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2015年12月01日

わたらせ渓谷鐵道の旅(2015年11月)

 桐生から間藤間をわたらせ渓谷鐵道が運行している。JR東日本から経営が移り、第三セクターとしてスタートして久しい。紅葉の季節、一度は乗ってみたいと思っていたので、いつものハイキングのメンバーを誘った。いつもは、車をレンタルして、運転手役なのだが、今回は添乗員といったところである。
 問屋町駅から両毛線で桐生駅に行き、わたらせ渓谷鐵道に乗り換える。ホームは同じだが、切符は改めて購入することになる。スイカを利用する人は、改札口を出ないので、乗る前にホーム内に設置された機械で処理することになる。そのことを知らずに、車内で車掌さんに証明してもらい、帰りに桐生駅で手続きをすることになった。「一日フリーきっぷ」というのがあって、今回の日帰り旅行では、費用も安く済み、途中下車も自由で、施設利用の割引の特権も在る。
 前回のハイキングは、来年放送予定の大河ドラマ「真田丸」を意識して、上田城と別所温泉をコースに選んだ。仲間の誰と言うことなく「おぎ散歩」ということになった。今回の企画もまかされることになった。花輪駅で途中下車し、花輪小学校を見学することにした。この小学校は、昭和六年に建築された木造の建物である。こうした木造校舎は、全国でも保存されているものは少なくなっているが、花輪小学校は国の登録有形文化財になっている。
 

 駅から近く、踏切を渡って建物が目に入る。私が学んだ小学校も、中学校も木造校舎であったから懐かしい風景である。開館少し前だった。玄関前で待つと二宮金次郎の石造が在る。これも同じである。違うのは、玄関の両サイドに兎と亀の像があることだ。「うさぎとかめ」の唱歌の作詞者である石原和三郎のゆかりの建物だからである。石原和三郎は、この小学校を卒業し、校長として赴任している。明治二十四年のことである。
 玄関に入ると、左の部屋が職員室になっている。右は、応接室のようになっていて、恐らく校長室があったようである。はっと驚いたのは、壁に卒業生の運動競技の記録が掲示されている。
 母校の小学校は、昭和四十六年、在校生の放火で焼失したのだが、その玄関には、唯一自分の記録が残っていた記憶があった。記録が塗り替えられると、名前はこの掲示板から消える。卒業後、三年の出来事であった。各教室には、さまざまな展示があって、歴史を振り返ることができる。階段で二階に上ると、さらに階段があって会議室のようになっている。母校と同じ構造になっている。この建物の設計者の図面が、当時の校舎に使われた可能性もあると思った。そして、廊下に粋な展示があった。給食がはじまってからの昼食のメニューの変遷である。昭和二十七年とあったから私の生まれた年である。内容は、コッペパンと鯨の竜田揚げ、脱脂粉乳のミルクである。あれほど不味いものはないという記憶があるが、器もアルミでよく再現されている。同行したメンバーも同世代の人がいたので、同じ感想で共感した。
 この建物は、一人の卒業生の多額の寄付をもとに建設された。校舎の近くには、銅像も在る。今泉嘉一郎という人で、秀才であった。東京帝国大学の工科に進み、農商務省に入り、榎本武揚が大臣の時、欧米の製鉄技術を学ぶために留学し、官営八幡製鉄の創業に関わっている。その後、日本鋼管の創立にかかわり、「日本の製鋼、鋼管技術の先駆者」と言われた。銅像を設計したのは、今泉嘉一郎の友人で、帝大時代の同期生の伊東忠太である。建築関係で最初の文化勲章を受章した建築家であるが、その弟子にあたる大川勇がこの校舎を設計している。屋根に換気口がついたデザインも、他の学校にない設計になっている。受付にいた人の話では、当時は高価であった、チークやラワンの外材も使用されたという。
 一時間余りの見学で駅に向かう。駅に着き、しばらくすると「うさぎとかめ」のメロディーが流れる。ライトをつけて、レトロな列車がホームに入る。改札はない無人駅である。「一日フリーきっぷ」を見せて乗車。次に向かうのは、足尾駅の一つ手前の通洞駅である。トンネルもあり、渡良瀬川を見ながら走る。河原の石がいやに白っぽく見える。
 冬の川あまたの石の白さかな


 足尾銅山の歴史は古い。江戸時代に鉱床が発見され採掘されていた。一時閉山同様になっていたが、明治になって、国の近代化の中で銅の需要も高まった。本格的に銅山開発に取り組んだのが、古川市兵衛である。多くの労働者が足尾の町に住み、渡良瀬川の上流の山村の人口は増えた。しかし、下流で公害問題が起こり、国会でも社会問題として取り上げられるようになった。この運動の先頭に立ったのが田中正造である。第二次大戦後も採掘は続けられたが、昭和四十八年に閉山になった。
 鉱山の坑道に入り、採掘がどのように行われていたかを見学できる観光施設がある。通洞駅から近い。メンバーの中には女性もいるが、見学は可である。朝ドラで炭鉱開発の話になっているが、女性が労働することは問題があったし、相撲の土俵に女性が上がってはいけないような考え方があったようである。坑道内の作業は、過酷な労働環境の中で行われたことが実感できる。暗いし、水滴が落ちてきたり、坑道が崩れることだってあるだろう。労働基準法では、坑内労働の条件を厳格に示している。昼食を足尾の町で摂ることにしたが、食堂は少ない。列車の中で、弁当を販売していた理由がわかるような気がした。観光施設に行く前に、駅に近い食堂に立ち寄る。メニューは多いが、注文できるものには限りがあった。聞けば、明日で閉店するという。しかも、店員がボランティアで調理以外はセルフサースだという。値段だけが高く、店員の応対も良くない。ラーメンを頼んだが、美味しいという感じはしなかった。新しい建物も建っているが、古い建物が多い。人口減と高齢化が進んでいるように思えた。
 

 帰路、水沼駅で下車。駅に温泉施設がある。次の列車まで一時間半以上の待ち時間があって、温泉に入り併設の広間で休むことができる。「おぎ散歩」は、歴史が絡んでいるがこうした観光サービスもセットされている。次のコースは来春、若葉の頃の軽井沢を考えている。


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