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2013年07月19日

『福祉を廻る識者の声』69(磯崎千壽)

家事調停雑感                 磯崎千壽
 昭和六十二年四月から平成十一年三月まで、ちょうど日本経済がバブルの頂点を極めてからどん底の落ちるまでの一三年間、私は東京家庭裁判所で調停員として主として遺産分割の手続きに当たってきました。
 バブルによって異常に地価が高騰した結果、庶民のささやかな住まいも時価に換算すると数千万から億の単位に跳ね上がり、介護を必要とする老母一人が残された家を数人の子供が争うという風景を目にすることになりました。裁判所は親が望む限り、住み慣れた家で生活が続けられる事を第一に考える為、子供の住居についての権利は親との同居が前提となります。その為子供達は、残された親の歓心を得ようと競い合い、先月の調停期日では長男との同居を希望していた母親が、今月になると長女との同居を言い出すというような、リヤ王の一場面を彷彿とさせる情景が調停の場で繰り広げられ、遺産分割の調停として始まった手続が、親の扶養や介護の方法を話し合う場に変わった例が幾つもありました。
 その最中に心労がたたったせいか、親が急死してしまったケースは今でも忘れません。このようなケースで子が自然な情愛というより、自分の住居あるいは将来の資産の確保を考えて、同居を申し出たとの印象を受けた例が多くありました。
 現在、日本の社会の中で家族の機能は劇的に変化し、また世代間の価値観も大きく異なって来ており、老後の生活は、子に託すれば安心とはいえない状況が現実となっています。今年の四月には判断能力が衰えた場合、あるいはそれに備えて老後の財産の管理を後見人に頼むことが出来る成年後見制度が発足しました。
 同時に社会による介護ともいうべき介護保険制度もスタートし、複数の介護サービスの中から自分に必要にあったものを選び、契約することになりました。資産の運用だけではなく老後の生活も、自らの意思と責任で選ぶ厳しい時代が到来したといわざるを得ません。
 磯崎千壽(いそざきちず)。一九四二年、福岡市生まれ。一九六七年弁護士登録。新生会理事兼評議員。                                   (平成十二年・秋号)



追悼集・遺稿集              (平成十二年・秋号)
 原正男名誉理事長が他界してから約一年が経過した。ご遺族ばかりでなく、新生会にとって創業者の死は、大きな出来事であった。
 二〇〇〇年となった二月、原正男追悼集の編集委員会がスタートし、八月十五日(原先生の誕生日)に発刊となった。書名は、追悼集が「徹底の愛・不動の信」、遺稿集が「我をより高き崖下に置け」となった。カバー絵と題字は、狩野守画伯が担当された。二冊で六百ページ近い本となった。
 編集の責任を任されると、ゲラ文を何度も校正することになる。それは、戦前からの原先生の人生を自ずから辿ることになる。老年期の約二十年間、直接ご指導を受けたのが、〝近景〟とすれば、それは、〝中景〟、〝遠景〟となるが、見事一つの印象で結ばれている。それは、原先生が〝愛の実践者〟であったということである。その伝統をいかにしても護りたい。
(翁)


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