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2015年08月10日

ほら、童謡が聞こえる

 

群馬県立土屋文明文学記念館の企画展のタイトルである。長崎に原爆が投下された8月9日(日)に出掛けた。前日、仕事を終え、同じ高崎市群馬町にあるイオンシネマに「日本でいちばん長い日」の上映があり、その時間まで余裕があったので、近くにある公共の入浴施設「安らぎの湯」に立ち寄ったところ、この企画展のポスターがあって、出掛けることにしたのである。しかも、この日には、合田道人の講演とコンサートがある。事前に葉書で予約と書いてあるが、当日空席があれば、聴くことができるかもしれないと考えた。思惑通り、講演も聴くことができた。
 いつもなら、記念館の駐車場はまばらに車が停まっているのだが、この日は、駐車場に整備員が出ている。なかなかの盛況である。講演会は、定員150名となっていたから可能性はある。合田道人は、歌手でもあるが、童謡への思い入れがあり『童謡の謎』シリーズは売れている。十年くらい前に買って読んだが、良く調べて書いてある。作家としての筆力もある。講演で知ったのだが、『神社の謎』シリーズも書き始めたらしい。好奇心が旺盛なのである。
 この企画展で取り上げられている、北原白秋、野口雨情、西條八十は、三大童謡詩人と言ってよい。白秋と雨情の生家は今も残っていて、柳川と北茨城を訪ねたことがある。西條八十は、長命であったこともあり、戦後の歌謡曲の作詞家としても知られ、何か大衆的な感じがするが、北原白秋、野口雨情に劣らない芸術家であることが、この企画展で良く分かった。書簡などが展示されている。
 日本の童謡にとって夏目漱石の門下と言うべき、鈴木三重吉の存在が大きい。大正七年に彼が創刊した『赤い鳥』に、今日に歌い継がれる童謡が多く書かれた。ただ、野口雨情は執筆していない。鈴木三重吉は、言文一致ではない唱歌に、子供の感性にかけ離れたものを感じ、一流の文人に童話や童謡を書いてもらおうとしたのである。白秋は、共感し選者にもなった。芥川龍之介も名作『蜘蛛の糸』を載せている。新美南吉の『ごんぎつね』も投稿されている。唱歌には、詞に曲がついているが、童謡にも曲をつけたらと鈴木三重吉は考え、白秋に相談したところ反対されている。白秋は、詩だけで十分子供への感性に訴えることができると考えた。そのやりとりの手紙が展示されている。鈴木三重吉の考えに同意したのが、西條八十であった。日本で最初の童謡歌は「かなりや」である。
 かなりや
唄を忘れたかなりやは
後の山に 棄てましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れたかなりやは
背戸の小藪に 埋けましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れたかなりやは
柳の鞭で ぶちましょか
いえ いえ それはなりませぬ

唄を忘れたかなりやは
象牙の船に 銀の櫂
月夜の海に 浮かべれば
忘れた唄を おもいだす

曲を山田耕作に依頼しようとしたが、海外に出かける直前でかなわず、弟子の成田為三が作曲することになった。浜辺の歌の作曲者である。この「かなりや」の中には、「棄てる」とか「埋ける」とか「鞭でぶつ」といった子供にはふさわしくない表現があるが、詩を良く読むと末梢の問題だということがよくわかる。唄を忘れたかなりやは、西條八十に他ならない。親の死後、兄が放蕩し借財を返済し、詩と遠ざかった時代があったのである。後に、北原白秋は、「揺籠のうた」でかなりやを唄っている。作曲者は、草川信である。
 企画展には、きり絵作家の関口コオの作品が展示されている。童謡をテーマに作品を描いているのである。以前から関口コオの作品には童謡の世界があると思っていたが、童謡のタイトルの付いた作品があることを初めて知った。童謡作家ではないが、関口コオの作品に詩をつけてみたいと思ったことがある。この場合、曲の後に詩を付ける作業になる。絵、詩、曲は根底で繋がるものがあるような気がする。


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