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2013年07月20日

終の住み家を老人ホームに定めた人々1

終の住み家を老人ホームに定めた人々

晩年を老人ホームで過ごす人々も現在は珍しくなくなった。昭和50年代初め、老人施設は少なく、まして有料老人ホームなどというものはほとんどなかった。戦後、結核保養施設からいち早く老人問題に目を向け、事業展開した人物が群馬県榛名町にいた。原正男氏である。大学卒業後、福祉施設で働きたいという希望があり、地元の人の紹介で原正男氏に会い、就職を許された。男子職員が少なかったこともあり、大変大事にしていただいた。そして、施設に暮らす数多い高齢者に出会うことができた。法人の広報誌に人物紹介の記事を書かせていただいた。その中には、現在も生活されている人もいるが、既に他界されている人に限って掲載したい。それぞれに、実りある晩年を過ごされている。

「思想しつつ、生活しつつ、祈りつつ」
桐淵とよさん(昭和六十年・冬号)
 教育家羽仁モト子氏は、この人の純粋かつ無私無欲な人柄をこよなく愛し、婦人団体全国友の会の中央委員を依頼したという。現在、過去はあえて語らず、淡々と施設で生活されている姿に次ぎの句が浮かぶ。
 実るほど 頭を垂れる 稲穂かな
 寮母から〝桐淵のおばあちゃん〟と声をかけられることもある。失礼な呼び方には違いないが本人は一向に解せず、笑みを浮かべて相手の手を強く握り締めるのが常である。心が通じ合っているのである。
 九十歳を過ぎて俳句を始めた。
 喜びも 悲しみものせ 除夜の鐘  とよ
 桐淵とよさんは、明治二十五年一月八日群馬県新田郡に生まれた。鎌倉時代の末挙兵した新田義貞の生品神社のある地でもある。家は代々医業を継ぎ、父黒田行蔵氏は二十一代であった。
「私の家には、〝医は算術ではない〟という家風があって父も例外ではなかった。村人の中には、無料で診てもらう人もいた。この家の雰囲気が私の人生を強く支配した」と桐淵さんは言う。群馬師範(群馬大学教育学部の前身)在学中に『婦人の友』の読者となり、昭和三年、新潟県長岡市で誌友二十七人と長岡友の会を結成した。昭和五年に全国友の会が結成されたときに中央委員に推され、羽仁モト子氏死去の後は、五人の中央委員の一人として全国三万二千人の会員とともに歩んだ。〝思想しつつ、生活しつつ、祈りつつ〟を自ら実践し、多くの会員から尊敬された。今も桐淵さんを訪問される会員は多い。その一人、健康福祉邑に住む梶浦初子さんは、当時の桐淵さんを次のように語ってくれた。
「羽仁先生が最も信頼された方でした。羽仁先生の思想を感受し実践される人間的な器があったのでしょう。怒りを人前で見せたこともありませんでした」
この言葉を裏付ける生き方を榛名憩の園で見た。言行一致の人生の積み重ねが、高齢になって平安をもたらしている。そんな生き証人桐淵さんに生活していただいていることを誇りに感じている。(翁)


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