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2016年05月06日

伊那谷の春(2016年5月)



 信州は、山々に囲まれ、水が豊富で、大きな川が流れ、その川に沿うように盆地がある。代表的なのが、善光寺平、佐久平、松本平、伊那平である。県歌「信濃の国」にも歌われている。伊那市のある伊那平は、諏訪湖から発する天竜川が流れ、形状は細長く、伊那谷と呼ぶこともある。桜で有名な観光地、高遠も近い。
 ここ何年も、信州の春の風景が見たくて、五月の連休を利用して訪ねている。今年は、諏訪で御柱祭が開催されていることもあり、友人を誘い、諏訪から伊那谷を目指すことにした。伊那には、一度は訪ねてみたい場所があった。観光地や、旧所、名跡ではない。日本一の生産量を誇る、寒天食品を製造する会社である。伊那食品工業という。戦後創立された会社である。当時から、会社経営の先頭に立っている人物がいる。塚越寛という人物である。この人の著書を読んだことがある。四年前のことである。『リストラなしの年輪経営』、タイトルが良い。
 塚越寛は、一九三七年に長野県に生まれ、終戦の年に父親を亡くしている。高校生の時に、結核になり、三年間闘病生活を体験している。そのために、東大受験を断念したというから、秀才でもあったのであろう。それよりも、経営の理念が素晴らしい。二宮尊徳を尊敬し、経営に道徳がある。実績も上げている。四十八年連続増収増益の記録を持つ。その記録は、経営者が経営哲学を曲げなかったら伸びていたかもしれない。健康ブームに乗って増産を求められたことがあった。塚越社長は、増産に反対であった。しかし、従業員から強く増産の要望があった。塚越社長の経営理念の一つに、働く人の幸せを重視するというのがあり、情に流されたわけではないが、結果は失敗であった。過剰投資の付けがまわり、ブームが去った後、在庫が残ることになった。
 初心に戻り、現在は安定した「年輪経営」になっている。「売り手よし、買い手よし、世間よし」は、近江商人の有名な「三方よし」の考え方である。伊那食品工業は、それに加えて「将来もよし」を加えている。持続発展する企業である。成長は、急激ではなくても良い。ゆっくり育つ樹木のように。そのこともあり、一九八八年に、伊那谷の森林の中に工場、事務所を造り、庭園も造り、販売所も造り、レストランやホールもある。これもいっぺんに整備したのではなく、年月をかけて今日の姿になったのである。「かんてんぱぱガーデン」という名称で呼ばれ、来訪者は多い。
 昼食は、「さくら亭」というレストランですることになった。「春の御膳」というちらし寿司をメインにした定食で、味噌汁や漬物にも寒天の素材を使っている。食べて見れば違和感はない。森の中のテラスで、木漏れ日の差し込む食事は、なんとも表現できない良さがある。「かんてんぱぱガーデン」が斜面にあるために、遥か彼方に残雪のある八ヶ岳連峰も見ることが出来る。子供たちは、広い芝生で遊び、弁当を広げて食べている家族もある。人々の幸せの空間を作っている。
 職員の応接も良い。おもてなしの心である。マニアルがあるというより、心遣いを感じるのである。庭の手入れも、業者任せにしないで、草取りや、チューリップなどは職員が植えている。また、駐車するとき、庭木に向けてバックで停めない。出勤する時、右折して会社内に入らないようにしている。渋滞の原因になり、地域の人の迷惑にならないことを心がけているのだという。日本にこうした会社があることは誇りにして良い。上場企業でもないことも特筆できる。


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