☆☆☆荻原悦雄のフェイスブックはこちらをクリック。旅行記、書評を書き綴っています。☆☆☆

2013年08月27日

『冬の渚』(拙著)伊那谷から諏訪、新緑を求めて

伊那谷から諏訪、新緑を求めて
 
 風薫る五月の連休を利用して、信州の新緑を求めて出かけてみることにした。行く先は、天竜川に沿って山々に挟まれた街、伊那市である。この街に、大学時代の友人の義母がいて、いつも「伊那の母」と尊敬し、かつ慕っているのを知っていた。久しぶりに会いに行ってみたいというので、こちらも再会がてら便乗したわけである。
 八十歳半ばにして、矍鑠として現役の開業医である土岐文英先生が、『新逆旅』という本を出された。自作のスケッチが挿絵になり、紀行から、書評、短歌、俳句まで、実に教養とはこういうものかと感心させられる本である。加えて先生の御人柄、人生観がにじみ出ていて、物を書く時の参考にさせていただいている。
 その先生の本の中に伊那の田園風景のスケッチがあった。伊那にご親戚があって、いつかご自宅に出かけた時だったか
「伊那はいいところだから、一度行ってみなさいよ」
と言われたことがあったような気がする。
 群馬から、伊那市に行くのは意外と距離がある。ゴールデンウイークでは、車は渋滞に巻き込まれるといけないと思って鉄道にした。安中榛名駅を、八時二分に出発し、長野で特急に乗り換え、篠ノ井、松本を経て塩尻まで行き、ワンマン列車で辰野へ、飯田線に乗り換えて、十一時一七分に伊那市に着いた。インターネットで調べたら、教えてくれた旅程であるが、乗り換え時間もそれほどなく、便利な時代になったものだ。
 到着時間に合わせて、友人と「伊那の母」が出迎えてくれた。昼食と夕食を「伊那の母」の家でごちそうになったが、家は天竜川と路を隔てたところにあり、美容院を経営されている。高齢の一人暮らしであるが、ハッピーという犬の同居者がいる。
 四年前に保健所行きになりそうな小犬がいて、それを引き取って育て、今では、毛並みの良い成犬になっている。ハッピーは生れた時から目が見えなかったらしい。手術をしても見えるようにはならないというので、周囲の反対もあったが、飼うことにした。
思い出の写真を見せてもらったが、その成長ぶりがわかる。
 ハッピーは賢い犬で、飼い主の言葉がわかるようである。他人からもらった、縫ぐるみや、ボールがたくさんあって
「○○さんの亀持って来て」
というと、間違いなく口に咥えてくる。
 驚いたことには、後ろ足のお足までする。それも右と言えば右、左と言えば左。そのハッピーさん(雌犬である)を隣の中華料理店のご主人の軽自動車に乗せて、高遠の城跡まで遠出した。後部座席にいる「伊那の母」はしきりに声をかけている。
 高遠城址の桜は、全国的にも有名である。今はすっかり葉桜になっているが、枝振りがソメイヨシノとは違う。細く高く伸びていて、桜のようではない。コヒガン桜という種類だという。近くに桜が丘公園があって、こちらは八重桜が満開である。ハッピーはこの時ばかりは車で留守番になった。
 帰路、河川敷にある公園に寄った。ハッピーが小さい時から時々遊ばせてもらっていた公園である。車を停めると、ひとしきり大きな声で吠えた。すぐ外に出たかったのであろう。目が見えないが、今いる場所が懐かしい場所だと分ったのだろう。懐かしさの感情はどこから生れるかといえば、心の働きを「知・情・意」に分ければ、情の働きに違いない。「伊那の母」の気持が愛情となって注がれ、ハッピーの心の情が深くなっていったと考えたい。視覚がないということは関係ない。情というものは、五感を超えたものだと数学者の岡潔博士は言っている。
 少し難解だが、岡先生の心についての説明は次ぎのようなものである。
 「多くの人は、心というものは自分という肉体の中にあって、五感でわかるものだけだと思っている。だから、自我が自分だと思っている。ところが、生命というのは不思議なもので、自分で生きているというより、生かされているというふうに考えた方がわかりやすい。生かしているものを大宇宙の主宰者と仮定すると、全ての存在、無生物から生物まで一つの心になる。仏教では大我とよんでいるが、東洋では造化という言葉になる。僕は大自然の善意と言っている。自我を取り去るとその心が働く。個と個の間に情が通う」
正確には表現していないと思うが、そのようになる。
 「伊那の母」はベランダを畑とよんでいる。そこには、鉢植えだが様々な野菜が育っている。時たま、鳥がやってきて葡萄の枝にとまったりする。いかにもくつろいでいるように見える。家主に警戒心が薄いのだろう。中世だったか、イタリヤにアッシジの聖フランシスコという人物がいた。この人は鳥と会話ができたという。恐らく、鳥へ情という心を通わすことができたのであろう。「伊那の母」とハッピーの暮らしは、地元の女流童話作家によって、童話となって新聞に載った。
 夕食の時、小さい時から家に遊びに来ていた人が亡くなった話が出た。不慮の死だったらしく家族は密葬にした。「伊那の母」には数々の思い出があった。別れができないというのは苦痛である。自然と涙声になって、頬に涙が落ちた。他人のことをこれほどに思える人は少ない。ハッピーの前に熊千代という名の犬がいた。十九年も一緒に暮らした犬で、仏壇に位牌になっていた。
 
翌日は雨になった。風も強く傘が飛ばされそうである。帰路、諏訪湖に立ち寄ることにした。幾度か車で、諏訪湖沿線を通ったことはあるが、散策する機会はなかった。諏訪には、諏訪大社がある。正確には、上社と下社があって、上社は茅野市に近く、諏訪湖に注ぐ宮川を遡ったところにあって、前宮と本宮に分かれている。下社は、下諏訪駅に近く、こちらも春宮と秋宮に分かれている。
御柱祭という行事があって、千年以上前から行われている。正式な祭の名前は、諏訪大社式年造営御柱大祭というのであるが、七年に一度、山から大木を切り出し、上社と下社まで、諏訪一帯の氏子達が人力で引いてくるという勇壮な祭である。
五月四日、この日に下社への「里曳き」があるというので、大勢の観光客が訪れていた。下諏訪駅の駅員は、はっぴ姿できびきびと客を案内している。ふと改札口に目をやるとカメラを持ったTBSの一団がこちらにやって来る。中央に取り囲まれるようにして、見慣れた顔の紳士がいる。
「筑紫哲也じゃないの」
と隣の人が、自分のカメラを彼に向ける。祭の取材のためらしいが、目の前を待たせてある車に向かって通り過ぎて行く。出迎えの人に案内され、後部座席に坐る。テレビ局のワゴン車が後について、スタッフが機材などを運びこんでいる。ニュースキャスターの筑紫哲也の車はなかなか走り出さない。彼は、煙草に火をつけてうまそうに吸っている。
 雨も降っていることもあるし、人込みの中で祭をみる気分にはなれない。祭は当事者が楽しめばよい。その熱気は、想像するだけにした。
 諏訪大社に祀られているのは、国譲りで知られている大国主命(おおくにぬしのみこと)の次男である。御名を建御名方命(たてみなかたのみこと)と申し上げる。天つ神と一戦交えたが破れ、この地に流れてきたのだという。それ以来、守護神として武将たちの信仰を集めてきた。
 祭りに使われる巨木は、直径一メートル、長さ十七メートル、重さは十二トンほどある。それも一本だけではない。山から長い距離を宮まで運んできて、最後は社を囲むようにして四本立てられる。その時、木は神になる。素朴といえば素朴である。欧米の人にはこうした祭りの意味を不思議に思えるだろう。
 伊勢神宮の内宮の社は二十年に一度建て直される。位置は変わるが、建物の姿は変わらない。つまり、原形が保たれるのであるが、社は極めて簡素である。同じ行為を繰り返す諏訪の祭りに似ている。神道を通じて日本人の心性を考えさせられる。
 何事のあるかはしかと知らねども
かたじけなさに涙こぼるる
伊勢神宮をお参りした西行は、その心境を歌に詠んでいる。江戸時代には、庶民の伊勢参りが盛んであった。
 春めくや人様々の伊勢参り
       参宮といえば盗みもゆるしけり
いかにも、寛容にしてのどかである。
 
 諏訪には温泉が多い。町のあちこちに公衆浴場がある。片倉館という昭和二年に建てられた煉瓦でできた西洋建築のレトロな浴場がある。製糸工業で財をなした、片倉財閥が、女工さんのための厚生施設として造った建物が一般に開放されている。すっかり観光名所になっている。入湯料は四〇〇円。ロッカー代が他に五十円かかる。休憩だと二階の間でくつろぐことができる。二〇〇円増しである。
浴槽はプールのように広く、深くて腰掛けると肩までつかることができる。底には黒石が敷き詰められていて、足の裏に心地よい刺激が感じられる。窓にはステンドグラスがあり、大理石のギリシャ風の彫刻もある。外は雨だが、快適な長湯ができた。
片倉館の庭の木々の緑が、建物とマッチして実に美しかった。片倉館に隣接して諏訪市立美術館がある。湯上りの中重厚な、郷土作家の彫刻と、繊細な野の花を描いた日本画を見ることができた。
 帰路の列車の車窓から見える山間の緑に飽きることはなかった。緑というのは何とも心を癒してくれる色かと思う。


同じカテゴリー(旅行記)の記事画像
上野界隈散策(2017年10月)
九州北岸を行く(平戸、武雄温泉編・2017年8月)
九州北岸を行く(唐津編)
春めくや人様々の伊勢参り(2017年4月)
東京の桜(2017年3月)
三十年後の伊豆下田(2017年3月)
同じカテゴリー(旅行記)の記事
 上野界隈散策(2017年10月) (2017-10-20 11:16)
 この母にこの子あり(2017年9月) (2017-09-12 17:44)
 九州北岸を行く(平戸、武雄温泉編・2017年8月) (2017-08-26 09:04)
 九州北岸を行く(唐津編) (2017-08-25 17:19)
 春めくや人様々の伊勢参り(2017年4月) (2017-04-04 17:56)
 東京の桜(2017年3月) (2017-03-27 16:36)

上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。

削除
『冬の渚』(拙著)伊那谷から諏訪、新緑を求めて
    コメント(0)