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2013年07月30日

終の住み家を老人ホームに定めた人々7

磨かれた品性        飯島さとさん(昭和六十二年・秋号)
 東京がまだ府であった頃、飯島さんは、府立第一高等女学校(現在の都立白鷗高校)を卒業し、津田塾専門学校(現在の津田塾大学)に入学した。津田塾を創立したのは、明治四年最年少(七歳)の開拓使として渡米した津田梅子であるが、飯島さんは、晩年の津田女史の薫陶を受けた一人である。
 「津田先生のご機嫌が悪い時は、英語で講義されるのよ。日本語でお話を始められるときは、私達安心したものです」と当時を振り返って笑う。津田塾の勉強は厳しく、予習に講義の三倍の時間を費やすほどで、四十人の入学生は、卒業時には半分に減り、教員免許を取得したものはごく数名だったという。
 結婚して直ぐにアメリカに渡った。ご主人の勤務地は、ニューヨークであった。向学心に燃える飯島夫人は、コロンビア大学に入学して、近代劇や専門的な婦人帽作りを学んだ。
 「あちら(米国)は誰でも勉強させてくれるのよ。卒業は、簡単ではありませんけど」
 アメリカでの生活は、楽しく充実した日々であったようである。その頃早稲田大学の安部磯雄氏を団長とする学生野球チームが遠征試合のため渡米した。夫の同席した歓迎祝会の記念写真をご主人(早大出身)没後も大事に保管され、最近になって母校に寄贈された。飯島さんは、物持ちの良い人で、他にも貴重な資料をその関係者に寄付している。
 大正ロマンを象徴する美人画で有名な竹久夢二の絵も所蔵されている。夢二とは、知人を通じて親交があり、飯島さんに夢二が洋行のための資金作りを頼んで書いたものだという。「夢二の絵は、一味違った風格がありました。今までにない新鮮さを感じたものです」夢二のファンは、女性が多かった。
 飯島さんは、今年九十三歳。積み重ねてこられた教養が品性に現れて衰えを知らない。(翁)


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