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2013年12月22日

『侘助』(拙著)高原滞在記

高原滞在記
 高原とは、草津高原のことである。日本の代表的な温泉地の一つである。背後には、草津白根山が聳え、夏は登山客、冬はスキー客で賑わう。この高原に滞在すると表現するには、最低三泊位しなければその資格がない。この夏、三五度を超える〝猛暑日〟が続いた。お盆入りした、八月十四日(土)から十七日(火)まで夏休みを草津で過ごすことにした。天気予報では、この間の関東平野部の気温は、猛暑日と呼ばれるようになった三五度を超えると予想され、そのとおりになった。
 宿にしたのは、〝別荘〟である。自分の所有と言いたいところだがそうではない。経済力があるわけでもないので生意気なことは言えないが、別荘などというものは、「金持ちの贅沢」位に思っていた。叔父は、既に六年前に他界しているが、草津と油壺に別荘を持っていた。山と海に二つの別荘とはうらやましい限りだが、誘いを受けても、仕事が忙しいことを理由に利用させてもらうことはなかった。今思えば、旅好きな人間だから、利用する時間はできたはずである。とうとう海の別荘には、行けなかったが、残念なことをしたと後悔している。というのも、既に人手に渡っているからである。叔母からすれば維持するのに負担が大きい。叔父のようには、利用する頻度も少なかったに違いない。油壺と言えば、城ケ島も近く、風向も明媚で、海の幸もあり、別荘を拠点に鎌倉散策もできたはずである。
 

 変な偏見は持たない方が良い。ある人が、ゴルフは「亡国のスポーツ」だと言ったが、どういう意味なのかいまだに理解できない。健康にも良いし、友人関係も深めることができる。決して安い趣味とは言えないが、年にそれほど行けるわけでもない。会員権を持ってゴルフをしている人はごく一部で、ビジターの人間が多いはずである。
 別荘も必ずしも「金持ちの贅沢」とは言い切れないかもしれないと、今回の草津滞在で思った。三泊したのは初めてだったが、別荘の良さを満喫した気分になれた。下界は三五度を超えても、日中寒暖計は三十度を超える日はなかった。森の中にあるためかもしれないが風が流れ、実に涼しさを感じる。朝方は、布団をしっかりかけていないと寒いくらいである。だからよく寝られる。寝苦しい夏に、熟睡できることがなんともうれしいことかと思った。加えて、時間がゆっくり流れていく感じがなんともいえない。同じ風景を見ているかもしれないが、浅間山も遠望できる場所にあり、近くの山の木々の緑も鮮やかで、日差しの色も刻々と変わり飽きることがない。
 今回の別荘滞在は休養のためばかりではない。主な目的は受験勉強のためである。社会保険労務士の試験が八月二十二日に迫っていて、自宅用の模擬試験を二日間にわたりやってみようと思ったのである。別荘なら集中してやれると考えたのである。一回の試験時間は、午前午後合わせると五時間近い。午後の試験時間は、三時間半だから、終わると頭がボーとなっている。しかし、点数はともかくいやに達成感が残った。
 かれこれ十年近くこの試験に臨んでいるがいまだ合格点にいたらない。合格率は、八パーセントとかなり難関である。自分では八合目までは登っていると思っているが、暗記する数字や、法改正があると、すぐ五号目くらいには落ちてしまう。年齢的な能力や、どうしても受かりたいという気持ちがないから仕方がないかと自己弁護してみるが、本質的に性に合っていないからなのだと思っている。好きになれないものを勉強するほど見に着かず苦痛なことはない。
なぜ、福祉とは無関係ではなくも、法律分野の試験を受けてみようと思ったかというと、時を同じくして事務職をお役御免になった時、現職中は目の前の問題を解決するのに夢中で、専門的知識を身につける時間もなかったことに動機が行きつく。人事や労務管理には基本である「労働基準法」もまともに見つめたことがなかったのである。若い時から、社会には疎いところがあって
「お前は、霞でも食べて生きているのか」
と呆れられたほど、金銭感覚も社会的常識も希薄な人間だった。いまでも、そう生きられれば良いと思っているが、国家間の外交に、軍事力を無視できないように社会的に無垢な人間の専守防衛のような意味もある。法律や経済は所詮、生きるための方便なのだろうが、良寛さんのようには生きられないのも事実である。
職場の同僚から
「毎年、毎年求道者のようですね」
と皮肉とも励ましとも取れる言葉をいただくが、要するに試験に受からなければアマチュアである。趣味というより修行のようで、早く解放されたいものだ。
 「生涯学習だよ」
とは言ってみるが、内心辛いものがある。
知人に、群馬県の社会保険労務士会の会長をした人がいて、事務職にあったころ時間短縮制度の就業規則作成で大変お世話になった。高校の大先輩でもあり、いまもゴルフでお付き合いさせていただいているのだが
 「荻原さん、試験は集中力だよ」
と、ゴルフ仲間ならではの的確なアドバイスはしてくれるが、本人の精進と能力が及ばず合格という頂上には至っていない。頂上には、至らなくとも山登りの経験はできた。職場のコンプライアンス(法令遵守)や自分も含めた友人知人の年金のことにも役には立つかと思えば、集中力のない勉強も無駄にはなっていないと思う。
 少し、私事に触れ過ぎたが、別荘の良さは、思索するには最適な環境だということである。作家が鎌倉など閑静な場所に居をかまえたり、旅館に長期滞在する気持ちも共感できた。すっかり別荘が好きになった。別荘を建てた叔父は、
「充分元をとるほど使った」
と言っていたが、年間の管理費もばかにならない。二四時間、いつでも草津の湯に浸かれることを考えれば、妥当な対価なのかもしれない。居間には、今も叔父の残した遺品が数多く残っている。写真の趣味があることは知っていたが、残されたアルバムには、草津近辺の風景や、高山植物などの写真が収められている。構図と言い、鮮明さといい素人離れしたものに見える。几帳面に、レンズの絞りなども書かれているものもあり、自動式のカメラを使用したものでないこともわかる。油絵もやっていたらしい。自画像の絵が額に収まっている。老年期のものである。やはり兄弟で、父親の面影もある。筆も残されており、絵の趣味があれば絵も描ける。
 

 すっかり、別荘の魅力に魅せられ、叔母が「山の別荘」も将来手放したいと思うのであれば、自分が引き継ぐと言いたいところだが、その経済力はない。やはり、別荘を持つには、身分相応の経済力が必要である。友人から、暑中見舞いに頂戴した、日本酒を飲みながら、何か良い手立てはないかと考えていたら、会員制度にしたらどうかと思いついた。不特定多数では、叔母の所有する限りはできない。気心知れた友人で、読書や思索を好み、自然を愛し、別荘の良さをわかってくれる人なら良い。年会費は、五万円として、五人もいればオーナーの負担も少なくなる。別荘で、友人との語らいの時間もできるかもしれない。サロンにもなる。年間に会員一人が一週間も滞在すれば、それこそ元もとれるということになりはしないか。会員の家族や、友人も一緒に泊まれることにすれば、別荘会員制度も実現可能のような気がするのだが。


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