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2013年07月15日

『福祉を廻る識者の声』65(板山賢治)

原先生の志に思う               板山賢治
 去る九月六日、原正男先生の合同葬に列しつつ、その業績の偉大さと志の高邁さに心打たれるものがあった。わたしが、原先生のご指導を受けはじめたのは、今から四十年余の昔にさかのぼる。
 「社会の欠陥より生ずる不幸な人々のための社会福祉事業を起し献身奉仕せんとす」る志をたてられた先生が社会福祉法人を創設し、アフターケアーから老人福祉へと歩を進められようとされたころである。昭和四十四年秋、わたしが厚生省老人福祉課に転じた頃よりご縁が深まり、四十七年春からは、社会福祉審議会委員としてのご高説を拝聴したことなどを経て、今日に至る。
 ふりかえってみると、先生の持論の一つに「民間の自主性」を尊重し、その「創意・工夫」を活かせという主張があったように思う。ともすると「相違・工夫」を活かせたという仕組みでガンジ・ガラメにしばりつけようとする行政へのやるかたなき忿懣を吐露されることがしばしばであったように記憶している。正論であることを理解しつつも「先生、わたくしには大いにぶちまけて下さい。しかし地元の県や市町村当局には、ほどほどにして下さい」などと六十路をこえた大先輩にご忠告申し上げたことが想い出される。
 今、わたくし達老人福祉関係者は「介護保険」への転換、社会福祉の構造改革という激動の渦中にある。「措置制度」から「選択、利用、契約制」へ、「利用者中心」の福祉を実現するためにサービスの「量と質」の拡大、向上を目指し、「競争」の時代に突入しようとしている。正に、原先生のいう「民間の自主性」と「創意・工夫」が社会福祉法人再生の「キーポイント」といえよう。「献身奉仕」という原先生の志を胸にわたくしも亦、新しい世紀への橋渡し、「福祉」から「保険」へのスムーズな転換のために微力をつくしたいと決意するこの頃である。
 
板山賢治(いたやまけんじ)。元厚生省厚生課長。日本社会事業大学専務理事。全社協常務理事を経て、現在財団法人日本障害者リハ協副会長。(社福)浴風会理事長。(平成十一年・秋号)


大往生                  (平成十一年・秋号)
 八月六日の朝、おりしも広島市に原爆が投下された日に、原先生は、忽然として天国に召された。ご遺族のお話によれば、いつもと変わったこともなく起床し、長年の習慣で自らお茶を入れ、応接間のソファーに腰をもたれてテレビの平和の式典に見入っていたということである。
 それから、わずか一時間もたたない九時十五分頃、その応接間で異変に気づいたご家族に看取られ、眠るように旅立たれたのである。まさしく大往生であった。この日も〝出勤〟するつもりでいたというから、まさに生涯現役を通したことになる。
原先生の誕生日は、明治三十九年八月十五日。現在では終戦記念日となっている。命日が八月六日。つくづくと、原先生は〝平和の人〟という感じがする。職場では、朝礼中で平和を祈念する讃美歌が唄われていた。この日は、日照り続きの後に朝から激しい雨が降り続いていた。(翁)


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