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2016年07月02日

童話『巣から落ちた小雀』

良子先生は、幼稚園の先生をしている。
音楽大学を卒業したので、ピアノが上手い。園児に童謡を演奏しながら歌って聞かせてくれる。園児はそれが楽しみで、すぐに覚えてしまう。
日本の童謡が、良子先生は好きで、園児には難しい歌詞もある。
「まいごのまいごのこすずめは、お寺のやねで、母さんどこよときいたけど、ポクポク木魚の音ばかり」
園児は健気に聴いていたが、演奏が終わると
一人の園児が、珍しく良子先生に
「この歌、悲しいし淋しい感じがする」
良子先生は、振り返って
「ハルちゃん、よくわかるね。でも先生の好きな歌なのよ」
ピアノに向かい
「もう一度弾いてみましょうね。みんなも先生に合わせて歌ってごらん」
「まいごのまいごのこすずめは、母さんたずねてよんだけど、サラサラつめたいかぜばかり、かぜばかり」
童話『巣から落ちた小雀』

良子先生の働いている幼稚園の近くには、森があり、雀が園舎にやってくる。玄関は、軒がせり出して、いつのまに巣を作ってしまう。今日も、チュンチュン鳴いている。時々、雛が落ちてしまうことがある。
園長先生にお願いして、巣ができないように建物の改修をお願いしたことがある。
雀は、子供たちも嫌いではないし、玄関先が糞で汚れても掃除すれば良いと、良子先生の提案を聞いてくれない。

この日も、演奏が終わり、職員室に帰ると
「雀の雛が落ちたみたい」
と、同僚の先生が窓の外を見て言った。
「運がなかったのだね。この雀はもう親雀は育てられないね」
と園長先生は、冷静な声で言った。

良子先生は、ちょっとムッとして
「私が家に連れてっていって育てます」
すると、横から同僚の男の先生が
「良子先生、雀の雛を育てるのは大変ですよ」
と言って体験談を話してくれた。
この先生は、以前この園舎の玄関先に落ちた雛を飼って育てたことがあるのである。
その話はいたって具体的で、良子先生は納得するように聴いた。
童話『巣から落ちた小雀』

食べさせるのに一苦労がある。虫しか食べない時期があり、虫取りが大変。正面から食べさせると口を開かない。斜めからすばやく食べさせるのがコツ。それに頻繁に口に餌を運んでやる必要がある。出勤の日は、袋に入れ一緒に通勤した。家に帰れば、手作りの箱に入れ、猫に食べられないように、洗濯籠に入れ、天井に吊るすなどして育てたと言う。「大変だよ」という言葉の背景が良く分かる。でも、巣立ちの後、一度だけ戻ってきたという。恩を忘れなかったのであろう。鳥にも情がわかるのかもしれない。

この先生は、クリスチャンで、動物にも優しい。恥ずかしそうに聖書に書かれている「善きサマリヤ人」の話をした。
「孔子さんも『義を見てせざるは勇なきなり』とも言いましたな」
と頭をかいている。

良子先生は、決めたとばかり玄関に飛び出し雛の元に飛んでいった。ところが、雛はそこにはいなかった。迎えに来た父兄がどこやらに片付けてしまったのかと思った。良子先生は、悲しくなってその場にうずくまってしまった。
その時である。良子先生の肩に何かが落ちた。また、雛が巣から落ちてきたのである。良子先生の心は、複雑だった。
童話『巣から落ちた小雀』



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Posted by okina-ogi at 17:38│Comments(0)日常・雑感
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