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2016年04月15日

懐かしさと喜びの世界(2016年4月)



 数学者岡潔の言葉である。人生はそういうものだというである。昭和五十二年の二月十二日の午後、一人ではなかったが、岡潔が他界する一年前に、お会いすることができた。その時の、情景は今も心に残っている。一介の若者の電話だけの希望を受け入れ、人生の貴重な時間を割いて、自宅に招き、真摯に語ってくれたことは、我が人生の最大の幸運だったという以上の出来事だった。
 人生如何に行くべきかを真剣考えていた時期で、就職もせず進路も定まらない時だったので、難解な話も深く心に沁みた。知的に理解したのではなく情的に理解したのだと思う。普段感動して涙など流す人間ではなかったが、話の後半は涙が止まらなかった。玄関でお別れする時は、何とも爽やかな気持ちになった。奈良公園あたりの自然も、実に美しく見えた記憶が残っている。
帰宅して数ヶ月も、その気分は残り、季節も春に移り、若葉の萌えいずる季節に生きていることの喜びを感じた。昼は、山に入り、椎茸の原木を山の斜面に並べる重労働も苦にならず、読書もできた。そして、その年の六月に、地元の社会福祉法人の老人施設就職が決まった。結核体験から、戦前、結核保養所を創設し、その後老人福祉事業を起こした理事長は尊敬できる人物だった。寛容な人で、いつも理想に燃え、随分大事な仕事も任していただいた。二十数年間、愛に包まれ、充実した人生だったと思う。人を疑ったり、加えて憎むということがほとんどなかったと思う。こちらは、キリスト者の愛の実践者であった。
春雨忌という集いが、岡潔没後間もなく開催されるようになった。奈良高畑の岡潔の次女宅を会場にしての岡潔を偲ぶ会でもある。百豪寺に近い墓地に眠る岡潔の墓参会も兼ねていた。遠方でもあり、年度替りの四月の始めという日程もあったが、努めて出席した。岡潔を通じてできた人のご縁が何よりも大切だと思ったからである。春雨忌の集いには、喜びと懐かしさの世界があった。心が通い、皆「自分を後にして他人を先にする」人ばかりだったからである。これも岡潔の教えである。
岡潔の考えた「こころそのもの」は、著作に詳しい。見えないものを言葉にしているのだから、難解そのものである。他者に説明できる内容ではない。想像するのが、関の山だと考えている。岡潔は、最初の頃は、仏教の言葉を使って説明していたような記憶がある。仏教の唯識哲学というのがある。識が高いほど心の層が深い。九識まで仏教はあると言っている。悟りの世界とも言って良い。この心の段階は、自他の別がないという。物の見方も、物質的ではない。さてどんな風に見え、感じるのであろうか。想像の域である。一段下の八識は、阿頼耶識。その下の七識が未那識。普通、人はこのあたりで生きている。自我が主人公である。我々に課せられるのは、なんとか七識を越えて、八識の世界を目指すことである。そのために衆生である身として、心がけたのは、諸悪莫作、衆善奉行、自浄其意の教えである。自浄其意ができるようになれば、八識の認可を得られると思っている。
岡潔に対面した時に、岡潔の情緒に触れたために、数カ月八識の世界に触れることができたが、その後は七識の世界に留まっているような気がする。ただ、七識の上層にはあると思うので、春雨忌の空気に触れ、八識の下層に入ることができるという気分がある。自分から見て、八識以上の人は確実に参加者の中に存在している。岡潔は、当然九識、それ以上の心の世界にいたのかもしれない。春雨忌に集う人々も高齢化している。他界した人も数人いる。春雨村塾に塾頭がいるわけではないが、以前から尊敬している人物がいる。彫刻家でもある。この人は、九識にいると言ってもおかしくないと思っている。こんな話をした。
「静止している機関車の車輪が一回転するのが大変なんですね。それを天地に一人立つ如きというふうにしておやりになったのが、岡先生ですね。誰からも言われたわけではないのに。これが悲願ということですね」
悲願と言えば、岡潔は、芥川龍之介の短編『蜜柑』を引用して書いている。奉公に出て行こうとする少女が列車の窓を開け、踏み切り近くで別れの手を振る弟たちに、蜜柑を投げる描写がある。
宇治を訪ねた後、JR奈良線で京都に向かう時の話である。彫刻家の先生と並んで席に腰掛けたが、向かいの席が空席になっている。そこに小学生の少年が腰掛けた。早速先生が話しかける。
「僕一人?どこに行かれるの」
とても優しい口調である。京都の親戚の家に行くという。
「お勉強は何の科目が得意かな。そう算数。算数がとても良くできた偉い先生がいるよ。岡潔という名前、覚えておいて」
ほんの他愛のない一場面であるが微笑ましく感じた。『蜜柑』とは違うが、列車の中の出来事である。
岡潔の「心そのもの」に戻る。岡潔は、自分の心があるのではなく、それを主催している心があると考える。東洋では造化と言っている。岡潔は、大自然の善意と言っている。その最も深い心を真情とも言った。幼子は、真情の世界にいるとも言った。成長するとともに真情の世界から離れていく宿命が人間にはある。岡潔は、心を語る場合に、情緒という言葉を使う。心のいろどりとも言うべきか、説明するのは難しい。
晩年、岡潔は、十識以上の心の世界があると言った。歴史的な人物を挙げている。道元や松尾芭蕉である。道元の『正法眼蔵』はなかなか理解できる本ではない。芭蕉なら関心もあるし、「情緒」に触れることもできるかもしれない。
岡潔が取り上げた句を味わうのも良い。
春雨や蓬を濡らす草の道
ほろほろと山吹散るか滝の音
岡潔の句も良い
めぐり来て梅懐かしき匂いかな
青畳翁の頃の月の色
十識以上の心の香りがしているのだろう。


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