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2016年05月07日

黒田清輝展



黒田清輝展が、上野の東京博物館で開催されている。昨年の五月の連休にも「鳥獣戯画」の展示を観るために東京博物館に行った。来訪者が多く、東京芸大の近くにある黒田記念館に立ち寄った。常設展示だが、画家の人なりは、知ることができた。今回は、海外留学からの、作品が展示されている。法学を学ぶための留学が、絵画に変更になったことは、昨年予習してあったので驚きはしなかったが、養父は良く許したと思う。養父は、西郷隆盛とも親交があった薩摩藩士である。
黒田清輝は、1866年の生まれだから、今年が生誕150年になる。そのこともあり、企画展が開催された。黒田清輝がフランス留学中師事したのが、ラファエル・コナンという画家である。外光派と言われている。彼の作品が何点か展示されており、そのように言われる根拠になった絵であることがわかる。屋外に裸婦を描いている。自然光が注いでいる。黒田清輝も影響されていることがわかるが、留学時代「読書」が評価されている。モデルになった女性はフランス人の恋人だという。
帰国後、京都を訪れた印象が「舞妓」であり、後に妻になる芸者を描いたのが「湖畔」である。彼の代表作の一つだが「湖畔」は、薩摩藩士であった樺山資紀が所有していた。孫である白洲正子は、身近にこの絵を見ていた。美術の教科書で見た黒田清輝の絵である。
東京美術学校に学んだ群馬県安中市出身の画家湯浅一郎は、黒田清輝に学び、群馬県立美術館に展示されている絵の画風は、黒田清輝の影響が想像できる。新島襄の肖像画を描いたのは湯浅一郎である。安中市にある新島襄記念礼拝堂に掛けられている。
展示会場を出る手前に展示されていたのが、「智・感・情」というタイトルの3体の裸婦像である。背景は金色、それぞれの感情を仕草で表現している。フランスから画材として導入した裸体像は、日本では物議を醸した。絵に腰巻をされて展示されたこともあった。西洋文化を取り入れる時の生みの苦しみに違いない。
黒田清輝は還暦を迎えずになくなっているが、帝国美術院院長の要職や貴族院議員にもなっている。初代の帝国美術院院長は、森鴎外である。森鴎外の住まいは、上野の森の近くにあった。「観潮楼」として文人たちのサロンになった。今は、跡地に記念館が建っている。次回、上野の森に行く時は訪ねて見ようと思う。この日、東京都美術館では「若冲展」があったが、人出も多いと思い遠慮した。若冲の作品は見ているし、鹿児島から見える友人に夕刻会う約束もある。



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