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2015年06月02日

長瀞渓谷(2015年5月)

五月後半、雨が降らない日が続いている。しばらくすれば入梅という季節にもかかわらずである。梅の出荷も始まっているが、せっかく友人たちが前々から計画してくれた長瀞散策に出かけることにした。この日も気温は、三十度を超えた。ただ、風が爽やかで湿度は低い。晴天で日差しは強い。


長瀞町は、群馬県境に接している。三波石で知られる藤岡市鬼石から山越えで行ける。長瀞を訪ねたのは、はるか昔である。小学生、あるいは中学生の時だったか記憶は定かではないが、半世紀前のことだと思う。天然記念物だから景観は変わっていないのだろうが、あらためて景勝地だということを実感させてくれる。
鬼石には、神流川が流れ、上流には長瀞に劣らない渓谷がある。古くから群馬は、仏教信仰が広まった地区であり、鬼石の浄法寺は、奈良時代に創設された古い寺である。唐から日本に渡ってきた、鑑真の高弟であった、道忠が開祖と伝えられている。今は、天台宗の寺になっているが、慈覚大師も道忠の流れを汲んでいる。下野出身の僧だったことも無関係ではないようである。道忠のような高僧が、東国の山深い里で仏教を広めたことは不思議である。
朝早く、高崎を出たので、お目当ての「長瀞ライン下り」の営業も始まっていない。売店が少しずつ開き始め土産物を見て回る。しゃくし菜漬けが人気があり、試食品を食べてみると、なるほど美味い。店の奥に用意されている健康茶を勧められ、しゃくし菜漬けを買ってしまった。商売上手ということだが、値段も手ごろで善意な店という感じがした。
「長瀞ライン下り」AコースとBコースがあって、Bコースを選んだ。岩畳という場所から下流に下って行く。所要時間は、二十五分程で、船頭さんの解説では、今日は流れが緩く、いつもよりも時間をかけて下ることができるのでお得だという。乗船料は、一六〇〇円である。瀞というのは、流れが緩く深い場所のことで、途中そうした所があった。この川は、荒川の上流で、流れに身を任せれば、二・三日で東京湾に出るという。船頭さん、二人いて前の人は竹竿一本で船を操っている。後ろで櫓を操っている人が、舟下りの解説者である。「村の渡しの船頭さん」ではないが、年恰好は還暦を過ぎている。さすが、熟練していて、安心して川下りができた。人工の船着場は、この渓谷が天然記念物なのでない。船は、トラックの荷台に吊り上げられ、上流に運ばれる。昔はどうしていたのだろう。


幹事の一人が、天然氷を食べさせてくれる店があるというので、長瀞駅近くの売店から、川沿いの木陰の道を歩くことにした。店は、上長瀞駅の近くにあり、阿左美冷蔵という老舗の氷製造業者である。テレビや、ネットで紹介されたことも人気に拍車がかかり、行列ができるほどだという。上長瀞駅の踏み切りを渡り、程近いところにあったが、看板があるわけではない。中庭に入ると大勢の人がいる。聞けば一時間半待ちということで、カキ氷を食べる前に熱中症にかかるリスクを考えれば、諦めて駅前の蕎麦屋さんで昼食にした方が正解だろうということで合意した。店には、阿左美冷蔵の旗があった。聞けば、天然氷ではないという。幹事の一人は、天然カキ氷に拘っている。長瀞駅の近くに支店があるという。昼食後、店に行くと行列はできているが、それほど待たなくとも食べられるという。さすが、美味い。値段もよろしい。一〇〇〇円のものもある。不思議と頭に痛みがこないとは聞いていたがそのとおりである。夏のような暑さの、五月最後の日に思いで深い体験ができた。幹事に二重に感謝である。




そのお礼というわけではないが、帰路、最近世界遺産になった群馬の絹遺産群の一つである高山社に案内することにした。富国強兵のもと、絹産業は国策のようになった。その養蚕技術を高め、指導したのが高山長五郎である。明治初期の建物が残っている。二階が蚕室になっている。我が家も養蚕農家であった時代があり、小学生の頃手伝いをしたことがあるので、懐かしくもあった。観光客のことも考え、急ピッチで駐車場や歩道が整備されているが、建設途中である。入館料のようなものはない。資料も無料。案内人もボランティア。案内人によれば高山長五郎の精神なのだという。この家で、無料で養蚕の技術を教えたのだという。てっきり、高山長五郎は、庄屋の息子だと思ったら武家だという。高山彦九郎を連想したが、詳しく調べたわけではないが無関係ではないようだ。遠い祖先で繋がっているという。写真嫌いというより、目立つのが嫌いな人物だったようだ。一枚だけ写真が残っている。なかなかの美男子である。
「生まれた年は、吉田松陰と同じです」
文政一三年(一八三〇)に生まれ、明治一九年(一八八六)に亡くなった。「花燃ゆ」が放映されている。この時代と重なっているのである。最後に立ち寄ったのは、藤岡インターの近くにある道の駅、数日分の買い物ができたと喜ばれた。


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