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2016年01月01日

大晦日日帰り旅行



元旦の日帰りの旅は、2016年で15年連続となるところだったが、途切れることになった。
前倒しというわけではないが、大晦日になった。「継続は力なり」というが、拘ることも良くない。事情が変われば変更してもよい。難しく言えば、心の調和。旅立の思いである。何故に変更したかといえば、友人との再会である。
再会の場所は、江ノ島である。でも再会は実現しなかった。友人に事情ができたからである。仕事という事情である。「遊びは自分の都合、仕事は他人の事情」。人は、他人を先にして、自分を後にするものでしょう。元々、元旦日帰り旅行は、一人旅が多かった。元旦は、家に居たり実家に居るのが日本人の習慣だから、友人に会えなかったことは苦にならない。
しばらく、俳句から遠ざかっているが、高浜虚子の「去年今年貫く棒の如きもの」という句が実感できたような気がするのである。何も、大晦日から元旦へと特別な時間の推移があるわけではない。高齢になればなおさらそう感じるのではないだろうか。湘南海岸は良い。さらに言えば海は良い。肝心の富士は、晴れていたが見えなかった。


「江ノ島の富士はいずこか冬の旅」
鎌倉には行かなかったが、江ノ島の観光客は外国人客が多いのに驚いた。中国語がしゃべれるわけではないが、東南アジアの人らしき人もいたように感じた。別段、違和感もない。楽しそうである。意外と若者が多い。笑い方は万国共通なのかそこだけは、理解できる。情の世界だから。大晦日の旅行で、元旦は数十年ぶりに違う気分を味わえた。日曜日でもテレビなど見ないのだが、読書の傍ら、画面を見る時間ができた。NHKを見たら難民を取り上げていた。20世紀は、難民の世紀だと言っている。その原因は争いである。難民になるほどの争いはやめたい。意見の違いは当然。生きる権利を奪う権利は人間にはない。良寛さんのように。植物のように。少し観念的ですが、人は生かされるままにということを日帰り旅行で実感した。そうは言っても日々の糧は必要。経済のことは無視できない。


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