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2013年09月25日

『翁草』(拙著)翁への道(俳句)―後記に変えて

翁への道(俳句)―後記に変えて
 俳句というものを自分なりに意識して初めて詠んだのは大学生の時のことである。友人に俳句をたしなむ(?)男がいて、彼の下宿に泊めてもらい俳句の話になった。彼の作で、今でも覚えている句がある。
 冷や飯を 食らいて目に染む 柿の朱(あか)
なるほど俳句とはそういうものかと思った。解説はなかったが、苦学生(?)で一人貧しく辛い時期があったんだなあと勝手な想像したのだが、俳句とは対照的に、競馬や麻雀が好きで、株の取引もするような少しませた学生でもあった。翌日だったか、京都の淀の競馬場に連れていかれて、こちらも初体験となった。競馬場に行ったのはこれが最初で最後である。当時の人気馬でハイセイコーの雄姿を思い出す。馬券を買わない気安さと思いつきで、ハイセイコーの後「白い馬」が二着になると予想したらそのとおりになって、専門家の彼が大変残念がっていた。高配当になったらしいのである。前の俳句は、競馬で負けて、ありあわせのおかずで、残り御飯を食べている友人の姿も想像できなくもない。
 句帳に最初に載っている句は京都の平安神宮でのもので
 青空に 鼓舞して高き 凧の影
これは、単なるスケッチで詩韻もなく俳句とは言えない。冬の空に凧が高く舞っているということですね。それでおしまいになる。その先に何かを感じさせない。
「鎌倉に 大仏様が おりました」という句をある外国人が作ったという話があるが、それほどでもないにしろ、説明句のようになっている。友人の句はそれなりに心情が伝わってくるし、置かれている作者の情景も浮かんでくる。
 その後、数年間のブランクはあったが、老人ホームに就職して、入居者の句会の補助者として、俳句を作るようになった。先生は、「さいかち」という句誌の同人で秋池百峰という人であった。この先生からのアドバイスはわかりやすかった。
「俳句は、人生一齣一齣の写真です。ピン惚けでない写真をとりなさい。何を写したかったかわかるように、焦点を定め、構図も考えながら撮るようにすれば良い写真(俳句)ができます。それ以上に大切な事は、自然から与えられるものだということです。」
 俳句を初めて三十年、最近は旅先に出た時に、旅行記に添えて作るだけですっかり初歩の頃に戻ってしまった感がある。今日まで、一〇〇〇句近くは作ってみたものの世に問うなどという代物では決してない。句集などにしたら、顰蹙を買うに決まっている。紀行文の五冊目を当初、『翁への道』と考えていたので、その手前、芭蕉を意識しつつ、手前味噌ながら、自選の句を載せることにした。
 しかしながら、『翁への道』というタイトルを考えたのは、少し大逸れていたと思う。修行僧のような雰囲気になっては、なにか旅も窮屈になってくる。良寛さんのように肩肘張らず自然体で人生という旅を楽しみたいたいと思う。旅で出会う人と旅路のはてでふりかえった時、懐かしい思い出が残るようであればそれで良い。
「人は懐かしさと喜びの世界に生きている」
という岡潔先生の言葉はいつ考えても至言である。
平成一九年の年賀葉書に書く句を、後記を書きながら決めた。
 冬桜 粧う木々を 友として
冬桜は決して華やかではない。むしろ紅葉した木々に圧倒されるほどの慎ましさで咲いている。それで良いではないか。紅葉も良し。冬桜も良し。この句には季語が二つある。俳句の約束事からしたらば良くないのであるが、友としてと言っているのだから許してほしい。加えて、句を説明した事も。


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