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2013年10月21日

『白萩』(拙著)イタリア紀行Ⅴ




 シエナを発ち、アッシジに着いたのは、昼も過ぎていた。小高い丘に、修道院の建物や教会が白く聳えている。空は群青とも表現して良い。雲はない。
「清く、貧しく、美しく」という言葉がある。しかし、こうした生き方はなかなかできるものではない。古今東西、多くの宗教者がそれを目指し、人類の心の平安を願って実践してきたのであろうが、大衆の心に刻まれるまではいかない。そうした宗教者は、既存の宗教組織の中で、糧を得ながら生きているし、破天荒とも言えるような生き方をする必要もない。先人の教えを忠実に守り、現世のしがらみの中に生きていく。それは、それで立派な生き方である。カソリックの中での、聖人の基準は詳しく知らないが、フランチェスコという、イタリアの小さな町に生まれ、イエスキリストの教えに忠実に生きた人物には、聖人だからということ以外に惹かれるものがあった。

 フランチェスコの青年時代までの生き方は、世の多くの人々と少しも変わっていない。むしろ、富裕な商人の息子として、仲間と遊び呆けていたとも言われている。ある時は、騎士階級になろうとして戦争にも参加している。そうしたフランチェスコが、どうして一八〇度変わった生き方ができたのであろうか。
アッシジにある聖フランシスコ大聖堂には、ジョットーの描いた壁画によって、フランチェスコの生涯を知ることができる。その中で、司教裁判所の前で、全ての衣を脱いで父親に返すフランチェスコが描かれている。父子の縁を切る場面である。相続権を放棄し、「天にましますわれらの父」を父とするのである。ペルージャとの戦いで捕虜となり、病気にもなった彼は、生死の問題を深く考えるようになるのだが、騎士になる願望は捨てきれないでいた。しかし、その夢も諦め、熱病に苦しめられることもあって、ハンセン病の患者を世話したりして信仰心が芽生えていく。フランチェスコの回心が決定的になったのは、ダミアノ教会のキリスト像を前に祈っていた時のことだと言われている。キリストの像は彼に語りかけた
「崩れ落ちる私の家を建て直してくれ」
家の財産の一部を教会に寄付したことが父親に知られることになり、このまま、フランチェスコに相続権があったのでは破産すると考えた父親は裁判所に訴えるのであるが、フランチェスコが自らその権利を放棄する決意をしたのである。
 財産(フランチェスコが築いたものではなかったが)、名誉(騎士になって美しい妻を娶り、多くの召使と城に住む)を捨てて、キリストの僕となり、清貧の道を歩むことになったのは、病と戦争を深く思索したからであったと思う。彼に深い神学の素養と蓄積があったわけではないが、キリストの生き方と言葉を素直に受け止められる感性があったからだとしかいえない。その極まりは、キリストが十字架に架けられて受けた傷が、自分の体に現れたというのである。聖痕である。このことも奇跡のひとつであるが、フランチェスコならではの伝承である。
 
 彼が創った「太陽の歌」という詩がある。その詩の中で、自然との対話ともいうべき表現の中に神を見ている。太陽、月、風、雲、水、火、大地。西洋文化の中では、キリスト教といえども、人が主で自然は従である。自然は、人が支配しても良いと多くの人が考えていた。小鳥に説教したフランチェスコのジョットーの壁画が聖堂の入り口近くにあったが、この人ならできただろうと思えた。メシアンという作曲家が、それを題材にして曲を作ったことを、ピアニストの藤井一興氏から教えられたことを思い出した。
 「太陽の歌」は、長いのであるが、詩の最後は死との対話である。
主よ、ほめたたえられよ、
姉妹なるからだの死のために。
生きとし生けるもの、なにびとも、
かの女からのがれ得ない。
災いなこと、大罪のうちに死ぬ人。
幸いなこと、あなたの聖なるみ旨を行う人、
そは、第二の死は、
かれをそこなうことなきゆえに。

主をほめたたえ、祝福せよ。
主に感謝をささげ、
深くへりくだって主に仕えよ。
 彼は詩人でもあったと言える。日本人のように俳句という手法を知っていたら句も作り得たかもしれない。しかし何より行動の人だった。クララだけでなく、時を越えて、マザーテレサも彼の道に従った人なのだろう。


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