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2017年04月08日

「本居宣長記念館」



三重県松阪城址の一角に、本居宣長記念館がある。本居宣長が住んだ家も移築されて当時の姿を残している。江戸時代の国学者として知られているが、彼の業績と言えば『古事記伝』を後世に残したことである。この時代まで、古事記の内容は理解されていなかったと言って良かった。彼には師がいた。賀茂真淵である。伊勢を訪れた賀茂真淵が、松阪に立ち寄った時、対面し教えを請い、弟子となる許しを得たのである。有名な「松阪の一夜」である。古事記の研究は、宣長へとバトンタッチされたのだが、真淵の宣長への教えは厳しかった。資料館にも、その手紙が残っている。
本居宣長は、商人の子供である。江戸で生まれている。松阪城を築いたのは、蒲生氏郷であるが、滋賀の日野から商人を大勢連れてきて城下に住まわせた。三井財閥の始祖、三井高利は、宣長の家のすぐ近くに生まれているし、木綿の取引で財を成した、長谷川家の屋敷は、今も商人の館として保全され公開されている。長谷川家も宣長の屋敷に近い。「東京物語」、「晩春」などの映画作品で知られている小津安二郎監督も、東京の墨田区に生まれているが、ルーツは松阪であり、しかも宣長とも繋がりがある。
「本居宣長記念館」来館は二度目であるが、彼の人生の過ごし方は、尊敬に値する。医学を学び、生活の糧を得ながら、国学の研究に打ち込み、『古事記伝』の完成には、30年以上費やしている。古事記の内容は難しく、当時としては資料も少なかった。その持続力と集中力には、頭が下がる。
資料館に展示されている数々の資料を見ると、非常に几帳面な性格だったことがうかがえる。文字などは楷書で丁寧に書かれている、若いときから向学心があることは、中国皇帝の系図「神器伝授図」の書き写し(15歳)、日本地図の写し「大日本天下四海画図」(17歳)を見てわかる。
還暦を過ぎて、特に人生のテーマもないが、本居宣長にならって向学心を書きたててみるのも良い。人のためにならなくても、老いの生きがいになれば良い。


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