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2014年01月20日

「文教の町安中の礎―明君 板倉勝明―」

 1月19日(日)に安中市にある「ふるさと学習館」で、幕末の安中藩主で明君と言われた板倉勝明(かつあきら)公の業績についての講演会があった。講師は、安中市文化財調査委員の淡路博和氏。新島学園の教員であった方である。
 この講演で感心したのは、氏が地道に安中に残る古文書を調べ、板倉勝明の業績を実証していることである。特に興味深かったのは、当時の農民の実情である。かなり苦しい生活を強いられたことを年貢や、本百姓の減少などの安中領内にあったある村の家に残る古文書を資料として説明された。米は、作柄によって毎年変化するが、板倉勝明は、調査の手間も省略し「定免」とした。その率が高かったことから、農民を苦しめた結果にならなかったかと講師は指摘したが、農民に対する救済制度を講じていることから、領民に配慮がなかったとは言えないという。農民は、米以外にも納税義務があり、畑については貨幣で支払うことになっていて、こちらは毎年ほとんど変わっていない。
 板倉勝明の主な業績を挙げると、種痘を日本に伝えられた翌年には実施していること。高名な学者の論文を出版したこと。安中の文教の礎を築いた人と言われる由縁である。新島襄は藩主に選ばれて、蘭学を学ぶことができた。明治になって、この殿様が明君であったことを文章に残している。「安中教員と館林巡査」ということが、明治以後群馬県内で言われるようになったのも、板倉勝明の文教政策によること大であった。48歳で亡くなったが、病中にあっても領民のことを思い、「視民如傷」という言葉を残している。漢文が良くできた殿様であったらしい。「甘雨」、「節山」の号を持っていた。節山は、妙義山のことである。
 「ふるさと学習館」では、「我が郷土の文学者」の企画展が2月3日まで開催されている。


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この記事へのコメント
拙い私の話にコメントしていただき恐縮しております。有り難うございました。
Posted by 淡路博和 at 2014年01月28日 14:50
先祖は、代々農民でしたので、江戸時代から明治初期の農業経済に関心がありました。墓地には、天明の頃から墓石が有ります。新鮮な講義内容でした。
Posted by okina-ogiokina-ogi at 2014年01月29日 09:04
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    コメント(2)