業推進に努力された両国の老齢者の方々のご苦労と日本人民の親善友好な姿勢に対しては筆舌に尽くしがたく、本当に感銘した」と異口同音に話しています。
 困難を克服し、十年にわたる人材育成の努力は帰国青年が実践した地域改革を含め、新技術の普及、生産性の向上の姿となって表れています。また、産業発展と近代化推進に貢献し、その実績は内蒙古自治区政府も高く評価する所であります。そしてこの事業に奉仕された老人たちの働きは、後世に伝えられる偉業とも賞讃されています。
 なお、人材育成と共に国際交流事業も促進されました。人的交流が橋渡しをして、外国との合弁企業促進、新技術の導入も一層盛んになっています。
 人材育成に愛情をかたむける老人と、幸せな暮らしを追求する若者との間に国際交流を行い、世界平和を守るという人類共通の願いをこめているこの事業が、末永く発展して行くことを切に願っております。
 
楊 致(ヤンチ)。中国内モンゴル自治区日本語学院学院長。一九二六年生まれ。(平成六年・夏号)


黒土                    (平成六年・夏号)
社会福祉法人新生会の入り口は、財団法人榛名荘の入り口でもある。右手に折れれば新生会、真直ぐ進めば榛名荘病院。入り口近く、新生会の総合事務所と病院駐車場の間には旧外来棟、榛名荘准看護婦学校の建物があり、約四〇年近い風雪を耐えてきた。
芽吹きの頃から工事が始まり、植木の移植、建物の解体と進み、梅雨入り前にすっかり舗装と造園が終り、広々とした空間に生れ変わった。工事の途中、黒々とした肥えた土が出てきたので不思議に思ったら、「結核患者のために山林を切り拓き畑にした場所だよ」と原理事長。
敷地内にバス停が完成。ロータリーもできて路線バスが構内に入れるようになった。その日が平成六年六月六日。来年は、県道に横断橋を架ける予定である。(翁)


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