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2013年06月29日

『福祉を廻る識者の声』48(風岡裕子)

〝生きる〟〝生甲斐〟とは           風岡裕子
 何時の頃からか私は「そう簡単に年をとってはいられない」と思う様になって来た。毎年夏に草津で催される国際音楽アカデミーでピアノのピヒト先生は八十歳近くなった今でも朝から夜までレッスンを丁寧にされるうえ、演奏もされる。又テノールのヘフリガー先生も、少しお若いが同じであり、更に驚くことはこの一流の方々の演奏内容が年とともに深くなってゆくのを感じつつ感動で涙を流しながら聴くのである。
 話は少々飛躍するが、私の妹がローマに居るので時々出かける。目的は無知な歴史を知らんが為である。
 紀元前八世紀頃は聡明なエトルリア人の時代であった。その傑出したエトルリア文明をローマ人は憎み、大ローマ人は憎み、大ローマ帝国時代に入って徹底的に滅亡させてしまった。ローマ時代からルネッサンスに到るまで、またベネチア時代の絢爛豪華さの歴史は仮令(たとえ)人は滅びてもその芸術に依って示唆され、その栄光の中で後世に残る作品が作製されてきたのを目にすると、人間の力のすばらしさに感動するが、ふと「自分」は何と小さな存在なのだろうか?と気がつく。一人の人間は百年も活動が出来ない。話はまた飛躍するが、盛岡市内を流れる北上川で遠く太平洋から上って来たと思われる鮭の痩せた姿が見られた。何もこんな所まで来なくてもと思いつつ天命かと胸の熱い思いだった。蝉だって死ぬまでうたい続けるではないか。男性の知人で九十三歳の人が「骨折を直してテニスが出来る様になった。歩けるうちにロスアンゼルスに行く」と手紙を貰ったし、料理上手だった九十五歳の人は、今は張絵の団扇やお年玉を作って人に喜ばれている。年と共に喜びを分ち合える人は幸せである。
 以上の様な様々な思いを持って私は三月に演奏活動五十年のリサイタルを催した。沢山の勉強が出来たし多くの方々からお励ましの手紙をいただいた。今後の希望が持てて有難かった。世の人々が平和と希望に溢れる人生が過ごせる様にと祈っている。
 
風岡裕子(かざおかひろこ)。一九二四年生まれ。ピアニスト。自由学園卒。元高崎芸術短大教授。映画「ここに泉あり」に出演した岸恵子のモデル。             (平成七年・春号)


心が形をうむ                (平成七年・春号)
映画「ここに泉あり」が上映されたのは、今から三十年も前のことである。監督は、今井正。出演者は、小林桂樹、岡田英次、加藤大介、岸恵子と錚々たるメンバーである。山田耕作もゲスト出演している。二時間を越える大作で、群馬県各地でロケが行われた。
岸恵子さん演じるピアニストのモデルが、巻頭言を執筆してくださった風岡裕子さんである。ヴァイオリニストの岡田英次は、ご主人。岸さんの背に負われた子は、群響のコンサートマスターの風岡優さんである。
戦後の荒廃した県内各地を演奏して歩き、県民に夢と希望を与えた風岡さん達の活動は、苦難を極めたが、高崎市の音楽センターの建設に繋がった。しかし、忘れてはならないのは、音楽を愛した人々の心である。心が形を生む。(翁)


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