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2016年08月03日

安倍川の花火大会(2016年8月)

夏は、花火大会のシーズンである。夜空に打ち上げられる花火の形、その色合いは美しい。いつ頃から、夏の風物詩になったのだろうか。江戸に幕府が置かれ、太平の時代になって、庶民に愛され伝統行事になったという印象がある。ただ、三河の地は、花火と切放せない地であり、徳川家康の出生の地でもある。
徳川家康は、千六百五年に江戸に幕府を開いたが、将軍職を家忠に譲り、駿府城に隠居した。政治の実権は、家康にあり大御所となって徳川幕府の基礎を固めて行った。安倍川は、駿府城から近い。駿府城内は、静岡県庁の建物もあり、今も政治の中枢部になっている。花火大会の当日、ここからシャトルバスが出ている。開催時間は、七時からだが、四時から運行している。大変な台数である。
静岡の友人から誘いを受け、群馬から遠路の観覧になったが、その規模と迫力に感激した。実行委員長の挨拶でわかったのだが、今年が六十三回目の開催だと言う。静岡市も空襲を受けて、多くの犠牲者が出ている。花火を打ち上げる前に黙祷の時間があった。娯楽だけでなく、慰霊の行事でもあった。
花火打ち上げの二時間前に、会場に到着。それでも結構な人手である。河川敷に場所をとる。安倍川の川幅は広いが、水量は少ない。友人によれば、農業用水に使われているからだという。下流域に架かる橋を東海道新幹線がひっきりなく走る。陽は傾いてはいるが、青空である。夕立の心配も無い。最高の場所と天候に恵まれた。
安倍川で連想するのが「安倍川もち」である。この類のお菓子は、全国にあるからことさら土産物とは考えていなかったが、今回は購入することにした。お菓子の包みを見ると由来が書いてある。こちらも、家康がらみである。安倍川の上流で金が採れることを知った男が、餅をつき、それに砂糖入りの黄な粉をまぶして、家康に献上したのがはじまりだという。黄な粉を金粉に見立てたのである。家康も気に入ったらしく、銘菓として広まった。機智にとんだ富んだ発想と言える。
まだ西の空は暮れてはいないが、花火が上がった。暗闇でない時間の花火も良い。ほとんど間隔がないほどに打ち上げられる花火の数も驚きである。帰りの混雑を考えて、終了の三十分前に場所を後にしたが、友人は心残りがあったのか、会場の方を何度も振り返っていた。花火大会は、何度も見ているが、これほどの規模のものをまじかで見たのは初めての経験である。
この日は、隅田川の花火大会が開催されている。首都で行われるので規模も大きい。江戸時代中期の両国川開き花火大会を継承している。この日の翌日、名横綱千代の富士が亡くなった。両国は、大相撲ゆかりの地である。病室で花火を思い浮かべ、旅立ったかもしれない。
一方、東京都知事選挙が行われ、小池百合子氏が当選し、初めての女性都知事が誕生した。花火のように美しく咲いたわけだが、任期は四年である。着実に成果を上げてもらいたい。政党が応援した候補者は、いずれも大差で敗退した。地方自治なのだから、あまり政党色を出して選挙するのもいかがなものかという感じもしないでもない。戦い終われば、良好な関係を築き、しこりを残さず都政を進めてもらいたい。昨日の敵は今日の友である。増田氏の実務能力を買って、副知事に任命するほどの懐の深さを示してもいいのではないか。政治の素人だからの発想であるが。


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