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2013年12月28日

『侘助』(拙著)中欧を行く(下)

 一般ツアーに便乗する旅と違い、また少人数であったこともあり思い出に残る旅になった。音楽や絵画鑑賞の他に、個人的な目的もあったが、それは、地理に暗いことや、団体旅行による時間的な制約もあり実現できなかった。精神分析の大家、ジグムント・フロイトの記念館を訪ねて見たかったのである。一五年前のウイーン訪問の時は、早朝の散歩で、開館前で、建物の前を素通りしただけだった。大学で専攻した心理学は、深く学んだと言えないが、フロイトの著作は真剣に呼んだ記憶がある。あまりにも、無意識の存在を強調し、性的な欲望と結び付ける考え方に、憂鬱な気持ちになったが、その思索の深さと発想には惹かれた。そうした中で光を与えてくれたのは、ユングであった。
 

 ユングの研究者が京大にいた。文化庁長官となり、先年亡くなった河合隼雄である。心理療法としての「箱庭療法」には興味があった。同じ京都にある大学だったが、直接の講義は聴けないので、公開講座に行ったことを憶えている。
 フロイトの精神分析については、これ以上深入りしないが、「心」について考える習癖のある者は、一度は通らなければならない関門のような存在かもしれない。無意識という問題は、後年、以外にも著名な数学者との出会いによって氷解した。分かったという傲慢な言い方は、今でもできないのだが、「無意識」は「造化」という東洋の言葉に置き換えられた。「造化」を神と信じれば信者にもなれるのだろうが、それほどの確信があるわけではない。ただ「人は、生かされている存在である」という大雑把な理解である。そのことを教えてくださったのが、岡潔先生であった。それ以来、なるべく自我を抑止し、悪いことはしないように生きてきたつもりであるが、悲しいかな無明に支配された衆生の域を抜けないでいる。「自分を後にして他人を先にする」というのは、行為としてなかなかできるものではない。フロイトには悪いのだが、青春時代の麻疹をもたらした
 人の面影を、この旅を利用して追って見たかったのである。再度、ウイーンを訪ねる機会もあるだろうから、その時、気持ちの中にフロイトの存在が消えなかったならば、実現させたいと考えている。
 個人的な目的というよりは、関心事として西ローマ帝国の滅亡後、水道事業はどうなったのかということである。
「ウイーンの水(水道水)は飲めますが、プラハは駄目ですよ」
旅行前の添乗員のアドバイスである。ウイーンはアルプスの水が引かれていているのだという。水源地とウイーンまでは二〇〇キロの距離がある。しかし、設備工事が完成したのは、近年のことである。ヨーロッパの中世は、ローマの正の遺産とも言うべき、水道事業は、引き継がれたとは思われない。塩野七生の『ローマ人の物語』では、帝国滅亡後の一五〇年後に蛮族の侵入を恐れるがため、自らの手で水道の坑道を封鎖してしまい、その後の記述もない。イタリア以外のローマ帝国が支配していた地域の諸都市にも水道設備が建設されたが、その後維持使用されたかは定かではない。水道事業の公共性というローマ人の進んだ思想は、中世ヨーロッパには引き継がれなかったとみるべきだろう。ブラチスラヴァの旧市街地の広場にあったのは、井戸であり、近郊に水道橋の遺跡などは見られなかった。それは、ローマの文化を継続する意志だけでなく、諸国間の紛争が絶えなかった時代だったからであろう。
 現代ではあるが、ウイーン市民がはるか二〇〇キロ先の清水を飲んでいることは、すばらしい。そして、美味しいワインもある。十一月には新酒が解禁となる。ウイーン郊外の農村地帯に新酒を飲ませてくれるワイン酒場があるらしい。軽音楽と家庭料理付の酒宴をホイリゲと呼んでいる。ベートーベンが散策して「田園」を作曲した場所に重なる。今回は、その機会に恵まれなかった。しかし、帰国後、群馬日墺交流協会ではホイリゲの集いを企画していて、直輸入したワインが飲める。今回旅行に参加したメンバーとも再会できる。その日は、十一月二八日である。
 一五年前のオーストリア旅行の雑感が残っている。訪問したのは一月で、モーツァルトの生地ザルツブルグも訪ねている。四三歳の時である。老人福祉関係の機関紙に寄稿したものである。旅に関連する部分を抜粋してみた。
 外から見た私
 囲碁好きの人なら〝岡目(傍目)八目〟という言葉の意味がよくわかると思う。対局者以上に、傍から見ている方が冷静になれて、勝敗の動向がよく読めるということがよくある。海外旅行など珍しいことではないが、国外に出ると日本のことがよくわかるというが、これも一種の〝岡目八目〟であろう。
 (中略)
 この一月、〝ウイーン・ザルツブルグ音楽の旅〟というツアーに入って〝文化〟に触れる機会を得た。音楽はもちろん、建築・彫刻・絵画どれも目をみはる物ばかり。私が感心したのは、暮らしの基本である衣食住に誰もが個性を発揮しているように見えたこと。お金をかけているのだろうが、日本と比べて極端にお金をもっているわけではないのだから、センスと関心度の違いということになる。比較文化論じみてくるが、〝消費〟と〝蓄積〟ということばに置き換えて、日本は家にしても木造で五〇年もしないうちに建て替えるようなケースが多いが、ウイーンでは、百年も前の家を内装を変えたりして使っている。祖父の代からの机や食卓などの家具を使っているなど珍しくない。日本なら仏壇などを除いたら、新築と同時に、古いものはさっさと捨てて新しい家具をそろえる。〝良い物を大事に長く使う〟ここが便利主義に走りがちな日本と違うところかと思った。暮らしの豊かさを実感するのは、決して所得水準の高さだけでなく、むしろお金の使い方、センスである。〝人の手が加わった良い物を大事に、しかも自分の生活に溶け込ませて使う〟、これが、今回の旅の最大の収穫であった。
 日本の文化が悪くてヨーロッパが良いということではない。福祉についてもそう思う。福祉については歴史が違うのだから、日本が学ぶべきところが多いのは当然。しかし残念ながら、国民の福祉への意識度が違う。古い施設を見たが、アメニティーがある。人の手が加わっている証拠である。自分を職場から離れたところに置いてみる。できたら一人が良い。肩書きや身分など関係なく自分としてふるまうしかないから、普段の自分が見えてくる。


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