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2013年07月23日

終の住み家を老人ホームに定めた人々2

絶えざる自己との戦い  市村七五三八(しめはち)さん(昭和六十年・春号)
 榛名憩の園の前庭の芝生が窓越しに見える居室で黙々と暖簾作りをしている市村さんを訪ねた。大きさも違い、色も異なるビーズ玉を順番どおりに糸に通すと色彩豊かな暖簾ができる。施設を訪れる家族やボランティアの注文が絶えない。
 夜中に体を突き通すような痛みで眼が覚めることがある。痛みを忘れるのは、暖簾作りに熱中しているときだけである。「毎日何もすることがなかったら、とっくに人生ヤル気を失い寝たきりになってボケただろうな。これがあるから俺は助かっている」まさに暖簾作りは市村さんの命綱である。
市村さんは、またクイズを好んで作る。そして記憶力が抜群。クイズを始めたきっかけは、「昭和四十八年六月の第二週の朝礼で理事長さんがクイズを出してくれたのが刺激になった」のだという。そのときのクイズの内容まで覚えていた。今は自分で考え自分で作る。朝礼で発表する。クイズも生きがいの一つである。記憶の良さにについて問うてみた。
 昔、父親に「お前は勉強はどうでもよいから、いったん聞いたことは忘れるな」と言われた。だから、真剣に覚えようとする。寮母さんの就任した日は絶対忘れない。自分にとって大事な人だから。愛情を持った集中力が記憶の良さの秘密である。
 榛名憩の園が開設した昭和四十四年の七月に市村さんは入所した。その当時を振り返り、「体が不自由になり、老人ホームに入園することを決心した。そのときは泣いた。兵隊にいくときは帰れると思ったが、今度は家族との一生の別れだと思ったから。倅に負ぶわれてホームの玄関をくぐると、職員の人が多数出迎えてくれた。どんなに心がやわらいだかしれない。最初に口にした食事はカレーライス。よく見ると肉が入っている。自分の思い描いていた老人ホームと違っていた。それ以来、ここを自分の生活する場所だと決めた。だから家に帰ろうと一度も思ったことがない。面会に来るのは子供達の自由だが」
入園したときと同じ部屋、同じベッドで話してくれた。この場所は市村さんの家、指定席。(翁)


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